投稿掲示板 437223


火葬戦記

1:峯田太郎 :

2010/12/22 (Wed) 17:18:03

     前書き

これは いわゆる火葬戦記ものです。
真面目な物語が読みたい方はご遠慮下さい。

ネタ分類的には時空犯罪者集団による二次大戦期日本の魔改造ものです。
当然ながら日本以外の陣営は扱いが良くありません。
従って合衆国の正義が悪逆非道な枢軸国を打倒するような展開はありえません。

しかしながら、作中に日本軍や日本人は殆ど出てきません。
九七式重爆や二式極戦などの日本兵器が活躍するシーンも殆どありません。

つまり、誰が得するのか作者にも分からない謎仕様となっています。

「私は一向に構わんっ!」な方以外は読まないでください。

2:峯田太郎 :

2010/12/22 (Wed) 17:19:52



     『その一、ハル長官の憂鬱』


 その日もアメリカ合衆国国務長官、コーデル・ハル氏は憂鬱だった。
 憂鬱の原因ははっきりしている。彼の上司である合衆国第32代大統領フランクリン・デラノ・ルーズベルト閣下だ。

 「しかし大統領閣下、現場の証言だけではなく物的証拠からも彼我の技術差は明かです。ご再考をお願いします」
 「証拠と言っても墜落機の破片なのだろう? それで何が分かると言うのかね」

 今日も昨日や一昨日と同じ光景が繰り返されている。
 いったい何時からこんなことになってしまったのだろう。かつては、自分の記憶が確かなら何年か前まではこうではなかった。

 「お願いしますから報告書を読んでください。翼の構造から航空機設計の先進性が、構造桁の強度から冶金技術の水準が、ネジやビスの精度から大量生産システムの規模が分かります。どの技術を見ても我が国よりも二年から五年は進んでいます。正直な話、我が国と互角なのは塗装技術ぐらいしかありません」

 額に青筋を立ててまくし立てる補佐官の剣幕に押されて、車椅子に座る大統領は分厚い報告書をめくり始めた。
 書類をめくる音が半時間近く過ぎてから、顔を上げた大統領の発言は彼以外の全員を絶望させるのに足るものだった。

 「なるほど、ドイツの技術発展は恐るべきものだな」

 室内にいる、大統領以外の数人の視線が交差し、うち一人を除いた視線が除かれた一人に集中する。視線を集中されてしまったその男、アーネスト・デニガン補佐官は咳払いをして合衆国元首の発言を訂正した。

 「いえ閣下、それは日本軍機の報告書です」
 「だからドイツが開発した戦闘機を日本軍が使っているのだろう? そうとしか考えられまい。猿と混血した劣等人種が相手ならともかく、ドイツ軍がこの戦闘機を正式配備した場合はやっかいなことになる。航空機関係の予算を増やさねばならんな」
 「閣下、その報告書にもあるようにドイツ軍の方が日本製の戦闘機を使っているのです」

 ドイツ側協力者(有り体に言えばスパイ)の情報提供により、問題の戦闘機がタイプ98と呼ばれる日本軍の主力戦闘機である事が判明している。
 ドイツ空軍内では総合的に見て現在どのドイツ製戦闘機よりも優れていると評価され、空軍幹部の某大佐などは「今すぐこれをライセンス生産しろ」と主張しているらしい。

 現在小康状態にあるチャイナ戦線ではこの機体に対して損害比無限大、つまりこちらは落とされるのに向こうは一機も落とされない屈辱的な記録が残されている。
 日本軍の発表によればタイプ98は八十機が合計1307回出撃し、空中での撃墜破約300、地上での撃破500以上、その他の地上目標270以上を撃破している。損害は地上撃破7、行方不明2、基地及び輸送中の破損廃棄11。
 なお、壊滅的打撃を受けた現地の義勇兵部隊からはこの数字は実際の損害とほぼ等しいと報告されている。 
 日本軍がチャイナ方面の戦線を縮小し、傀儡政権軍に前線を任せるようになった現在はタイプ98を装備した部隊がマンチュリア方面に移動したため、不名誉な記録は更新されていない。

 「デニガン君、馬鹿なことを言わないでくれたまえ。我が国から屑鉄を買わなければ製鉄もできぬ未開国がこんな高度な機械を作れる訳がないだろう」
 「閣下、本当の未開国は屑鉄があっても製鉄なんて出来ません。更に言うなら日本はもう屑鉄の輸入はしておりません。我が国からも、ソヴィエト以外のどの国からもです。少なくとも輸入した証拠は見つかっておりません」
 「ならソヴィエトから鉄屑を買っているのだろう」
 「ソヴィエトからの輸入は精々年間二万トン程度です。日本が現在生産している年間三千万トン以上に及ぶ粗鋼の0.1%にもなりません」
 「その三千万トンとゆう数字が間違っているとしか思えないな。たかが二年や三年で粗鋼生産量が10倍以上に増えたなど、信じる方がどうかしている」
 「それは、その通りではありますが、しかし」

 補佐官の弁に勢いがなくなる。確かにおかしいのだ。
 日本の工業力では、少なくとも三年前の日本の工業力では二十四時間体制でフル稼働しても年あたり六百万トンが精々だろう。
 だが、航空機による偵察なども含めた情報から判断すれば、どう考えても日本は年間三千万トン以上の鉄を作っている筈なのだ。そうでないとしたなら、日本の船舶や鉄道や鉄筋は鉄以外の何かで出来ていることになってしまう。 

 「しかし ではないよ。文明人ともあろうものがくだらんトリックに引っかかってどうするのかね。田舎詐欺師の手口だよ、作りもしない物を作ったと言って誤魔化しているだけだ。奴らがいくら無いものを有ると言い張ったところで、日本の資源や物資が増える訳ではない。あの国への対策は変更しない。彼らへの資源を止め商品を市場から閉め出せばそれだけで干上がってしまうさ」



 大統領執務室を辞した二人の男は年齢もこれまでの経歴もまるで違っていたが、共通点も少なくはなかった。彼らは栄光ある合衆国を導くべき者たちの一員であり、愛国者であり、そして憂鬱だった。 

 「すまなかったなデニガン君、無駄な時間を過ごさせてしまった」
 「いえ、私の労苦など長官に比べれば何ほどのものでもありません」

 ハル長官を始めとするホワイトハウスの閣僚達の憂鬱。それは大統領の様子が異常である事が原因だった。

 これが完全な異常であるのなら、いくらでも対処の仕様がある。合衆国の歴史は短いがその政治及び統治システムの洗練度は決して低くない。元首が乱心したぐらいでは合衆国はびくともしないのだ。
 だが、ホワイトハウスの主であるルーズベルト大統領は困ったことに日本に関係した事柄で知能障害を起こすことさえ除けば、相変わらず優れた政治家であり偉大な国家元首なのだった。
 孫ほども年齢の離れた愛人が何人もいたり妖しげな占星術師に政策を相談する癖があるとしても、彼が偉大である事に変わりはない。極端な話、政治家なんてものは九官鳥の言葉をそのまま繰り返していたとしても、選挙に勝てて打ち出す政策が正しければそれで良いのである。

 ルーズベルト大統領がどれほどに偉大なのかは、彼が実行している世界戦略を見れば明らかだ。
 
 不況に喘ぐ合衆国で大規模な公共投資を行って生産力と雇用を確保し、公共投資で培った技術力と生産設備で軍拡を行い、軍拡によって造り上げた兵器と物資をイギリスに売りつけてドイツに対抗させヨーロッパ勢力の統一を妨害し、ナチスドイツの野望を挫くと同時にヨーロッパを戦火で焼き尽くしてイギリスを含めたヨーロッパ諸国を破産させ、破産したヨーロッパ諸国に返せる訳もない金を貸して返済を迫り、借金の片として列強の植民地を巻き上げ、美味しい利権をつまみ取った上で出汁殻状態の植民地を独立させる。
 敗戦または実質的に破産した列強や出汁殻状態の新興諸国は合衆国に依存せざるを得ない。かくして世界は自由と民主主義とアメリカン・ウェイに包まれるのだ。

 「まさに非の打ち所ない戦略です。成功すれば我が国の覇権は百年は揺るがないでしょう」
 「確かにな。だが、日本の存在が不気味だ」
 
 ハル長官としても、合衆国が日本に負けるなどとは考えていない。
 彼が持っている情報が全て正しいとして、たとえ日本が正体不明の新型高速戦艦四隻と世界最高の戦闘機部隊を持っているとしても、合衆国が一度本気を出せば必ず勝てる。
 だが、楽に勝てるとも思えない。決着が付くまでに一年半から二年はかかるだろうし、その間に何度かの大がかりな戦いと数え切れない小さな戦いが起こり、少なからぬアメリカ人青年が死ぬだろう。相手は無力な猿ではなく、武装した人間なのだから。

 もちろん大統領もいつかは己が過ちに気付くだろう。だがそれでは遅すぎる。
 
 「彼らは強敵だ。舐めてかかれば、本来なら死なずに済む兵たちが何万人も無意味に死ぬことになる。それだけは避けねば」
 「はい。悲劇を防ぐために、我々も微力ながらお手伝いします」

 
 こんな訳で コーデル・ハル国務長官は今日も憂鬱だった。明日も明後日も憂鬱だろうと覚悟していたし、実際その覚悟は無駄にならなかった。
 不幸なことに彼や彼の部下や同僚たちの憂鬱は、彼らのうち最悪の予想をしていた者の想像よりも長く続くことになる。



続く。

3:峯田太郎 :

2010/12/24 (Fri) 11:34:38




        『その二、ヒトラー総統の童心』



 もしもハンイツ・グデーリアン大将が「仕事で一番大事なことは何でしょう?」と問われたならば、迷わず彼は「他者を尊敬することだね」と答えるだろう。


 嫌いな者の話を聞ける人間は少ない。
 自分を嫌っている事が明白な相手の話を聞ける人間は更に少ない。嫌われている理由が理不尽なものであるなら尚更だ。
 いや、嫌悪ならまだ良い。
 これが軽蔑ともなると、とんでもなく厄介だ。

 考えてみて欲しい、貴方は貴方を人間の屑として軽蔑しきっている相手の話を黙って聞く気になれるだろうか?
 貴方の目の前で ただ単に運が良かっただけで高い地位についている、人間の屑としか言い様のない無能卑劣な愚者が世迷い言を延々と述べている状態で、貴方は正気を保てるだろうか。

 ドイツ第三帝国総統アドルフ・ヒトラーとドイツ軍総司令部(OKW)の関係は、大雑把に言えばそういうものだった。


 これが双方の誤解であるならまだ救いがあるのだが、事実なのだから困った事になる。
 ドイツ軍総司令部(OKW)を構成するプロイセン軍事貴族たちからすれば、総統が彼らに対して抱いている悪意はオーストリアから逃げてきた木っ端役人の息子がルサンチマンを燃やしているに過ぎないし、ドイツの救世主を自認するヒトラーから見ればドイツ軍総司令部(OKW)は祖国を滅ぼしてでも特権を死守せんとする腐れ貴族の巣窟でしかない。

 私生児の息子であり挫折した芸術家であり名も無き一兵卒であり泡沫政党の途中参加者であったヒトラーがルサンチマン(怨念)の塊であることは紛れもない事実だが、一方のプロイセン軍事貴族が過去の栄光に囚われた硬直しきった組織を改善できない、腐敗と怠惰にまみれた無能集団であることもまた事実なのだ。

 総統が素人であることが確かなように、OKWをはじめとするドイツ軍上層部が無能であることも確かだ。
 先の世界大戦における敗北はユダヤ人の陰謀などではなく、ドイツ軍上層部の無能こそが原因なのだ。人事の硬直、限度を知らぬ派閥抗争、責任の所在が不明瞭な指揮系統、現場の士気を削るだけの広報、破綻した兵站‥‥どれか一つでも解決していたならば、あのような無様な敗北は有り得なかった。

 まあ、ユダヤ人の陰謀について言うなら、宣伝省が繰り返しているプロパガンダの半分でも本当ならば今頃はナチス党どころかドイツ全土が廃墟と化している筈だ。総統は縛り首、グデーリアンは銃殺、国民は死かユダヤの奴隷かの二択を迫られているだろう。

 グデーリアン大将自身も、自分が所属している組織の頑迷さに悩まされ続けてきた。
 確かにアドルフ・ヒトラーは軍事の素人だったが、素人であったからこそ電撃戦構想を支持したとも言える。総統の無茶振りは既存の組織に大きな混乱を与えることが少なくなかったが、その無茶振りの結果として風通しが良くなったことも多々あったのだ。


 
 独裁政治の長所は 一度独裁者の知己を得たならば、後は独裁者個人の好意を得さえすれば国家の意思決定に関われることだ。少なくとも話ぐらいは聞いて貰える。
 そしてグデーリアン将軍が選んだ独裁者の好意を得る方法は、ヒトラー総統個人を尊敬することだった。
 実行には少なからぬ努力を必要としたが、難事と言うほどの行為でもなかった。

 なんと言ってもヒトラー総統は祖国の指導者であり、しかも国威と領土を取り返した指導者だった。グデーリアンの電撃戦構想を採用して機甲部隊を造り上げた実績からも、凡庸な人物でないことは明らかだ。

 もちろん尊敬するだけで他者の好意を勝ち取れる訳ではないが、グデーリアンが総統からの個人的好意を得ることは容易かった。
 尊敬に値する人間から敬意を受けて喜ばない人間はまずいない。
 そしてハンイツ・グデーリアンは万人が敬意が抱くに値する人物だった。有能で、職務に誠実で、祖国に忠実であることは彼にとって呼吸も同然なのだ。
 
 賄賂やゴマスリの類と違って細かい気配りも元手も必要ない。グデーリアン将軍は彼らしく振る舞う、ただそれだけで総統個人の好意と信頼を得ているのだった。
 




 「忙しいところ呼び立ててすまんな、将軍」
 「電話では話せない用件ならば致し方ありません、総統閣下」
 「うむ。会議の度に人間が一々動く手間が無駄だな。電気式暗号装置の開発を急がせねばならん」


 十年後か二十年後には画期的な暗号装置が開発され、遠方の要人と盗聴の心配なしに話せるようになるかもしれないが、今現在は無理だ。
 現在ドイツ軍が使用している暗号装置『エニグマ』シリーズは優れた機械だが、換字式である以上解読される危険性がある。まあ、もともとエニグマは電報には使えても電話には使えないのだが。

 
 「さて、話の前に一つ聞きたいのだが」
 「はい」
 「どうだね、日本製の戦車は使い物になるかね?」

 グデーリアンは快速部隊総監として戦車などの研究を統括する立場にある。彼と彼の部下たちは極東の同盟国から送られた戦車や装甲車やそれらから派生した兵器、日本製の車輌などについて研究を進めていた。

 「報告書は鋭意制作中です。数日中にはお届けできるかと」
 「余は今知りたいのだ。大雑把な印象で構わぬ、答えよ」
 「使えるか使えぬかで言うならば、使えます」

 ドイツきっての戦車通であるグデーリアンの目で見て、タイプ97戦車は良い戦車だった。
 自重17トンの車体に400馬力の高出力エンジンと長砲身の57ミリ対戦車砲を搭載し、良好な機動性を誇るが装甲も薄くない。
 全ての車輌に高性能かつ信頼性抜群の無線機が装備されている点も高ポイントだ。ただ小隊長用の戦車に付いている手すりのようなアンテナは頂けない。設計者と会えたなら「誰が指揮官なのか敵に分かりやすくしてどうするか」と問い詰めたい所だ。
 その他にも車体前方機銃がないことやキャタピラの幅が狭く泥濘などに弱いことなど、幾つかの短所があったが致命的とは言い難い。運用の工夫でどうにかなる程度のものだ。
 

 「戦略的な意味でも使えるかね。例えばタイプ97を四百輌ほども用意できたなら、一個機甲軍団を編制し運用できるだろうか」
 「戦車以外の、必要とする物資と人員を共に与えてくださるなら存分に」
 「そうか。では頼む」
 「は?」

 ヒトラーは立ち上がり、後ろ手に組んで部屋を歩き始めた。

 「日本から送られてくるのだよ。タイプ97三百輌とトラック三千輌が、三個機甲師団を編制できる物資と共にな。半分は予備と部品取り用に回すとしても、一個機甲軍団を編制するには充分だ」
 「三個師団分とは気張りましたな。彼らも車輌が余っている訳ではないでしょうに」
 「費用対効果の問題だ。地球の反対側へ師団規模の部隊を送り込み戦力として維持することに比べれば、物資を提供した方が結果的に安上がりになる。東洋の友人達はそれをスペインで思い知らされたのだ」

 反共を国策として掲げる極東の帝国は、ドイツやイタリアと同じくスペイン内戦において国粋派を支援し、義勇兵も送っている。派遣された兵力は旅団規模の陸兵と数個大隊の航空部隊に過ぎなかったが、彼らが遠隔地に軍を送る困難を思い知るには充分な規模だった。


 「スターリンは失態を重ねすぎた。故に勝利を求めている。国境線を巡る小競り合いなどではなく、目に見える大きな勝利を」
 「ポーランドで ですな」
 「そうだ。東方で勝利を求めようにもその前にシベリア鉄道とウラジオストックを再建せねばならん。南方では英国と衝突する可能性がある。かといって北方では実入りが少なすぎる」
 「そこそこ大きく、それでいて簡単に仕留められる獲物は他に見あたりませんからな」

 ポーランドは決して小国ではない。潜在的には大国に分類できるだけの国力を持っている。
 だが、対するソヴィエト・ロシアはあまりにも巨大過ぎた。そしてポーランド首脳部はロシアよりもむしろドイツを警戒している。

 「ノモンハンで日本軍に大敗したが故にスターリンと赤軍は勝利を欲し、赤軍の醜態を知ったが故にポーランド首脳部は増長し、日本は現物支給でドイツへ報酬を払い赤軍の足止めを図る」
 「人を勝手に傭兵にしてしまうとは、困った友人ですな」
 「全くだ。だがドイツの友人は少ないのだよ。特に頼りがいのある友人はな」

 ポーランドがソヴィエト・ロシアに席巻されるのはまだ良い。いや、国防的に言えば全然良くないが自業自得だ。
 しかし巻き込まれる側はたまったものではない。
 ポーランド国内が赤軍の軍靴に蹂躙される時、その領土内に存在する東プロイセンが無事で済む訳がない。共産主義者にはドイツの母胎とポーランドの区別などつかないのだから。

 「東プロイセンの復帰こそドイツの悲願、退く訳にはいかぬ。かの地を見捨てたならば、余はドイツの指導者たる資格を失ってしまうだろう」
 

 グデーリアンは直立不動の姿勢でヒトラーの言葉を待った。
 彼はユンカー(土着貴族)の出身ではないが、生まれも育ちも東プロイセンである。総統が覚悟し、祖国がこれから行う戦争は彼の故郷を守るための戦いなのだ。

 「グデーリアン、卿を新設する第19機甲軍団の指揮官に任命する。急げよ、熊どもは早ければ5月には動き始めるぞ」
 「ヤー、マインフューラー。ハイル・ドイッチェンラント」
 「ハイル・ドイッチェンラント」
 

 祖国を守れぬ軍人に意味がないように、国民を守ろうともせぬ指導者に意味などない。
 ごろつきに娘を差し出せと言われて素直に引き渡す男に、当主など務まらない。 

 ガキの理屈と呼ばば呼べ。

 アドルフ・ヒトラーは色々な意味で子供っぽい人物であり、その言動や政策には良くも悪くも人格の影響が出ている。
 だが、グデーリアンはそれで良いと考えていた。
 もしも総統が老成した常識的な人物であったなら、電撃戦構想どころか軍の再建すら成されていなかったかもしれない。
 オリンピック開催もラインラントなどの領土復帰もあり得ず、祖国には貧困と混乱が満ちあふれていた筈だ。

 ある意味で、現在のドイツ三軍はヒトラー個人の童心の産物であった。そして子供じみた正義感が、東プロイセンを見捨てさせない。
 
 グデーリアンに不満はない。軍と軍人は戦うために存在する。
 祖国と国民を守るために戦い、勝利する。二十年前に果たせなかった願いを、今度こそ叶えてみせる好機だ。



 「ところで総統閣下、電話では話せない用件とは何でしょうか」
 「それも日本絡みだ。余の戦略に少なからぬ変更を加えるに値する情報が入ってな、卿の理解を得ておかねばならん」

 ヒトラーは執務机の後ろに置いてある小さな漆塗りの箪笥を開け、引き出しを一段引き抜いて机の上に置いた。

 「ヘル・オーシマからのプレゼントだよ、古代から現代までかの国で流通していた硬貨のコレクションだ。このケースに入っているものは16世紀のものだ」

 ドイツ第三帝国総統アドルフ・ヒトラーには幾つかの悪癖があった。その一つが、重要な説明を行うときに前置きとして歴史を題材とした演説をしたがる というものである。もちろん重要でない話題の時にも演説したがるのだが。

 「これが天正大判、世界最大の金貨だ。16世紀後半にかの国の内乱を平定した豊臣秀吉は自作農階級出身の一兵卒からカイザーに成り上がった英雄だが、それ故に権力基盤が弱く‥‥」

 悪癖ではあるのだが、我慢できない程ではない。それに最近は頻度や時間を控えるようになってきた。
 もっとも総統が長話を控えるようになった理由は、以前にグデーリアンが「総統、前置きが長すぎます」と諫言したが故なのだが、本人は気付いていない。

 


 そんなわけで、ハンイツ・グデーリアン大将は彼なりにアドルフ・ヒトラー総統を尊敬していた。その敬意は総統が祖国の繁栄と国民の幸福のために働き続ける限り続くだろう。

 もちろん、総統が失策を犯し祖国と国民に害を与える存在になってしまえば 話は別だが。 




続く。
4:峯田太郎 :

2011/01/06 (Thu) 15:21:13





           『その三、都市伝説とアメリカンドリーム』




 都市伝説。時に増え、時に変化しながら人々の口から口へと伝えられる妖しげな噂。
 ニュートンが論文に纏める遙か前から万有引力が存在していたように、学問の世界で使用される定義付けされた言葉としてはまだ存在していないが、1930年代末の合衆国内にも確かにそれは存在していた。

 曰く、ミネソタ州全域で養豚所の豚が奇形児を出産する怪異が頻発している。 

 曰く、マンハッタン島で下水工事現場が巨大な白いワニに襲われ、十数人に及ぶ犠牲者が出た。

 曰く、シカゴの市街にドイツ軍風の軍服を纏いガスマスクを被った怪人が現れ毒物を噴霧した。
 
 曰く、ロッキー山脈の奥地で全長数百メートルに及ぶ空飛ぶミミズが目撃された。

 

 それらの噂は大半が奇妙で奇怪なあるいは残酷な内容なのだが、心温まる話がない訳ではない。
 最近の合衆国南部地域で流行し始めた噂の一つが、ファットマン(でぶ)伝説である。


 貧しい黒人の少年は今日も楽器店のウィンドウに飾られているトランペットを眺めていた。ふと気が付くと彼の隣には外国人風の肥大漢が立っていて、何故そんなに熱心に見ているのか訊ねてきた。
 少年は夢を語る、いつかこの街一の演奏者になってこのトランペットを買い、楽器屋の親爺を見返してやるのだ と。
 太った外国人の大男は頷くと店に入り、少年が見つめていたトランペットを買った。男は更に服と靴を買ってトランペットと共に少年に与え、去っていった。
 その数ヶ月後、名実共に街一番のトランペット吹きと認められた少年は、今度は全米一のトランペット吹きを目指して日々励んでいる。

 他にも幾つかの話があるが、困っている人の所に奇妙な肥大漢が現れるという大筋は変わらない。

 ファットマンは真夏でもコートを羽織り大きな丸い帽子を被っている肥満した大男で、顔つきは外国人じみていて訛りのある英語を喋る。
 ファットマンに遇った者は幸福を得る。
 彼が左手に持つ鞄には決して減らない札束の山が入っていて、貧しい者に分け与えられる。彼が右手に持つ陶器の瓶には万能の霊薬が満ちており、病める者を癒す。彼の腰にくくりつけられたノートには福音の言葉が記されてあり、悩める者に渡される。
 ファットマンに会えるのは善良な者だけである。その証拠に、白人でファットマンに会った者は一人もいない。

 


 「これが、証拠だと?」
 「そうだ。「ファットマン(でぶ)」は実在する」


 FBI捜査官ジョージ・メルダーは数ヶ月前まではファットマン伝説を「盗んだ金で服や靴や楽器を買ったこそ泥が金の出所を誤魔化そうとした法螺話を無学な黒人が信じ込んただけ」のものと考えていた。
 だが、現在では実在を確信している。少なくとも、モデルになった人間がいるのだと。 
 

 ニューオリンズ市警の刑事、ヘンリー・モーガン警部補はメルダー捜査官が机に並べた数種類の紙幣のうち最も見慣れないものを手に取った。

 「これが日本の紙幣か。確か1ドルが2エンだったかな」
 「正しくは新紙幣だ。潜入工作員が瓶に詰めて流したものを合衆国の船が回収した」

 元々外見的および習慣的な問題で、アメリカ人が日本本土で諜報活動を行うことは難しかった。悪い意味で目立つのだ。
 それでもなんとかやってこれたのは、住民の防諜意識が低く公安組織が未熟だったからだ。しかし両国の関係が悪化してからは、日本マスメディアが反米意識を煽りまた日本政府が防諜に力を入れるようになって、直接的な意味で合衆国側の諜報活動はさっぱり進まなくなってしまった。この新紙幣を流した諜報員にしても以後は音信不通である。

 「特に不審な点は見当たらないが」
 「こちらが旧札だ。額面は同じだがね」

 それは分かる。モーガンは日本語の読み書きなど出来ないが、二枚の紙幣に書かれた文字が同じ物であることは間違えようがない。
 並べられた紙幣の違いは明らかだった。一言で言えば、旧札の方が貧乏くさく新札の方が立派なのだ。

 「紙の質、印刷技術、図案の細かさ、全てにおいて新札が上だな」
 「虫眼鏡で見てみたまえ、細かいどころの騒ぎじゃない」

 メルダーに言われて見てみれば、確かに新紙幣には肉眼では見えないほど細かい文字や記号が書き込まれている。

 「ここまで凝った紙幣を造る理由は、何だと思うかね?」
 「偽札対策 かな」
 「そうだ。彼らは予防策を打ったんだ、自分たちがしていることをそのまま仕返しされないように」
 「つまり、日本は国家レベルで偽札を造っている と?」
 「他に考えようがあるかい? 高品質な偽札は相応の組織でないと作れない。この札束はケチなギャング団では無理な代物だよ」

 二人が挟んでいる机の上、二枚の日本紙幣の横には札束が積まれていた。合衆国の通貨、ドル紙幣だ。
 一束百枚の1ドル札、5ドル札、20ドル札がそれぞれ三十ずつ。計七万八千ドル。
 これらのドル紙幣は、ニューオリンズ市郊外の貸倉庫に積まれていた木箱から見つかったものだ。まだ集計が終わっていないが、総額は一千万ドルを確実に越えている。
 

 「しかし、どうせならもっと高額な紙幣を偽造した方が効率的じゃないのかな」
 「ああ、僕は最近悪夢を見るよ。マンハッタン島で一万ドル紙幣の紙吹雪が舞う夢をな。ただ単に今は目立ちすぎるから作ってないだけだろう」
 「成る程、これは試作品か。それにしても良くできている」
 「紙の素材、インク、原板どれをとっても見分けが付かない。連邦造幣局がまだ印刷していない番号の札が見つかったから分かったが、そこに気付かなければ僕は今でもただの新札だと思っていただろうな」

 
 事は三日ほど前に遡る。
 その夜、ジョン・スミスなる若い黒人男が泥酔して路上で寝ている所を警邏中の警官に見つかり、収容された。これだけなら事件とも言えない日常茶飯事なのだが、翌朝スミスの懐から三千ドル近い新札の札束が見つかった。
 缶詰工場を解雇された直後のスミスが持つにはあまりにも高額な現金を怪しんだ警察はスミスを拘留し、彼が持っていた貸倉庫の鍵からたどって札束の山を発見したモーガン警部補の所へメルダー捜査官が訪れたのだった。

 メルダーは言う。ファットマン(でぶ)の正体は、黒人等の低所得階層へ偽造紙幣や貴金属類をばらまいている日本帝国の工作員なのだ と。
 工作員が何を目的としているのかは不明だが、拘留される前夜にスミスが「近いうちに世界が変わる。悪に満ちあふれたゲンダイゼイは打ち倒され、俺は新世界で王様になるんだ」と酔って叫んでいたと目撃者の証言があったことから、後方の攪乱を目論んでいた可能性が高い。


 「警部補殿、ボスから電話です」
 「うん。ちょいと失礼」

 ノックの後、廊下から扉越しに部下に告げられたモーガンは部屋を出ていったが、三分もしないうちに戻ってきた。

 「スミスをあんたらに引き渡せとさ」



 1時間後、メルダー捜査官は紙幣偽造事件の容疑者とその資料を押収してニューオリンズ市警察署を去っていった。


 「お疲れさまでした。コーヒーでもどうぞ」

 マグカップを受け取り、ミルクと砂糖多めの内容物を啜るモーガン警部補に部下の若い巡査が話しかける。

 「スミスの奴、どうなるんでしょうね」
 「死にはしないだろう。もうチャンスは巡ってこないだろうがな」
 「ですよねー。ピカピカのキャデラックにプール付きの豪邸ですか、そんなの俺だって欲しいですけど言いふらしちゃ駄目ですよね」
 「貧乏ってのは嫌なもんさ。染み付いちまうと簡単には取れやしない」

 
 元々スミスにはこれといった能がなかった。取り得と言えば若くて丈夫で、少しばかり幸運だったことぐらいだ。
 幸運の女神は平等だ。誰にでも微笑みかける。だが、幸運を掴むにも掴み続けるのにも能力が要る。スミスにはそれが決定的に足りなかった。
 場末の酒場で酔っぱらうなら30ドルもあれば充分だろうに、必要額の百倍もの現金を持ち歩いたせいで逮捕された上に貸倉庫に保管していた活動資金まで見つかってしまった。

 まだ持ち歩いていた現金だけなら、モーガン達はスミスと口裏を合わせて置き引きとかの適当な罪状を被せて軽い刑で済ませてやれた。刑務所送りは避けられないが、その後は刑務所内部で工作員として活動することも出来た。
 だが貸倉庫の鍵が見つかってしまったのが拙かった。これがモーガン直属の部下が見つけたなら何とでもごまかせたのだが、スミスの幸運はあそこで尽きてしまったのだろう。
 モーガン警部補は幾つもの難事件を解決した年季の入った刑事だが、それ故に上司や少なくない有力者たちから睨まれていた。正義を成せば嫌われることもある。強引な捜査妨害は難しい。


 「ところで、プール一杯の美女とシャンパングラスの塔はいらないのか?」
 「女は女房一人で充分。シャンパンなんぞ酒じゃありません、男ならバーボンですよ」
 「欲のない奴だな」
 「警部補殿ほどじゃありませんよ」

 実を言えば、モーガンと部下もスミスと同類だった。スミスが見習いの小僧なら、二人は手代なみと呼べる程に深入りしている。
 メルダー捜査官の見立ては限りなく事実に近い。ファットマン(でぶ)の正体は、日本帝国もしくはその支援者の走狗でありスミスやモーガンたちは現地協力者なのだ。


 ファットマン(でぶ)伝説そのものは只の噂話だが、元になった幾つかの事件は実在する。モーガンとその部下は一年ほど前に日本帝国の工作員と接触し、以後情報提供などの協力を行っていた。相応の見返りも得ているが、用心深い彼らは今まで隠し通せている。

 伝説は所詮伝説であり、事実ではない。ファットマン(でぶ)は白人の前にも、悪党の前にも現れる。むしろ善人の定義を「悪事を働かない程満たされた人間」と定義するならば、善人の前にこそ現れない。

 モーガンは一枚の紙切れを取り出して、そこに書かれた読めないが意味は知っている日本語の文字列を見つめる。それは福音の言葉、ファットマンのモデルから貰った仏教思想の一節だ。


 『善人なおもて往生す、まして悪人においておや』


 善人とは、突き詰めてしまえば恵まれているだけの存在でしかない。
 偶々裕福な家庭に産まれ、罪を犯さずに生きていけるだけの教育を受け、取り返しの付かない災難から逃れ続ける幸運を持っていた。ただそれだけの理由で善人と呼ばれるのだ。  

 人の心は弱い。モラルや道徳など生存本能の前では屁の突っ張りにもならない事を、モーガンはこの十年間で嫌と言うほど思い知らされていた。大恐慌の爪痕は、ニューディールとその後の軍拡をもってしても未だ合衆国に残っている。

 悪人とは弱者である。運なく能なく伝手もない、弱い人間だからこそ悪事に走る。
 善人は、強者は盗みなどしない。正面から堂々と、法と知恵と暴力で弱者を貪り喰らうのだ。

 神に祝福された自由と正義と平等の国、アメリカ合衆国。

 だがこの国の自由と正義と平等は、アングロサクソン系白人で新教徒の金持ちにのみ許された特権なのだ。モーガンのようなカトリックの貧乏人は、決して手が届かないチャンス(機会)を物欲しそうに眺めることしかできない。現在のモーガンはキリスト教徒ですらないから尚更だ。
 スミスのような有色人種には偽物のチャンス(アメリカンドリーム)すら与えられない。職も教育も公民権もない黒人にどうやって這い上がれと言うのだ。

 ましてこの南部では、黒人は生きること自体が難しい。ニューオリンズ市だけでも年間数百人の黒人が「大通りを歩くなんて黒人のくせに生意気な」という理由で射殺されている。銃弾が当たらなかった者や怪我だけですんだ者はその十倍以上いるだろう。

 『悪』。英語でEVILと訳されることが多いこの象形文字は、亜なる心という意味なのだとモーガンはファットマンに教えられた。
 
 亜なる心、世間の常識や規範に従えない心を持つ者が悪人ならモーガン警部補は紛れもなく悪人だ。
 もともと彼は正義の人だった。ジャスティス(決着)の意味ではなく、パブリック(公共)の義的な意味でだが。彼は人種や宗派や社会階層の違いで人が差別され虐げられることに我慢がならなかった。
 彼は正義を行おうとして、自分が善人であるには非力過ぎることを思い知らされた人だった。

 だから、ヘンリー・モーガンは悪人になった。
 腐った世界をどうにかするために悪魔に魂を売った。

 自己の正義感というちっぽけなものの為に、己が属してきた共同体を危機に陥れることをいささかも恥じない。その意味で言えば、モーガンはどうしようもない悪党だった。
 まだ我欲と怨念(ルサンチマン)のために動いていたスミスや、祖国を日系人の妻が暮らしやすい国にするために働いている部下の方が、人としてはまともかもしれない。


 まあ、アメリカ合衆国の運命は数年前に、ファットマン(でぶ)が跳梁を始める遙か前の時点で既に決まっていたのだから大した問題ではないが。
 一人の人間が起こした行動が世間に与える影響など、所詮その程度でしかない。








 スミス容疑者を引き取ったジョージ・メルダー捜査官はその夜、容疑者ごと失踪する。
 一ヶ月後、ニューメキシコ州某所で保護されたメルダーは「火星人の円盤に捕獲された」と証言した。 なお、失踪中の調査で数年前からコカインを常習していたことが判明していたメルダーはその時既に連邦捜査局を馘首されている。

 彼が失踪直前に発見したと報告した偽札は全て紛失しており、彼以外に目撃したと主張する人間もいなかったため虚言・妄想として処理された。メルダーが証人として挙げたヒラリー捜査官は実在せず、メルダーの妄想と日記の中にのみ存在する人物であると記録されている。
 連邦捜査局を罷免された半年後、政府施設への不法侵入を計り失敗し逮捕されたメルダーは精神鑑定の結果、責任能力なしと判断され精神病院に収容された。

 その後のメルダーは幸運にも戦中戦後の混乱を生き残り、戦後に「私は火星人に捕獲された」なる体験記を自費出版したが、全く売れなかった。




 ヘンリー・モーガン刑事はその後も警察官として職務に精励し、1943年7月のニューオリンズ大暴動鎮圧で手腕を発揮した。その後署長代理から護民官を経て1948年にニューオリンズ市長に当選。
 市の復興と発展に大きく貢献するが1955年2月11日の午後、暗殺者の凶弾に倒れる。彼の葬儀にはニューオリンズ市民の三分の一が参列した。

 彼の部下とその妻に関しては、公式記録で確認できず詳細は不明である。



 
 ジョン・スミス容疑者は長期間行方不明となっていたが、終戦後サイパン島で農民として生活しているところを発見された。発見時には既に日本へ帰化済みであり拾得物横領容疑についても時効が成立していたため罪に問われなかった。
 大農園の経営者でサイパン島屈指の富豪である彼は、大勢の孫と曾孫に囲まれて暢気に暮らしている。つい最近30近く年下の後妻を迎えた本人曰く「夢は諦めなければいつかかなうよ」とのこと。

 もちろん、彼と彼の家族が暮らす豪邸はプール付きだ。テニスコートも付いていたが、サイパン島の日射しはテニスを楽しむには強すぎて誰も使わなかったので現在は庭園に改装されている。




続く。

5:峯田太郎 :

2011/01/20 (Thu) 14:25:03




           『その四、義勇兵と解放軍と時々‥‥もとい毎日最大の敵と』





 空を飛ぶのは良い気分だ。鳥のように好きな時に好きな所を好きなように飛べるのなら言うことはない。
 決められた道程を刻々と告げられる指示に従って飛ぶのも、悪くはない。少なくとも飛ぶか飛ばぬかを決めているのは自分だからだ。

 たとえ矢玉飛び交う戦場の空でも、愛機の翼が弾痕だらけでも、燃料がタンクから漏れ続けていても、ついでに定員オーバー状態でも空を飛ぶ喜びに変わりはない。いや、そんな状態でもまだ飛び続けているからこそ喜びを感じられるのだが。

 満身創痍の機体を騙し騙し飛ばせているパイロットは本日何十回目かになる感謝の祈りをアッラーに捧げていた。
 臨時の後部座席に座っている同乗者が預言者イーサに祈るたびに、アッラーへ慈悲を乞う祈りを捧げているので合計すれば百回を越えているだろう。
 数十年後の主力航空兵器であるジェット戦闘機と異なり、この時代の主力であるレシプロ機は隙間だらけだ。単座の戦闘機でも無理をすれば人の一人や二人余分に積めないこともない。無理をすれば、だが。

 無理を通らせる価値は有る。非業の死を遂げた預言者を勝手に救世主に仕立て上げた異端邪宗の信徒ではあるが、仮設後部座席の男は彼の戦友だった。勇敢で義侠心に溢れた腕利きの飛行機乗りであり、異教徒でなければ妹の婿にしたいぐらいの男だ。むざむざと地獄へ行かせたくない。
 いや、もしも義弟になるならパイロットは止めさせなくてはならないが。可愛い妹の夫は堅気でないといけないし、飛行機乗りはどう考えても堅気の商売ではない。根っからの飛行機乗りな自分には良く分かる。
 

 彼の考えは正しい。飛行機乗りは、少なくとも戦場の飛行機乗りは真っ当な人間ではない。
 ぼろぼろになった機体を騙し騙し操って帰ってきたばかりの戦闘機パイロットを、「人手が足りないから」という理由で爆撃機の後部座席に乗せて出撃させる輩も、「戦友を救うためなら」と嬉々として乗り込む輩も、どちらも真っ当な人間ではない。

 まあ、義勇兵が‥‥好き好んで他国の戦にやってくるような輩がまともな訳もないが。





 1939年6月22日未明、ソヴィエト・ロシア軍はポーランドとの国境を踏み越えて侵入、首都ワルシャワを目指した。
 対するポーランド側は根拠のない楽観論の蔓延や親ロシア勢力の活動などにより、国土の東側にまとまった戦闘力を持つ部隊が存在しない状態になっていた。国境付近に薄く配置された警戒部隊を蹴散らしたロシア軍は正に無人の野を進むが如く進撃‥‥できなかった。

 その第一の理由は、度重なる粛正の結果赤軍の人材が枯渇していたからだ。将校の六割が処刑または投獄または退役させられた軍隊がまともに機能する訳がない。

 第二の理由は、赤軍の兵士達が飢えていたからだ。本当に無人の不毛地帯を進むのであればもっと早かっただろうが、共産党による無理矢理な工業化や集団農場化によって長年窮乏生活を続けていたロシア人達にとってここ数年豊作が続いていたポーランドの農村や市街は宝の山だった。
 森で迷い飢えた子供たちが菓子パンの小屋に食いつくように、赤軍の兵は好き放題に進路にある財貨を奪いパンを喰らい家畜を屠し酒を飲み女を犯した。

 ただし運か要領の悪い兵達は、狼藉の最中に憲兵に逮捕され簡易裁判後に射殺された。
 文明国の軍隊としては最も野蛮と言われる赤軍だが、軍規が緩い訳ではない。むしろ厳しい。厳しい軍規に従わない者が多いだけだ。



     ・・・・・


 戦争と飢饉は双子の兄弟である。疫病と天災はその家族といったところか。姉妹だったり親子だったり夫婦だったりとその関係は時代と地域によって複雑に変化する。

 1938年はウクライナ産の小麦が疫病により記録的な不作となった。さらに同じ年の秋に始まり初冬に終わった日本との戦争に大敗したソヴィエト政権は国威と国力に少なからぬ損害を受けた。
 去年ほどではないが今年も不作になると思われる。ならばどうするか。

 東は駄目だ。本格的な採掘が始まったマンチュリア北部大油田の利権を奪うために始めた戦争はロシア側の一方的敗北に終わり、逆にサハリン油田の権利を渡して領土の割譲だけは勘弁して貰うはめになったのだから。
 東方征服の根拠地であるウラジオストックは瓦礫の山と化し、シベリアの大動脈である鉄道は寸断され、精強を誇った極東軍は壊滅状態にある。回復には年単位の時間が必要だ。

 ならば西はと言えば、呑み込むのにちょうど良い獲物がいるのだがその後ろに厄介な相手がいる。
 脳味噌が中世で立ち腐れている狂人に率いられた戦争機械、陰険で恩知らずのゲルマンスキーどもだ。

赤軍の進撃が遅れた第三の理由、それはポーランドを搾取する資本家どもが祖国をドイツに売り渡したからだ。よりによって、世界で一番信用ならない相手に。
 再軍備のためにロシアを散々利用したくせに、ラッパロ条約を一方的に破って伊西日土などの各国と防共協定を結んだドイツ人のなんと悪辣なことか。

 「ナチと同盟など正気の沙汰ではない。少しばかり風向きが変わっただけで平然と裏切るのがゲルマンスキーなのだ、君たちも考え直したまえ」
 「‥‥カルロス・セルバ軍曹、第11義勇飛行隊所属、認識番号409-226-1028」

 何を言っても捕虜は同じ事しか喋らない。
 名前や言葉の訛りからするとスペイン人らしいが、スペイン国粋派が雇っていた傭兵なのだろうか。かの地では未だ赤軍の同志達との戦いが続いているのに、こんなところまで解放軍の邪魔をしに来るとは気の早い奴らだ と、イワン・ショリチェフ少尉は呆れてしまう。 


 ショリチェフ少尉は士官学校を出て間もない若い軍人で、熱心な共産党員であり、本人は気付いていないが類い希な幸運の持ち主だった。愚鈍ではない一本気な将校がスターリン政権下の赤軍内で生き残るには、持て余すほどの幸運が必要なのだ。
 
 この戦争が始まってからも幸運は続いている。
 幸運であるが故に、彼が指揮する対空砲座は空中戦で無敵を誇る新型戦闘機を撃墜できた。
 幸運であるが故に、彼は二輌のトラック‥‥うち一輌はクレーン付きの大型だ‥‥を回収任務に使うことが出来た。
 幸運であるが故に、彼が率いる回収部隊は新型戦闘機の残骸を確保できた。胴体着陸した敵機の操縦席でパイロットが気絶していなければ、捕虜にならず逃走していただろうし、残骸は燃やされていただろう。


 「少尉殿! 未確認機が接近中です!」

 幸運であるが故に、彼の下には優秀な部下が集まっていた。何処の国でも兵隊は運の悪い将校より運の良い将校の方が好きだ。何と言っても生き残りやすい。そして生き残れるからこそ腹も据わるし腕も上がる。

 「森の中に隠れろ!」

 低空を接近中の航空機を一目見たショリチェフは躊躇なく待避を命じた。悔しいが赤軍はあんなに速く飛べる飛行機を持っていない。ならば敵だ。もしも噂に聞く味方の新型機だったら? ポーランド人民の解放が近づくだけだ。赤軍万歳。

 木陰に隠れた回収部隊目掛けて赤い丸印の付いた機体が銃撃を浴びせてくる。やはり敵機だ。
 一瞬のうちに数十発の機銃弾と十数発の機関砲弾が、地面と松の木とその間にある物体に穴を開け打ち砕く。松葉と木っ端が吹雪のように舞い散り、火花がひらめいた。




 「畜生、魔女の婆さんに呪われろ!」

 空に鮮やかな弧を描き悠々と飛び去る敵機を罵る兵たちの前で、トラックが回収した機体ごと燃えている。戦場では宝石よりも貴重なクレーン付きの大型トラックが。
 銃撃を浴びて載せていた機体の燃料タンクに穴が空き、漏れたガソリンに引火したのだ。

 「少尉殿。燃料を、抜いておかないで正解でしたなあ」
 「ん。ああ、そうだな」

 古参兵のゆっくりとした言葉に、ショリチェフ少尉は頷いた。
 将校は常に正しく、間違えない。少なくとも兵からはそう見えなくてはならない。怯えたり慌てたりなど論外だ。

 不時着した敵機を回収する際に燃料タンクのガソリンを抜いておけば、大型トラックは炎上しなかったかもしれない。だがそれはあくまでも「かもしれない」だ。炎上しなければトラックは敵機の更なる攻撃を受けていただろうし、そうなれば回収部隊が全滅していた可能性もある。

 仮にガソリンを抜いていたとしても、そのガソリンを捨てることが出来たとはとても思えない。何もかもが不足している前線で、百リットル以上に及ぶ高オクタン燃料は貴重品だ。支給品のガソリンで割って使えば、I-16戦闘機をエンジン出力一割増しで二回出撃させられる。
 捨てずに取っておいたガソリンを、大型トラックに積んでいたら抜いていないのと同じ事だ。どのみち火達磨になっている。ショリチェフ達の中型トラックの方に積んでいたなら、今頃は二台とも火達磨だ。

 ショリチェフは強運の持ち主だった。空襲を受け、トラックが積み荷ごと炎上したにも関わらず本人は全くの無傷。部下たちもかすり傷しか負っていない。
 そして数分後。遠方から響く爆音とたなびく煙から、彼らが出発してきた野戦飛行場が襲撃されたことを知った兵達はまたもや発揮されたショリチェフ少尉の幸運に驚くのだった。




 帰還したショリチェフたちだが、基地は予想通り壊滅状態にあった。滑走路には大穴が空き、航空機は援退壕に隠してあったものまで残らず破壊され、弾薬庫は未だに消火されておらず炎のなかで機銃弾がパリパリと爆ぜ続けている。そして滑走路の脇に並べて寝かされている戦死者達。
 

 「おお神様、なんてこった」

 思わず十字を切りそうになった兵の肩を、隣の兵が叩いて止めさせる。将校の誰もが彼らの小隊長のように物の分かった人物とは限らない。頭の固い政治将校などに見られたら面倒なことになる。

 「同志ショリチェフ、無事だったか」
 「同志リジスキー、コマンド部隊の襲撃ですか?」

 生き残りの将校がショリチェフたちに近寄る。航空参謀のリジスキー中尉だ。怪我はしているが軽傷のようだ。 
 ショリチェフが只の空襲ではないと判断した理由は簡単だ。損害を受けた機体や施設のうち横方向からの銃撃で破壊されたものが異様に多いからだ。


 「あれをコマンドと呼んで良いのかどうか‥‥」

 この基地を急襲したのは、特殊部隊と言うよりは特殊な部隊であった。戦闘機が上空の制空権を取り、爆撃機が基地施設に爆弾の雨を降らせる。ここまでは何処の軍隊も同じだ。

 違うのはその後に、向こうから見れば敵の滑走路に爆撃機が侵入して滑走しながら機銃掃射していった事だ。しかも何機も連続で。
 日本製の新型爆撃機には機首に機銃が二丁、翼内に機関砲が二門、後部座席に回転式機銃が一丁装備されている。つまり火力だけなら軽装甲車一~二輌分に匹敵する。そんなものが続けざまに何機も降りてきて撃ちまくれば基地が壊滅するのも無理はない。

 「同志ショリチェフ、君の部下を貸してくれないか。人手が幾らあっても足りない」

 ショリチェフに異があるわけもない。古参兵に命じて復旧作業を手伝わせる。
 本来なら彼が直接指揮するべきなのだが、まずはリジスキー中尉の相談に乗ってからだ。この基地に残されたまともな将校は彼ら二人だけ。生存者はまだ何人かいるが指揮など不可能なのだ。

 「撃墜は、できなかったのですね」
 「連中の新型は戦車並に頑丈だ。我が軍もあのような航空機が必要だな」

 リジスキーの要望は後日、赤軍航空機最高傑作の一つと呼ばれるシュツルモビク襲撃機の配備という形で叶えられることになる。

 「ところで同志リジスキー、その手に持っている弾倉は何ですか?」
 「本日唯一の戦果だよ」

 ショリチェフは弾倉を手に取った。薄い鋼鉄板をプレス加工して作られているが、弾倉の横に細長い穴が開けられていて弾倉にあと何発の弾が残っているか分かるようになっている。特殊部隊仕様だ。
 弾倉の形も銃口側が極端に細くなった形になっており、素人が暗闇の中でも気楽に弾薬交換できるよう工夫が凝らされている。基地を襲撃したコマンド部隊擬きが放り捨てていったものだ。


 「UJI‥‥ 日本製ですね」
 「知っているのか、同志」
 「日本のナラ地方に本拠地がある、宇治某という設計者が作った銃砲工場の製品です。ヤポンスキーにしては銃のことが分かった奴だと聞いています」

 長らく欧州諸国の劣化コピー兵器を製造していた日本だが、ここ数年は独自に開発した製品の比率が増えてきている。性能も全般的に上がってきた。
 それら新兵器の数が揃うであろう近い将来、日本軍はより手強く侮れない敵となって赤軍の前に立ちはだかる筈だ。

 「同志中尉殿、見つけて参りました」
 「ご苦労」

 まだ頬の紅い少年兵が瓦礫の中から掘り出したと思しき、見慣れない形の銃器をリジスキーに手渡した。敬礼して走り去る。


 この時代の航空機は隙間だらけである。極端な話、発動機と燃料タンクと操縦席を除けば機体は空洞だと言っても良いぐらいなのだ。無理をすれば、その空洞に色々と詰め込んで飛べないこともない。

 戦闘意欲溢れるドイツ製の人型戦闘機械どもは、搭載した機銃や爆弾だけでは足りないのか無理矢理作った隙間に短機関銃や爆薬を満載して、飛行機乗りのくせに敵の飛行場に強行着陸してコマンド部隊顔負けの破壊工作を行った後に人員を回収して逃げ去ったのだ。正気の沙汰ではない。
 つくづく世界は理不尽だ。何故ゆえにあんな戦争狂どもと国境を接していなくてはならないのか。ショリチェフが共産主義者でなければ創造主とやらを思い切り罵ってやる所だ。


 少年兵が持ってきた銃は宇治式短機関銃、日本で製造され自称義勇兵部隊が欧州に持ち込んだ兵器の一つだ。ドイツ規格の9ミリ軍用弾使用、オープンボルト式、装弾数40発、発射速度580発/一分。小さく軽く堅牢で扱いやすくそこそこ火力があり手入れが楽で値段も手頃な優秀兵器であり、赤軍の兵達も鹵獲できた物は喜んで使っている。‥‥まあ、たとえ使いにくい鹵獲兵器でも使わざるを得ないのが赤軍の懐事情なのだが。

  「同志ショリチェフ、すまないが弾を分けてくれ。こいつを試射してみたいのだが私の手持ちは先程の戦闘で使い切ってしまったのでね」

 リジスキー中尉も鹵獲品の愛用者だった。敵国のものであっても優れた文化や技術の産物には大いに敬意を払うのがロシアの伝統なのだ。
 ショリチェフは腰に吊している鹵獲品のルガー拳銃から弾倉を抜き、数発の9ミリ拳銃弾を取り出して手渡した。

 弾丸を受け取ったリジスキーはUJIの弾倉に込め弾倉を銃本体に装填して、銃口をショリチェフに向ける。

 「同志?」
 「ショリチェフ少尉。君の部下の面倒は見るから勘弁してくれ」


 気が付けばショリチェフはリジスキー中尉の部下に囲まれていた。

 「本当に済まない、だが誰か責任を取る者が要るんだ」
 「‥‥勝手な事を」

 ショリチェフはリジスキー中尉が自分に責任を押し付ける気であることを悟った。彼は決して愚鈍な男ではない。
 おそらく、実際には政治将校からの要請を受けて基地司令から命じられた新型機回収任務をショリチェフと戦死した将校らの独断専行であると偽り、ショリチェフ隊が居なかったからこそ基地は壊滅的打撃を受けたのだと上層部に報告するつもりなのだ。
 
 ショリチェフ少尉には彼らの責任逃れ工作が上手く行くとは思えない。独断専行を見逃した罪を追求されたらどうする気なのだ。だがリジスキーらは本気だ。どんな馬鹿げた案であっても、何か策を弄し行動を起こさねば不安で潰れてしまうのだろう。これも戦場神経症(シェルショック)の一種かもしれない。

 ドイツ空軍航空隊によるコマンド部隊まがいの攻撃は、航空機や弾薬庫などよりも遙かに重要なものを破壊していた。彼らの容赦ない一撃はリジスキーら赤軍将校の士気(モラール)をへし折っていたのだ。
 


 彼ら赤軍将兵はいまだ敵襲の衝撃から立ち直れていなかった。心に虚が出来ていた。隙だらけだった。
 いや、たとえ仲間割れを起こしていなかったとしても、起こすほどの衝撃を受けていなかったとしても、彼らにとって死神にも等しい敵の接近を察知することは難しかっただろう。
 優秀かそうでないかはさて置いて、彼らは軍人だった。軍人は良くも悪くも頭が固い。彼らは常識の塊であり、常識の壁を気にもとめない存在の行動を予測することは苦手なのだ。

 何処の誰が、戦場のど真ん中でまだ燃えている敵の基地へ、遙か彼方で発動機を止めた急降下爆撃機が滑空しながら無音で接近してくる などと予測し得ようか。
 そんなことをやるのは狂人だけであり、最悪なことに煙立ちこめる滑走路へ無動力滑空で接近し今まさに強行着陸を決めようとしている機体のパイロットは、ドイツ軍屈指の凶人だったのだ。

 滑空してきた爆撃機の車輪が滑走路に触れる直前に、巨人の咳払いのような轟音をあげて発動機が動き始める。敵新型機は発動機にセルモーターを搭載しており、発動機が止まっても空中で再起動できるのだ。
 20ミリと7.92ミリ、合計4門の火線が生き残りの赤軍将兵をなぎ倒し、燃え残っていた燃料を炎上させ、まだ壊れていなかった施設にとどめを刺す。
 爆撃機のパイロットは絶妙の操縦技術で機体を走らせる。蛇行しつつも機体の俯角仰角を巧みに操って弾幕を張り、浴びせられる砲火を避けて反撃で火点を一つずつ潰していく。もはや人間業ではない。

 「‥‥怪物め!」

 ショリチェフは至近距離を機関砲弾が通り抜けたことによる耳鳴りを堪えて転がり起き、腹這いになって武器を捜した。愛用のルガーは伏せた拍子に何処かへ行ってしまったのだ。
 偶然にも彼の盾になる形で背中に敵弾を受け即死したリジスキー中尉の近くに転がっているUJI短機関銃を手に取り、暴れ回る敵機に向けると敵機は速度を緩めていた。しかも風防が開きかけている。
 
 好機! 距離は約40メートル弱、9ミリ拳銃弾でも当たれば充分に殺傷できる。
 ショリチェフは膝立ちで狙いを定め引き金を引いた。

 

     ・・・・・


 『陣中日記 1939年7月30日

 今日は四回出撃。
 戦果は河川砲艦1、戦車1、車輌1、航空機7(地上撃破)、対空砲座2、捕虜1名奪還。
 後席のゲルトナーが二回目の出撃で負傷。明日には治る。
 代わりに今日の三回目と四回目はトルコ人を乗せた。
 慣れると粉牛乳も悪くない』



     
     ・・・・・


 イワン・ショリチェフ少尉はやはり強運の男であった。
 彼がうっかり撃った短機関銃には僅か数発の弾薬しか装填されておらず、その射撃は敵機の胴体と風防に小さな傷をつけただけだった。あと十発の弾丸が有れば敵パイロットにも命中しただろうが、それで倒せる相手とも思えない。
 敵を傷付けなかったからこそ、降りてきた敵に銃を突きつけられて素直に捕虜を引き渡したからこそ、彼は生き残れた。

 ショリチェフの幸運は続いた。
 彼の部下は勿論、部下ではない兵達も部隊でただ一人生き残ったまともな将校を生き残らせようと努力したし、赤軍も余りの損害に将校の粛正を手控えたのだ。
 その結果として彼はポーランド戦役を生き残った。次の戦争も、そのまた次の戦争も。

 第二次世界大戦と呼ばれる一連の戦いが終わり、退役前日に少佐になったイワン・ショリチェフは故郷に帰り幼馴染みと結婚した。
 その後のショリチェフの人生は、20世紀末に永眠するまでロシア基準で言えば充分以上に豊かで穏やかなものだった。

 やはり彼は幸運な男であった。

 
 


 
 カルロス・セルバ義勇飛行兵は、救出された直後から戦線に復帰しポーランド戦役を戦い抜いた。
 ポーランド戦役における彼の戦績は総出撃回数201回、撃墜17機、空中撃破8機、地上撃破24機、橋梁などの地上目標19、戦車6輌、車輌18輌、装甲列車1、砲艦撃沈1、駆逐艦大破1、墜落3回。
 凄腕揃いの第11義勇飛行隊でも、この戦績は悪くない。

 三度目の墜落で左手を失ったセルバ曹長はポーランド戦役終了後に祖国へ帰り、以後は指導教官として後輩の育成に当たった。
 退役後は地元スポーツ倶楽部の監督を務め、何人ものスター選手を育て上げた彼は撃墜王としてよりも『義手の名監督』として歴史に名を残している。





 たった一機で飛行基地にトドメを刺しカルロス・セルバ義勇兵を救い出した爆撃機のパイロットは、その後も毎日同じように出撃し毎日同じように爆弾を落とし毎日同じように銃撃を浴びせ毎日同じように牛乳を飲んで寝た。

 書類を偽造して戦果を過少に偽ってまで戦場に居座り続けた彼一人により師団規模の損害を受けた赤軍から「ソ連邦人民最大の敵」なる称号を与えられた魔人、ハンス・ウルリッヒ・ルーデルの戦果が何処まで伸びるかは、ドイツ第三帝国とソヴィエト・ロシアが停戦しポーランド戦役がひとまず終わった10月7日の時点では、まだ誰にも分からなかった。





続く。 

6:峯田太郎 :

2011/09/05 (Mon) 12:25:46





『その五、チャーチル首相の偏屈』






 大英帝国首相官邸の朝は遅い。ついでに煙たく酒臭い。
 現在の主、サー・ウィンストン・レナード・スペンサー=チャーチルの寝起きが悪く大酒のみでヘビースモーカーだからだ。

 葉巻とスコッチ・ウィスキーの香りを供にしつつも、チャーチル首相の職務は起きて顔を洗い着替えた直後から始まっていた。当代の大英帝国首相は色々と欠点の多い人物ではあったが、怠惰ではなかった。少なくとも仕事を怠けてはいない。

 「で、今朝のニュースは何かね」
 「はい。今朝は少し悪いニュースと、かなり悪いニュースと、とてもとてもとても悪いニュースが届いております」
 「偶には一つぐらい良いニュースも聞きたいものだがね」
 「残念ながらそれは私の仕事ではありませんので」
 「うむ、まあその通りだが。では順番に頼む」

 朝食後の茶を味わいつつ、英国首相は報告に耳を傾ける。
 人間誰しも悪いニュースより良いニュースを欲しがるものだが、仮にも一国の指導者が吉報ばかり喜び凶報を嫌がるようになればお終いだ。そのあたりを良く理解している当代の英国首相は、情報部の中に悪いニュースだけを探し分析して報告させる部署を作り活動させていた。
 祖国の難局にあって、あえて朝一番に最悪な報告を聞くことがチャーチルなりの活力充填方法なのだった。吉報だけを聞いて危機に備えることはできないが、凶報だけを聞いて希望を見いだすことはできなくもない。


 「まず日本関係です。扶桑級と伊勢級の戦艦四隻が、室蘭・大津・呉・大神のドックでそれぞれ解体された事が分かりました」
 「解体中ではなく、既に解体済みかね?」
 「はい。交換用に用意されていた艦載砲は南樺太などの要塞強化用に運ばれた事が確認されました」
 「成る程、我々は日本の工業力を過小評価していたようだな。いつもの事だが」

 国際法解釈の都合で事変と呼ばれているが、満蒙の国境線付近で起きた小競り合いから拡大した日本帝国対ソヴィエト・ロシアの軍事衝突は実質上の戦争状態であった。その山場となったのが日本海軍によるウラジオストックへ攻撃とノモンハンでの戦車戦だ。前述の戦艦4隻は合計四十八門の36センチ砲が擦り切れるまで撃ちまくり、ウラジオストック破壊に貢献したのである。
 4隻の戦艦は和平成立後に揃ってドック入りしたが、整備補修の為ではなくそのまま解体されてしまったようだ。

 「しかし、旧式戦艦の艦砲は満州北東部の国境線強化に使うのではなかったのかね?」
 「陸軍側が辞退したようです。元々艦砲は陸上基地で使うには不便ですから」
 「ふむ。理屈だな」

 艦載砲、特に戦艦の主砲などは短時間のうちに大量かつ正確に目標へ弾頭を叩き込む為に作られている。当然ながら持久力や耐久性は二の次だ。
 割り当てられた砲弾を撃ち尽くす前に艦砲射撃や爆撃で破壊されることが分かり切っている沿岸要塞ならばともかく、何ヶ月もあるいは何年も敵と対峙し戦力を保ち続けなくてはならない内陸部の要塞に使うには向いていない。
 海軍大臣を務めたこともあるチャーチルは、流石にその程度のことは分かっている。

 「なお、解体中に隔壁の隙間から工員のミイラが見つかったという怪談が室蘭造船所で流れていますが、これは日本側情報機関が噂の伝播経路を調べるために意図的に流したものと思われます」
 「潜伏している諜報員たちの耳は相変わらず長いようだね、結構なことだ」

 日本政府は以前に比べれば防諜に気を使うようになっているが、鎖国している訳ではないのでどうしても情報は漏れる。外国人観光客ですら、行けない場所よりは行ける場所の方が多いぐらいなのだ。
 何気ない日々の暮らしを観察するだけでも価値のある情報を得ることができる。たとえばとある都市の映画館に毎日通うだけでも、上映される映画の作風や客の入り具合から世論の動向や政府の見解、物価の動向や雇用の変動などが伺える。分析する者の能力次第だが、新聞記事を集めるだけでも国家機密の大部分は推察できてしまうのだ。

 「その日本陸軍ですが、ソヴィエトとの国境沿いだけでなくマンチュリア南方でも要塞線の建設が始めました」
 「マンチュリア南方で? 前線はもっと先ではなかったかな」
 「前線からも傀儡政権との勢力範囲からも離れています。いわゆる長城(グレートウォール)の北側から始まって内モンゴルとの国境線まで伸ばし、ソヴィエト国境と接触してから東進して日本海へと繋ぐ計画です」
 「要は満州全域を壁で囲む気か、大げさなことだ。かの国の壮挙に対する我が陸軍の見解はどんなものかね」
 「難民対策の可能性が高いかと」
 「難民相手に要塞が必要かね?」
 「極東アジアの難民は色々と物騒ですから」

 1930年代当時、極東地域に存在する最大の戦力は極東ロシア軍であった。総兵力百四十万人の大兵力を誇り、装備や戦術の水準も決して低くはなかった。
 だがロシア人とはいえ赤軍の将兵は人だ。人はパンだけでは生きていけない。人間らしく生きるためにはパン以外のものも要る。例えば塩とかバターとか毛布とか石鹸とか。
 しかし多くの人にとって不幸なことに、赤軍上層部は将兵が人であることを忘れがちだった。いや、むしろ「将兵が人であると時々思い出す」と表現すべきかもしれない。

 日用品を不足なく手に入れようとするなら共産党の管理下にない物資を当てにするしかないが、共産党の管理下にない物資を手に入れるためには現金か現金に変えられる物が要る。そして赤軍将兵が持っている換金効率の高い物と言えば兵器ぐらいしかない。これには弾薬や燃料などを含む。
 こうして、1930年代の極東地域にはロシア製の旧式兵器が溢れかえるようになった。

 元から各国の中古兵器が溢れている極東で、野盗ごろつきの類が重武装し始めれば統治機構やそれに近い武装勢力は更なる武装の強化に励まなくてはならない。こうして数年前‥‥1930年代中盤から日本やドイツは群雄割拠する大陸軍閥に見境なく兵器をばらまいている。

 販売先の揉め事に巻き込まれ、一時は日独間で戦争沙汰になりかけたこともあったがドイツ軍部から主導権を奪ったヒトラー総統が日本に対し大幅な譲歩を行うことで手打ちに持ち込んだ。
 当然ながら見捨てられた形となった中国国民党を初めとする軍閥群は、ドイツとのバーター貿易を断絶または縮小して遺憾の意を示したが、ドイツとしては代わりに日本から地下資源が手に入るようになったので極一部を除いて問題にならなかった。


 「ふむ。欧州でも難民は厄介ではあるが、そこまでする必要があるのかね」
 「必要が無ければ創り出せば良いだけです。蒸気機関のように」

 『必要は発明の母』 なる言葉があるが、これを 『発明は必要がなければ産み出されない』 という意味でとらえることは間違いである。間違いとまで言わずとも歪んだ解釈であることは確かだ。
 日本人などには想像も出来ぬほど母性を軽んじているアングロサクソン的価値観から言うならむしろ 『必要は発明の父ではない』 と言う意味で解釈されるべきなのだ。ちなみに彼らの宗教=価値観の基盤では絶対者である創造主は『父』と呼称されることはあっても『母』と呼ばれることはない。
 産業革命の象徴である蒸気機関にしても、発明当初は物好きが作った珍妙な玩具に過ぎず、その後の発展と活躍は新しい玩具を役立てるべく用途と需要を探し創り出したからとも言えるのだ。

 「需要と供給、か。今や日本こそケインズ理論の最も優れた実践者だからな」
 「次点がドイツと合衆国ですな。我々が真似したくてもできないあたりがなんとも」

 経済を失速させないためにはとにかく資金を回し人を働かせ物やサービスを売り買いさせ続けねばならない。それが出来なくなれば経済は死に体となる。
 不景気で民間企業が金を出せないならば政府が公共事業を行い経済を活性化する。要は生産力の捌け口だ。極端に言えば在庫の山を倉庫で眠らせておくよりは損を覚悟で売り買いした方が、国家経済のレベルで言えばまだマシなのだ。
 しかしこの方法は英国では使い辛い。日の沈むことなき大帝国の領土はあまりにも広く、植民地は手入れのし甲斐がないのだ。都合良く振り回せるからこそ植民地なのであり、手間暇かけて手入れすれば其処は本国と同じく粗略に扱えない場所になってしまう。

 爆発的という表現すら生ぬるい日本の工業的発展は、近い将来公共事業のやり場を国内から消失させるであろう。その時に、満州全域を被う要塞線建設に有り余った工業力を吸収させるのだ。なにもマジノ線のような重厚な要塞地帯を造る必要はない。人や獣が通りにくくなる鉄条網や普通車輌が通れない塹壕や戦車が通るにはちょっとした工事が必要になる対戦車障害物、そしてそれら全てに有効な地雷原があれば組み合わせて防御線を構築できる。
 全てを防ぐ必要はないのだ。敵の侵入を難しくするだけで良い。侵入者が国境付近でもたついている隙に戦力を集中して野戦で叩けば勝てる。先年のノモンハンで証明したように日本陸軍はロシア赤軍に劣ってはいないのだ。少なくとも質では勝っている。

 「それにしても、日本がここまで強大だとはな」
 「手遅れになる前に気付けただけでも幸いでしょう。もっとも原因も経過も未だ不明ですが」

 

 地道な諜報活動を積み重ねた結果、英国上層部は日本に関してもかなり正確な情報を手に入れていた。
 具体的に言えば日本商船隊の輸送力は既に千三百万トン以上に達しており、今後も月当たり数十万トンの勢いで増えていくであろうことや、つい先日呉の新造ドックで建造が始まった新型戦艦が一年以内に完成する見込みであることなどが判明している。試算によれば今年の日本経済成長率は最低でも40パーセントを超える筈だった。

 「そうだな、まだ手遅れではなかろう。我が国は日米どちらになるにせよ、勝者に付けば良いだけだ」
 「いささか不名誉ではありますが、単独での勝利が難しくなった以上やむをえません」

 古人曰く『勝利よりも惨めなものは敗北しかない』。この年の六月末に始まった二度目の欧州大戦は、四ヶ月めで既に結果が見え始めていた。無論のこと勝敗が決した訳ではない。英国から見て、世界帝国の維持が絶望的になった‥‥と言う意味での話だ。

 1939年6月28日、英仏両国はドイツ第三帝国へ宣戦布告した。これはその前日、ドイツ軍がポーランド政府首班スクワトコフスキ首相からの要請を受けて対ソヴィエト・ロシア戦に参加した軍事行動を英仏がポーランドへの侵略行為と見なしたためである。
 単純に言えば英仏はスクワトコフスキ首相らが属するポーランド政府ではなく、ソヴィエト・ロシア軍と行動を共にしている閣僚名簿に誰も名前を聞いたことがないような面々が並んでいるポーランド人民共和国政府の方を正統政府と認め、スクワトコフスキ首相らを不当な政権として扱うことに決めたのだった。
 
 つまり、英仏両国は保護条約を結んでいた相手国(ポーランド)が侵略されたのに、侵略者(ソヴィエト・ロシア)ではなく侵略者へ対抗するために援軍を送った国(ドイツ第三帝国)へ宣戦布告したのである。

 これが他の国々ならば国民から「なにそれ?」と盛大に突っ込みが入る状況だが、英国と仏国に限って言えばその心配はない。大方のフランス人にとってドイツは不倶戴天の敵であり、ドイツ人もドイツ政府も悪魔の化身に等しい存在だった。現在のドイツを統べるナチス政府は独裁政権であるから尚更だ。ドイツの為すことは全て悪である、フランスはドイツの敵である、故に正義は我にあり。

 イギリス人にとって事態は更に単純。祖国の国益を妨げる者が悪なのだ、ドイツの足を引っ張ることが(そして欧州の統一を防ぐことが)イギリスの国益になるのである。世界で唯一『税関で麻薬を没収された』などという理由で宣戦布告した歴史を持つ国はやはり違う。

 そんな成り行きで始まった二度目の大戦だが、ドイツ軍は強かった。呆れる程に強かった。その強さは前大戦のそれを上回っていたかもしれない。開戦から約三ヶ月で軍集団規模のロシア軍が壊滅し、六十万人以上の兵がポーランドの土となってしまったのだから。なお、捕虜となった者は更に多い。勿論ワルシャワは奪回されている。
 現在はドイツ軍の進撃は止まっており、戦線は開戦前の国境付近でなんとか持ちこたえているが、これはロシアで二番目に偉大な将帥『泥将軍』が間に合ったからであり、人間の力によるものではない。そして最も偉大な将帥『冬将軍』の参戦も遠くないが、赤軍にとってそれが幸いと言えるかどうか微妙なところである。
 何故なら冬将軍は幾度となくロシアを救った名将だが、その反面侵略者だけでなくロシアの軍民にも多大な犠牲を強いる迷将でもあるからだ。ポーランドの戦いで深手を負った赤軍が冬将軍の猛威に耐えきれる と断言することはできない。
 故にドイツ第三帝国とソヴィエト・ロシアは停戦に合意したのだ。背中に敵を持つ身としては、二正面作戦は避けたいのである。
 

 一方、国力や地政の問題で双方ともに積極攻勢を仕掛けられない西部戦線ではマジノ線沿いに布陣した独仏の陸軍部隊がにらみ合い、時折偵察機を飛ばしては追いかけられ追撃されたり迎撃したりする散発的な航空戦が行われているが、とりあえず戦線は安定している。双方の被撃墜率差は冗談のような数値になっているものの、未だ仏独どちらの軍靴も国境線を跨いではいない。

 問題は海だ。海では陸以上に押されている。 

 「続いてかなり悪いニュースですが、スペインとポルトガルの両国が我々に対して港湾施設の査察を申し入れてきました」
 「なんだと?」
 「ですから、イベリア半島の中立国が揃って腹を突きだして来たのです。痛くないから気の済むまで触れと」

 戦艦から救命ボートに至るまで水上戦力比で圧倒的不利にあるドイツ海軍が選んだ英海軍への対抗手段は、前大戦と同じく通商破壊であった。勿論のこと前大戦そのままではなく、教訓を生かしてより周到で執念深く効果的なものになっている。
 航空機と硬式飛行船、そして潜水艦と仮設巡洋艦による空海一体の通商破壊は開戦以来猛威を振るい、その被害は増す一方であった。無論、英国側も前大戦を含む教訓を生かし対処に当たっているのだが後手後手に回っている。

 ドイツ海空軍は英国艦船の中でもスループやフリゲートなどの護衛船舶を親の仇のように狙っており、開戦以来英国の船と人員は怖ろしい勢いで消耗し続けている。Uボート部隊などは、たとえ漁船改造の哨戒艇であっても護衛能力を持つ船舶である限り撃沈トン数を10倍で計算しているぐらいだ。Uボートにとっては哨戒艇を一隻沈めたなら優良貨物船一隻分の、旧式駆逐艦を一隻沈めたならば対潜能力を持たない重巡洋艦一隻分の功績となるのだ。
 牧羊犬から先に狼に狙われ食い殺され続けている状態では羊たちの士気が上がる訳もなく、英国の海運は危機的状況にある。もし米国からの物資や船舶や義勇兵の供給がなければ、今頃ブリテン島は飢餓境界線に達していただろう。極端な話、現在では無事に入港できる船団は米国など他国籍の船を含むものだけだと言って良い。英国船籍の船だけで構成された船団は平均四割近い損失を受けている。船が全て沈んでしまう、文字通りの全滅に遭うことも珍しくはない。
 

 さて、如何にドイツ海軍の潜水艦が優秀であるとしても物理法則の限界からは逃れられない。潜水艦という兵器は一ヶ月も乗り続ければ乗組員が疲労しきってしまう難儀な代物であり、働かせたのと同じ時間をかけて休養と再訓を行わなければまともに使えはしないのだ。いかにドイツ兵といえど人間であるからには適度に休まなければ戦えない。
 一般的に、海軍が前線に出せる潜水艦は保有数の4分の1程度だと言われている。仮に百隻の潜水艦を戦力化している海軍があるとしたら、そのうち戦場で活動している潜水艦は三十隻もいないのだ。残りの七十隻と少しの潜水艦はその間ドックに入って修理したり改造したり、あるいは港か戦場目指して移動していたりする。
 当然ながらどの海軍基地にも収容限界というものがあるので、その国の海軍力に応じた規模の潜水艦隊しか運用できない‥‥筈なのだが、今大戦におけるドイツ海軍の戦果から逆算するとどう考えても潜水艦が多すぎる。ドイツ海軍は開戦前に英国側が把握していた数の倍以上、200隻近い潜水艦を運用している筈であった。
 潜水艦はまだ分かる。同盟国や友好国から乗組員ごと借りてくればなんとかなるだろう。現にドイツ側は『共産主義勢力を誅すべく世界各地から集まった』義勇兵たちの奮戦を映画やラジオで盛んに宣伝している。しかし自力で移動できる船や人はともかく、設備はどうにもならない。

 チャーチルら英国首脳部はイベリア半島のどこかにドイツ海軍の根拠地があると見ていた。特にスペインが怪しい。フランコ将軍率いるスペイン国粋派は日伊独三国からの支援で内戦に勝利できたと言って良い。国粋派の勝利が確定した後も日西防共協定を口実に、日本からスペインへ膨大な量の資源と物資が送られている。その一部を流用すればブンカー(要塞化船渠)は無理としても秘密の補給基地と保養所ぐらいは作れるだろう。行き帰りの手間が短縮できれば、保有する潜水艦のうち半分は無理としても四割程度ならば前線で動かすことも不可能ではない。一時的に、という但し書きが付くとしても有ると無いとでは大違いだ。

 だが、ドイツに対する軍事協力を疑われたスペインとポルトガル両国はこれを否定。疑うなら気が済むまで調べろと英仏に通達してきたのである。
 列強ではないにしろ充分に先進地域と言える両国がここまで断言したからには、イベリア半島には秘密の潜水艦基地などないのだろう。もちろん念のために(そして後々のために)調査はするが、何も出てきはすまい。
 イベリア半島に潜水艦基地がないとしたら、他に基地を置ける場所がない。もしドイツ軍がノルウェイやアイスランドに基地を造ったことに気付いてないのだとしたら英国の海軍にも情報部にも存在価値などありはしない。
 ドイツ海軍の整備能力が英国側の想像を遙かに超えている可能性は、秘密基地よりは高そうだ。そしてより可能性が高いものは‥‥

 「我々の潜水艦戦能力が圧倒的に劣っているということだな」

 平均的な敵国潜水艦が一ヶ月活動して二千トンの船舶を撃沈するとしよう。この場合、前線に出ている敵国潜水艦が五十隻なら月当たり十万トンの被害が出ることになる。では、仮にドイツ海軍の潜水艦保有数が宣伝通りだとしたなら、Uボートは一回の出撃で一万近い戦果を上げていることになる。そんなことは不可能であった。不可能な筈なのだ、一隻の潜水艦に積める魚雷の量などたかが知れている。文字通りの百発百中でも魚雷が足りない ‥‥筈なのだ。
 だがそれは普通の、英国海軍の常識的な潜水艦が常識的な魚雷を使ったならの話である。もし英国製潜水艦の倍近い搭載能力を持ち三倍以上の速度で倍以上の距離を潜行できる静粛性抜群のUボートがあれば、六割り増しの速度と倍以上の射程と五倍近い破壊力を持つ無航跡魚雷があれば決して不可能ではない。

 それらの超兵器が存在するという情報は、開戦前から様々な経路で手に入っていた。入っていたが先代の英国首相は開戦に踏み切った。よくある与太話、戦争を避けるためのハッタリと判断したのだが仮に事実を知っていても戦争になっていた事は間違いない。英国はドイツ主導による欧州統一など認める訳にはいかない。まして戦わずして負けを認めるなど論外だった。

 幸いなことに、大西洋の向こうには欧州統一を決して認めない巨大勢力が存在する。無教養な田舎者だが国力だけは絶大な彼らをこの大戦に巻き込めば、敗北はない。遠からずして英国は世界帝国を投げ出すことになるだろうが、それでも列強倶楽部に残ることができる筈だった。先の大戦後みじめに没落してしまったオーストリアやトルコよりは良い位置に居座れるだろう。
 来世紀あたりの歴史書に『大英帝国を崩壊させた首相』として記されるであろう男は、それでよいと考えていた。帝国は滅びても祖国が、ブリテン島が生き残るのであれば。


 無能か と問われたならば九割の人間が否定するが、その九割の者たちも 有能か と問われたなら首を傾げてしまう。そして 戦時向けか と問われたならば全ての人が肯定する。第61代大英帝国首相はそんな人物であった。


 「さて、最後にとてもとてもとても悪いニュースとやらを聞こうか」
 「はい。かねてより進めておりました合衆国政府の内部調査ですが‥‥」





続く。
7:峯田太郎 :

2011/12/13 (Tue) 13:33:34





        『その六、太陽の国から来た惨いヤツ』




 1939年10月21日、トルコ共和国東部。


 かつてフランスの皇帝は「勝利の女神は大砲が好きだ」と言った。
 そして戦争の天才であった彼を敗走させたロシアを、その百年あまり後に制した男は「砲兵は戦場の神である」と言っている。
 確かに、遙か遠方から雷鳴の如く声を轟かせ破壊の限りをつくす砲火力は神の怒りに喩えられる程に圧倒的だ。


 大砲が神の如き‥‥神の鉄槌にも喩えられる兵器ならば、航空機は天馬に跨る勇士の如き兵器だろう。
 天高くを飛び敵陣を物見し、誰よりも疾く先陣を切り、窮地の味方を助けるべく救援に現れる。
 兵達は頭上に味方がいるだけで士気を上げ、敵味方が入り乱れる空の戦いに声援を送るのだ。

 同じように喩えるならば、地雷は毒蛇か毒虫のような兵器だ。
 地雷は目立たず、地中や瓦礫の中に隠れ潜み、迂闊に近づいた者に耐え難い苦痛を与えるおぞましい存在だ。
 だが求めるに安価であり容易に隠すことができる地雷は、弱く貧しいものたちにとって暴君の寝所に投げ込まれる毒蛇毒虫と同じように、侵略者や圧政者に対する有効な武器になり得るのだ。


 では戦車はと言えば、怪物のような兵器だろう。
 巨躯を鋼鉄の鎧で被い、地響きを立てて塹壕や鉄条網を乗り越え歩む怪物。
 並の兵たちが数人十数人がかりで扱う武器を自由自在に振り回して敵陣を蹂躙し突破する、敵から見れば恐ろしく味方から見れば頼もしい戦争用の怪物(モンスター)。
 それが戦車だ。


 しかし、そういった視点からするとトルコ共和国の陸軍中尉である、アリー・サハドの前にある戦車はいささか頼りなさ過ぎる怪物だった。
 素人が見ても解るほどに古くさく、貧弱である。

 無理もない、なにしろルノーFTなのだ。設計的には戦車開発史に残る画期的な兵器だが、何分にも古すぎる。
 この戦車、ルノーFTが製造されたのは前大戦の末期から直後にかけての時期であり、もう20年以上経っている。
 最新型が2~3年で旧式になり、更に2~3年で役立たずになるとまで言われる戦車の世界においてはご老体やミイラを通り越してマストドンの化石並に古くさい代物だ。まだ動くけど。

 戦車の後ろに並ぶ車輌も、みんな同じように古くてボロ臭い代物ばかりだ。型落ちの装甲車、荷台に鉄板や木材板を張った廃棄寸前のトラック、エンジン部分を抜き取った米国製大型二輪車などなど。
 それらの中や上に、あるいはその周囲やある程度離れた場所には人型のものが立て並べられている。

 木材と粘土と麻布で作った等身大の人形に軍服を着せ鉄兜を被らせた人型標的だ。大半の人形は服とヘルメットぐらいしか身に付けていないが、何割かの人形には小銃や銃剣・スコップなどこれまた廃棄品の兵器が縛り付けられていた。
 中には背嚢を背負い、行軍する兵士と全く同じ装備を身に付けた人形もある。もちろん服だけしか着ていない文字通りの素敵(全く武装していない素手素肌の敵、戦場では是非とも遭いたい存在)な状態の人形もある。

 アリー中尉の前にあるこれらは、本日これから性能を試験する兵器用に用意された標的である。そう、ここは臨時に設えられた射爆場なのだ。

 「さて、見せて貰おうか。日本から来た新兵器の性能とやらを」



 トルコ共和国と大日本帝国は防共協定を結んでいる。
これはその名の通り共産主義国家、つまりソヴィエト・ロシアへ対抗するための協定であり、協定国は共産主義国家と軍事同盟を結ばないこと(ただし不戦条約は可)や共産主義の蔓延を防ぐために協力すること、具体的には軍事技術や物資を融通すること、そしてその成果を共産主義勢力に渡さないことなどが定められている。

 しかし防共協定は直接的な軍事同盟ではない。そして日本帝国は良い意味でも悪い意味でも律儀に条約を守る国家であった。
 たとえトルコがロシアから侵略を受けたとしても、防共協定は日本がロシアと直接戦争する理由にはならないのだ。
 正式な軍事同盟を結んでいるドイツに対してですら「日独軍事同盟は同盟国が他国から宣戦布告された場合のみ参戦義務がある」として、日本はロシア及びフランス及び連合王国との戦争を避けたほどだ。

 もっともドイツとしては日本に参戦されるとかえって困る。日本が戦争当事国となれば、日本からドイツに送り込まれている資源や物資が届きにくくなってしまうからだ。
 イタリア領リビアの油田は未だ試掘段階であり、その産出量はドイツ経済を潤すに足る水準ではない。
 ドイツ国内では従来からの石炭を蒸留して作られる合成石油に加えて植物由来の合成石油を製造する設備が作られ、コストは下げながらも順調に生産量を上げているが、それでも足りない。
 特に日本産の高オクタンガソリンと高品質オイルが手に入らなくなれば、いかにドイツ空軍といえど無敵を誇っていられるかどうか怪しいものだ。パッキンなどの合成ゴム製品や点火プラグなどの電装品は言うまでもない。

 日本からの輸送船団はドイツの、そしてドイツだけでなく欧州全体に大きく影響を与えている。
 国家レベルでの飢餓状態が近づきつつある英国としても、直接あるいは中立国経由で送られてくる日本からの資源や物資が途絶えては困るのだ。
 故に英国政府は得意の外交手腕で日本を自国側に近づけようとしている。もっとも米国との両天秤にかけての話であるし、いざとなれば日本との縁を切ることも躊躇わないだろうが。


 そんな世界情勢の中でトルコ軍の戦力を向上させるため、そしてその結果としてより多くの赤軍戦力をソヴィエト領南部方面に拘束するために、日本政府は少なくない兵器と物資をトルコへ送り込んでいる。
 送り込まれた日本製兵器は信頼性を含めて概ね好評であった。特に98式戦闘機や97式戦車などポーランド戦線で獅子奮迅の闘いぶりを見せている最新鋭の花形兵器は大人気だった。
 まあ、トルコに送られてきた97式戦車はボフォースの37ミリ砲か鹵獲品の45ミリ砲を搭載したタイプなのだが。これは新型戦車砲の生産が間に合わないためだ。

 それらの花形兵器だけでなく、トルコには日本から大小新旧取り混ぜた火砲や各種の車輌、燃料・爆薬・建設資材等々の軍事物資が送られ続けている。
 実際に国土が戦場になり今もまだ痛手の消えぬスペインや自国を舞台に世界最大と最強の二大陸軍が本気の殴り合いをやらかしたポーランド、そしてこれから戦場になるかもしれないフィンランドに比べれば質も量も見劣りするが、それでもたいしたものではある。

 下心のない‥‥少なくとも露骨すぎる下心は見えない援助を受けて機嫌が悪くなる人間は少数派であり、元々親日派が少なくなかったトルコ国内は親日ムードで染まりつつあった。

 アリー中尉はその遙か前、幼少時から親日寄りだった。彼の父サハドはイスタンブールで絨毯屋を営む商人であり、日本を含む海外の商家や商社とも個人的に貿易していたからだ。
 彼の家には時折日本人の旅行者が訪れており、明かな日本びいきであった父親の影響もあって日本に関する知識もそれなりにあった。
 アリーは公式な通訳は無理だが、観光客の案内が務まる程度になら日本語も話せる。
 日本から送られてきた正体不明の兵器の実験に駆り出されるのも当然だった。


 父ほどではないが、アリーも日本人には好感を抱いていた。彼が今まで個人的に出会った日本人達は皆、善良かあるいは誠実な人々だったからだ。善良で誠実な者も数多くいた。

 アリーが不思議に思うのは、観光客など一般の日本人には善良を通り越して間抜けな人々が少なくないことだ。
 頻繁に荷物を置き忘れ、現地の者なら子供にも通じない詐欺に引っかかり、見張っていないと危険地帯にまでふらふらと歩いていってしまう。
 あれでよく狡っ辛い欧米列強と渡り合えるものだ。まあ、流石に軍人や商社の古参社員などにはそこまで危なっかしい者はいないのだが。

 父親以上の日本びいきで十年以上日本で暮らし日本人の嫁までもらった二番目の兄によれば、勿論日本にも善良でもなく誠実でもない人々は存在するそうだ。

 確かに存在するが、そう目立つほどいる訳ではないという。日本人は天使のように善良ではないが、最も善良なイスラム教徒と同じぐらいには善良だ と。
 長く付き合っていくと色々嫌な点が見えてくるが、日本人も所詮は人間と割り切れば付き合うには充分善良なのだと、最近は回数が減りその代わりに一度あたりの文量が増えた兄の手紙にはあった。

 
 
・・・・・


 その兵器‥‥と言うか組み上がった物体を一言で言い表すなら「糸車の玩具のようなもの」だ。
 
 まず、本体は縦1メートル直径40センチほどの、短い円筒形の金属容器‥‥小型のドラム缶のようなものだ。これの内部には約10キロの爆薬と廃棄品のボールベアリングが詰め込まれている。
 次に円筒を横に寝かせ、筒の両端に空いている穴に樹脂で塗装された太い木の棒通し、固定する。
 そしてその棒に車輪を通してねじ込む。車輪は大中小の三種類有るが、大きい順に内側から取り付けていく。
 車輪の大きさは一番大きい内側のもので約1メートル半、一番小さいもので1メートル強。

 棒は内側が太く外側がやや細くなっており、車輪の中央には車軸を通す穴が空けられている。そして外径の大きさに比例してそれぞれサイズが違う車軸穴の内側にはネジが切ってあるので、取り付けられた大中小の車輪はそれぞれの定位置までねじ込まれることで安定する。

 この時点で組み立て中のこの兵器は糸車の両端に小さな歯車を三重に取り付けたような姿となっている。
 なお本体の、木製車軸を差し込んだ穴には自転車のような空転機能があり車輪がいくら回転しても本体は回転しない。

 歯車というのは、鉄パイプを曲げて作られた車輪はなめらかな円ではなく、輪の部分に無数の‥‥いや40枚ほどの小さな鉄板が溶接されているからだ。
 その歯の一つ一つは、輪の外側はアルミ系合金が圧着され、内側には推進用のロット燃料が入った鉄製の筒が取り付けられている。
 
 最後に中央の円筒に長さ1メートル直径30センチほどのロケットモーター(推進器)を取り付ける。ロケットモーターは尾部に制御用のヒレがついており、ロケットモーターの先端にあるジャイロによって制御されこの車輪というか糸車もどきを直進させるのだ。


 「ロケット兵器なら、最初からこれの頭に爆弾付けて飛ばせば良いんじゃないのか?」
 「やってみましたが推力が低すぎて自力では飛びません。火薬の質が悪いというか重たい物を飛ばすのに使う火薬じゃないんですよ」

 その代わり安価で加工がしやすく煙などが少ないのが取り得の火薬である。

 「だから車輪が必要なのか。何のためのに開発したロケットなのか気になるな。しかし、実戦で使い物になるのか? これは。一個組み上げるのに1時間はかかるぞ」 

 元々この推進装置は空挺部隊が使用する滑空機(グライダー)の着陸時制動距離を縮めるための逆噴射ブースターとして開発されたものだ。
他のグライダーなどに噴射炎が燃え移るといった問題があったため本来の用途としては不採用になったものを、戦闘機の使い捨て補助推進装置として再利用しようとしてまたもや失敗した曰く付きのロケットモーターである。


 「ノモンハンでは実戦に投入され、それなりに戦果を挙げたという話です。付属の手引き書によれば慣れると一台あたり15分で組み立て出来るとありますね」
 「‥‥これを慣れるまで組まされ続けたのか」

 日本兵は本当に精強だな、とアリー中尉は友好国の兵士達に感心し、同情もした。 

 トルコ語に翻訳された手引き書によるとこの珍妙な車輪は「制空権及び有力な砲火力の支援を持たない敵を地の利がある地点で迎え撃つ際に一定の効果を発揮する」とあるが、それは「役立たず」という意味ではないのだろうか?
 有利な地形で支援のない敵を迎撃してたいして役に立たない兵器を、他の何処に持っていけば役に立つと言うのだ。


 「‥‥そういえば日本軍の下士官から聞いた話ですが、日本の兵器で『特殊標的』と呼ばれる物は大抵ゲテモノだとか」
 「まあ、とにかく使ってみよう。どんな馬でも乗ってみないとな」

 アリー中尉は頭痛を堪えて言う。彼の役目は試験を行いその結果を報告することであって翻訳者の能力や誠実さを疑うことではない。


 予定時刻をかなり過ぎてしまったが準備は終わった。いよいよ実験開始だ。
 ロケット式推進装置付きの車輪は、標的が並ぶ開けた街道を挟むように両脇にある小高い丘の上に並べられている。
 ここからロケットに点火しつつ下へ向けて転がせば、敵に見立てたスクラップと案山子の列は車輪の挟み撃ちを受ける訳だ。



 「点火」
 「「「点火」」」

 無線で伝えられたアリーの命令により、一斉に車輪が転げだした。
 片方から5台ずつ計10台の車輪が地面に噛み込む歯車から火花を上げつつ転がり出す。

 手引き書では塹壕の中に隠しておいて、敵が来たら数人がかりで持ち上げ推進用ロケットを取り付け点火することになっていが、今回は待ち伏せを想定してあるので既に組んだ状態で待機しておいたのだ。

 最初は緩やかな加速だったが引力と奮進力の相乗効果でぐんぐんと速度が増していく。十秒足らずの間に車輪は時速にして百キロを越えた。
 
 「ちゃんと直進してるな」
 「‥‥ですね。使えないこともないのかな」

 ジャイロやロケット制御装置の性能が良いことと演習場の地形や地質が車輪の走行に向いていたこと、そして何よりも確率分布上の偏り‥‥つまりはただの偶然により殆どの車輪が順調に標的を目指し直進していた。

 目標との距離が三分の一程度になった所で本体に取り付けられた大型ロケットの推進剤が尽きた。
 代わりに車輪が立てていた火花が一際激しくなり、その火花が車輪に取り付けてあった小型ロケットに引火して燃焼を始める。

 歯車の歯に当たる部分にはマグネシュウムをアルミ系合金で挟んだ板材が圧着されている。
 車輪が回転して地面と激しく擦れ合うことでアルミが削れて粉になりその下のマグネシュウムが露出して、アルミとマグネシュウム自体に火花が引火して、激しく燃え始める。その火がロケットを引火させたのだ。

 数十個に及ぶ小型ロケットが生み出す回転力によって車輪は炎を吹きつつ猛烈に回転し加速するが、次の瞬間分解した。
 車輪がはめ込まれていた木材がロケットの推力に、より正確に言えば回転力のばらつきに耐えきれなかったのだ。
 分解した円筒と車輪は残った運動エネルギーによって標的に向かって転がって行き、接触信管か時限信管のどちらかが作用して円筒が爆発して辺りに爆風とロケットの破片とボールベアリングを撒き散らす。

 「威力がもう一つですね。やはり速度が落ちることを」

 覚悟して炸薬量を増やした方が良い‥‥と続けたかったであろう部下は沈黙する。
 その気持ちはよく解るが今のアリーには構ってやる暇もない。
 今は見ることに集中すべき時だ。
 双眼鏡を覗く彼らの目に映ったものは、彼らの常識を嘲笑う悪意の権化のような光景だった。


 火を噴く車輪が、大小合わせて60個に及ぶ車輪が地面を転がり回りあるいはその場で回転しあるいは宙を飛び回っている。
 炎と煙を噴く鉄の輪が高速で回転しつつ辺りを駆けめぐり、その場にある全ての柔な物を突き刺し叩き割り固い物に当たって弾かれ、その両方を炎で炙り火の粉を撒き散らしている。

 喩えるなら直径一メートル半の巨大な鉄製ネズミ花火に、何本もの草刈り鎌を刃を外に向けて固定した物に火を付けて群衆の中に放り込んだようなものだ。
 標的である人形達は焦がされ燃やされ斬りつけられて次々と倒れていく。

 そして、ネズミ花火がそうであるように、激しく回転を続けていた車輪は次々と爆発する。
 最後の一欠片まで燃え切った個体ロケット燃料の奥に仕込んであった爆薬が引火したのだ。
 もちろん個々のロケットによって燃焼の具合は異なり、各ロケットが爆発する時間はいくらかのズレがある。
 つまり、最初の爆発で割れて飛び散った車輪の破片はまだ燃え尽きていないロケット燃料の推力によって広範囲に撒き散らされてから次々と爆発するのだ。
 そして‥‥

 「いかん、見るな!」

 アリー達は慌てて双眼鏡から目を離した。
 砕け散った車輪の破片が激しい光を放ちつつ燃え始めたからだ。
 色からしてまず間違いなくマグネシュウムの酸化反応。あの車輪には歯車の歯だけではなく輪や軸部分にもマグネシュウム系の素材が仕込んであったのだ。加えて酸化鉄と酸化アルミも。
 砕けた車輪の破片が撒き散らされた一帯は、今や数百個の焼夷弾と照明弾が同時に打ち込まれたような有り様だった。 
 こんなものを双眼鏡で注視していれば目が潰れてしまう。


 正視に耐えぬ檄光とおびただしい硝煙が満ちるなかで、次々と車輌が燃えあるいは燻り始める。テルミット系焼夷弾によって溶けるほどに加熱された鉄の破片を浴びて、標的の燃料や潤滑油が引火したのだ。


・・・・・


 「なるほどな。道理で炸薬の量が少ないと思った」
 「まさか、車輪の方が本体だとは思いませんでした」

 焦熱地獄と化した演習場を眺めつつ、アリー中尉は彼なりに新兵器の特性を纏めようとしていた。

 あの燃え盛る車輪が破壊するのは陣地でも兵器でもない。敵兵の心だ。
 爆風と破片だけなら兵は耐えられるだろう。その二つは戦場では特に珍しい物ではない。
 だが、火花を撒き散らしながら唸りを上げて回転し戦友を切り刻む輪はどうだろう。初めて見る兵が恐怖に耐えられるだろうか。
 砕け散った輪から噴き出す溶けた鉄と文字通り目を潰す光は、たとえ即座の死に繋がらないとしても兵の士気を下げ恐慌状態に陥らせるだろう。

 もし兵たちが耐えられたとしても馬匹は無理だ。どんなに訓練された軍馬でも暴れ出すに決まっている。
 かといって機械化された部隊ならば燃料に引火して、あるいは引火を防ごうとして大混乱になるだろう。

 そしてその状態で迫撃砲の斉射や重機関銃の十字砲火を浴びれば、為すすべもなくうち崩されてしまう。
 待ち伏せて撃つ側は敵を見る必要も狙う必要もない。事前に調べてある方向と角度へ向けて弾を送り込めば良いだけだ。

 確かに、事前に情報が有ればともかく不意打ちでこれをくらえばひとたまりもあるまい。
 戦車なら運が良ければ車外アンテナや工具箱を溶かされる程度の被害で済むかもしれないが、随伴歩兵のいなくなった戦車など歩兵にとっては只のカモだ。地雷と火炎瓶で容易く始末できる。

 

 「彼らは、何故こんなものを送ってきたのでしょうか」

 もし自分がノモンハンでこれを受けたという赤軍の立場だったら、と想像して顔色を悪くしている部下にアリーは

 「もう要らないからじゃないかな」

 と言った。

 「要らない?」
 「改良型を手に入れたのだろう。こいつより安価で、扱いが簡単で、効率的に敵の心をへし折るものを」


 日本人の改良好きと熱心さは有名である。彼らがこれ程の兵器に注目しない理由も改良を施さない理由もアリーには思いつかなかった。
 
 例えば、現場で一々小型ロケットを取り付けるのではなく工場内で車輪に筒を溶接して、溶接した筒にあらかじめ推進剤と火薬を詰め込んでおけば組み立ての手間が減る。
 その回転用ロケットも、天候や地面の状態に発火精度が大きく左右される黄燐マッチの親玉のような今の物ではなく、まともな信管を付けるべきだ。無線などで好きなタイミングで発火させられる信管なら更にいい。
 いや、その場合は爆弾本体にこそ電波式信管を取り付けておくべきだ。電波による指令を受けて車輪が脱落し、次の瞬間に爆弾が破裂する。時限信管よりもこの方が確かだ。

 己がそれほど優秀な軍人ではないと自覚しているアリーでも、この程度の改良策をこの場で出せるのだ。より優秀な軍人がじっくりと考えたのであればもっと的確な改良案を出せるだろう。


 大砲は破壊をもたらす天使。
 航空機は天駆ける騎兵。
 戦車は恐ろしくも頼もしい怪物。
 地雷は忌まわしい毒蛇毒虫。

 ならば、悪魔の下僕が考案したとしか思えぬこの兵器の改良品は‥‥それはまさに悪魔の化身のような兵器だろう。




 私は日本について、日本人について何を知っていたのだ。
 今まで出会い、接してきた、誇り高く誠実で幼子のように無防備な日本人達。
 だが、それが彼らの真の姿だと言い切れるか? 仮にそうだとしても、全ての日本人が善良であるという証拠にはなるまい。



 彼ら日本人とは、日本とはいったい何なのだ?

 日出づる国、黄金の国、神秘の国!
 東洋の楽園(アルカディア)! フジヤマゲイシャ! ローニン! サムライ! ハラキリ!
 開国から60年余にして列強の座にのし上がり、今や世界の覇権に指をかけんとする新興国家!
 信義と友愛の国日本! 偉大なる太陽の帝国! 輝ける太陽の‥‥


 「名は体を表す か」

 イスラム教が起こった土地、いわゆる中東地域では、太陽の印象は決して良いものではない。
 アラビア半島での太陽は、天に燦然と輝いて地上の全てを溢れんばかりの悪意で照らしあげ炙りたてて死と苦痛を撒き散らす、悪魔の化身の如き存在なのだ。
 冬場に太陽が全く見えない極寒の日々が延々と続く欧州では「君は僕の太陽だ」という言葉は最上級の誉め言葉だが、それを直訳して中東の人間に言えば喧嘩を売っていると思われるだけである。

 アリーは思う。日本人とは本当に太陽の如き民族なのかもしれない、と。

 太陽は嫌になるほど明るく、誰に対しても平等で、立ち向かう者に容赦しない。


 軽く頭を振り、妄想を打ちきる。おそらく日本人なのであろう考案者や送ってきた日本軍の意図など二の次だ。
 今はこの忌まわしき兵器を有効利用する方法を考えなくては。祖国のために、故郷のために、守るべき者たちを守るために。
 それが軍人の義務だ。


 アリー中尉は、ふと気になったことを部下に訊ねてみた。

 「そう言えば、この兵器の正式な名前は何だったかな」

 「『95式特殊自転走行標的二型』、暗号名は『パンジャンドラム・マークⅡ』です」


 何年か後に判ることだが、アリーの推測は間違っていた。

 95式特殊自転走行標的二型は単なる在庫処分として送られてきただけであり、日本陸軍はこれより後この兵器を製造することはなく発展型を開発することもなかった。
 所詮、特殊自転走行標的は条件の整った演習場でのみ効果を発揮する未熟な兵器であり、より洗練され実用に耐えうるものに成長する前に対抗馬であるロケット砲や無反動砲などの兵器が成熟したために倉庫の隅に追いやられた迷兵器であった。

 その最大の戦果は幾つかの同盟国や友好国の軍人に、日本の兵器開発者に凶悪な遊び心を持つ者がいるとを伝えたことである。
 お人好しの日本人でも、やる奴はやる、と。



 未だ実戦を経験していないアリー中尉たちには、分からない。
 世界にはこの珍妙な車輪など比較にならぬ程の悪意に満ちたしろものが、正に悪魔の発明としか思えぬ兵器が幾らでも存在し、そのうちの半分は実際に戦場で使われる事が。


 そして更におぞましいことに、残り半分の悪魔の発明は将兵でない者に対して、戦場以外の場所で使われるのである。




続く。
 
8:峯田太郎 :

2012/02/14 (Tue) 10:04:06








            『その七、幻想の帝国』




 インドは未だに一つではない。
 かつて統一されたことはあるが、それはヨーロッパやチャイナでも同じ事だ。一つになったことがあるだけであり、それが常態であった訳ではない。

 英国の侵略を許した最大の理由はそこにある、とサシャ・ジャマダハールは考えていた。
 この名は本名ではなく偽名だ。サシャとは彼が昔飼っていた鳥の名であり、ジャマダハールとはインド武術カラリパヤットで使われる武器のことだ。
 彼はボンベイに近い小都市で生まれ育った裕福な武家(クシャトリア)の子弟であった。
 しかし一年余り前に家を出て武術の師の知人である独立運動家の元に身を寄せている。
 家出の理由は、英国へ留学させられそうになったからだ。

 勉学が嫌だった訳ではない。現に家出してからも語学や歴史を中心に、いや家にいた頃よりも熱心に学んでいる。
 嫌だったのは行き先だ。サシャはいささか潔癖というか狭量な部分があり、いかに優れていようと故郷を足蹴にしている大英帝国で学ぶことに抵抗があったのだ。
 そして彼の親族で英国に留学していたものが、皆そろって「中身が英国人」になって帰ってきたことで抵抗感は耐え難い嫌悪となって爆発したのだった。

 「先生、新聞を貰ってきました」

 器が大きいのか緩いのか、押し掛けられた独立運動家はサシャに自分を「先生」と呼ばせて助手のような立場で居候させていた。
 「先生」は独立運動家であるが、どちらかといえば穏やかな方法で独立を求める派閥に属していた。チャンドラ・ボースよりはガンジーの方に近い方法論だ。だがどちらとも親交があり、どちらからも一目置かれていた。

 「日本の新聞かね?」
 「はい。ヤマダ中尉から先生に宜しくと」

 「先生」が一目置かれている理由の一つが、日本とのコネクションだった。留学時代から「先生」にはかの国との接点があり有形無形の支援を得ることができたのだ。
 ヤマダ中尉は日本陸軍などが作り上げた独立運動支援組織の一員であり、インド独立派との連絡役である。

 ごく普通の新聞記事でも、見るべき所を見れば充分な情報源になり得る。
 例えば先月の 「第三帝国の総統が専用列車を廃止した」 という記事から、

 専用列車が存在する = ドイツ国内で特権階級化したナチス幹部が資源や資材を浪費していること
 専用列車を廃止した = ヒトラー総統を始めとする主流派が党内の綱紀粛正に乗り出したこと
 そしてその動機として鉄道を中心とする、ドイツの運送事情がかなり危険な状態にあることが解る。

 これに昨日の 「ワルシャワの孤児院に日本から砂糖など菓子の材料が贈られた」 という記事から解る

 首都ですら砂糖が不足している = 赤軍を追い出したもののポーランド国内の被害は大きいこと
 ドイツは知らん振り = 第三帝国、特に国防軍はポーランドの被害を考える気がないこと
 日本が贈ったことが記事になる = 日本政府がポーランドに配慮する姿勢を打ち出していること 

 という事柄を合わせてみれば、ドイツにはこの冬に積極攻勢を仕掛ける気がないことが推測できる。

 ドイツ軍はポーランドの戦いで、赤軍へ死者・行方不明者・投降兵・脱走兵を合計して140万弱に及ぶ被害を赤軍へ与え打ちのめしたが、自らも被害を受けている。
 ドイツ側の損害は9万足らずと15倍以上の損害比率となっているが、死傷者はともかく兵器と後方の消耗が激しかった。

 いかにドイツ軍が精強であるとはいえ弾丸より多くの敵兵を倒せる訳もない。戦史に残る大戦果は戦史に残る膨大な武器弾薬を費やして達せられたのである。
 効率の点でも戦史に残る戦いであったからこそ勝てたが、そうでなければドイツ軍が勝てたかどうかは怪しいものだ。数は力なのだ。

 ドイツ軍が再び赤軍に勝つためには物資の蓄積と効率の良い運営が必要であり、となれば敵地に踏み込んで戦う愚は避けねばならない。冬場なら尚更だ。
 故にこの冬は、ドイツ側からは攻め込まない。春は泥将軍が退散するまで敵味方共に動けなくなるから次に独ソの戦いがあるとすれば来年の5月以降となるだろう。
 ポーランドの地で起きるとすれば、の話だが。


 大地が凍り付いている冬のうちにソヴィエト・ロシアは北方で戦争を起こし、勝利しなければならない。
 冬の内にフィンランドを屈服させないことには国が滅びる。少なくとも共産党政府はお終いだ。
 現時点でも、スターリンの首が繋がっている事が不思議な程にソヴィエト首脳部は失敗を重ねてしまったからだ。

 このまま夏になって、ドイツ軍が西と北から攻めてきたら防ぎきれる保証は何処にもない。
 なにしろ、ロシアの心臓とも言うべきレニングラードはちょっと気の利いた野戦重砲なら国境線越しに砲弾が届く位置にあるのだから。

 ロシアにとっては災難だがドイツにも日本にも、フィンランドに数個艦隊と数個軍団を送り込んで半年持たせる程度の国力はある。楽ではないが実行できる。
 世界で一二を争う程の反共政策を掲げる日独両国がその気になれば、ソヴィエト政権の命運はあと一年しか持たない。その気にならない理由もない。
 あるとすれば米国の本格的な介入ぐらいだが、選挙が近づきつつある米国が積極的に介入するかどうかはかなり怪しい。
 日独にとってレニングラードを抑えることは不可能ではなく、そうなればロシアの物流は止まる。物流が止まれば人民は飢える。冬のロシアで人民が餓えたら起きるのは革命か、もっと質の悪い無政府状態化かのどちらかだ。

 故に赤軍は近いうちに、早ければ数日中にもフィンランドへ侵攻する。
 でなければ祖国防衛の目処が立たない。
 攻め込まれる側のフィンランドは抵抗を決意したようだが‥‥


 「先生、フィンランドはどれだけ粘れるでしょうか」
 「難しいね。結局は協定諸国から引き出せる支援の質と量次第かな」

 今は戦争したくないドイツや戦火が飛び火しては困る北欧諸国はこっそりと、スペイン・イタリア・トルコ・日本などの飛び火しにくい国はおおっぴらにフィンランドを支援している。
 早い話が赤軍は舐められているのだ。日独に連続で惨敗したのだから無理もない。
 イタリアの政界などでは「今ここでロシアを怒らせても大したことはない、囲んでつつき回していればそのうち自壊する」という楽観的な意見も出ているようだ。

 「支援ですか? 参戦ではなく?」
 「ドイツはしばらく攻勢には移りたくないだろう。スペインは内乱で消耗し過ぎた。内乱に深入りしすぎたイタリアも同様。トルコは軍の近代化で大忙しさ。嫌がらせに義勇兵でも送るのが関の山だね」

 「日本の参戦は有り得ないのですか」
 「望み薄だねえ、彼らには本命がいることだし」

 日中の戦線は安定している。中国国民党は米国からの支援がなければ何もできない状態であり、その支援ルートは南京の国民政府や英仏植民地の独立派ゲリラによる妨害を受け途絶えがちであった。
 もっとも、上から下まで完全に腐敗しきっている国民党勢力にいくら送ったところで、日本軍や国民政府軍への直接的な脅威にはならない。
 一例を挙げれば、国民党軍に供与された米国製戦闘機のうち実戦部隊に届いたものは一割にも満たない。残りは各派閥が隠匿するか転売している。主な転売先はロシアと南米諸国だ。

 中国国民党というか蒋介石派は、ただひたすらに米国からの支援を周囲にばらまくことのみを理由として延命している。
 その中国国民党が抗戦のポーズを取っているからこそ、日本軍はあと何年かはチャイナ地域から足抜けできない。

 ただの匪賊や野盗の略奪行為であっても、蒋介石派が対日戦争を続行中であると主張する限りは軍事行動であると言い張れる。もしも日本と講和すれば、それら強盗団や強盗団と大して変わらない軍閥を国民党軍が平定しなくてはならないが、国民党軍にはそんな能力はない。と言うより意思が欠片もない。

 「先生」の分析によれば、この状態はあと5年ほど続く可能性がある。
 日本軍の全面的な支援を受け編制されている南京国民政府軍は、これまでチャイナの地に存在しなかった本物の軍隊となりつつある。国民政府軍が自力で自国を守れるようになったその時こそ、日本が日支事変の終結を宣言する時だ。

 つまるところ、チャイナ戦線は日本にとって終わりが見えた場所なのだ。本命ではない。
 シベリア鉄道とウラジオストックの再建が完了しない限り、対ロシア戦線も本命ではあるまい。
 となれば日本の標的は大英帝国かあるいは‥‥

 「日米は戦争になりますか」
 「なるよ。当事者双方が戦争を望んでいるんだ、ならない訳がない」

 読みかけの新聞を畳んで、「先生」は顔を上げた。サシャを向かいの椅子に座らせる。
 どうやら長い話になりそうだが、この生徒にとっては望むところだ。

 「合衆国が日本との戦争を望むのは解ります。もはやあの国は戦争でも起こさない限り崩れ落ちてしまうでしょうから。しかし、今の日本に合衆国と戦争する理由があるのですか?」

 本来、日本帝国が欲しているのは資源と市場、そして運転資金だ。
 数々の技術革新と組織改革を成し遂げた今の日本は一次生産物の輸出で食っていける程の資源大国であり、爆発的経済成長によって資金も潤沢だ。愛国心と将来への希望で胸を膨らませた国民や自国企業がいくらでも国債を買ってくれる。

 残る市場も、欧州列強が力一杯の殴り合いを行っている今なら売り放題である。5年や10年では日本の優位は動かないだろうし、やりようによっては20年や30年は売り続けることもできるだろう。その日本が好き好んで戦争を始める理由があるだろうか。

 「改革に成功したからこそ、戦争を始めなくてはいけないのだよ」
 「は?」
 「彼らはね、色々と無茶をやって日本を造り替えたんだ。平時なら30年はかけて起きるべき変化をこの数年で起こさせてしまった」

 確かにその通りだ。数年前、1935年の夏に日本の軍部と政界で大変動が起きてから四年余りで日本はすっかり変わってしまった。
 半年前、十数年ぶりに東京を訪れた「先生」は変わり果てた街で迷子になり、荷物持ちとして同行したサシャに道案内される目にあったぐらいだ。なまじ以前の知識があったがために地図を読み間違えてしまったのである。
 傾いていた国家財政を建て直すどころか超高層建造物に変え、経済の神(の化身)とまで呼ばれ死後は神社が建つこと確実な高橋是清蔵相が進めている帝都改造はそれ程までに大がかりなのだ。

 「無茶をやり通したのは合衆国と戦える日本を造るためさ。日本をアメリカに勝てる国にする、を合い言葉に耐えがたきを耐え忍びがたきを忍んで改革を成し遂げたんだ」

誰もが不可能と見る程の高い目標を掲げ、無理に無理を重ねて達成する。ここ数年の勢いと規模こそ異常だが、日本の方向性そのものは殆ど変わっていない。手法的には。
必要ではあったのだろうが、日本の改革は急すぎた。余りにも急ぎすぎたが故にその反動もまた大きい。

「それを今更やりませんなんて言い出しても納得できやしない。
 納得させようとしたら内乱が起きる。そして日本人は国家総出の内乱を起こすぐらいなら他国との総力戦を始めてしまう民族なんだ」
 「納得できない者を納得させるのが政治家の仕事でしょう」

 総力戦というものは気分で起こすものではあるまい。いや起こされては困る。

 「無理だよ。日本にも冷静な政治家がいない訳ではないが、日本における政治家とは突き詰めてしまえば利益誘導者にすぎない。あの国では御輿の前で担ぎ手を煽る者が政治家なんだ。政治家は御輿の上にも後ろにもいられない」

 日本人にとって政治とは理論でも理念でも理想でもない。どこまでも現実であり即物的かつ現世利益的なものである ‥‥と「先生」は断言した。
 つまるところ日本では、代議士の仕事とは後援者達に利益をもたらすことである。
 票田もしくはその一票一票に影響力を持つ選挙区の住人達や労働組合の利益を代表し、それらに利益を与えてやれない者は政治家になれはしないのだ。

 「日本の民は、大麻で酔っぱらった群衆も同然だと?」
 「近いね。戦争とは一種の祭りだ。たとえ無茶だと解っていても国民が、御輿を担いで騒ぎたい者たちがどうしても祭りをやりたいと言うなら音頭取りは従うしかないのだよ」

 戦争は利益になる。日本人は戦争が国民の利益になると考えている。
 現にチャイナでの戦争を利用して日本は社会構造を改変したのだ。
 都市は工業化され、失業者は減り、農村の赤化は遠のき、学校と病院が増え、婦人の社会進出が進んだ。損をした者よりも得をした者の方が遙かに多い。
 故に日本国民は戦争を求める。更なる戦争と更なる勝利と、更なる正当な配当を求める。

 「‥‥なんとも羨ましい限りですね。正に民主主義」
 「良くも悪くも日本は民意で動く国なのだよ。日露戦争のときもそうだった」

 そう老人は懐かしげに呟いた。何十年も前の、日本で過ごした日々を思い出しているのだろうか。
 しかし、果たして勝ち目はあるのだろうか。


 「始める理由は解りましたが、問題は終わりです。彼らはどんな結末を望んで戦争を始めようとしているのでしょうか」

 サシャは特に日本びいきではなかったが、他国人の不幸を望むほど歪んだ心根は持っていない。
 あの新旧東西の文物が入り交じった混沌としながらも清潔な都市が焼かれ、戦時でありながら明るく活力に溢れていた人々が傷つく姿など見たくはない。

 まあ、戦争の当事者である中国人などから見れば別の意見もあるだろうが。
 サシャにしてもバッキンガム宮殿がドイツ軍に爆撃されたなら肥満体の国家元帥やもっと太った空軍大将にエールぐらいは送ってやるだろう。

 「さて、私は預言者ではないから結果については分からないが、もし日本が勝つとしたらその時には合衆国の幻想(ファンタジー)を破壊しているだろうね。いや、むしろ幻想(イメージ)を破壊することによって勝利するつもりなのかもしれない」
 「印象(イメージ)を破壊して、戦争に勝てるものでしょうか?」

 サシャの問いかけに「先生」はにやりと笑い、固めた拳を目の前に掲げてみせる。彼もカラリパヤットの心得がある。日本の武道でいえば帯が黒くならない程度の腕ではあるが、全くの素人ではない。

 「勝てるさ。戦争とはとどのつまり国家と国家の喧嘩だ。喧嘩で一番大事なのは」
 「気組み、つまりは継戦意思です」
 「そう言うことだ。清帝国は『我こそは中原を制す覇者であり文明の中核、東夷の軍勢など鎧袖一触』という自らの幻想を破壊されて戦争を続けられなくなった。
 ロシア帝国は『ロシアは広大な領土と無数の民を統べる強大無比の大帝国』という幻想を日本が仕掛けた独立運動に破壊され交渉の席に着かざるを得なかった。
 日本はこれまで国運を賭けた戦いにおいて、勝った場合はことごとく相手の幻想を破壊しているが負けた場合は幻想の破壊に失敗しているからね」

 はて? と弟子は首を傾げ質問する。

 「明治新政府発足から今まで、日本は戦争で負けていない筈ですが」
 「シベリア出兵はどう見ても日本の負けだよ。戦略目標を達成できず、利益も出なかった。あれで日本の屋台骨はかなり傾いたよ」
 「‥‥確かに、共産主義という幻想は未だに破壊されていませんね」

 理想主義者的な若人の例に漏れず、サシャも共産主義というか社会主義思想に心惹かれたこともあった。
 だが、その憧れは「先生」の『悪辣な資本家の暴威から人民を守るため、国家が資本を管理するのが社会主義である。しかし国家が一元的に資本を管理すればそれは国家自身が最悪の資本家と化してしまう危険があり、しかも現在の社会制度にはそれを防ぐ仕組みがない』という論理で粉砕されてしまった。
 この言葉を聞いてサシャは家出を決意した。ジョン・ブルの巣窟に乗り込まなくても学問ができる確信を得たのだ。

 「成長著しいとはいえ、日本の国力は未だ合衆国に及ばない。力で勝てないなら心をへし折るしかないだろう。問題は何を折ろうとしているのか、だが」
 「合衆国を合衆国たらしめている幻想(イメージ)ですか。いっぱいありそうですね」
 「そうだね、数的にも質的にも量的にも日清日露の戦いとは比べものにならない相手だ。なにせ文字通り全世界を相手に回して勝てる古今東西に類を見ない国家だからね、合衆国は」

 僅か一週間ほどだが、サシャは「先生」と共に米国西海岸の諸都市を巡り歩いたことがある。数日間とはいえ、その経験だけでもアメリカ合衆国という国家が異質で巨大な存在である事を察するには充分だった。


 「しかしですよ、日本はこれまで敵の幻想(ファンタジー)を破壊して勝ってきたとすれば、負けたときには彼らの幻想(イメージ)が、日本を日本たらしめているものが破壊されてしまうのではありませんか。一度の敗北で受けるにはあまりに大きな損害ではないでしょうか」

 何を言っておるのかね と「先生」は呑み込みの悪い弟子をたしなめる。

 「彼らにとって真の敗北、本当の意味での幻想(ファンタジー)の破壊は内乱の発生なのだよ。食い詰めた旧軍閥関係者が自棄を起こして始めた地方反乱などではなく、正義の具現であるはずの帝国正規軍が相撃つ泥沼の大乱こそが真の敗北なのだ。
 それに比べれば対外的な戦争の勝ち負けなど些末な事さ」
 「つまり、日本人にとっては合衆国との戦争がどう転ぼうとも敗北ではない‥‥と?」
 「そう。千代に八千代に細石の巌となりて苔のむすまで続く日本国。それこそが日本人達の究極の(ファイナル)幻想(ファンタジー)なのだよ。この幻想が壊されない限り彼らは負けたことにならないのだ」

 まあ、彼らの精神世界では‥‥だがね。と、言って話を締めた老人は温くなった茶を美味そうに啜った。



 老人は賢者であったが、本人の言うとおり預言者ではなかった。
 彼の予想通り間もなく日米間に戦争が起きた。しかしその戦いが終わったときに、合衆国は幻想だけではなく実体をも破壊されていたのである。




続く。


9:峯田太郎 :

2012/03/07 (Wed) 15:04:45






            『その八、戦争の冬・ロシアの冬』





 1939年12月23日 モスクワ


 昔から「クリスマスまでに終わる」と言って始められた戦争が、実際にクリスマス前で終わった例はない。
 この年の11月末に始まったソヴィエト・ロシアとフィンランドの戦いも例外とはならなかった。

 「第44狙撃師団は後退したのですね」
 「はい、同志スターリン。スオムッサルミ村陣地の早期解放は難しくなりました」

 クレムリン宮殿の主、ヨシフ・スターリンは前線からの報告を聞きつつ書類にサインを続けていた。

 「包囲された部隊はまだ戦えますか」
 「一週間程度しか持ちません」

 あまり知られていない事だが、ソヴィエト・ロシアの実質的最高指導者は穏やかな喋り方をする人物である。
 彼には声を荒くする理由も大きくする必要もないからだ。真の権力者にそのような演技(パフォーマンス)は要らない。そのあたりが所詮演説芸人に過ぎない元伍長との違いだ。

 「おや? 昨日尋ねたときには五日程度しか持たないと聞きましたが」
 「はい、同志スターリン。連日戦死者が出ている分、一人あたりの物資量は増えましたので」


 少なくない人物が予想していた通り、ソヴィエト・ロシアのフィンランド侵攻は順調に進まなかった。
 ノモンハンとポーランドで赤軍が受けた損害は小国の総人口に匹敵する。並の国家どころかロシア以外の列強ならばとうの昔に国家転覆していてもおかしくない。
 大粛正で弱り切っている赤軍には耐え難い損失だ。
 もっともその程度の被害、クレムリンの主に言わせれば「まだ二百万にも達していませんよ」で済まされてしまうのだが。

 クレムリンの主は赤軍の人的被害はさほど気にしていなかった。兵など放っておいても畑で採れる。
 しかし兵器や機材は別だ。
 フィンランド戦線には2099門に及ぶ火砲、1508輌の戦車と自走砲、843機の航空機を投入している。その二割から三割は貰い物だが、大部分はロシアの工業力を割いて作るか交易で手に入れた貴重品だ。文字通り人民の血と汗の結晶なのだ。

 貴重な戦争機材を無駄に消費して良いものではないが、戦況は思わしくない。地の利を生かして粘るフィンランド側を赤軍は攻めあぐねているのが現状だ。
 現地部隊の一部などは遙かに少ないはずの敵に包囲され立ち往生している有り様だ。文字通り退くも進むもままならなくなっている。
 そして救援に駆けつけた精鋭師団は連隊規模の部隊に阻まれ引き下がる始末である。

 「同志ヴォローシフは何と言っていますか」

 赤軍の古株であるクリメント・ヴォローシフ元帥は「戦車のヴォローシフが役に立たないなら本物が行くまで」と現地に向かい指導しているが、状況は好転していない。
 彼の名を冠した重戦車KVシリーズは日本の97式戦車を超える火力と装甲を持つ期待の新兵器だが、機動力の低さと全般的な扱いづらさが災いしてフィンランド戦線ではほとんど戦果をあげていなかった。

 「制空権が敵の手にある限りはどうにもできない、と」

 ここまで赤軍が手こずる理由の一つは、フィンランド側航空戦力の充実にある。防共協定を結んだ各国から送られてきた航空機は大半が中古の旧式機だったが、その分信頼性は高く極寒の戦場でもなんとか使用に耐えていた。
 北欧の空は世界各国の新旧航空機と、同じく世界各国から集まった傭兵と義勇兵がひしめき合う乱戦状態となっている。
 そしてスペインやポーランドと同じように、北欧の空でも日本製の機材と人員は魔物のような強さを誇っていた。

 「航空隊戦力は増強している筈です。なぜここまで一方的な結果となるのでしょうか」
 「被害の大半は空戦の結果ではなく基地にいる時に受けています。こちらには悪天候でも飛べる戦闘機がありませんので迎撃は困難です」

 更に言うなら、フィンランド側の航空機には日本が送り込んだ工作船で改造を受け、燃料タンクの増設や落下増漕の普及により航続距離を伸ばした機体が少なくない。
 改造を受けて航続距離が数割り増しから二倍近くにまで伸びたそれらの襲撃機や戦闘機は、元から航続距離の長い日本製航空機と組んで赤軍の飛行場を絶え間なく襲撃していた。
 ドイツ空軍と真正面からぶつかったポーランド戦役と異なり、航空戦そのものは善戦している。少なくとも15倍だの20倍だのといったふざけた損害比にはなっていない。しかし天候や距離の関係で一方的に基地を叩かれ続けている赤軍の被害は大きい。

 赤軍も対空火器を増やし聴音機による警戒網を整備して対抗しているが、それでも防ぎきれないのが現状だ。
 結果として地上撃破も入れた総合的な損失比では、ポーランド戦役と大差ない数字になってしまっている。

 特に、現場の将兵から「ヤポンスキーの新型」と怖れられる99式襲撃機は戦闘機並の速度と運動性、軽戦車に迫る装甲と火力、ドイツ製襲撃機の倍近い航続距離を併せ持つ文字通りの怪物であった。
 更にこの上に、夜間やある程度までの悪天候でも飛べて戦える能力まで持っているのだから手に負えない。
 兵器の差だけで被害が出ている訳ではないが、赤軍の将兵が「せめてあれが敵の手になければ」と思ってしまうのも無理はなかった。

 「開発局を急がせなさい。こちらにも新型が必要です」
 「はい、同志スターリン」
 「当面は数で対抗するしかありませんね。増援としてモスクワ周辺の航空部隊を北へ送りましょう。不足分は極東から引き抜きなさい」
 「はい、同志スターリン」

 クレムリンの主は、自分が米国に使い潰されつつあることを悟っていた。アメリカ合衆国が世界大戦へ参加できるようになるまでの時間稼ぎに、祖国と赤軍は使われているのだ。
 昨年の秋ソヴィエト・ロシアは極東の安定のためにマンチュリアへ攻め込み、かの国は自国の石油産業を守るため赤軍に協力を約束した。
 しかし日本近海で演習という名の挑発行為を行う筈だった合衆国海軍の艦隊は出遅れて間に合わず、日本軍の総力を挙げた攻撃にウラジオストックは破壊された。
 合衆国は旗艦の座礁事故などを言い訳にしているが、その程度のことで演習日程が遅延するなど有り得ない。どう考えても故意の失敗だ。

 ウラジオストックとその防衛戦力が無力化したことにより、シベリア鉄道そのものも一時的に無力化した。
 あれで勝敗は決した。物流の動脈を切断された極東軍が態勢を整え直すことは不可能だった。たとえあの時点でジューコフ将軍が生きていても結果は変わらなかっただろう。

 協力を約束しておきながら手を抜く。それはまだ良い。騙される方が間抜けなのだ。
 腹に据えかねるのは、一度騙した相手を同じ手でまた騙そうとしている事だった。


 「同志モロトフ、アメリカからの物資はまだ届きませんか」
 「はい、同志スターリン。太平洋ルートは未だに回復しておりません‥‥黒海ルートでなら運べるのですが」

 復興が進められているウラジオストックだが、四隻の戦艦と十一隻の巡洋艦が砲身をすり減らしてドック入りになるまで撃たれ続けた被害はそう簡単には回復しない。更に言えば延べ二千機以上の航空機による爆撃も受けている。
 今も港湾の積み卸し能力は落ちたままであり、冬の港に長時間船を置いておきたくない合衆国の船主達は北太平洋での輸送を嫌がっていた。
 元々ロシアと合衆国の交易は下火だったが、ロシアとドイツの戦争が始ってからは大っぴらに交易が出来なくなっている。
 支援そのものはファシスト勢力に対抗する為の人道支援と理由をつけて細々と続けられているが、必要量にはまるで足りない。

 「では何故物資が届かないのです」
 「ボスフォラス海峡で起きましたテロ行為によるものです」
 「破壊工作は収まったではありませんか」
 「黒海向け船舶の保険金が値上がり致しまして」

 利益率が落ちたため船主達が輸送を嫌がっております。と続けたかったが、モロトフ外務人民委員は口を閉じた。
 言葉は穏やかだが、クレムリンの主の感情表現は物理的かつ行動的に危険すぎる事が多い。

 赤軍がフィンランド解放のために進軍を始めたその日にイスタンブール近海で破壊工作が起きた。その後も毎日のように連続して起きた。
 爆薬を満載したボートがロシア行き貨物船に体当たりする破壊工作により、黒海方面の海上輸送は大きく混乱した。今も完全には収まっていない。いつ爆破されるか解らない船便を出したがる船主も乗りたがる乗組員も居はしない。
 余談だがボスフォラス海峡事件の後、何故か世界各地で日本船舶への海賊行為が頻発している。ボスフォラス海峡での連続テロは一週間ほどで起きなくなったが、こちらの方は次第に下火になりながらも未だに続いている。

 「‥‥対策は、とっているのでしょうね」
 「もちろんです同志スターリン。合衆国国務省及び財務省内の同志たちに働きかけ、相場より高い代金を払って船主たちを納得させました。また英国から海峡の安全について言質を取り付けました」

 なんとか怒りを押さえ込んだらしい上司の態度に、モロトフは安堵する。

 「言葉だけでは足りません。英国軍には警戒部隊の派遣を要求しなさい」
 「はい、同志スターリン」

 まさかソヴィエト海軍がボスフォラス海峡の警備を行う訳にはいかない。かと言って現地のトルコ軍は信用できない。土ソ両国は親の仇同士のほうがまだ親密な関係だからだ。

 適当な動力ボートはともかく、ボートに積み込まれていた百キロ単位の高性能爆薬は軍隊かそれに準ずる組織でないと用意できない代物だ。
 つまり何処かの海軍がロシア向け船舶を狙って破壊工作を起こした訳だが、疑わしいのは地元のトルコ、反共的なイタリア、敵対国であるドイツ、得体の知れない日本といったところだ。クレムリンの主的には後に挙げた者ほど容疑が濃い。

 「海軍にも我々の同志はいるでしょう。同じ事はできませんか? 合衆国の無知蒙昧な者たちも自国の船が沈めば目が覚める筈です」

 クレムリンの主が言う海軍とはロシアのものではなく、アメリカ合衆国の海軍だ。
 ソヴィエト・ロシアでも限られた人間しか知らないことではあるが、1939年初頭の時点でアメリカ合衆国の行政機構は共産主義者によって占拠されたも同然の状態にあった。
 長官や次官といった頂上部はともかく、実務を取り仕切る役人達の多くはモスクワの意向に忠実な共産主義の担い手だった。
 既にホワイトハウス内に居る人間の六割以上が熱心な共産主義者である。大統領やその家族を計算に入れても、である。

 普通はここまで内部に浸透を許せば、その国は乗っ取られたも同然だ。
 いや、既に半ば乗っ取っている。
 だがそれでもアメリカ合衆国は思い通りに動かない。クレムリンの主がルーズベルト氏を世紀の大戦略家と認める所以だ。

 この戦争に関しても合衆国議会ではソヴィエト側を侵略者と非難する声が大きく、一時はソヴィエト・ロシアへの非難決議とフィンランドへの三千万ドルに及ぶ無償借款が決定される寸前まで行った。
 どちらも寸前で阻止できたのは幸いだったが、そのためにクレムリンは何枚もの手札を使ってしまった。合衆国議会への浸透と関与は更に難航するだろう。

 大手新聞社などに潜伏している共産主義の理解者達は「フィンランド政府はファシスト勢力の傀儡」「虐げられているフィンランド国民を解放せよ」と大衆を啓蒙すべく宣伝に務めているが、頑迷な米国人は「先に手を出した方が悪いに決まってるだろ」と納得していない者が少なくない。
 馬鹿馬鹿しい限りだ。それを言うなら先に手出ししたのはフィンランドではないか。彼らが不当に占拠しているロシア領土を、カレリア地域を返還してさえいれば戦争になどならなかった。盗人猛々しいとはこのことだ。
 まあ、本来ならカレリアどころかフィンランド全土がロシア領土であるべきなのだが。
 
 「米海軍による破壊工作そのものは可能です。しかしそれをドイツまたは日本の仕業に見せかけることは難しいかと」
 「では英国がやれば宜しい。彼らならできるでしょう」
 「できますがやりません。英国は我々を信用しておりませんから」

 腐っても世界帝国である。英国海軍がその気になれば第二のルシタニア号事件やメイン号事件を起こすことは容易い。
 だが合衆国が参戦した後で、実は英国の陰謀だったと知れば合衆国人の怒りは頂点を超えてしまう。
 この世に漏れない秘密はない。旧植民地ほどではないが英国政府にも官庁にも同志はいるのだ。
 英国が陰謀を実行した場合、クレムリンの住人達は頃合いを見計らって真実を暴露する気だった。そうすれば労せずに英国を潰せる。

 今は手を組んでいるが、資本主義の総本山である英国と共産主義国家であるソヴィエト・ロシアは所詮相容れぬ存在だ。
 まずは米英ソの三国でナチス・ドイツを潰し、次に英国を潰し、次に合衆国を乗っ取り、最後に日本を焼き尽くす。
 それがソヴィエト・ロシアの世界戦略だった。
 だがクレムリンの戦略は、米国が動かないために瓦解の危機にある。連邦が潰れてからドイツが滅んでも意味がない。

 当代の英国首相がもう少し無能な人物なら米国を参戦させる陰謀に噛んできたかもしれないが、あの英雄願望持ちのニコチン中毒患者は意外にしたたかだった。
 どうやらアメリカ合衆国の行政機構が共産主義者に占拠されている事実にも気付き始めているらしい。このあたりが腐っても世界帝国というところか。

 「これは、焦土作戦をやるしかないかもしれませんね」
 「ど、同志スターリン」

 クレムリンの主は書面から顔を上げ、彼の呟きに動揺を見せた者たちの顔を見渡した。

 「同志モロトフ」
 「はい、同志スターリン」

 最も動揺の色を見せた人物はクレムリンの主の眼光を正面から受け止めた。顔色は悪いが汗はかいていない。

 「人民を思いやる貴方の気持ちは解ります。ですが今、連邦は存亡の危機にあるのです」
 「はい、同志スターリン」
 「焦土作戦を行えば数千万の人民が死ぬでしょう。しかし連邦がファシスト勢力に征服されたなら一億以上が死にます」

 詰まるところ戦争とは強盗殺人に他ならない。規模が国家単位になっただけだ。
 世界新秩序だの民族の自治だのと大義名分を並べていても、ドイツ第三帝国の本質が強盗団であることは変わらない。
 現にポーランドの戦いでは、ドイツ国防軍が占領した地域の食糧事情は赤軍の占領地域より遙かに悪かった。
 ドイツ国防軍が戦場付近で容赦なく徴発を行ったために、赤軍占領地域では殆ど出ていない餓死者が千人単位で出ている。
 もし義勇兵が、ドイツ人でない軍隊が独自判断で現地民へ物資を配らなければ被害は10倍以上にもなっていただろう。

 文明国の軍隊では最も野蛮と怖れられるソヴィエト赤軍だが、別に好きで蛮行を為している訳ではない。
 自国民もとい自民族以外の生存を認めぬ、脳味噌が中世で立ち腐れた狂人に率いられたゲルマンの蛮族とは違う。
 結果的に蛮行が起きてしまうことが多いだけだ。

 「いかなる犠牲を払ってでも、ファシスト勢力を打倒しなくてはなりません。でなければロシアの大地も人民もゲルマンの蛮族に支配されてしまいます」

 古代から現代に至るまで、軍隊は基本的に現地で食料を調達するものである。
 遠い本国から運んでくることもあるが、それは量的には従であり主ではない。本国からの食糧輸送を主にできるだけの兵站能力というか国力の余裕があれば、そもそも戦争などやる必要がない。
 それだけの国力差を盾に恫喝すれば、要求が理不尽でなければ相手国は素直に従うであろう。理不尽な場合は涙を呑んで従う。余程の理不尽なら条件闘争を試みる。理不尽とかの水準を超えると徹底抗戦となるが。

 基本的に軍隊は現地で食料を調達する。故に他国の軍隊に居座られるとただそれだけで大迷惑である。
 特にドイツ第三帝国軍は占拠した地域で容赦ない徴発を行うので怖れられていた。
 戦闘機械(ウォーマシン)として健全に稼働している第三帝国軍は、食料が不足する事態になれば自軍兵士に腹一杯食わせて他国民にはその残りしか与えない。現場の裁量である程度は残していくことが多い赤軍や、逆に自分たちの食い扶持を削って与えてしまうことさえあるどこかの島国の軍隊とは違うのである。

 間違いなく第三帝国は列強中で、国民と兵隊が餓えることに最も恐怖感を持つ国家であった。そもそも帝政ドイツが崩壊した理由も第三帝国が誕生した理由も国民と兵士達の飢餓であるのだから当然だが。
 1919年生まれの新生児死亡率60%以上。ドイツ人達の恐怖感を説明するのにこれ以外のデータは必要あるまい。
 早い話が、その年ドイツで生まれた赤ん坊の三人に二人は歩き出す前に死んでしまったのだ。主に貧困と飢餓によって。


 「徹底抗戦しかありません、彼らはタタール人の半分も寛大ではないでしょうから。同志モロトフ、私は間違っているでしょうか?」
 「いいえ、同志スターリン」

 かつてユーラシアの過半を制圧し敵対者に容赦ない破壊と殺戮をもたらしたモンゴル帝国。
 文字通りの根切りまで行った彼らでさえ、恭順する民や役に立つ捕虜は生かしておく度量があった。
 しかしゲルマンの蛮族にそんなものはない。むしろ有能であればあるほど危ない。
 妄想の中で生きている彼らは彼らは「有能な異民族」が存在するという現実に耐えられないのだから。


 一度地獄を見た者は、他者を地獄へ突き落とすことで再度同じ地獄に落ちずに済むのなら躊躇わず突き落とす。
 かねてからの仇敵なら大喜びで突き落とす。そしてドイツ第三帝国とソヴィエト・ロシアは不倶戴天の敵なのだ。
 一応の味方であるポーランド人を飢餓に追いやって恥じることのない蛮族の軍勢が、ロシアの民に配慮する訳がない。

 「工場の疎開を急ぎましょう。機械も資源も、運べるものはウラルの東に運んでおかねばなりません」

 悔しい限りだが正面きっての野戦では、ソヴィエト赤軍はドイツ国防軍に勝てない。少なくともポーランドの大地では。
 赤軍が勝てるとしたらポーランドではなくロシア、夏ではなく冬、運動戦ではなく陣地戦でだ。己の得意とする戦場に引きずり込むしかない。

 ならば国境線など放棄して奥へ奥へと引き上げ、阿呆の蛮族を誘引するべきだ。
 ゲルマン主義的不合理によって、ドイツの経済は行き詰まりを見せている。日本からの支援が途切れれば破綻は免れない程に。
 故にドイツ第三帝国は勝利と領土と利権を欲している。勝利し続けない限りドイツは連合国に袋叩きにされるか、日本ないし米国の傀儡となるしかないのだから。

 「同志ベリヤ、ファシストがフィンランド解放戦へ参加するように、ファシスト政権内部へ潜入している同志へ働きかけなさい」
 「はい、同志スターリン」

 勝てないのなら負ければ良い。フィンランド単独ならともかく日独が参戦したなら敗北の言い訳も立つ。
 わざと負けることで仮初めの勝者を地獄へ引きずり込むのだ。
 勝利に驕ったゲルマン人どもは、必ずや二正面作戦を行うだろう。前大戦の愚を繰り返すだろう。
 それが彼らの弱点であり限界なのだ。彼らは妄想の世界の住人なのだから。

 あの脳味噌が中世で立ち腐れた狂人が言うとおりに、いやその何倍もゲルマンの蛮族が優秀だとしてもロシアの大地には敵わない。
 冬将軍に正面から挑んで勝てる者などいないからだ。今まで勝てた者はいないしこれからも出ないだろう、どう考えてもあと百年ぐらいは。


 ロシアを統べる『鋼鉄の男(スターリン)』に最早迷いはなかった。
 革命も無政府状態化も、指導者が暗愚だから起きる。暴君だからではない。
 もしレニングラードがファシスト勢力に押さえられ、物流が滞ったなら人民の方を減らすまでだ。


 十人の人間が冬を越さねばならないのに、物資が五人分しかない。
 このとき五人殺して残り五人に分配するのがロシアを統べる者の仕事だ。
 殺すべき者を殺すべき時に殺せない躊躇いこそが、支配者として最たる愚行なのだ。

 人民の半数を殺してでも秩序を保つ。そうしなければ全員共倒れになるのがロシアの冬なのだから。
 暴君どころか暗君愚君さえいなくなった地獄を、無政府状態化したロシアの冬を生き残った鋼鉄の男はそう確信している。
 どんな暴君であっても居ないよりマシ。
 それが元神学校生徒で強盗犯上がりな、現代のロシア皇帝である男の行動指針だった。



続く。
10:峯田太郎 :

2013/08/23 (Fri) 12:12:19





       『その九、雪と老嬢』




 1940年1月13日、極東の有色人種国家、大日本帝国はアメリカ合衆国に対し宣戦を布告した。
 後に言う日米戦争の始まりである。

 何故この戦争が起きたのかについては戦争終結から百年以上後になっても論じ続けられている。
 しかしマクロ視点からではなくミクロの視点からみるならば、その前年末に起きた幾つかの武力衝突が直接の原因となるだろう。

 その最も有名かつ影響大であったものが「コバヤシマル事件」と「血の大晦日事件」である。
 前者はフィリピン近海で米海軍の臨検にあった日本船籍の貨客船「小林丸」船内から大量の重火器が発見され、臨検にあたっていた米海兵隊と銃撃戦、そして日米双方の軍艦による海戦にまで発展した事件。
 後者は瀬戸内海の呉軍港付近まで潜入した国籍不明の潜水艦により、大型輸送船を含む四隻の輸送船と二隻の駆逐艦が撃沈され、そして戦艦陸奥が小破した事件である。

 ちなみにコバヤシマル事件では米フィリピン艦隊の軽巡洋艦が大破、駆逐艦一隻が沈没。日本側は小林丸が沈没し駆逐艦二隻が中破した。一方陸奥に魚雷を命中させた潜水艦は逃亡を試みたが、佐田岬半島沖で哨戒艇の爆雷攻撃を受け沈没した。

 両国の国民は驚愕し、そして世論は沸騰した。潜水艦の沈没現場から米海軍将兵の遺体や装備品を多数引き上げた日本側はもちろんだが、フィリピンで現地人ゲリラによる小規模武装蜂起が頻発していた原因をついに突き止めた米国側も激しくいきり立った。


 だが、日本海軍の飛行艇で本国へ急遽帰還したフランス人映画監督が公開したフィルムが新たな衝撃をもたらした。米国以外にのみ。
 たまたま小林丸に乗り合わせた映画監督は大きな紙袋に隠したカメラで、米海軍の臨検を撮影していた。そしてカメラは船内の大ホールで起きた惨劇を撮影していたのである。

 武装した厳つい大男の海兵隊員が、乗客の幼い(日本人の中学生は欧州人達には数歳若く見えた)少女をからかい、スカートをめくりあげようとする映像だけでも充分に顰蹙を買う光景だった。これだけでも米海軍の高官が記者会見を開き、陳謝しなくてはいけないだろう。
 だがしかしそれだけでは済まなかった。件の海兵隊員は少女の身内らしき青年からの抗議に殴打で応えたのである。
 しかも、その結果素手の、体重半分程度の青年に負けて投げ飛ばされただけでなく、起きあがった海兵隊員は激昴して拳銃を抜き青年を撃ち殺したのだ。

 カメラのフィルムにはパニックを起こして逃げ惑い、あるいは逆に海兵隊員に掴みかかろうとする乗客達と容赦ない銃撃を開始した米海軍側の様子が克明に写されていた。
  
 映像と合わせて、監督を含む生きのこったすべての乗客が「コバヤシマルに兵器などなかった」「海兵隊員は 構わないから皆殺しにしろ、猿の船に乗っている奴はみんな猿だ と言っていた」「彼ら(米海軍)は船倉に入ってすらいない」「欧州人の乗客にも犠牲者が出た、ここではとても言えないような目に遭わされたご婦人もいる」「俺はアメ公を三人殴り倒してやったが四人目に撃たれた。手当てしてくれた日本の軍医には感謝している」などと証言したこともあり、全世界の関心は米国側の申し開きに集中した。


 日本では緊迫する日米関係に体調を崩した近衛文麿首相が退陣を表明。陸軍大臣永田鉄山大将に組閣の大命が下り、第一次永田内閣が発足した。永田首相は米国政府に対し「72時間以内に何らかの返答を望む」と宣告したが、期限ぎりぎりになって出された米国からの返答は

 「一、日本は蒋介石政権を中華唯一の主権団体と認め、それ以外の中華軍閥との接触と支援をとり止めること。 
  一、日本は満州・朝鮮・海南島・台湾島・琉球諸島を含む中華地域から即時に軍事力及び警察力を引き上げること。
  一、日本は国際平和を乱す一方的な軍事同盟(防共協定のこと)を廃止すること。
  一、日本は世界各国へのダンピング輸出を即時とり止め、米国の指導する関税制度を受け入れること。
  一、日本は今回発覚した国際的陰謀の詳細を公表し、謝罪すること。
  一、日本は上記の謝罪と同時に米国へ賠償金五十七億八千万ドルを支払い、本州島以外の全領土を割譲すること。
  一、日本は全ての軍艦と航空機及び発動機付き車輌を廃棄し、以後の陰謀実行能力を取り去ること。
  一、日本は米国内で行われるこの事件の裁判に、現皇帝ヒロヒトを被告として出頭させること。
  一、日本は‥‥(以下略)‥‥。」

 という、主なものだけで8項目になる要求を纏めた外交文書、世に言う「ハル・ノート」であった。
 後にコーデル・ハル国務長官は「私はこんなもの認めていない」と発言したが、彼の名で出されたからには公式にハル・ノートと呼ばれている。


 第三帝国総統は、この文書を七回読み直したという。
 イタリア王国首相は読んだ後、まだ酒が抜けてないようだとベッドに入ったが、愛人に引きずり出された。 
 クレムリンでは外交官が九人、タイピストが三人、事務官が五人、天気予報士が一人、そして諜報員が一個小隊分シベリアかあるいはもっと寒い場所へ転属した。
 大英帝国首相官邸では、朝一番の報告が平均より8分30秒ほど長くなった。

 同日、米国議会は日本への制裁決議を採決。日本資産の即時凍結及びあらゆる資源と製品の輸出禁止、日系移民を含む日本人の強制的保護(一般的にいう逮捕拘留)を決定した。
 一週間後の1月13日、大日本帝国の議会は全会一致で米国との戦争を採択した。即日の宣戦布告に対し米国側も宣戦を布告。かくして戦争が始まった。




 1940年1月16日 フランス パリ市内のとある劇場


 「で、我が祖国の反応は? 大統領は何と言ったのだ?」
 「さあ?」
 「いや、 さあ? はないだろう、話は聞こえてこないのか」

 時刻のせいもあって客の入りもまばらな劇場の貴賓室に、二人の男が座りグラスを傾けていた。
 片方は流行のスーツに身を包んだ、上流階級出と思われる中年男。もう一人はフランス陸軍の軍服に身を包んだ、見上げるほどの大男。それも、ごく普通に周囲から大男と呼ばれる者たちが、なお仰ぎ見なくてはならないほどの桁外れな巨漢である。歳は軍人の方が洒落男より数歳上だろう。

 「祖国(フランス)の政治情勢は複雑怪奇なり、さ。正直な話、もう誰がどの派閥で何を言っているのかさえ分からなくなってきたよ」
 「そんな馬鹿な!」
 「軍は違う ‥‥と言って欲しいところだが、無理だろうな」

 大男は沈黙で答えた。現在のフランス陸軍内で起きている混乱を拡大したものが政府内で起きているとすれば、大統領の近況が分からないというのも納得できる。できてしまう。

 「これは、拙いな」
 「拙いと言うか末期的だね」

 船で喩えるならネズミが逃げるどころか転覆寸前だ。

 「何故、こうなってしまったんだ」
 「ドイツはまがりなりにも纏まったからね」

 対するフランス側は分解寸前だ。
 人口比などでも分かるように、元々フランスの国力はドイツに及ばない。チェコやオーストリアを併合された後は尚更だ。
 前大戦の爪痕も癒えていないフランスは、列強の一角ではあったが過去の力は既になかった。もう少し落ちればイタリアと最下位争いをする羽目になるだろう。下手をすると十年もしないうちにスペインと競争しなくてはならないかもしれない。

 フランスの国力を10とするなら、ドイツは27。英国は23、日本は19、ソヴィエトが17、イタリアが9、スペインが5‥‥とフランスの調査機関は計算していた。無論誤差はあるだろうが、現実的に問題ない範囲に収まる筈だ。

 ここまで大差がついた最大の理由は、国内政治の不安定であろう。

 「おのれアカどもめ やはり生かしておいたのが間違いだったか」
 「おいおい、民主主義国家の軍人が言っちゃいけないこと言いそうになってるぞ」

 国内世論の統一に成功した他の列強と異なり、フランスの政治状況はグダグダであった。現在も国会では、与党も野党も互いに責任をなすりつけあうばかりである。

 「まあ、どのみち選択肢はないがね」

 洒落男はボトルから最後の一杯を大男のグラスへ注ぎ込んだ。

 「飲んでくれ。君の方がよりきつい務めになるだろうからな」
 「物理的にはな。しかし魂への負担は逆な気もするぞ」

 もはや祖国に勝利の目はない。政軍ともにぐずぐすのフランスは、ドイツが一度本腰を入れればお終いだ。開戦から三ヶ月以内にパリは落とされ、降伏するだろう。いかに米国の支援があろうと今からでは間に合わない。
 英国? 不利になったら一目散に逃げ出し、ブリテン島に引き籠もるに決まっている。連中はいつもそうなのだ。

 しかし国家が敗れようともフランス魂は不滅である。二人は敗戦したならば自由政府と軍を結成し、戦い続けるつもりだった。
 そしてその場合どこを頼るかだが、普通なら一択である。米国以外にはない。

 「だが、あの要求はなあ」
 「うん。戦争がしたいのはよく分かるが、他にやりようは無かったのかな」

 強さには、国力は申し分ないが‥‥ここまでやらかす政府をどう信用しろというのだろう。陰謀を企てるのはまだ良いが、ここまでやり口が稚拙かつ粗雑だと不安になってくる。
 同じ白人だから、キリスト教徒だから日本へやったような仕打ちはしてこないだろうという意見もあるが、二人はそれに賛同していない。

 イエローモンキーという差別用語は、黄色人種に使うからイエローなのである。白人に使う場合はモンキーかホワイトモンキーだ。人は同じ人種や宗教グループにだって差別するのだ。
 実際の話、欧州列強がアフリカを蚕食できた理由は単純だ。地元の黒人系諸部族の不仲と差別意識と、その結果としての抗争に付け込んだからに過ぎない。

 政府が暴走していても議会や一般国民が冷静ならまだ希望が持てるのだが、上院下院共に日本への制裁決議が圧倒的大差でもって採択されてしまった。
 加えて米国内の新聞など報道メディアは自国側に都合の良い情報を垂れ流すか、あるいは事実無根の記事を書き散らし扇情的に煽りたてるのみだった。どの紙面にも「全ては日本の陰謀で自作自演」という政府広報を疑う意見はない。全く無い。

 いやまあ、悪性胃潰瘍で緊急入院してしまったハル長官あたりなら別の意見もあったのだろうが、面会謝絶中の重症患者に取材を試みる記者は流石にいなかった。もし仮にいたとしても記事にはできなかっただろう。

 そして外交官や米国内に居住するフランス市民などからも、米国内は狂騒状態にあることや日系はもちろん東洋人とみれば襲撃する暴徒が市街を練り歩き、警察は頻発する襲撃や強盗殺人事件を放置しているという情報が本国まで伝えられている。
 つまり、現在の米国は民主主義国家として有り得ないほどの強力な報道管制が敷かれており、市民レベルからの自浄作用も当分の間期待できない。


 勝てはするだろう、恐らく、常識に従うならば。奇跡が十回二十回重なったぐらいでは日米の絶対的な国力差はひっくり返らない。だが、もしも千回万回の奇跡が積み重なって日本が力を残した状態で講和にこぎ着けてしまったとしたら?

 米国が行った所行に、欧州きってのならず者国家がたじろぐ程の非道に与したフランスへ、日本人達は温かい視線を向けるだろうか? 期待しない方が良さそうだ。
 日本人は良くも悪くも融和的というか喧嘩を吹っ掛けたがらない民族ではあるが、それはあくまでも相手が人間ならの話だ。
 相手が現世を彷徨う凡人だと知っているから多くを期待せず、小さな善意に感謝する。彼らにとって問題は相互の理解と譲歩によって解決されるべきものなのだ。

 しかし相手側がどこまでも利を追求し共存の意思を見せない場合、日本人は限界点を越えた相手を「悪魔」として、対話不可能なモンスターとして扱いだすのである。
 そして一度悪魔や悪魔の仲間として断定された相手になら、日本人は情け無用だ。相手は悪魔なのだから。

 日本人が忘れっぽいのは、どうしても共存不可能な敵は徹底的に叩いて潰してしまう彼らの戦い方に所以する。どちらかが、あるいは双方が絶滅するか根負けするまで殴り合うからこそ、忘れっぽくなければ凄惨な記憶に押しつぶされてしまう。
 そう自分なりに理解する程度にまでは、大男は日本人たちと付き合いがあった。


 故に、袂を分かつ。二人は祖国が敗れたときは米国と日本のそれぞれを後ろ盾として再起を計るつもりだ。
 どちらかが成功すれば祖国は復活する。失敗した方は、成功した方が助け船を出せば良い。
 幸いにも二人は、非力だが信用度の高い国家と強力だが信用するのが躊躇われる国家のそれぞれに強力な伝手を持っていた。

 「では、また会おう」
 「ああ、またな」

 最後の一杯を空にして、洒落男は劇場を出て行った。大男の方は残っている。
 別に舞台の出し物が気に入って最後まで見ていくことにした訳ではない。別の者と待ち合わせているのだ。


 「待たせたね」

 しわがれた女の、いや老婆の声。
 貴賓室の隅にいつの間にか詰め物がたっぷり入った椅子が置かれ、一人の老婆が座っていた。
 大男には遠く及ばないが背が高く、奇妙な迫力に満ちたご老体だ。老貴婦人が着るような喪服を纏い、黒いヴェールつきの帽子で顔を隠している。

 「おばばか」

 大男と、名も知らぬ老婆との付き合いはもう三十年近くになる。出会ったときから老婆だが、年々年老いていくので生身の人間ではあるようだ。
 正確な歳は知らない。名も知らない。初めて会ったときも知人に誘われて入ったこの劇場のこの部屋で、一人になった時にいつの間にか現れたのだ。
 以来、この部屋を利用したときに時折現れ幾らか話をする仲である。いや、話というか‥‥

 「また当たったな。戦争になった」
 「当然さね、あの国はもう限界なのさ。戦をしないと爆発しちまうよ」

 老婆は一月ほど前に、近く日米間の戦争が起きることを予言した。それも日本からの宣戦布告までも。米国以外の諸国がその理由に納得することも。
 名も知らぬ老婆は予言者だった。これまでにも大恐慌の発生や英国王室の醜聞など様々な事件を予言して、必ず当てている。
 そのうちいくつかは大男にも関係があり、少なくない利益を得たりあるいは危機を逃れたりしていた。
 報酬は求められたことがないし、払ってもいない。
 何か理由はあるのだろうが、知る必要もない。

 知る必要はない。若い頃に作ったコネクションを使って、最近もう一つ売れていない映画監督とその家族を日本へ送り込んだことの是非や、日米開戦に至るまでの事象のうちどこから何処までが誰の思惑で起きたのかなど、彼が知る必要はないのだ。

 
 「ドイツ軍は春に来るよ。四月の終わりか、五月の頭か」
 「そうか。ベルギーからか?」
 「他に通路があるのかい?」

 まあ、予想の範囲内ではある。東部で散発的に続いている航空戦は圧倒的に不利な状況だ。そしてポーランド戦役の結果から見て仏独陸軍の戦力差は空以上だろう。
 直接的な戦力なら、頭数や兵器の質でならフランス陸軍もそう悪くはない。優ってはいないが、箸にも棒にも引っかからないというほどの差ではない。
 歴とした列強であるフランスの地力は低くないのだ。

 だが組織力が、戦闘機械としての効率が違いすぎる。兵器体系にしてもフランス軍のものは総花的かつ行き当たりばったりで、その奥にある筈の確たる戦略が見えてこない。個々の水準では優秀なものもあるのだが、どこかちぐはぐなのだ。
 ドイツの戦術空軍や英国の外洋艦隊など、一国の軍隊には必ずある筈の戦略的大枠がフランス軍の装備や組織に反映されていない。もしかしたらそんなものは元からないのかもしれない。

 更に言うなら前大戦終結以降、殆ど実戦を行っていないフランス軍と、スペインやポーランドで修羅場を潜ったドイツ軍では勝負にもならない。まだ外人部隊の方が練度的にはフランス陸軍の一般部隊より上なぐらいだ。

 赤い熊が脅威とならないのなら、第三帝国がフランス侵攻を躊躇う理由はない。

 
 「ふん。俺はやれることをやるだけだ」
 「そうさね、やりたいようにやるといいよ。‥‥ああ、そうだ」

 言いかけて沈黙する老婆に大男は顎を動かして先を促した。

 「フランスは負けるよ」
 「知ってる」

 なんだかんだでドイツ陸軍には綺羅星のごとく名将良将が揃っているが、フランス陸軍上層部に居るのはゴミのような愚物かゴミ未満の老害だらけだ。最高司令官など老人性痴呆症が進みすぎて会話もままならなくなっている。
 どこの世界に、参謀本部に務める将官のうち割単位の人数が痴呆症かそれに準ずる状態な軍隊が存在するというのだ。そしてそれらと同等かより多い割合で、普通の医師なら入院が必要と診断するであろう無気力や無責任な症状を表している将官たちがいる。

 実際の話、大男が戦場で隣を任せて大丈夫だと言い切れる将官がほとんど居ない。それ程までに上層部の人材が不足している。前線だけではなく後方も似たようなものだ。
 尉官佐官級の、現場の若い連中はまだマシだが彼らも身に付けた戦術は20年前と全くと言ってよいほど変化していない。
 これでは勝てる訳がない。

 「あんたがどんなに頑張っても一月持たない。遅くとも六月までにパリが落ちて、ペタン元帥が担ぎ出される」
 「そうか」
 「待ちな、まだ話がある」

 早速部隊に戻って訓練計画の見直しをしよう‥‥と席を離れようとした大男は、腰を降ろして座り直した。
 しかし、話がある? こんなことは初めてだ。予言が残っているなら続きがあるとでも言いそうなものだが。

 「フランスは降伏して、その後何年かひどい目にあう。でも致命傷は避けられる」
 「それで?」
 「その後はまずまずだね。『1999年の7月、フランスを統べる大王は諸国の顰蹙を買う。その前と後の半世紀ずつは東方世界に大帝が君臨し、フランスは火星の加護によりなかなかの統治が行われる』 ‥‥あたしの師匠の予言さ」

 この予言の「なかなかの統治」とは古風な言い回しで、現代風に意訳すれば「かつて誰も見たことのない、地上で人が作れるもののうち最高に近い」という意味になる と老婆は言った。主と教会の権威が強かったその昔は、主と息子と精霊以外への誉め言葉を自制しないと拙かったのだ。

 「火星の加護とは何だ?」
 「軍隊。軍事力。あるいはそれを支える技術や財政」

 言われてみれば当然である。軍事力なくして国家に主権はない。つまりフランスは百年後も列強であるわけだ。それも今と違って名実共に。

 「祖国の未来は明るい、か」
 「違う。あんたが明るくするのさ。あんたや、あの坊やがね」

 老婆は洒落男が残した年代物のワインボトルを指し示した。

 「良い畑に生えた葡萄からじゃないと良いワインにならない。どんなに良い葡萄でも天気の機嫌しだいでクズ酒になっちまう。人も畑もお天気も、他の全てが完全でも酒作りの天使が怠ければ最高のワインにはならない。
 でもね、人は違う。何に産まれるかは選べなくても何になるかは選べることもある。あんたはあんたの成りたいものになると良いさ」

 確か、前にも同じ言葉を同じ声で聞いたことがある。もう何十年も前の、駆け出し士官だった頃に。
 そう、あのときは確か将来について予言を受けたのだった。そして軍での出世が遅れることを予言された。

 「どうした? 今日はえらく饒舌だな、おばば」
 「マリー」
 「ん?」

 あたしの名だよ と呟いて、老婆は席を立ち扉を開けて出ていった。
 いつの間にか現れいつの間にか消えていた今までと違い、椅子もそのまま残っている。

 「おばば?」

 後を追って廊下に出てみたが、居ない。煙のように消え去っている。

 「どうかなさいましたか、大佐」

 大男の様子を見て、廊下にいた顔見知りの給仕が寄ってきた。十代前半の、薔薇色の頬をした少年だ。

 「今ここに‥‥ いや、なんでもない」

 喪服の老婦人がいなかったかと尋ねようとして、止めた。

 探してどうする。好きなときに出てきて好きなように喋り、好きなときに消えて自分の都合次第で出てこない。
 あれはそういうものなのだ。
 おそらくは、もう会うことはあるまい。だから名を教えていったのだ。

 大男が次の戦争で死ぬのかもしれない。老婆の死期が近いのかもしれない。
 どちらかがこの部屋に来れなくなるのかもしれないし、近いうちにこの場所がなくなってしまうのかもしれない。
 人生とは何が起きるのか分からぬものなのだ。
  
 「確か、君はこの劇場に住んでいたな」
 「は、はい。屋根裏部屋の一つを借りています」

 大男は給仕の少年へ、ここを出てアパートで暮らすことを勧めた。もしもこの建物が不慮の事故で無くなるのだとしたら、被害は一人でも少ない方が良い。

 「‥‥でも、その、先立つものが」
 「心配するな、俺が話をつけてやる」

 奇矯な言動に溢れんばかりの行動力。伊達と酔狂と、幾らかの虚栄で支えられた義侠心。元々の評判に加え予言の影響もあって、大男はフランス陸軍の名物男であった。
 気嫌いする者が多いが味方も多い。特に軍民問わず若い者達に評判が良い。大男は彼らにとって英雄なのだ。この給仕にとっても例外ではない。何と言っても直接その目で、大男が利を度外視して人々を救う姿を見ているのだ。

 「ありがとうございます、大佐」
 「気になるなら出世払いで返してくれ」

 支配人に掛け合って費用こっち持ちで適当な住居を用意させた後、大男は劇場を出た。
真冬の市街には粉雪が舞っていた。ひどく寒い。


 「大佐!」

 外で運転手と何か話していた副官の中尉が、大男に駆け寄ってくる。

 「何事だ騒々しい」
 「それが‥‥機材の不具合について理由が判明しました。横流しです」

 大男が指揮する戦車連隊では、試験的に配備された新型重戦車の稼働率が低くまともに動かせないという問題が発生していた。その調査結果について声を潜め報告する副官に大男は

 「何処の何奴だ。整備中隊か?」

 と問うたが、答えは

 「実行者はそいつらですが、示唆したのはもっと上です。下手をすると司令部が噛んでいるかもしれません」
 「はっ それはそれは、この危急存亡のおりに随分と余裕のあることだな、我が軍は」

 陰謀の仕掛け人は砲兵派か歩兵派か、それとも当の戦車派からか。
 大男の主張する機動戦術に対する反発は根強い。それも上の方になればなる程。

 もちろん追求はする。再発防止策も立てる。だがある程度までで諦めるしかない。所詮彼は一介の大佐であり独立戦車連隊の連隊長に過ぎないのだ。
 事を起こすには実力も名声も足りなさ過ぎる。今は、まだ。

 「あの、大佐‥‥」
 「分かっている。貴様らも軽挙は控えろ」
 「はっ」

 心配げな副官に大男は凄味のある笑顔を見せた。現時点での彼の声望は、クーデターを起こすには充分だが成功させるにはとても足りていない。

 「成りたいもの、か」

 なってやるさ、救国の英雄に。解放者に。二十世紀のジャンヌ・ダルクに。
 あるいは運命に敗れジル・ド・レとなるかもしれないが、その時は友が止めてくれるだろう。あいつもまた、英雄であるこの俺が認めた男の中の男なのだから。
 やってやる、やってやるぞ。そして俺が、俺達がやりとげたとき栄光の祖国は復活する。そのときこの雪道に倒れ伏した老嬢のようなこの都市(パリ)も、永遠の都として再生するのだ。

 よし決めた。俺が大統領になった暁には犬の糞まみれの街路を変えてやる。セーヌ川で水泳が出来るようにしてやるんだ。
 いや、まずその前に全ての国民に職と食を、住居と自由を、そして病院と平等を与えるのが先だ。平和はその次で勘弁してもらおう。なにせ、俺達がつくる新しい祖国は火星(軍神)の力で繁栄するのだから。


 舞い散る雪の中を、力強く大男‥‥シャルル・ド・ゴール大佐は歩んでいく。
 劇場の玄関まで見送りに来た給仕の少年は、あんな人のことを英雄というに違いない と、その後ろ姿に見惚れるのだった。

 この数日後、劇場は失火が元で焼け落ちる。住居と職場を変える羽目になった彼が自分の英雄と再会するには、それから数年の歳月が必要だった。



続く。

 
11:峯田太郎 :

2013/08/23 (Fri) 12:13:35







            『その十、ムッソリーニ統帥の愉悦』




 1940年3月14日  


 日米開戦から二ヶ月、戦局は大方予想通りに進展していた。



 まず北欧。協定諸国の支援を得て善戦していたフィンランド軍だったが、赤軍のなりふり構わぬ攻勢に押されじりじりと後退中である。
 その凄まじさは超低空飛行した旧式輸送機から落下傘なしで歩兵を降下させるとか、スキーを履かせた兵に持てるだけの食料を持たせて多方面から徒歩侵入させるなどといった狂気の沙汰が赤軍では日常になってしまった程だ。
 「一キロ進むために一個師団が溶ける」とヴォローシフ元帥は嘆いたが、費用対効果を無視した力圧しは確実にフィンランド軍の体力を削り取っていた。

 日米開戦を受け、日本軍の北進はないと確信したクレムリンは極東軍を更に削減。浮いた戦力を西へ運んだのだ。更に合衆国からの物資が黒海方面から供給されるようになった影響も大きい。
 肝心の指揮系統は回復が遅れているが、これも刑務所から軍隊経験のある政治犯を条件付きで釈放したことにより見通しが明るくなってきた。赤軍は復活しつつあるのだ。

 対するフィンランドだが、協定諸国からの更なる支援を受けつつ奮戦を続け、そして講和を切り出す時期を伺っていた。
 元から勝てる相手ではない。ただ言われるままに領土を渡せば全て奪われる。だから、守れるものだけでも守り通すために彼らは戦っているのだ。

 どのような形になるにせよ、講和は成るだろう。日米が開戦し、独英の停戦交渉が暗礁に乗り上げた今となっては、クレムリンの主が怖れていた協定諸国軍によるレニングラード侵攻は有り得ない。
 夏までに北方を安定させたいソヴィエト・ロシアと国家としての致命傷は避けたいフィンランドには、講和すべき理由がある。



 続いて東欧。 こちらはにらみ合いが続いている。
 ロシア領西側とポーランド戦のどさくさに紛れて制圧した旧バルト三国には、延々と続く野戦陣地が築かれている。
 ドイツ軍側は東プロイセン以外の防衛ライン構築を控えめにしていた。ポーランド及び占領したソヴィエト領土内で機動戦を行う気満々なのだ。敵地への侵攻はその後、という訳だ。
 赤軍の機動力を押さえるために要所要所に防衛拠点を建設し対戦車障害物などの敷設を行っているが、敵と比べれば陣地作りの熱意は低い。それよりもまずは装備の充足と物資の蓄積を急いでいた。

 ルーマニアなど東欧そしてバルカン半島の諸国は次々とドイツ第三帝国と同盟を結び、防共協定にも参加している。独伊日などからの援助が目当てではあるが、ソヴィエト・ロシアの下腹を脅かす点で無駄な投資ではない。主要な協定諸国はそれぞれの逼迫度と懐具合に応じて新しい参加国へ支援を送っていた。


 独仏国境付近は、デンマークが保障占領された。デンマークとしては中立でいたかったようだが、両陣営から見て放置しておくには地勢と勢力が良すぎたのだ。
 バルト海や北海で頻発した小規模な海戦で英仏海軍が痛手を受けたこともあり、北欧とドイツを結ぶ交易路は安定している。デンマークに配置した航空戦力の傘がある限り、北海の制海権は英仏のものとは言えない状態が続くだろう。

 既にベルギー・オランダ両国は軍の動員を開始しているが、元から軍が弱体な上相手が精強無比のドイツ軍とあって兵達の士気はなかなか上がらない。それはそうだ、開戦以降負けなしの軍隊と戦うのは誰だって嫌だろう。普通の人間ならば。
 ドイツ空軍対英仏空軍の航空戦は、もはやいかなるプロパガンダ報道をもってしても隠しようがないほどの優劣が見えていた。英仏側も4機編制など敵の戦術を取り入れ対抗しようとしたが、あまりの損害に北フランスに展開した航空戦力は活動不能に陥りつつあった。英国自慢の新鋭戦闘機部隊も全滅判定が下され、本国へ帰還している。

 劣勢明かな英仏両国は航空機、特に戦闘機の増産と搭乗員の育成を急いでいるが間に合いそうもない。
 育てるのが間に合わないなら募集するしかないが、飛行免許持ちの傭兵や義勇兵はフィンランド戦線へ行った者が多く、「危険」で「給料や待遇が悪い」上に「開戦理由が碌でもない、大義が疑わしい」という三重苦そろった北フランスの空へ、自発的に来る者は多くなかった。



  チャイナ地域では各軍閥の小競り合いと、一強としての地位を固めた南京政権の勢力拡大が続いている。そして米国から国民党軍への援助も、インド洋から中立国タイや英領ビルマ経由で今も続いていた。

 ドブに金を流し込んでいるのと大差なかった日米開戦前と違い、最近はこの援助が戦略上大きな意味を持ちつつある。
 チャイナ地域の勢力図変化、そして国民党軍の一部と南京政権が水面下で取り引きを成立させたことにより、重慶からドイツ勢力圏まで航路が繋がったからだ。
 ソヴィエト・ロシア以上に取り引きしやすい大手と販路が繋がった国民党軍は、前にも増して横流しを続けている。

 つまり極端に言えば、新大陸から延々と海を越え山を越えて運ばれた国民党向け援助物資は、重慶で貨物船に積み替えられてまた延々と海を越え山を越えてベルリンまで運ばれるのだ。物資の代金は南京政府が、つまり日本が金塊や医薬品で国民党へ支払った。

 代金を肩代わりしてもらったドイツは、日本がライセンス生産しているドイツ製兵器のパテント料を大幅値下げするなどして長期間で借りを返していくことになる。

 国民党軍のこの行いは、どうしようもないくらいの裏切り行為だが現地担当者が挙げる再三再四の報告も無視して米国は相変わらず国民党へ援助を続けていた。
 国民党は組織として既に先が見えている。その裏切りは米国にとって致命傷にならない。チャイナを操る傀儡が欲しければまた適当な軍閥を援助漬けにすれば良いのだ、所詮チャイナ戦線に投入した物資など端金に過ぎない。

 どういう訳か極東情勢に関してのみ知能障害を起こす大統領以外の、ホワイトハウスの住人達はそう考えあえて放置していた。日本を殴り倒せばチャイナ利権が丸ごと手に入るのだ、細かいことはその後で構わない、と。

 軍閥には違いないのだが、現在の南京政府は民主主義でも漢民族でもなく汪兆銘個人に忠誠を誓った、現代の清流派とでも呼ぶべき清廉潔白で有為有能な青年将校団が集団運営する、極めて特殊な軍閥なのである。
 そのことの実態や異常性や意味に気付いている者は、少なくともホワイトハウスにはまだ一人もいなかった。

 

 マンチュリアでは日本軍が赤軍の圧力減少を利用して軍の改変を急いでいる。これは日本軍だけではなく満州国軍や内モンゴル軍も同様に、だ。日本式の装備と戦術教本で再編されたこれらの軍隊は、以前とは比べものにならない精鋭部隊となりつつあった。
 日本軍による要塞線と地雷原などの敷設埋設作業も24時間体制で進められていた。作業現場の労働者には現地の漢族や朝鮮族や白系ロシア人達以外にも、ポーランド人やユダヤ人など新参の移民達が多く含まれている。
 文化や信仰の違いから現場にも市街にも軋轢が絶えなかったが、満州政府の厳しいが公平な統治と遅配無くたっぷり支払われる日給がなんとか不平不満の爆発を押さえ込んでいた。


 フィリピンでは、日本軍による軍と軍施設への砲爆撃と機雷封鎖が続いている。在フィリピン艦隊と航空部隊は連日の戦闘で無力化した。陸軍は要塞に立てこもり交戦中であるが、敵の日本軍は上陸してこないので陸上部隊は活躍のしようがない。

 フィリピン島は西太平洋海上交通の要所である。海洋国家である日本はフィリピンの港湾群を利用しなくてはならず、合衆国との戦争となれば真っ先に攻略し占領しようとする筈。
 それが米軍の見通しであったのだが、台湾や海南島の港湾施設が拡大充実されたことや日本商船の性能が大幅に向上したこともあり、フィリピン諸島の戦略価値は日本側にとって激減していた。

 機雷で封鎖されているにも関わらず市内や農村部には武器弾薬が溢れ、大地主の私兵と独立派ゲリラと便乗する強盗団が跳梁跋扈して、ルソン島の治安は悪化する一方だ。
 なお、米国政府が日本軍によって供給されていると決めつけたこれらの火器類は、その殆どが米国製もしくは米国式規格に合わせて製造されたものである。マニラ市の闇市場では22口径ロングライフル弾を使う小動物狩猟用ライフルや、45口径ACP弾を使う先込め単発式の拳銃が弾薬と共に一山幾らで投げ売りされている。

 何の皮肉か、45口径弾の実包10発分の方が余程製造費ががかかっていそうなこの粗製拳銃‥‥なんと銃身は水道管のぶつ切りだ!‥‥は『リベレーター(解放者)』なる通称で呼ばれていた。


 グアム島やウェーキ島など小島の米軍は日本海軍の急襲を受け、早々と無力化している。ミッドウェイ島やハワイ諸島にも水上機が現れ、小型爆弾やビラを投下していったが爆撃で大した被害は出ていない。
 むしろ潜水艦による通商破壊戦の方が問題だった。Uボート部隊が英国に与えている被害と比べれば軽いが、それでも既に10万トン以上の商船がハワイ近海と西海岸で沈められている。
 対して日本勢力圏内への通商破壊は、マニラ軍港への空襲で備蓄されていた潜水艦用魚雷が残らず誘爆したこともあり目立った成果は上がっていない。


 小規模なものとはいえ自国の拠点が次々と無力化し、一方敵の損害は開戦のきっかけになった事件で与えたもののみ‥‥という状況に焦った米海軍は乾坤一擲の大作戦を計画した。
 米太平洋艦隊の主力である戦艦8隻、空母3隻を中核とした艦隊をフィリピンに送り込み、阻止に出てくるであろう日本海軍と決戦を行うのである。

 扶桑級と伊勢級が退役したとはいえ、新型を含め最大9隻の戦艦を使える日本側に対して旧式艦8隻では分が悪いという意見もあった。
 だが、フィリピン戦で艦砲射撃に当たっている金剛級二隻の砲身命数が、艦隊戦に参加するのは不可能としか考えられない数になったこと。そして呉沖で被雷した陸奥の損傷が予想外に大きく当分の間出航できないこと。そして新型の高速戦艦である浅間級一番艦が機関部の故障によりこれまた出撃不能になったことが、米海軍に勝機を見させていた。


 これらの情報は、ドイツの反政府と言うよりは反総統な勢力から英国に漏らされ、米国に伝えられた。日本帝国は以前と比べて防諜に気を配るようになったが、どういう訳か味方や敵ではないと判断した相手には防御が甘くなることが多かった。特に駐独大使大島大将はその盛大な漏らしっぷりで、英国諜報関係者から「ベルリンの大穴」と呼ばれるほどだった。

 金剛級は元巡洋戦艦な上に艦齢30年近い老朽艦で俊足以外に取り得はないブリキ装甲、16インチ級主砲を持つ長門級は一隻のみ、謎の新型戦艦は長門級にそっくりな外見からして大幅な性能向上はない筈。こちらにも16インチ砲を持つ戦艦が3隻ある、最悪でも五分に持ち込める筈。
 ならばこちらの残り5隻で金剛級2隻を瞬殺し、むこうの残る3隻を8隻がかりで袋叩きにすれば良い。

 8対9では厳しいが、8対5なら勝ち目は充分にある。その判断に傲りは無かった。無い筈だった。


 「そう思うんならそうなんやろな、そいつの頭んなかでは」
 「ですな」

 ローマ郊外に、数年前建てられた日本風建築物がある。訪れた客に日本料理を振る舞う場所、つまり料亭だ。
 その中庭で、二人の男が池の鯉に餌をやっていた。

 二人は従業員でも経営者でもなく、地元の人間で客である。が、馴染みの上客である彼らのために料亭側は出来る限り便宜を図るつもりであったし、今日は貸し切り状態だ。
 二人が池の鯉に餌をやるくらいのことを咎める者はない。

 「で、どないなった?」
 「戦艦はカリフォルニア、メリーランド、テネシー、アリゾナが。空母はレキシントンとレンジャーが沈みました。巡洋艦は重軽会わせて7隻が沈みました。駆逐艦は21隻」

 数名ではあるが、イタリア王国の海軍軍人が観戦武官としてこの海戦にも参加していた。もちろん友好国である日本の船に乗って。それ以外にも複数存在する経路を通って、この海戦の情報は欧州まで速やかに伝わった。

 「おうおう、金持ちは違うのう。うちの海軍なら全滅しとるやないか って、日本海軍はどうなったんや? 被害は? 何隻沈んだんや」
 「沈んでません。巡洋艦羽黒と那智が大破、駆逐艦大月以下4隻が中破、残りはどれも小破に留まりました」

 日本側呼称でトラック島沖海戦と呼ばれたこの戦いで、日本海軍は完全試合と言って良い勝利を手に入れた。
 不幸にも米太平洋艦隊は歴史上において帝政ロシア第三艦隊と同じ区分けの中に放り込まれることになった。黄色人種の艦隊に袋叩きにされた見かけ倒しの艦隊として。

 「気の毒やなあ、キンメルやったか? その提督」
 「はい。むしろ良くやった方かと」 


 二人は日本海軍の勝利に全く動じていなかった。現在の日本に行った者は大抵そうなる。一度でもあの熱気を肌で感じてしまえば、今の日本と正面からぶつかる気は起きまい。
 この意見に頷く者もいる。現在の日本を知らなくても冷静に両者の戦力を計算すれば、少なくとも米海軍の快勝が有り得ないことは明白だ。奇跡のような幸運が何重にも積み重なって戦術的辛勝、戦略的惜敗が良いところだ。

 元々米太平洋艦隊の戦艦は金剛級と大差ない、いやむしろ平均すればより旧式である。更に言えば金剛級なみに小型軽量の艦が大半だ。
 そもそも米海軍には長らく実戦らしい実戦の経験がなく、予算不足で長らく訓練も滞っている。下士官兵の技量・練度に至っては日本海軍とは天と地ほども違う。
 武器弾薬から見張り員の双眼鏡まで戦争物資も不足気味だ。辛うじて比較になるのは兵達の士気ぐらいのものだ。

 そして、これだけの戦力差がありながら正面から何の策もなしに突貫していったことから考えて、指揮官や参謀の能力にも高い評価は与えようがない。政府のごり押しでまともな作戦立案は不可能だった? 馬鹿馬鹿しい。そこをなんとか政治家や官僚を宥めてより正気を保った作戦案を通させるのが高級幹部の仕事ではないか。

 英国の某新聞には 小柄な年寄りの素人選手ばかり集めたアメリカのフットボールチームが、大柄で若い精鋭が主力な日本のフットボールチームに惨敗して「俺(彼)は何で勝てると思ってたんだろう?」と両チームの監督が首を捻っている ‥‥という風刺画が載ったほどだ。


 しかし常に実体験者の数は媒体越しの情報しか持たない者より少ない。そして碌に情報を探さず集めず読みも分析もせずに脳内にあらかじめ用意してある結論をわめき立てる輩は、前者二つの合計よりも多いのだ。
 勝てると信じた戦いに敗れた軍と将を、米国市民は決して許さないだろう。戦死したキンメル提督はまだしも、その家族には辛い生活が続くことになる。

 「まったく、アカの戯言やマフィアの賄賂に引っかかるからや。アホちゃうか」
 「巨人は愚かなものと決まっとります。でないとこっちは何もできまへん」

 もしも米国がその国力に比例するほど賢明で、一分の隙もなく国家を運営していたならば今頃は全世界どころか月の裏側まで星条旗が翻っているだろう。


 数日後の話となるが戦場からの離脱に成功した4隻も損傷が激しく、結局真珠湾のドック入れた戦艦はネバダのみであった。彼女は同じく大破した空母サラトガと共に療養に専念することになる。オクラホマ以下3隻の戦艦は帰還途中で自沈した。

 米国がこの一戦で失った大型艦は総計で戦艦7、艦隊空母2、巡洋艦9隻。これに駆逐艦、潜水艦、輸送艦や小艦艇も含めれば喪失は50万トン近くなる。
 死者・行方不明者は海軍だけで1万6千とんで5名。未曾有の大被害だ。
 普通の国なら、いや列強であっても継戦が危ぶまれる数字である。米国以外なら。

 米国の世論はかつてない敗北に爆発した。宇宙の果てまで爆発した。
 米国政府は「海軍は奮闘した、敵にも高速戦艦ヒラヌマとタカサゴ2隻を始め多大な損害を与えた」と発表したが、敗北に憤る人々を鎮めるには及ばなかった。

 米国の大学からは学生の姿が消えた。祖国の危機に若者達は挙って軍に志願したのである。高校からも多数が消えたがその殆どは担当の軍人や現地の保安官などに諭されて教室に帰ってきた。女学生達は軍に志願こそしなかったが、少なくない人数が軍の応援団を結成して兵士達にエールを送り、そうでない多くの女学生は社会奉仕へ積極的に参加した。

 もちろん志願者は学生だけではない。老若関係なく多数の市民が軍に集まり、そしてその多くが軍に組み込まれていった。
 政府の財政窓口には個人団体を問わず寄付金募金が殺到し、各地で市民が自警団を結成して銃後の守りを固めた。固められるついでで踏み潰される者も出たが、他の時代や他の国家で潰されたものたちと同じく、そのうめき声が踏み潰した側の耳に届くことはなかった。

 米国は目覚めた。一発殴られたら二十発も三十発も殴り返すのが彼らの流儀なのだ。たとえ彼らから殴りつけたのだとしても、彼らの方からぶつかったのだとしても、彼らの方から相手に近寄ったのだとしても。


 「それにして平沼と高砂はないやろ、もそっと雅な偽名は思いつかんかったんかい」
 「せめて飛騨と高千穂にして欲しかったですな」

 米国人の諧謔は笑えない・つまらないというのが民族ジョークの定番だが、今回ばかりはその意見に賛同できる二人だった。

 「しかし、これでデラノの爺も尻に火が付きよったな。問題はうちの方へのとばっちりや」
 「米国の工場が本気で動き始めれば、我が国の輸出に翳りが出かねません」

 現在、イタリアは未曾有の好景気だ。農作物も工業製品も戦争景気で売れ行き好調である。投資された資金が順調に回りだして好況が次の好況を呼んでいる。
 イタリア政府の大規模公共投資や産業育成、そして汚職の追放や役所の合理化運動、民間の犯罪組織追放と治安強化が上手く噛み合わさった結果である。当代の首相は近年稀にみる、いや数世紀ぶりの名政治家として称えられ、その人気はとどまるところを知らなかった。
 冗談抜きで、首相が街を歩けば女学生の黄色い悲鳴が上がり書店ではその写真集が飛ぶように売れている程だ。
 どこぞの国と違い、宣伝のための省庁まで作って国民に個人崇拝や神格化などを押し付けてはいないのに、である。


 しかしここで本気を出した米国製品が欧州に流れ込めば、イタリアの儲け口が削られてしまう。ドイツとその傘下だけが顧客では厳しすぎる。まだまだイタリアの工業化は遅れていて、この遅れを取り戻すにはまだまだ時間が必要なのだ。

 「やっと石油が回り始めた所なんや、イタリアが潤うには時間がかかるでぇ」
 「電力事業が順調なんは助かりますな。ドイツや東欧がアルミを幾らでも買うてくれますわ」

 飛行機から電線まで用途の広いアルミ材は、電力が足りない国や幾ら発電所を増設しても需要に追い付かない国に良く売れていた。このなかには英国も含まれている。
 無論レートは他の国々より悪いが、英国としては背に腹は変えられない。いくら米国の支援があっても、ブリテン島に備蓄された資源資材は減る一方なのだ。  

 「ウィンストンが日本と繋ぎを付けたがっとるさかいな、紹介料代わりに食料品の買い入れでも増やさせるか」
 「あそこも内情火の車やし、支払い大丈夫ですかいな?」
 「払えんのなら金鉱でもなんでも担保にさせたるわ」 

 米国の、あまりの負けっぷりに一抹の不安を感じた英国は日本と米国の停戦仲介も視野に入れている。彼らの主敵はドイツなのだ、米国が日本にかまけるあまり欧州への派兵が遅れて、英国が致命傷を負ったあとでナチを打倒されたのでは意味がない。

 「さあ、これで状況が動くで。わしらの値をつり上げるなら今や」
 「ほどほど、ほどほどが肝心です。欲かきすぎても恨まれますさかい」
 「わしを誰やと思うとる。カエル野郎とは違うわい」

 防共の志は同じでも、イタリアにドイツや日本と心中する義理はない。もちろん英米とも。仏と露? 首吊っているときに足ぐらいなら引っ張ってやっても良いだろう。
 全ての他国は自国の礎。スラブやゲルマンやサクソンの蛮族が洞窟で生肉囓っていた頃から謀略と外交の中で生きてきた地中海人の末裔達は、全てを祖国のために利用する気満々であった。
 もちろんそこには自分自身も含まれている。必要とあれば自らも犠牲にする者が、他人を犠牲にすることを躊躇う訳がない。

 「友達は大事にせんとあきまへん」
 「おう、いずれ裏切るためにな」

 数年前の訪日で強化した人脈を使えば、偏屈で知られる当代の英国首相が納得する程度の成果は上げられるはずだった。
 幸いにもイタリアは経済でも文化でも日本と深い繋がりがある。その親密さは第三帝国総統も羨む程だ。

 「アドルフの奴、わしがミカドから刀貰うたの本気で羨ましがっとるさかいな」
 「あまり見せびらかすと可哀想ですよ」
 「どこがや、あいつ権力乱用してドイツ中から集めた値打ちもんの刀、死蔵しとるんやで。わしなんか涙飲んで秘蔵の兼光手放したんやぞ。日本に帰すんが無理ならせめて博物館にでも入れんかい」

 切っ掛けがチャイナ贔屓が多いドイツ国防軍への嫌がらせだったとはいえ、対日政策の大転換からの外交の戦果で今の経済や戦況がある以上、ナチス党としてもその教義には一時目を瞑って日本との軋轢を避け友好を深めなければならない。
 著者個人にとって、もはや黒歴史と化した『我が闘争』初期版の回収や、幕末から明治初期にかけて日本から流出した美術品骨董品の帰郷運動など第三帝国政府も色々と手を打っていた。
 ケルン市で夏に開かれる日本式の花火大会やベルリン・フィルの定期遠征など遅まきながら文化交流も進められている。

 が、まあ、例外というか当初の目的とずれてしまった事もある。
 日本通のハウスホーファー博士から「日本精神を理解するには日本の武術を学ぶとよろしいでしょう」と勧められた総統閣下は剣術を選んだ。理由は「五十を過ぎた身でも使うことができ、健康や体調の維持に役立ち、万一の時に護身できる」と同じく日本通のカナーリス提督に勧められたからだ。そしてどういう訳か彼には剣術の適正と才能があった。

 後はまあ、なまじ権力がある剣術数寄がたどる定番コースである。刀剣収集マニアと成り果てた総統閣下はレコード鑑賞の回数が減り、その分刀の手入れが日課に加わった。
 日本皇室贔屓な刀剣マニアが、皇室御用鍛冶師が打ち上げた刀を自慢されればそれは羨むだろう。


 「まさかアッティラの末裔に納豆勧められる日がくるとはのう。世も末や」
 「我が軍の将兵にも好評ですよ、納豆カプセル剤は」


 第三帝国総統の日本趣味は美術品骨董品から文芸や食文化にまで連鎖した。そして日本製携帯食料の便利性や機能性食品の効能、なかでも納豆の栄養価に注目して周囲や軍や友好国首脳陣にまで勧めまくったが、日本人でも苦手な者が少なくない食材が欧州で広まる訳もない。
 結局は栄養剤の主原料とすることで双方が妥協した。燻煙や真空乾燥で乾燥処理した納豆粉末をその他有効成分・ビタミン剤などと共にカプセルへ詰め込んだ栄養剤は、軍や病院での臨床結果も良好で支給された前線の兵達からは「元気が出る」と好評だった。
 更なる増産と協定諸国への輸出も進められているのだが、味覚的な賛同者が得られなかった第三帝国の最高権力者は今日も不満げに、一人地下室で手作りの納豆を食べている。


 ナチスが宣伝放送で繰り返す「アーリア人の純血性」など、典型的イタリア男たちにとっては寝言以下の妄言であった。時折「お前らはフン族の子孫やろが」と突っ込みたくなるが、それは流石に可哀想なのでしない。

 そもそも社会ダーウィニズムなど根本が矛盾しているではないか。この世の基本法則が弱肉強食で適者生存ならば、劣等民族などとうの昔に滅び去っている筈だ。
 今まで生きのこっていること自体が強者の証拠である。弱く愚かに見えるとしたらそれは見方がおかしいのだ。
 所詮この世に民族の優劣など有り得ない。優れた個人と劣った個人が、知者と愚者が、勇者と腰抜けが、良い女とそうでもない女がいるだけだ。



 「お客様、支度が整いました」
 「おう。今いくで」

 中庭に現れた女将‥‥伊日混血の元女優が二人を呼んだ。本人の調理技術はともかく両国の味と文化への理解が深く、人の使い方に長けているという点で選ばれた女主人だ。店主として有能なことはこの料亭の繁盛具合で解っている。 


 「麺料理の王様はスパゲッティ・マルゲリータやけど、ここの蕎麦はそれに次ぐで」
 「悪いけど僕はそれ、賛成できません。一番はオリーブオイルと塩だけで食う『絶望のパスタ』です」
 「何言うとんねん自分、『絶望のパスタ』名乗ってええのは塩だけのパスタや、油は入れたらいかんやろ」



 第40代イタリア王国首相にして初代統帥、ベニート・アミルカレ・アンドレア・ムッソリーニ。
 その娘婿ガレアッツォ・チャーノ伯爵。

 彼らはあらゆる意味でイタリア人だった。身体の何処を切ってもイタリア的要素しか出てこないだろう。
 彼らは人生を、旨い食い物と美味い酒を、歌と踊りと芸術を、良い女と恋を、何よりも家族と故郷を愛していた。 
 彼らが祖国より優先するのは家族であり身内であり故郷だ。祖国はそれらを内包しているから、そう簡単には切り離せないからこそ尊い。


 彼らは真にイタリア的な愛国者たちだった。祖国が彼らとその家族と故郷を裏切らない限りにおいて。 



続く。


続く。

12:峯田太郎 :

2013/12/23 (Mon) 17:21:48




               『カップ一杯の温もりを』



 1940年6月4日、フィンランド ヘルシンキ市郊外



 陽光降り注ぐ田園の農道脇で、一台のトラックが停まっていた。
 日本製の統制型2トン積みトラック。外見は貧相で馬力は貧弱だが、量産性と整備性と故障知らずの頑丈さが取り得な機械だ。
 見た目はともかく戦場では頼りになる、良い機械である。車体がとことん軽いので屈強な男が5人もいれば溝にタイヤを落とした程度なら直ぐに復帰できるのだ。
 軽量化のために本来は骸骨のようながらんどうの姿をしているのだが、現地で改修され寒冷地仕様になったこの車輌はブリキ板や幌で車体と荷台を被われていて、多少はマシな外見になっていた。

 前線からの帰還者だろうか、兵隊らしき若い男女が数人、トラックの周りにたむろしている。うち三人ほどはジャッキで車体を持ち上げ、タイヤの交換作業を行っていた。彼らのトラックは何か尖った物を踏んだらしくパンクしてしまったのだ。


 修理に参加せず見物もしていない、私物らしきライフル銃を担いだ若い男は停車したトラックの横で携帯コンロに火を入れ湯を沸かしていた。コンロは墜落した敵軍飛行機の外板を男が加工して作った物で、燃料のパラフィン塊は支給品の余りだ。

 蓮華草の季節はとうに終わっている。
 道ばたや空き地に咲き乱れるヒースや他の見慣れた草花の中に、見慣れぬ花も幾つか混じっている。あれもトラックや、彼が担いでいる有坂ライフルと同じく極東の島国から来たものに違いあるまい。

 あの花々もトラックや愛銃と同じく好ましいものだと良いのだがと思いつつ、男は傍らの背嚢から樹脂を染み込ませた紙コップのような容器を取りだした。同じ紙製の蓋を外し、紙と金属箔を樹脂で挟んだ中蓋を取り、湧いたお湯を中身に注ぐ。
 あとは蓋をして3分待てば熱々スープ料理のできあがりだ。

 この極東から来た携帯食品は、手軽でそこそこ腹に溜まりまずまず食える味の軍用糧食として北欧一帯に広まりつつある。支援物資の一つとして義勇兵と共に送られてきたのだ。
 提供された食料の中には、妙に脂気が抜けた肉缶詰・やたら水分の少ない軍用ビスケット・豆と海草ゼリーを砂糖で煮詰めた甘味棒など北欧の食習慣から見ると首を傾げたくなる物も多かったが、何分にも地球の反対側から送られてきた代物である。変なのはお互い様だ。
 自らこそ世界の中心であり標準。お前らは黙って従え! などと臆面もなく主張できる夜郎自大さなど持たないフィンランド人たちは大して気にしていなかった。

 飯時とは微妙にずれているのだが、小腹を空かしているのか男の傍に寄ってくる者もいた。

 「鶏ガラソイソース味しかないぞ」

 しかし、男が同じ味の即席ヌードルが詰まった背嚢の口を開けて見せると、寄ってきた連中は苦笑して離れていく。この味はこの国の国民の大部分にとって馴染みがなく、辛口カレー味に次いで人気がないのだ。故に軍の補給所でも余り気味であり、故郷に帰る兵達は望めば持てるだけ持っていくことができた。
 「美味いと思うんだがな」と呟きつつ、男はフォークを取りだしてヌードルをすくい上げる。冬場はバターや粉チーズを入れて食べたこの携帯食品も、夏の今はそのまま食べた方が美味い。
 
 男が軽食後のココアを飲み終わる頃に修理は終わり、トラックは男女を乗せてまた走り始めた。


 北国の夏は暑くて熱い。
 短い期間に降り注ぐ陽光は海と大地を温め、草木は精一杯の勢いで生え繁り、森ではヤブ蚊が大発生する。
 祖国防衛のためにばらまいた地雷の撤去が進んでいないこともあり、夏の森へ入ろうとするものは少ない。もう何ヶ月かすれば地雷の自壊装置が働き、信管が腐って無害化する筈なのだが所詮は工業製品。必ず外れのロットが存在する。信管が生きたままの不良品が千に一つでも万に一つでも危険なことに変わりはない。

 地雷の提供者である日本軍もとい義勇部隊は、地雷処理用の改造戦車を置いていってくれたが数が足りない。現地やスウェーデンの工場で危険作業用へ改造するはずだった日本製軽戦車は、政府の決定で防共協定諸国へ引き渡されてしまった。
 惜しい気はするがやむを得ない。ドイツ国防軍が敗れ東欧中欧が赤く染ったとき、北欧地域だけが無事に済む訳がない。

 タイプ95は良い戦車だった。火力と装甲は赤軍軽戦車以上で、機動力もBT系以外なら優っていた。
 何よりも信頼性が高く、扱いやすく手入れが簡単で雪の中でもよく動いた。
 良い戦車だからこそアカとの戦争が終わったところに留まるよりは、これから戦争になりそうなところへ送られるべきなのだ。前線での実戦よりも危険な作業など存在しないのだから。


 森と湖沼の大地に延々と続いていた砲声は、今はない。
 何万もの死者が出た。負傷者はそれ以上だ。物資でも資金面でも損耗が激しい。施設や建築物にも大きな被害が出た。
 恥知らずなアカの外相が嘯いた「パン籠」により都市という都市に火の手が上がり、一時は首都ヘルシンキの手前まで共産主義者の軍隊が迫った。
 だが、人々の顔は明るい。彼らの故郷は守られたからだ。


 先月末、5月30日をもって「冬戦争」は、開始から約半年でソヴィエト・ロシアとフィンランドの戦争は終結した。
 蘇フィン両国の国境線は数キロメートル北上し、非武装地帯が設定され双方の軍は新たな国境線から5キロメートル以内には近づかないことが講和条約に明記された。
 確かに僅かとはいえ領土は削られ、雀の涙の賠償金も支払わされた。だが実質的にはフィンランド側の勝利と言って良い。彼らは祖国の防衛に成功したのだから。

 一方ソヴィエト・ロシアはと言えば、致命傷だけは避けられたといったところか。瓦礫の山となったがレニングラードの占領だけは防げたし、外交上最低限の体裁だけは守って戦争を終えることが出来たからだ。北欧では。

 東欧では睨み合いが続いただけだった。ドイツ第三帝国軍が隙を見せれば、クレムリンはその背中を蹴り付ける気満々だったが結局好機は訪れなかった。むしろ予想以上に粘るフィンランド軍に手を焼いた赤軍の方が、隙を見せないように苦労する羽目になった。

 極東では小競り合いから武力衝突に、武力衝突から紛争になり、再度ウラジオストックが艦砲射撃されている。こちらの戦いは痛み分けで終わった。ソヴィエト極東の被害は大きいが、日本軍も戦艦陸奥が浮遊機雷に接触し中破するなど、無傷では済まなかった。
 停戦命令が届かず進撃を続けていた満州国軍の某連隊が関東軍の航空隊により誤爆され連隊長以下数百名に及ぶ死者を出し、指揮系統が崩壊した状態で赤軍の逆襲を受け全滅。生き残り達も包囲され降伏するなど完全試合に近かったノモンハンと違い陸でも日本側の失態が目立った戦いだった。

 結局極東の戦いでは国境線は一ミリも動かず、賠償金もなく、日蘇双方が「遺憾の意」を示して終わりである。
 ウラジオストックの復旧が更に遅れ、シベリア経由でのアメリカ合衆国からの援助が当分の間不可能になった事を考えれば、ソヴィエト・ロシアが損してドイツが得した事になるだろう。
 


 西欧では、誰にとっても、おそらくドイツ側の一部の人間以外には想定外の早さで連合国は敗退した。

 5月2日、第三帝国は『黄』作戦を発動、西部方面で全面攻勢を仕掛けた。
 対する連合国側はひとまず防戦に務め、攻勢のどこが本命なのかを見極めようとした。

 オランダ・ベルギー両国軍とそこに配置された英仏の部隊は、ドイツ軍が短時間のうちに大兵力を集結して低地地帯を貫通する「シュリーフェン計画」を狙っていると主張し、英仏本軍の後詰めを求めた。
 諜報活動の結果、ドイツ軍の狙いは要塞線が途切れるアルデンヌの森を突破して連合軍の側背を狙う「マンシュタイン計画」であると確信した英国軍とフランス陸軍の一部はフランス北東部での機動防御戦を主張。
 対立する両者をバリの総司令部は抑えきれず、フランス陸軍の主力はカレー付近に留まり様子見に移った。


 そして、ドイツ軍の本命は文字通りの全面であった。
 低地地帯ではエバンエマール要塞が攻撃開始から一時間余りで無力化し、装備・錬度・士気・戦術全てで圧倒的に優るドイツ陸軍は圧倒的に進撃を続けた。総数では優っていた連合軍は空と海からの攻撃で分断され、数の面でも劣勢のまま各個に戦わなくてはならなかった。
 連日の空中戦により連合国側の航空戦力は壊滅状態。4月半ばの海戦で戦艦5隻が沈み、加えて5月1日に空母フューリアスがUボートの雷撃で沈められ開戦以来の主力艦喪失が二桁に達した英国海軍の動きは消極的で、勢いに乗るドイツ海軍の動きを止めることはできなかった。
 なお、ドイツ軍全面攻勢に応じて出撃したフランス海軍の戦艦ダンケルクとブルゴーニュはドイツ空軍の誇る急降下爆撃隊に袋叩きにされ、北海に沈んだ。この二隻は「航空機の攻撃だけで沈んだ初めての戦艦」として記録に残った。


 アルデンヌの森を突破した機甲部隊はフランス北東部に侵入、待ち構えていた英仏軍と機動戦に入る。
 しかし制空権が無く、なによりも指揮系統の効率と錬度で決定的な劣位にある英仏軍は次々と各個撃破されてった。偵察機や側車つき自動二輪までが無線機を搭載し、後方の司令部がリアルタイムで全軍の戦況を把握し的確に指示できるドイツ軍と、総司令官が伝書鳩で指令を(文字通り)飛ばしていたフランス軍では、勝負になる訳もなかった。

 ドゴール少将率いる精鋭部隊が二度に渡りドイツ側機甲師団を撃破するなど、一部の部隊は奮戦していたが大勢は変わらなかった。
 そして負け戦に付き合いきれなくなった英国軍の部隊が勝手に後退し始めたことを切っ掛けに、連合軍側は総崩れとなった。


 爆撃機の爆撃と列車砲・自走臼砲の砲撃そして機甲部隊の移動力でアルザス・ロレーヌ地域のマジノ線を強行突破したドイツ南方軍はロンシャンからショーモンを抜いた。
 カレーに追いつめられた40万の連合軍将兵が降伏した5月23日にはトロワを突破したホート将軍率いる機甲師団がパリ近郊に迫っていた。かき集めた予備兵力を蹴散らされ包囲されたパリが降伏するのはその三日後となる。

 かくしてフランスは敗れた。
 未だ降伏を認めない一部の部隊は抵抗を続けているが、ドイツ軍に一つ一つ丁寧に潰されている。全土の制圧も遠くないだろう。


 「これで戦争が終わる、と良いんだがなあ」

 男はトラックの荷台で揺られながら、誰にともなく呟く。
 フランス政府は降伏、英国も大陸派遣軍の殆どを失った。兵器や装備は工場で作ればよいが人間はそうもいかない。特に高度な教育と訓練を受けた人間は。
 まあ、高度な教育と訓練を受けているのに、勝手に部隊を引き上げ始めて戦線崩壊の引き金を引き、しかも撤収自体には失敗して、指揮下の師団は壊滅したのに自分だけは逃げ延びた将軍閣下のような人物も居たりするが。
 どこぞの植民地と違い、誇り高き大英帝国民の殆どは本人がやらかしたことの責任を妻子や親兄弟に押し付けたりはしなかったが、モンゴメリー家の人々の心労が途方もないものになったことは確かである。

 そういった細々としたことも、義勇軍が置いていったラジオで聴くことができる。日独仏英蘭蘇といった国々の宣伝放送を聞き比べていけば、それぞれのニュースの何処までが本当で何処からが誇張や嘘っぱちなのか朧気ながら理解できた。

 普通に考えれば戦争はここらでお終いなのだが‥‥もしもあの話が本当ならば続くかもしれない。顔見知りの、今はもう極東の祖国へ帰り着いたであろう戦友の話が本当なら。

 そのときは、男は義勇兵として援助してくれた国々に行っても良いと思っている。祖国が安全である限りだが。
 彼らもそれぞれの思惑があって義勇兵や援助物資を送ってきたのだろう。しかし、借りは借りだ。返さないと気分が悪い。
 それに、協定諸国の全ての国がそうではないが、その中核となる国家は羽振りがよい。この国で戦った傭兵や義勇兵たちと同じ扱いをしてもらえるなら、留守にする間も家族が生活に困らない程度の仕送りができる筈だった。


 「どうなるのかしら、これから」

 同じ荷台で揺られている女が、空を見上げて呟く。

 「どうなるもこうなるも、俺達は出来ることをするだけさ」
 「それはそうだけど、そうじゃなくて」

 女と、その恋人らしき男の話し声を聞きながら、男は海を眺める。その方向にあるのは、ヘルシンキ市の近海に組み立て式浮きドックと、そこで解体作業中の旧式戦艦だ。
 旧日本海軍海防艦、富士。老艦ながら日本からの義勇艦隊で二番目に大きい戦闘艦であり、レニングラードへの艦砲射撃に成功した殊勲艦でもある。残念ながら損傷が激しく、日本への回航や欧州で今後の戦いに参加することは無意味と判断され、解体されることになった。

 女の不安も解る。完全にではなく察することができるだけだが。
 祖国は、彼らがスオミと呼ぶ森林と湖沼の国は、元通りには戻らない。軍隊だけに限っても、火砲や車輌や航空機は言うまでもなく、鼻紙や毛布までが見覚えのない外国製品で溢れている。例外は有坂のライフルと6.5ミリ小銃弾ぐらいだ。これは彼らが物心つく前からあった。

 物資と共に、技術や文化も流れ込んできた。一部とはいえ、この国から極東へ流れていった物や者もある。日本生まれの看護婦と結婚して帰化移住してしまった若者も、男が直接知ってるだけで二人いた。
 
 「なるようになるさ」

 口の中で呟いて、男は目を閉じた。
 これからもこの国は変わる。もう元には戻らない。世界は常に流動しているのだから。
 大昔はライフル銃などなかった。更に大昔は鉄すらなかった。常に世界は動いていて、先祖達は悩んだり迷ったりしながらこの地で生きてきた。
 ならば子孫もそうなるだろう。この地で産まれ、生きて、そして死ぬ。必要があれば戦う。
  




 同日、ドイツ第三帝国 グロス・ベルリン 


 
 合成樹脂で加工した紙コップ容器に熱い湯が注がれ、蓋が閉じられる。後は三分待てば肉と野菜の煮込み(シチュー)のできあがりだ。
 具はキャベツやジャガイモやタマネギなどのフリーズドライに加え、同じくフリーズドライ処理したクジラベーコンや大豆タンパクの塊がたっぷりと入っている。


 「毎度ながら待ち遠しいな、この三分間は」
 「はい、中尉」
 「三分間。実に微妙な時間じゃないか。弾雨降りしきる戦場では永遠にも等しく、平穏な場所で詩作に耽るには短すぎる!」
 「彼の民族は17文字で詩を作りますので、詩作にはこれで充分なのではないかと」

 薄明るい食堂にいるのは二人の人物。まだ若い小太りの親衛隊員の前には銀のトレーが置かれ、その上にドイツ製紙コップと同じくドイツ産の保存食が乗っている。親衛隊員の斜め後ろに立つ白衣を着た初老の男は、この保存食の開発者であり今回の給仕だ。

 「しかし、シチューだけというのは寂しいな」
 「そう仰ると思いまして、パンと菓子を用意しております」

 白衣の男はそう言って背後からトレーを差し出した。その上には緑がかったバターが塗られた薄切りのドイツパンと、真緑のゼリー状菓子が二つの皿に乗っていた。まず間違いなく、食後のコーヒーも用意してあるだろう。

 「流石だな博士(ドク)、良く解っている。しかし良いのか?」 
 「夕食のカロリーからこの分を減らしますのでご安心下さい」
 「いや、その、それはせめて夕食の時まで黙っていて欲しかったな。待つ楽しみが損なわれるじゃないか」
 「子供のようなことを仰らないでください」

 ふん と鼻を鳴らし、親衛隊中尉は薄切りパンに食いついた。欧州式の、パンは手で千切ってから小さい方を口に運ぶというテーブルマナーから見れば反則行為である。

 「お行儀が悪いですよ」
 「余所ではやらん。偶には許せ」

 口の中にものが残っているのに喋るという更なるマナー違反を犯しながら、肥満体の中尉は固めのパンをかみ砕き呑み込む。

 「美味いな。山葵はやはり日本産に限る。養殖か?」
 「はっ、長野の三年ものです」

 決して主流派ではないが、欧州でも山葵のような揮発系の辛みは口にされ料理にも使われている。いわゆるホースラディッシュなどだ。そして日本産の天然及び養殖山葵は、欧州の天然キノコなどと同じく今や航空便で運ばれる貴重品だ。
 勝ち戦が続く国の首都が不景気な訳はなく、ベルリンでは官民問わず連日連夜の祝宴が開かれていた。その中には日本人が招かれていたり主催しているものもあり、大ベルリン市の住人が日本料理や日本の食材に接する機会は西方戦役開始以前よりも増えていた。

 日本料理は素晴らしい。少なくともその一部は称賛に値する。
 しかし良い仕事をしているモノを見ると、それを越えたくなるのがドイツ魂である。イマリやアリタの焼き物を見た錬金術師達のように。
 そんな訳で、この少々ふくよかすぎる中尉は被支援者であり一番の理解者でもある博士に「日本のカップ麺に負けないものを作れ」と命じたのだった。
 食は文化の指標である。少なくとも中尉はそう信じている。気取った貴族やブルジョワのお遊戯である高級料理ならともかく、実用の極みである軍用食で世界に冠たるドイツが負ける訳にはいかないのだった。

 日本人達は信義に厚く、第三帝国に対して友好的だ。今の所は。
 しかし所詮は他国である。自国以外は全て敵である。それが国家というものだ。顕在化しているか潜在しているか、違いはそれだけだ。

 大日本帝国は得難い盟友だ。彼らの助力で数多くのドイツ人が救われた。しかし、だからといって第三帝国が意のままに動かされる訳にはいかない。
 最低でも、「意のままに動かされている」と他国に思われてはならない。そう思われては舐められる。ヤクザ者と主権国家は舐められたらお終いなのだ。


 油を注いでから十分ほど過ぎた。即席シチューを最後の一滴まで飲み干してから、白いナプキンを首にかけた中尉はデザートに取りかかった。果実の搾り滓などから作った食物繊維を練り込んだゼリー状の菓子である。これもまた軍用に開発されたものだ。
 ゼリー菓子をつつきながら、肥満気味の中尉は即席シチューを論評する。

 「味はまあ、及第点だ。軍用糧食としては悪くない。その他の問題は解決できるか?」
 「保存料にアスコルビン酸を使いましたので、一年間は保存できます。輸送用容器のコストも圧縮紙を採用して低減致しました。あとは材料の安定供給が計れるか否かです」
 「材料か。他はともかく、肉類の安定供給は厳しいな」

 戦時だけに人手不足が深刻だが、それでもドイツ国内の農業生産は数年前から拡大し続けている。合成肥料や新式農薬の潤沢な供給、画期的な種苗の導入、自治体から各農家へ安価な価格で貸し出されるトラクターなどの農業機械、そしてそれらを使いこなす進んだ農法。
 現場指導に当たる総統直属の農業指導員「緑の大隊」は現場に多少の混乱をもたらしながらもその数十倍の成果を上げ、投入当初あった不満や不安の声は三ヶ月で半減し、その後も三ヶ月ごとに半減していった。

 しかしそれでも、戦争中の第三帝国は全国津々浦々に肉とバターを行き渡らせることができていない。品目によるが平均三割ほどの食物が魚肉の練り物やマーガリンなどの代用品で占められている。

 「クジラ肉はノルウェーを突っつけば漁獲量を上げられる筈だ。代わりに燃料や何かを供給してやらねばならんが、祖国の石油備蓄に余裕があった例はない」
 「ならば他のもので便宜を図られますか?」
 「ああ。やらずぶったくりという手もあるが、ヴァイキングどもに金穴だと思われるのも癪だ」
 

 一介の中尉風情が天下国家を語る図は、第三帝国の内情を知らない人間から見れば失笑ものだろう。
 だが総統官邸に出入りする人々、政府の要人や軍の高官たちにはこの中尉は良く知られているし、その大言壮語を嗤う者はいない。少なくとも表立っては。

 「ところでこの菓子だが、馴染みのない甘味料が使ってあるようだね」
 「はい。キシリトールという、樹木から取れる天然甘味料です」
 「ふむ。味は悪くないが、どうせこれも問題があるのだろう?」

 戦争になると砂糖が消える。医療的にも産業的にも軍事行為は砂糖を大量に消費するからだ。キシリトールとやらが特に問題がない甘味料であれば、今頃はサッカリンなどのように量産され市場に出回っている筈だ。

 「はっ。キシリトールは少量ならば問題有りませんが、摂取量が限界を超えますと下剤として働きます。また人間には無毒ですが犬など数種類の家畜に対して投与した場合、昏倒したり場合によって死亡する例もあります」
 「軍用としては使い物にならんな」

 戦場では色々な事が起きる。時と場合によっては、何日もこのゼリー状菓子だけを食べて戦わなくてはいけない事もあるかもしれない。
 食べなければ戦えないし、1個や2個では必要とするカロリーは得られない。しかし下痢腹を抱えて戦闘など御免被る。

 「実験の結果から、前線に送るには不適切と判定されました。残念ですが砂糖に代わる甘味料は未だ手に入りません」
 「人間がブドウ糖を燃やして動いている以上は難しいな、それは」 

 人体が糖分を必要とする以上、砂糖の効果を代行する物質は糖分の一種であることになり、当然ながら砂糖と似たような性質を持つ。甘味のみを追求すれば、その代用品にはカロリー源としての効果や薬効は期待できない。
 砂糖には薬効がある。砂糖は糖分の塊であり素早く人体に吸収され栄養になるため、消化酵素の助けを必要とせず消化器にも負担を掛けない。結果、体力の消耗が抑えられ余裕ができ、人体が怪我や病気から快復する助けになる。疲れたときに甘いものが良いのはそのためだ。 
 もちろん薬は毒であり、毒は時として薬になる。多すぎる砂糖は毒でしかない。

 「おお、何かと思えばこの前見た映画に似たような命題があったな」
 「機械を人間に近づければ近づくほど人間的な過ちを犯すようになり、人間を機械に近づければ近づくほど融通が利かなくなる。ですか」
 「それだ。あれは良い映画だったなあ、脳天気でそのくせ哲学的で」

 二人が話題にしている映画は、つい先日封切られた日本の娯楽映画である。中世日本を舞台に、大盗賊と侍と鉄砲撃ちが忍者や妖術使いたちが守る埋蔵金を奪い、持ち運ぼうとする活劇モノだ。何故かロボットも出てくるが。


 戦時中の社会は娯楽を欲しがる。実社会が戦争色に満ちているからこそ虚構の世界に脳天気で痛快な、あるいは暢気でおめでたい物語が必要なのだ。
 日本から送られて来た映画などの娯楽作品は、開戦以来英米仏露の作品が品薄となって生じた需要の隙間を埋めて足る量と質を持っている。

 ナチス党が自発的に行った旧版『我が闘争』回収騒ぎから、まださほどの時間は経っていない。
 ドイツではまだまだ人種的文化的な偏見が多かったが、カナリス提督ら知日派の運動もあって宣伝相の審査に合格した作品のみ第三帝国内で上映されてる。
 なお、合格しなかった作品の一部も政府高官やその身内の間でひっそりと鑑賞されている。


 「ふむ、フリーズドライではないようだな」
 「いいえ。フリーズドライで濃縮した抽出液を、乾燥しきらない状態で缶詰にいたしました」

 ほう、と呟いた中尉はゆっくりとコーヒーを味わう。挽きたての豆からいれたものには到底及ばないが、泥水のような粉コーヒーや泥水の方がまだマシな代用コーヒーよりは飲みやすい。

 「速やかに量産体制に移れ、兵達が喜ぶ。冬までには第三帝国の全将兵がこれを飲めるようにしてやりたい」
 「戦争は続きますか」
 「続くとも。双方ともに出資者はやる気だ」

 フランスは倒れ、英国は疲労しきっている。だが連合国+ソヴィエト・ロシアのスポンサーであるアメリカ合衆国は元気一杯だ。
 そしてドイツ及び防共協定諸国のスポンサーである大日本帝国もやる気充分である。

 そもそも、ドイツ経済は破綻が見えている。
 奇跡の経済成長は軍需に頼った不自然なものであり、いつかは必ず爆発する爆弾のようなものだ。現金(かね)が社会を回らなくなったらそこでおしまい。だからいずれは戦争を仕掛けて、ふんだくるしかない。

 結局の所戦争とは国家規模の殺人強盗であり、戦争が外交の一種である以上、国家の外交とは直接的でない殺人強盗に他ならない。
 フランスを始めとする連合国は外交による殺人強盗を繰り返してドイツを苦しめてきたが、第三帝国は直接的な殺人強盗でやり返した訳だ。


 「結局、この戦争は出資者達が目論んだとおりに起き、展開している訳だ」
 「陰謀論ですか? 全てはユダヤと黄色人種の計画だと」
 「ああそうとも、日本人は我々に欧州統一を押し付けるつもりだ。ついでにロシアの世話もな」

 どう言い繕おうと、現在の第三帝国は株式会社日本の下請けである。ある程度の経済眼を持つドイツ人はみな知っている。そしてほぼ全員が見ない振りをしていて、ヒムラー親衛隊長官などの一部が更に押し進めようとしている。
 日本から資金・資源・技術を出して貰い、兵器を作って防共協定諸国に売り捌くことで第三帝国の経済は回っているのだ。

 もしもそれらの一部が、たとえば月に一度日本から送られてくる数十トンの金塊と白金塊、数百トンの銀塊が途絶えればそれが経済への大打撃になる。数千トンから数万トン単位で送りつけられている鉛・亜鉛・錫・ニッケル・クロム・タングステン・モリブデンなどなどのインゴットや精錬鉱石が止まれば致命傷だ。
 数年前はいざしらず、現在のドイツ経済は日本がなくては持たなくなっている。合衆国による支えを失えば瓦解が確実なソヴィエト・ロシアと比べてどちらがマシなのか判断に困る程だ。

 「だからといって止める訳にはいきません」
 「その通りだ。いずれ爆発するとしても今爆発させるのは拙い」

 世界に冠たる第三帝国が、その構成員の殆どから猿同然の未開人と見なされている島国の実質植民地状態にあると、今知られる訳にはいかないのだ。もしそうなれば確実に反日暴動が起きる。下手をすればクーデターも。
 だから親衛隊がカップシチューや濃縮コーヒーを開発する羽目になる。

 世界に冠たる文明国の誇りを守り、国威高揚を計らねばならない。世界一の科学力を持つ(ということになっている)第三帝国が、たとえ軍用携帯食であっても他国の後塵を拝する訳にはいかないのだ。
 食は文明水準の指標だからだ。少なくとも中尉はそう信じている。



 不意に、ドアが連打された。ノックとしては些か慌て気味にすぎる叩き方だ。

 「ラウバル中尉殿、宜しいでしょうか!?」
 「入りたまえ。‥‥何事だ騒々しい」

 食堂の扉を開け、長い金髪をたなびかせた新任の親衛隊少尉が入ってきた。踵を打ち慣らし、右手を斜め前に突き出すナチス式敬礼を行う。敬礼の勢いが余って、本人が気にしているその豊かな胸の膨らみが大きく揺れてしまったが気付いてないようだ。
 つまりはそんな些事など気にならない程の事件が起きたのだろう。
 アンゲラ・ラウバル親衛隊中尉は右手の平を顔の横に挙げる、叔父そっくりの動作で答礼した。

 「本日未明、北西太平洋ニューファンドランド島沖で合衆国の客船が避雷し、爆沈。合衆国政府はこれを我が国の潜水艦による攻撃と発表し、合衆国全軍へ反撃を命じました」
 「そうか。明日か明後日には宣戦布告がくるな」

 そう言って、まだ若い肥満体の女性将校はナプキンを外した。

 「車を出せ。総統官邸へ向かう」
 「はっ」

 ラウバル中尉はただの親衛隊将校である。若輩の、吹けば飛ぶような木っ端将校だ。
 ドイツでは珍しい女性の士官ではあるが、特に優秀という訳でもないし目立った功績もない。公的には。

 ただし彼女を、このふくよかと言うには体脂肪率が15%ほど高すぎる中尉を侮る者は、少なくとも総統官邸に出入りする人々の中にはいない。
 たとえそれが叔父と姪という血縁によるコネゆえであるとしても、第三帝国を統べる独裁者を意のままに動かせる人間を侮る者はいない。
 総統本人を侮っている者であっても。




続く。


13:峯田太郎 :

2014/03/05 (Wed) 21:20:02






                『その十二、変わる大地』




 1940年6月18日、ドイツ第三帝国総統アドルフ・ヒトラーとフランス暫定政府首相フィリップ・ペタン元帥は講和条約に調印。一

部の亡命者や海外領土はともかく、独仏本国同士の戦争はこれで完全に終結した。
 いずれ復仇戦もあるだろうが、それは何年か十何年かあるいは何十年後のことだろう。千年王国? 言った本人だって本気でそうなると

考えてなどいない。言った瞬間はそうでもないが。

 フランス本国領土のうちブルターニュ、ベイ・ド・ラ・ロワール、サントル、ブルゴーニュ、フランシュ・コンテ、そしてそれより北の

7地方合わせて12の区域がドイツ領土として割譲された。もちろんその中には大パリ市などのフランス中核部も含まれている。実質上の

亡国と言って良い。

 無論のこと、この事態を受け入れず抵抗を試みる者もいた。しかし数が少なすぎた。
 カレーなどからブリテン島へ脱出できたフランス軍将兵は僅か一万人足らず。これでは傷病兵が回復しても一個師団も編制できない。そ

のなかにはルクレール大尉など未来の英雄達が含まれていたものの、現時点では敗残兵である彼らには建設的な事はもちろんろくでもない

事をやらかす力すら残っていなかった。

 陸地を通って逃れようとした者たちがどうなったかと言えば、海を渡った者たちよりも悲惨だった。
 なにしろ陸続きのイタリア王国とスペイン王国は一応中立国だが、防共協定の主要国である。両国はフランスの窮地に付け込んで火事場

泥棒的に参戦したりはしなかったが、ソヴィエト・ロシアと組んで世界征服戦争を仕掛けてきたフランスに対して甘い顔もしなかった。

 イタリア方面に逃げ込もうとしたフランス軍は国境を越えた瞬間にイタリア空軍の機銃掃射と急降下爆撃で歓迎され、更に進もうとした

者は地雷原と機関銃陣地と野戦砲部隊に出迎えられた。進みようが無くなった所に背後からドイツ国防軍第7機甲師団の急襲を受けたフラ

ンス軍残存部隊は降伏するしかなかった。
 一方スペイン方面に向かったフランス兵たちは砲火を交えることこそなかったが、スペイン国粋派は亡命を求めるフランス人達を武装解

除の上で拘留している。武装解除を拒んだ部隊はスペイン軍に追い返され、そこに追い付いてきた第9機甲師団らに捕捉され投降した。
 そして「今大戦における厳正なる中立」を謳うスイスは当然ながら国境を固め、軍服を着た者や小銃一丁でも持った者を通そうとしなか

った。

 フランス軍に逃げ場はなく、故に国内に留まったあるいは逃げ遅れたフランス軍残存部隊は降伏か負けの決まった抵抗かの二者択一を迫

られることになった。
 彼らの名誉のために、抵抗を選んだ者たちを排除するためドイツ軍は大いに苦労する羽目になったことだけは明記しておく。
 実際の話、フランス戦でのドイツ側の死傷者や撃破された航空機や車輌などの数は「パリが降伏する前よりその後の方が多い」という統

計結果が残った程だ。確かにフランス軍は弱かった。しかし個々のフランス兵は決して弱くなかったのである。


 時系列をやや遡って、パリが陥落した翌日の5月27日。ドイツ第三帝国は英国政府に対し再度の講和会議を要求した。
 だが英国民はこれを拒否。徹底抗戦を断言する。
 英国政府が、ではない。首相や国王が何を言う暇もなく、英国の世論が戦争継続を望んだのだ。

 大英帝国の臣民は更なる戦争を望んだ。ここで講和などしては近い将来に祖国が全てを失うことを、殆どの者が理解していたからだ。故

に彼らの士気は高かった。
 BBCのとある声真似の得意なアナウンサーが、当代の首相を真似て語った演説が何故か首相本人が語ったものとして扱われてしまい、

チャーチル首相の人気と支持率が爆発的に高まった程である。


 その演説の内容自体は

 「我々は確かに敗れ、手痛い打撃を受けた。だが降伏しない。断じてしない。戦いはまだこれからだ。
 我々はこれからも戦う。空で戦い、海で戦う。波打ち際で、砂浜で、断崖で、沼地で、森林で、丘陵で戦う。
 荒野で、砂漠で、街道で、平原で戦う。牧場で、果樹園で、小麦畑で、花畑で戦う。大通りで、公園で、路地裏で、裏庭で戦う。
 たとえブリテン島の端にまで追いつめられ、目の前にまで彼らが来たとしても、独裁者の軍隊に降伏などしない」

 という、トラック島沖で太平洋艦隊が壊滅した折りに合衆国のルーズベルト大統領がラジオで語ったものの焼き直しにすぎなかったが、

演説など内容ではない。聴衆に受けるか受けないかのみが大事なのだ。
 どうせ元ネタになった方も、何処かの何かのパクリなのだ。英語圏の人間がこよなく愛するシェイクスピアの戯曲にしてもパクリと盗作

とパロディの塊である。類似品の中で最も優れていたから残ったに過ぎない。
 あるいは残ったからこそ評価されているのかもしれないが、どちらにしても同じ事だ。


 この事態に焦ったのは英国首脳部である。事実はどうあれ、こうなってしまえば最早講和など不可能だ。世論を無視して講和を強行しよ

うものなら最悪の場合、革命沙汰になる。現政権どころか王室すら吹っ飛びかねない。
 通商破壊によって断末魔の苦しみにある本土を救うため、彼らは非情の選択を行わざるを得なかった。

 ブレスト港襲撃事件である。

 パリ降伏後にブレスト軍港へ集合していたフランス海軍残存部隊は、英国海軍の奇襲を受けその主力艦全てを失った。生き残った駆逐艦

などの僅かな小艦艇は一部がモロッコや南米などにまで逃れ、一部は英海軍に拿捕され、一部はポルトガルやスペインの港に逃げ込んで降

伏した。
 この「卑劣な騙し討ち」に仏海軍はもちろん全てのフランス人が激怒した。激怒しないフランス人は激怒した者たちによって以後フラン

ス人扱いされなくなったので間違いない。
 ヴィシーフランスやドイツに併合された北部の統治が速やかに纏まったのは、この事件への怒りそしてブリテン島の住人への恨みによっ

てであると言ってよい。

 早い話が、偉大にして英邁なる連合王国は昨日までの同盟者を切り捨てたのだ。もはや無用、と。
 フランス海軍はそうあまり強い海軍ではない。スペインやイタリアならともかく復活したドイツ高海艦隊には見劣りするし、英国のグラ

ンド・フリートや日本の連合艦隊とは規模の面からして比べる事自体が無茶だ。

 しかし無力には程遠い。組織としての活力はともかく所有する戦艦や巡洋艦の能力は決して舐めてかかれるものではない。
 航行中を航空機によって沈められるという世界初の記録を作ってしまった二隻の戦艦にしても、同じようにして沈められた戦艦マラヤよ

りも戦果的にはむしろ善戦している。
 ダンケルクとブルゴーニュが沈んだのは数に勝てなかったからであって、艦の性能や乗組員の能力に問題があった訳ではない。

 だが英国から見れば、フランス海軍は味方にしてもそれ程には役に立たない。所詮陸軍国の海軍であるし、フランス人が何を苦手として

いるといっても、他者と歩調を合わせることほど苦手としている事はないのだ。特にイギリス人とは。
 それでいて、敵に回すとうざったい。味方としては頼りにならないが敵に回せば面倒くさいのがフランス海軍である。ネルソン提督だっ

てフランス海軍との海戦には勝ったが戦死したのだから。

 何よりも、もう英国にとってフランスそのものに大した利用価値がない。ドイツへの盾にも使えない。
 ならば、どうせ負けると分かり切っているドイツに押し付けてしまえば良い。英国の役に立たないフランス海軍など沈めてしまえ。
 勝てば全ては正当化できる。フランス海軍残存部隊は傀儡政府に寝返る危険があった、あれは緊急避難だったと言い張れる。

 このブレスト奇襲事件によってフランスは実質的に連合国から離脱した。傀儡政権であるヴィシー・フランス政府はもちろん、仏国民の

殆どが英国を見限ったからだ。


 そして見限られた英国政府にとっては全て計算どおりである。これでフランスの凋落は決定したからだ。無論ドイツも。


 1940年6月12日、ニューファンドランド島沖の沈没事故を切っ掛けにアメリカ合衆国はドイツ第三帝国及びヴィシー・フランス共

和国及びイタリア王国に宣戦を布告した。

 寝耳に水の宣戦布告に慌てふためいたイタリアとムッソリーニ統帥だったが、リビアの油田と精油所及び港湾施設が英国海空軍によって

破壊されたことを受け英米両国に宣戦を布告。地中海は戦いの海となった。
   
 独・仏・伊の三国をファシズム国家とその傀儡とみなし、叩き潰す。それが出来さえすれば欧州は大打撃を受ける。今後数十年、ことに

よっては数世紀の間、かつての力を取り戻すことはないだろう。
 その間世界の覇権を握るのは誰か? 言うまでもなく合衆国だ。そして英国はその傘下に入り、二番手として世界の覇権を一部だけ担う

ことになる。
 つまり英国政府は、ドイツの手下になって合衆国に潰されるのもフランスと付き合い続けて諸共に落ちぶれるのも御免だから、元植民地

の飼い犬になることにした訳だ。

 ブレスト奇襲はその宣言、フランスとは今後馴れ合わないという合衆国へ向けたサインなのだ。同時に、ここまでしたのだから戦勝後は

欧州方面代官の役割ぐらい寄越せという図々しい要求も含まれている。
 正に厚顔無恥。えげつないにも程がある。
 しかし英国首脳部には他に手の打ちようが無かった。今大戦で、長らく英国の力の具現であった海軍が壊滅しつつあるからだ。

 英国海軍は強かった。植民地維持用の海軍としては。
 通商航路を守る海軍としても弱くはなかった。とりたてて強くもなかったが。
 そして海上決戦は、やる度に負けた。ドイツ海軍にもイタリア海軍にも日本海軍にも負け続けた。

 一例を挙げれば、英国の誇るグランドフリートは4月半ばの北海海戦でドイツ海軍の戦艦四隻(シャルンホルスト、グナイゼナウ、ビスマ

ルク、ティルピッツ)と戦い、戦艦ネルソン、ロドネー、キングジョージV世、巡洋戦艦フッド、レナウンの5隻を喪失した。離脱に成功し

たR級戦艦二隻のうちロイヤル・ソプリンは帰還中に操作を誤り座礁。ロイヤル・オークは沈没を免れ、現在修理中である。
 なお、ドイツ艦隊の被害は戦艦四隻のうち中破1小破1。その他にも重巡プリンツ・オイゲンが大破の1日後ダメージコントロールに失

敗し沈没、駆逐艦の中小破合計3であった。

 6月上旬、まだイタリア王国が宣戦布告もしていない状況でなし崩しに起きた第二次サラミス海戦では空母イラストリアスとアーガス、

戦艦クイーンエリザベス、ウォースパイトを失った。もっともこちらはイタリア海軍の空母アクィラを自沈に追い込み戦艦ローマを中破さ

せているだけ、殆ど一方的にやられている本国艦隊よりはマシだった。

 その他大小の海戦でも英海軍は叩かれ続けていた。ノルヴィク海戦などは戦果的に英海軍優位で終わったが、作戦目的の達成には失敗し

ている。
 中破してキール軍港のドッグで入院生活を送っているシャルンホルスト以外のドイツ戦艦三隻はその後も北大西洋上で猛威を振るい、軍

属民間問わず連合国の船を沈めまくっていたが、そこに新戦艦フリードリヒ・デア・グロッセとバルバロッサが加わったことで大西洋の英

米海軍はお通夜状態である。
 もっともBBC放送などが言うとおり、ラングレー二世を始めとする訓練用改造空母群が五大湖あたりで操縦士を量産しているので、協

定諸国海軍の優位は長く続かないかもしれない。
 問題は彼我の優劣がひっくり返る前にブリテン島が干上がりそうだという点だ。

 
 損失と破損により、現在の英国海軍には稼働する正規空母が一隻もない。合衆国から貸与された商船改造護衛空母以外の保有空母は全て

ドッグか海底に泊まっている。その改造空母も次々と停泊地を海底に変更しているが。
 もっとも、停泊地を海底へと変えてしまった空母は英海軍所属だけではない。米海軍所属の正規空母も既に半分は沈んだし、残り半分の

うち半分もドッグに入っている。現在稼働している正規空母はヨークタウンとエンタープライズだけだ。

 もちろん連合国海軍は艦艇の修理と建造を急いでいるが、米国はともかく物資も人手も足りていない英国の造船所では作業も思うように

進まなかった。そしてその中で、やっとの思いで完成させた最新鋭の空母インドミタブルは、訓練航海に出た途端Uボートによって沈めら

れた。
 それを大英帝国の落日、その象徴ではないかと考える人々は決して少なくなかった。敵も味方も、つい最近までの身内も。
 



 1940年8月25日 オーストラリア アデレード郊外。とある安食堂。


 もともとの敷地が狭いこともあって、今日も食堂は混んでいた。土地が有り余っている土地柄なので駐車場は広いが、店内は狭い。歩き

回って仕事している店主や給仕の体力は有り余っていない というのが店側の主張である。
 だが店は混んでいる。安くて美味くて料理が出るのも早いからだ。しかもこの店はチップが要らない。最初から店員の給料にチップ分が

含まれている。
 その店側から出すチップの査定は店長がやっていて、店長の給料に含まれてるチップが一番多い。店長が一番働いているからだ。

 しかしそれでも以前までの給料よりずっと従業員への支払いが良い。そして高級であるからこそこの店には質の高い店員が揃っている。
 店長が働き者で、能なしでない限りは実に有効な制度なのだ。
 客側に給与支給の面倒を押し付けている従来のチップ制度の煩わしさなど、もう思い出したくもないという客層がこの店に付いていた。

だから今日も店は混んでいる。

 「例のインなんとかとかいう空母を沈めたUボート艦長だけど、ダイヤモンド付きの勲章を貰ったそうよ」
 「やれやれ、だね。グランドフリートとやらもとんだ見かけ倒しだよ」

 同僚達の噂話を聞いて、見かけ倒しだったのではなく過適応だったのではないかと、ジャクリーン・ソームズは思った。いわゆるサーベ

ルタイガー現象だ。
 有史以前に生態系の頂点に立っていた大型獣専門のハンターは、氷河期の終わりと共に絶滅した獲物たちを追いかけるように滅びていっ

た。
 それとは逆に、外敵のいない離れ小島で長く過ごしすぎて逃げることも戦うこともできなくなって絶滅したドードー鳥のような例もある

。英国海軍は進化の中であまりにも特化し過ぎたのだ、弱い者虐めに。
 英国海軍は植民地や大陸国家の海軍など相対的に弱い相手を虐め抜く技術は進歩したものの、代わりに同格以上の敵と渡り合う能力をな

くしてしまったのだ、と個人的にジャクリーンは考えている。

 ろくに中学校にも通ってないジャクリーンだが、現在は夜間学校で学ぶ女学生だ。昼間というか朝の9時前から昼の15時までトラック

の運転手として働き、15時過ぎから19時前まで学校で学び、その後はラジオを聴きながら家事や自習をしたり、アパートの住人達とお

喋りなどをしたりして過ごしている。普段の日は、だが。


 知識を増やす事は、言ってしまえば積み木を増やすことに似ている。
 たとえば、積み木を三個しか持っていない子供でもその三個だけを使って遊ぶことができる。だが、持っている積み木だけで様々な物を

作ったり表現できたりするだろうか。
 まず無理だろう。三個でも五個でも七個でも、それだけの積み木では家屋は作れない。小屋だって難しいだろう。
 しかし積み木の数と種類が増えたなら、増えた積み木を組み合わせることで表現力が高まる。百個二百個三百個と増やしていけば塔と城

壁付きのお城だって組み上げられる。
 知識を増やすことは、そのまま能力と可能性を上げていくことなのだ。故に学問は大事なのだ。
 全ての人が生まれながらにして平等に作られていない以上、その差を少しでも縮められるものがあるとしたなら、それは学問だけだ。

 子供の頃から「頭がよい」などと言われたことがなかったジャクリーンだったが、夜学に通いはじめてから僅か二ヶ月余りの時間で彼女

は相当な段階まで教養を積み上げていた。
 身に付けた知識はいささか偏ってはいるものの、例えば数学知識などは先進国の平均的な大学生と比べても見劣りしない水準にある。そ

してなおも貪欲に知識を吸収し続けていた。

 彼女に夜学へ通うことを勧めた恋人は、まさかここまでとはと呆れたが「勉強できるのは良いことだ」と応援してくれている。
 社会の「女が学校に通ってどうする」というような圧力は、完全に無くなったわけではないが急速に減ってきた。今のオーストラリアに

は人手が絶対的に足りない。
 なにしろ世界大戦の真っ最中である、需要はいくらでもあるのだ。国家経済の破綻を防ぐために、労働力が足りなければ猫でも柄杓でも

使わなくてはならない。だから低所得層の若い女にも、学べる機会が今のオーストラリアにはある。
 

 昼食のローストチキン・サンドイッチと煮野菜(高菜)と豆腐のパテをホットチョコで流し込み、食堂のカウンター席を立ったジャクリー

ンは細っこい体つきの、若いオーストラリア娘である。職業は学生兼トラック運転手。
 人手不足な今の南部オーストラリアでは、女の運転手は珍しくもない。
 なにせ働き盛りの男どもが元宗主国に万単位で捕まったまま帰国できないでいるのに、景気は上向く一方なのだ。なのでジャクリーンの

ように昨日今日運転を憶えたような新米ドライバーが増え続けている。

 無論のこと個々の事件や社会問題が続出しているが、当局の手によって迅速かつ大雑把に対処されていた。全ては経済を回すためである


 幸運にもジャクリーン個人に限って言えば、これまで運転席の裏に置いてある拳銃と散弾銃の出番が来たことはない。
 彼女の乗るトラックは緑化センターの所属であり、センターから供給されるガソリンで動いている。今のアデレート周辺には、ガソリン

スタンドに寄る必要がない運転手の財布より襲い甲斐のある獲物がいくらでもあるのだ。
 いつの世にも現金目当てでない強盗が存在するがそれらの存在は数ヶ月前に、ジャクリーンが運転免許を取る前にアデレート周辺からは

駆逐されている。


 ジャクリーンは壁のコート掛けから、野暮ったい茶色のコートを取って羽織った。温かい食堂から出るのは辛いが、このお気に入りの防

寒具があれば幾らかはマシだ。恋人から懐炉と一緒に贈られたこのコートはマンチュリアの冬に備えて作られただけあって温かく、しかも

軽くて動きやすい。
 それにトラックには暖房装置もある。エンジンの廃熱を利用するものなので運転席が温まるまでしばらくかかるが、その間ぐらいは我慢

できる筈だった。

 なによりも一番辛い時期はもう過ぎている。南半球のこの国はまだ冬だが、これから少しずつ温かくなっていくのだ。
 戦争から一抜けできたオーストラリアは、平年よりかなり温かい冬だったこともあって今年は殆ど凍死者も出ていない。

 まあ、気象よりも久方ぶり(有史以来?)の好景気で誰もが懐を温かくできたからではあるのだが。もしもオーストラリア政府が大戦から

の足抜けに失敗していたら、ジャクリーンは家族もろとも餓死か凍死していた可能性がある。
 オーストラリアにとっての戦争が終わらなければ当然ながら日本との貿易強化や資本注入もなく、彼女が恋人と出会うこともなかっただ

ろう。



 学校から学費と生活費そしてそれらの返済義務の免除に加えそれなりの報奨金まで貰ってるジャクリーンは、校内屈指の秀才である。昼

間の学校に移って勉学に専念したとしても誰も咎めないだろう。
 だが彼女は今日もトラックのハンドルを握り、ペダルを踏む。自動車の運転が好きだからだ。

 人間の意思どおりに動く頼もしい相棒。製造者と使用者と整備員が間違えないかぎり何の悪さもしない、機械の荷馬車。
 それは彼女にとって、初めて思いのままに動かすことができた文明の利器であり、科学の勝利そのものだった。

 日本から持ち込まれた統制型トラックは、これまで主流だったフォード製トラックを一瞬で駆逐してしまった。なので、元日本兵の恋人

に運転を教えて貰った彼女が初めて乗ったのが統制型トラックであるし、他のトラックには乗ったことがない。 

 正確には一度だけ、試しにフォードの6トン車を運転してみようとしたのだが、一日走らせることすらできなかった。バッテリー液がど

うの暖機運転がどうのとエンジンを掛けること自体が一苦労で、操縦性は最悪、騒音と振動だけは一人前で走行性能は劣悪そのもの、ハン

ドルを切ることすら苦労する代物だ。
 というか運転席まわりにしてもボンネットの下にしても設計が不合理過ぎて見ていると頭痛が起きる。整備士に聞いた話では、素人が簡

単に運転できて整備できると修理工場の仕事がなくなるので、わざと使いにくい設計にしてあるそうだが本当かもしれない。
 しかも実際に走れば直ぐにエンジンが止まるわ部品が脱落するわパンクするわ排気が臭いわ燃料タンクに穴が開いているとしか思えない

程に燃費が悪いわで、合衆国軍が負け続けている理由に納得したものだ。トラックならまだしも飛行機では「エンジンが止まったから路肩

に停めてちょっと修理」とはいくまい。


 荒れ地の中を突っ切る舗装された道を、統制型トラックは快調に走っていく。
 彼女が操るトラックの積み荷は土砂である。ただの土と砂ではなく、植物の栽培に適した成分を含んだ土砂だ。
 オーストラリアの地盤は世界有数の古さであり、その土壌は栄養分が低い。他の大陸では2~3年で花が咲き実を付ける果樹が、この土

地では5年以上かかることもある。スープを取った後の牛骨なみに滋養が抜けている。

 このトラックに積まれた土砂は、その栄養不足を補う培養土の基になるのだ。
 「Lレゴリス」なる商品名が書かれた袋入りの土砂を、ジャクリーンのトラックは港の倉庫から40㎞近く離れた農業試験場まで毎日4

往復している。
 荷物の積み卸しは、クレーンでアルミ合金製のコンテナを降ろして積み替えるだけだから数分で済む。積み替え作業の時間に小休止をと

って、また同じ道を引き返す。はっきり言って、車の運転自体を楽しめる人間でなければやってられない仕事だ。

 この「Lレゴリス」に粘土や堆肥や鹿沼土、それに「NAワックス」なる正体不明の粉末など何種類もの材料を混ぜて作られる培養土は

、栄養分と保水能力に富み半分砂漠と化した地域でも植林を可能にする。
 半世紀後には、砂漠である部分の方が多いこの大陸が一面の緑に染まるのだと、ジャクリーンの恋人は言った。
 マンチュリアでは無理だったが、この大地ならそれができる と。

 それが彼にとっての「男の浪漫」であるらしい。日本人全般については詳しく知っている訳ではないジャクリーンだが、彼女の恋人が典

型的な日本風ロマンティストであることは確かだった。

 彼の夢が、この大陸に来た日本人達が掲げた目標が達成されるとしても、それは遠い未来のことになるだろう。
 大陸南端のポートオーガスタあたりから運河やパイプラインを通して、中央の大盆地まで海水を引き込み巨大塩湖を作り大陸全体を緑化

する‥‥などという既知外としか思えない計画まであるが、彼らは本当にやる気なのだろうか。

 その途方もない計画は、実は既に始まっている。
 砂漠地帯にまでパイプラインを引き、汲み上げた海水を露天で蒸発させて塩を作る施設と、蒸発した水蒸気を捕らえて雨を降らせるため

の人工山地が建造中だ。
 平地からの高さが200メートル程であっても、盛り土の山や大型の構造物があれば地形と風向き次第で狭い範囲に雨を降らせるには充

分な上昇気流が発生する。あとは同じ事を各地でやれば良い。
 雨が降れば草木が生えて緑地ができる。緑地ができればそれ自体が水源となり、次の雨を呼ぶのだ。

 理屈は正しい。だが実現性は疑問だ。
 まだ、ちょび髭の某総統が先月ぶち上げた「パリからベルリン、そしてワルシャワからモスクワ、シベリア鉄道から樺太を通して東京ま

で大陸横断鉄道を繋げる」という誇大妄想の方が実現性高そうなのだが。あれならドイツ第三帝国かソヴィエト・ロシアのどちらかがどち

らかを打倒して日本と組めばできるだろう。

 
 不可能だ とは言わない。無茶だとは今でも思っているが。
 しかし何が起きるのか解らないのが人生ではないか。ひょっとしたら半世紀後には、孫や曾孫に一面の樹海と化した大地で今の体験を昔

話として語っているかもしれない。

 一年前。たった一年前の自分に、今の様子を語って聞かせたとして信じるわけがない。
 英米の大艦隊が日本海軍と戦い一方的に負けた。今も負け続けている。
 オーストラリアが連合国も英連邦も抜けて真の意味で独立した。

 そして日本と組んで太平洋の覇者となり、豪日両国はインド洋まで掌握しつつあるとか。
 個人史に限ってみても、自動車の免許を取り、一日のうち他の椅子全てを会わせたよりも長い時間運手席に座る生活を送るようになった

りとか。
 自分に日本人の恋人ができて、彼の薦めで夜間学校に通うようになったこととか。
 極端な日本人嫌い‥‥いや人種差別主義者だった母が、今では彼のためにセーターや靴下を編んでいる事など、信じられる訳がない。
 信じる信じない以前に、「日本って何?」と尋ね返すのがオチだろう。おそらく、いやきっと。


 一年にも満たない時間で、ジャクリーンの人生は変わった。彼女の世界は広く大きく明るくなった。
 明日はきっと、今日よりも良い日だと。明後日は絶対に、明日よりも良い日だと彼女は信じている。
 明後日は恋人の休日であり、二人は朝から翌日の午後まで一緒にいられるからだ。


 現在のオーストラリアでは珍しくない境遇の苦学生、ジャクリーン・ソームズは幸せだった。少なくとも主観的には。
 彼女には帰るべき家庭があった。家族の理解もあった。
 面白い玩具も、誇りを持てる仕事も、学んでも学んでも限りがない学問もあった。
 自由とやりがいに満ちた生活があり、そのきっかけを与えてくれた誠実な恋人もいた。彼は婚約者も兼任している。 
 この生活が、幸せがいつまでもいつまでも続きますようにとジャクリーンは願った。



 願いは叶わなかった。
 それから半月もしないうちに、ジャクリーンがトラックを運転するには問題のある身体になっていることが判明したからだ。
 本人はそれでも運転手生活に未練があったが、子供を産んでからでも車には乗れると周り中から説得されて、折れた。


 願いは叶わなかった。
 その年の初夏、日本では冬が近づきつつある頃。結婚の許しを得るためにジャクリーンたちが乗った日本へ向かう船、第3浪速丸は台南

沖約120㎞の海域で米海軍所属のタンバー級潜水艦トートグによる雷撃を受け沈没したからだ。
 日本海軍および海上保安庁の対潜水艦能力は高かった。だが、米海軍潜水艦部隊の技量と闘志そして潜水艦の性能は決して舐められたも

のではなかった。
 特にトートグは最も日本の船を沈めた潜水艦であり、終戦間際に撃沈されるまで排水量にして28万3千トン、人命にして一万一千人以

上の被害を与え海の魔物として怖れられた。
 もっともこれはトートグ単艦によるものではなく僚艦の戦果も混同された結果であるという説もある。

 そのトートグは赤十字の捕虜返還船まで撃沈して「鬼畜米英」の代名詞となり、ついに日本海軍は100万円の懸賞金をかけるのだが、

それは後の話だ。


 船は沈んだが、妊婦であるため最優先で救命ボートに乗れたジャクリーンは助かった。
 第3浪速丸に乗っていた妊婦は彼女だけではなかったが、その全員が救助された。だが、その夫や婚約者のうち半分近くはそうもいかな

かった。

 願いは叶わなかった。彼女が結婚式で着るはずだった手縫いのドレスは台湾沖に沈んだ。
 傍らに立つはずだった唯一の男も沈んだので、ジャクリーンはその後白いドレスを一度も着なかった。



 ただし夢は叶った。
 婚約者の死後、法律的な婚姻成立が認められた彼女は夢を受け継いだ。
 第3浪速丸遺族会、特に当時母の胎内にいた者たちは同じ夢を共有し、代表者を支え続けた。

 月日は流れ、20世紀末にまだ一年残した春、豪州大陸の緑化事業はひとまずの成功を見せ、オーストラリア共和国政府は第一次計画の

完了宣言を発表した。
 世紀末に、南の大地はその過半が森林と草原へと変わったのである。


 たとえジャクリーンがいなくとも、緑化事業そのものは成功しただろう。
 だがその名は奨学生を支援するジャクリーン基金などに残り、永く功績を讃えられている。

 

続く。


14:峯田太郎 :

2014/04/30 (Wed) 14:52:14






              『その十三、天国に涙はない』





 1940年9月3日午前06時10分 ハワイ諸島オワフ島近海

 


 北太平洋の空を、朝日を浴びつつ幾つもの飛行物体が飛んでいく。
 それに翼はあるがはばたかない。それは呼吸し鳴き声も上げるが鳥ではない。

 それに命はなく、意思もない。
 だが頭脳はある。単純極まりないその頭脳はたった三つのことにしか使われない。
 真っ直ぐに飛ぶこと。飛んだ距離を測ること。あらかじめ決めた距離を飛んだら動力を止め墜落すること。その三つだけだ。

 全体の印象は飛行機のように見える。いや実際の話、あえて分類するとしたら飛行機に分類するしかない存在だが。
 全長8メートル程の葉巻型胴体の横に翼を生やし、後部上面に筒型のパルスジェットエンジンを取り付けた玩具のようなこの飛行物体は

、製造者たちから「V1号兵器」と呼ばれていた。あるいは「空技廠98式特殊飛行標的乙型」とも「98式特殊攻撃無人機梅花」とも。
 Vは勝利(VICTORY)のVである。 


 遙か上空から俯瞰すればこの無人兵器が、爆薬と燃料の塊を軟鉄板と合板で被い、同じぐらい安っぽい翼と発動機と制御装置を付けただ

けの代物がオワフ島北北東300キロ前後の海域からオワフ島南部の真珠湾を目指し列を作って飛んでいる様子を確認できただろう。
 アリの巣から餌場に伸びる行列のような連なりは、蟻のものと違って巣と巣が仲良く隣接していた。当然ながらその列も副列になる。
 横風などの影響もあってその列は崩れ気味だが、お行儀よく飛ぶことが彼らの役割ではないのでこれで充分だ。

 V1号兵器の役目、それは第一にF2AやF4FやP40といった合衆国陸海軍の主力戦闘機では容易に追い付けない時速600キロ以

上の速度で飛ぶことである。
 この無人兵器が飛んで来るからには、オワフ島に配備された少数の高速戦闘機はその対処に当たらなければならない。
 並の戦闘機では迎撃は難しいが、P38などの高速機なら簡単に始末できる。なにしろ無人機なのだ、敵機が真後ろから接近しても逃げ

も反撃もしない。簡単に撃ち落とされてしまうだろう。

 ただ、近くで撃つと爆発に巻き込まれることもあるので遠方から撃たねばならない。遠距離から撃てば命中率は落ちる。つまりその分迎

撃側の銃弾が消耗する。
 これは防衛側の新鋭戦闘機を引き付けることで、侵攻側戦力の被害を低減するために用意された兵器なのだ。特に大型の爆撃機や飛行船

など人が大勢乗っている兵器の被害を。


 陸戦と違い航空戦では、手持ちの弾が切れたからといって近くの味方や敵から「ちょっと借りとくぜ」と調達する訳にはいかない。基地

に戻って補充するしかないのだ。
 弾を撃ち尽くして補充に戻っている戦闘機は戦力にならないし、戦闘機が失われる原因の一番は敵機との空中戦ではなく離着陸時の事故

であり二番目は空襲による地上撃破だ。
 迎撃機が基地に帰る回数と留まる時間が増えれば増えるほど侵攻側にとって有利になる。それにくわえ作業量が増えれば増えるほど整備

部隊も消耗する。

 かといって、放置していては数百キロの炸薬が真珠湾かホノルル市かとにかくオワフ島のどこかで炸裂するので無視もできない。無視さ

れたらされたで、適当な位置で墜落して敵に被害を与えることが無人飛行爆弾の第二の役割だ。
 V1号兵器こと梅花のコストパフォーマンスはどんな爆撃機よりも圧倒的に安上がりなのだ。なんといっても人が乗っていない分戦死者

が出にくい。

 よく戦記物などで「熟練操縦士は同じ重さの黄金よりも貴重だ」と言われる。これは全くの事実であり、誇張ではない。
 操縦士と競馬の騎手は1グラムでも軽い方が良いが、操縦士の体重が日本人の平均よりやや重たい60キログラムだとして計算してみよ

う。
 仮に黄金1グラム1円の相場だとしたら、60キロの金塊は6万円相当の価値となる。たかが6万円なのだ。1グラム2円だとしても1

2万円である。
 今時の航空機、1940年下半期に第一線部隊に配備される新鋭機は調達費用だけでも1万円や2万円はする。実際にはこれに維持費も

加わる。
 そして操縦士の値段は機体より高い。操縦士を一人前に育てるには機体の調達費用よりも金銭が要るからだ。

 短期間の促成栽培で腕が上がるのは才能に恵まれた者だけだ。普通の人間は一日あたり1時間からせいぜい2時間程度の飛行訓練を繰り

返し、累積した飛行時間が何百時間にも達するまで飛び続けることである程度の技量を手に入れる。
 当然ながら燃料を使わないと練習機は飛ばないし飛行機は飛ばし続けていれば何処かが必ず壊れるのだ。大事に倉庫にしまっておいても

壊れることは壊れるが。
 
 燃料や部品代だけではない。どんなに圧縮しても半年やそこらはかかる訓練期間中ずっと、操縦士候補生も教官も練習機の整備員も基地

の警備兵もそれらをまとめ上げる管理職も飯を食うし風呂にも入る。給料だって支払わなければならない。
 これが意外と馬鹿にできない、近年の日本社会は景気の上昇もあって高賃金高物価の傾向があるからだ。その他様々な費用も計算に入れ

れば操縦士一人を育てるのに数万円の費用が掛かる。
 一人前の操縦士が少なくとも万円単位の価値があるなら、一人で並の操縦士数人分から十数人分の働きをしてくれる熟練操縦士が黄金よ

りも貴重だというのは比喩でも誇張でもなんでもない。むしろ過小評価である。


 迎撃に飛び上がった側から見れば、放置はしたくないが手持ちの弾は惜しいし近距離射撃の結果爆発に巻き込まれるのも嫌だ。
 となれば勇敢で腕に自信のある戦闘機乗りは無人機というか無人飛行爆弾に接近して自機の翼で軽く接触して墜落させる‥‥という手段

を思いつき実行に移すかもしれない。
 もしそうなった場合、飛行爆弾は失速して墜落を開始した途端に爆発する。

 V1号の機首部分には小型ラジオの親戚である特殊な信管が取り付けられていて、発射後数分でその信管は目覚める。そして一度目覚め

たならばその信管は電波を発信して、己の放った電波の反射がある一定量を超えてから減退し始めると起爆する。
 つまり、V1号は飛行中に航空機など大型の金属塊が約25メートルの距離まで接近した後に離れようとすると、その瞬間に数百キロの

炸薬が爆発するのだ。
 これは後に電波式近接信管として知られるようになる技術である。言うまでもなく、勇敢で機転の効く飛行機乗りをその場で仕留めるた

めに考え出された兵器だ。
 合衆国でも一人前の飛行機乗りを育てるには1万ドルやそこらはかかるからだ。一発あたり300円しない飛行爆弾で仕留められるのな

ら万々歳である。
 もっとも開発費や周辺機材の費用も入れれば梅花一発あたりの費用は高くなる。故に日本海軍はとにかく大量に飛行爆弾を射出して元を

取るつもりだった。

 無論のこと、無人飛行爆弾にも弱点はある。兵器であるからには当然だ。
 一例をあげれば、原理的にこの信管はアルミニュウムや錫などの薄い皮膜を空中に散布する妨害電纜(チャフ)や阻塞気球に弱い。それら

の空中に浮かぶ電波反射物と接触しても信管が作動してしまうからだ。

 しかし、初陣ならば問題ない。
 合衆国の工業力は世界に冠たるものであるし、国民の工業的素養も高い。軍を含め行政機関の対応力も高い。
 だが、いかに合衆国といえどハワイ攻略艦隊がこの日世界で初めて実戦で大規模使用する無人飛行爆弾の群への対抗手段は用意できない


 のべ五千発以上打ち込まれることになる新兵器への対抗手段を、一日や二日で考えつき造り上げ充分な数を揃え実戦部隊に配備すること

は不可能なのだ。

 
 この飛行爆弾を送りだした、そして今もせっせと後続を送り込み続けている日本軍ハワイ攻略部隊は、無人兵器の群を先頭に押し立てて

オワフ島に攻め込む。
 そして遅くとも三日以内に、できることなら攻撃開始したその日のうちにオワフ島の航空戦力を無力化する予定だった。

 一人でも多く敵兵を、それも高度な教育と訓練を受けた本職の軍人を殺傷し敵の継戦能力を奪う。
 それが開戦以来日本軍が実行し続けている対合衆国用の戦法だった。無人飛行爆弾はこの戦法に適した兵器である。なにしろ無人だから

味方の死者がそれだけ減る。

 この日のために開発され製造され量産され配備され運搬された無人兵器の群もとい疎らな行列は、三々五々と雲の下をくぐって敵根拠地

を目指す。
 それは戦争の有り様がまた一つ変わったことの証明だった。





・・・・・




 日米の開戦から約8ヶ月、そしてイギリスとついでのオランダとベルギーが参戦してから約3ヶ月が経過した。
 この3ヶ月大英帝国+おまけ2国はやられっぱなしだった。1ヶ月で香港が包囲され、シンガポールを失い、そしてジャワ島やスマトラ

島など東南アジアの殆どの地域が日本軍により占領され、現地には雨後のタケノコなみに新政権が発足した。

 ちなみに仏領インドシナは現地政府の判断で日本軍の進駐を受け入れ、後にヴィシー・フランス共和国に合流した。

 2ヶ月目の終わりが近づいた7月の下旬、在比米軍もろともフィリピン政府が降伏する。マッカーサー在比米軍司令官兼フィリピン軍元

帥は「私は部下達と運命を共にする」と、日本政府によるフィリピン臨時政権首班への指名を断り捕虜となった。


 2ヶ月が過ぎ、オーストラリアとニュージーランドは英連邦からの離脱と同時に日本との同盟樹立を宣言する。以後この二国は日本帝国

の仲立ちによって協定諸国との講和交渉を続けることになる。
 英国から見れば裏切り行為だが、離脱した両国から見れば普段さんざん搾取した上に戦争に巻き込んでおいて援軍も寄越さない宗主国に

立てる義理はない。誰かを裏切った者が誰かに裏切られるのは当然ではないか。本人が落ち目なら尚更だ。

 落ち目どころか大英帝国は破滅の坂を転がり落ち続けていた。3ヶ月目に入りオーストラリアの支援を受けた日本軍はインド洋の制海権

を瞬く間に奪取しセイロン島を制圧、現地に潜水艦根拠地などの拠点を構築しつつ中東及びアフリカ東岸への通商破壊を開始したのである


 この動きに呼応して決起した反政府軍の早期鎮圧に成功したから南アフリカは落ちずに済んだが、インドはそうもいかなかった。

 インドでは穏健派から急進派まで無数の独立運動勢力がデモ行進や決起集会や独立軍蜂起を開始しており、補給の途絶えたインド駐留英

国軍では最早英国の統治を保証することは不可能となりつつある。
 放置しておいても半年以内に、日本軍が進駐を開始すれば瞬時に大英帝国は崩壊する。かの国が名乗る帝位はインド皇帝なのだから。イ

ンドを失えば帝位は名乗れない。


 地中海の戦いは決着がつきつつあった。3ヶ月待たずして地中海方面の英国軍空海戦力は崩壊したのである。陸軍はまだカイロとスエズ

運河付近で粘っているが、補給が途絶えた以上降伏は時間の問題だ。
 この3ヶ月ちかくの間に地中海の英国籍の軍艦は残らず沈没し、今は僅か数隻の駆逐艦と補助艦艇がカイロ港にあるだけだ。その残され

た数隻もおそらくは3ヶ月目が終わる前にイタリア空海軍の攻撃で沈められるだろうが。


 援軍はこない。補給もこない。
 マダガスカル島はドゴール将軍が率いる愛国フランス戦線に制圧されている。愛国戦線そのものはフランス植民地やその他の国々から寄

せ集められた志願兵たちによる弱兵部隊に過ぎない。この場合戦闘能力そのものは期待されていないからそれで構わないのだが。

 志願兵たちの士気は高いが、ろくな訓練もしていない部隊に戦闘力を期待する方が無理だ。なので後援者である日本帝国は陸海軍がそれ

ぞれ飛行師団と航空艦隊を送り込んでいる。航空隊を守る陸戦部隊も。
 日本軍と比べると量では見劣りするが、愛国戦線にも航空戦力はある。
 主にドイツ軍の捕虜収容所から一人あたり物資いくらで引き取った操縦士や基地要員たちで構成されるこの飛行隊は、未だに分隊行進(パ

レード)ができるかどうかすら怪しい陸兵部隊に比べれば遙かにマシな戦力だった。

 それらの航空戦力による遮断だけでも厄介なのに、つい先日マダガスカル島に建造された海軍根拠地には日本海軍の潜水艦部隊が進出し

てきた。連合国海軍の立場は弱くなる一方だった。


 瀕死の英国海軍はもちろん、主力艦の殆どがドックか海底に留まったままの合衆国海軍にも南アフリカを救う力はない。半年後や1年後

はともかく、現在の大西洋艦隊は東海岸とブリテン島の連絡線を維持するにも四苦八苦の有様だ。
 ケープタウン沖が日本軍の撒いていった繋留機雷で充満していても、申し訳程度の掃海艇を送るので精いっぱいだ。インド洋を押し渡っ

て上陸作戦中の日本軍を叩きのめしてソコトラ島を救援することなどとてもできない。
 ましてスエズやカイロに至っては、辿り着くことですら奇跡が必要だった。

 ジブラルタル要塞は協定諸国軍に制圧された。スペインを牛耳る国粋派政府は8月10日をもって連合国に宣戦布告し、奇襲攻撃をかけ

てイベリア半島南端を奪回したのだ。当然ながらジブラルタル海峡も協定軍が確保した。
 宣戦布告と同時の攻撃は国際法違反だが、英国がイタリアにやったことと同じ事である。「英国を放置しておけばいずれ我が国も同じ目

に遇う、ならばこちらから仕掛けるべし」というフランコ将軍の言葉にスペイン国民の大半は賛同した。もしくは反対しなかった。

 伊仏西の地中海主要国陸海空軍そしてドイツから送られてきた航空隊や空挺部隊などの猛攻により、地中海の英国拠点は次々と陥落した

。マルタ島も落ちた。ギリシャやトルコなど地中海に面した国々は協定諸国につくか、中立を保った。


 通商路を守る海軍として、英国海軍も合衆国海軍もその能力は決して低くなかった。むしろ両国ともに世界屈指、全世界で三本の指に入

る優秀な海軍だった。
 だがしかし、いくら潜水艦や商船改造の特設巡洋艦や少数の航空機への対処能力が高くともそれだけでは無意味だ。
 海上護衛能力だけが高くても、それだけでは艦隊空母や高速戦艦による通商破壊を防げない。高速戦艦は空母を除いた水上戦力に対して

最強であり、艦隊空母は高速艦隊による奇襲以外の水上戦力に対して無敵だからだ。
 もちろん自分と同質同等の敵なら話は別だが英国海軍にも合衆国海軍にも、戦艦や艦隊空母を船団護衛に貼り付けるような戦力の余裕は

残っていなかった。

 実を言うと元から合衆国には日本海軍基準で言えば高速戦艦なるものは存在しない。30ノット出ない戦艦は日本海軍から見れば高速戦

艦ではないのだ。


 協定諸国軍の潜水艦や特設巡洋艦や飛行艇による通商破壊に苦戦していた連合国海軍は、それに加えて勢いに乗る協定諸国特にドイツ戦

艦部隊と正面から戦わねばならなかった。

 それは余りにも無理があった。
 よく訓練された最新鋭の高速戦艦と五分に渡り合えるのは、同じ程度によく訓練された最新鋭の高速戦艦だけだ。そしてよく訓練された

空母部隊なら高速戦艦に対しても優位に立てる。
 巡洋艦や駆逐艦では、余程の数の差がなければ戦艦には勝てない。というか5倍や10倍の差で巡洋艦や駆逐艦に負ける戦艦は戦艦では

ない。よく言って「戦艦のようなもの」だろう。

 この時期の連合国海軍には、そんな戦艦もどきを含めてすら僅か数隻の戦艦しか残っていなかった。空母はそれ以上に少なかった。
 もしもこの数隻を戦闘で失えば取り返しがつかない。たとえ艦は旧式の役立たずであっても、乗っている者たちは違う。彼らは再建され

る海軍部隊の中核となる貴重な人的資源だ。失えば海軍主力部隊の再建が更に何年か遅れることになる。
 いくら合衆国でも、高度な教育と訓練を受け経験を積んだ船乗りを量産できる工場はないのだ。
 なので高速戦艦と空母を使い通商破壊や根拠地攻撃を繰り返す協定諸国海軍に対して、連合国海軍は巡洋艦と駆逐艦の群をぶつけて対抗

させるしかなかった。

 当然ながら、連合国艦隊は協定諸国海軍の高速戦艦群に蹴散らされた。
 それはそうだ。巡洋艦や駆逐艦で戦艦に勝てるのなら、戦艦を造る海軍など存在しない。

 現場の連合国海軍将兵は勇敢だった。むしろ勇敢に過ぎた。羊の群を守ろうとして牧羊犬たちは皆、羊たちと共に死んだ。
 彼らにまともな武器が、せめて普通に爆発する魚雷があれば違ったかもしれない。だがしかしこの3ヶ月で合衆国海軍が使っていた‥‥

もとい使わされていた魚雷は、特に水上艦艇や潜水艦が使わされていた魚雷は戦史に残るゴミ兵器だった。



 
 1940年10月11日 アメリカ合衆国西海岸 サンフランシスコ郊外 
 
 
 「実際、バルバロッサは普通に沈みましたからね」
 「まあな。いくら旧式機とはいえ一度に40機以上の雷撃機に集られたら俺でも逃れられんぞ」

 古びたケーブルカーが名物の街は、名物の存在で解るとおり坂の街である。当然ながら郊外には幾つも丘がある。
 その丘の一つには小さな墓地があり、丁度二人の男が墓参りを終えたところだった。

 一人は年の頃60前後の、初老の男。合衆国海軍の軍服姿だ。階級章は中将。
 小柄だが活力に満ちた、誰が見ても解りやすい闘志を感じさせる顔つきである。いかにも歴戦の強者と思わせる船乗りの顔だ。

 もう一人は長身痩躯で理知的な顔立ちをした、30代後半の男。こちらも海軍軍人である。階級章は中佐。
 痩躯というのは合衆国の水準で言えばの話であり、たとえば彼らと戦争中の島国の基準でいえば充分以上に逞しい体つきだ。
 この国にも「青白きインテリ」と呼ばれるべき層はいなくもないが、この男はそうではない。彼の肉体はその知性と同じく極めて骨太で

逞しいのだ。


 二人が話題にしたバルバロッサとは、ドイツ海軍のフリードリヒ大王級戦艦の二番艦である。先月上旬に実戦配備された新鋭戦艦であっ

たが、その軍暦は一月も持たなかった。
 兄弟艦のフリードリヒ・デア・グロッセと共に北大西洋で通商破壊を行っていたバルバロッサは、必要以上に陸地(ブリテン島北部)に接

近してしまいソードフィッシュ雷撃機の一斉攻撃を受け沈没したのだ。
 英国軍の旧式複葉機が放った航空魚雷は特筆すべき長所を持たない平凡な代物だったが、同時に特筆すべき短所も存在しない堅実な兵器

だった。
 合衆国海軍が使っていたような、まぐれが起きない限り直進せず命中しても信管が破損していない限り爆発しないなどという屑魚雷では

ない。

 他の兵器はともかく、英国軍は合衆国製魚雷の供与だけは拒んでいた。頑なに拒んでいた。合衆国の魚雷を使うぐらいなら不足しがちな

自国製魚雷の方がマシだと断り続けていた。
 実際の話合衆国の魚雷は、日本との戦争前から造られ備蓄されていた魚雷は、開戦から9ヶ月間に渡って造られ続けた魚雷は欠陥品だっ

た。
 なかでも水上艦と潜水艦で共有装備となっていたMk14魚雷はどうしようもない欠陥兵器だった。

 水流の変化に弱くすぐに進路がずれてしまう上に、信管が欠陥品で命中しても作動しないのだ。
 航空魚雷にも共通部品として使われていた接触式信管は「故障していれば命中したら爆発するかもしれない」というとんでもない代物だ

ったが、Mk14魚雷に搭載された磁気感知式の信管は更にとんでもないしろものだった。爆発するのだ。命中しなくとも。

 問題のこの磁気信管は調節が非常に難しく、調節しても時間と共に狂い出し、狂い出し方によっては再度の調節を試みた瞬間に信管が起

動する。事実、磁気信管の異常で失われたと思われる艦艇は10隻以上に及んでいる。
 そして完璧に調節しても信頼性が低すぎた。敵艦によるもの以外の磁気変動を拾って自爆することもあれば、敵艦の船体にめり込んでも

爆発しないことさえある。
 日本帝国の資料には総計11本にも及ぶ魚雷でメッタ刺しにされた貨物船がそれでも味方の港湾まで逃げ込んだという例が写真付きで残

った程だ。


 当然ながら「こんなもの使えるか」「まともな魚雷をよこせ」と現場から怒りの声が挙がったが、海軍兵器局は頑として魚雷が欠陥品で

あることを認めなかった。

 戦死したハズバンド・キンメル提督の後を継ぎ、太平洋艦隊司令長官となったチェスター・ニミッツ提督は元々潜水艦が専門だった。魚

雷の信頼性云々と聞いて関心を持つのは当然であり、極めて有能な司令長官である彼が直々に編制した調査チームは調査開始から一月足ら

ずの間に合衆国製の魚雷が欠陥品であることを突き止めた。
 だが、魚雷の製造元も設計者も「現場の言い逃れである」「海軍が自らの無能と臆病を魚雷のせいにしている」と主張して譲らなかった



 腐れ魚雷を秘密兵器と称しろくに訓練もさせず、実戦で証明された欠陥を頑として認めない開発・製造側に対するニミッツ提督の怒りは

激怒とかそんな生易しい言葉では表現しきれるものではなかった。
 一時期の太平洋艦隊司令部では「トンプソンマシンガン片手に兵器局へ殴り込みかけようとする司令長官をスブルーアンス提督が羽交い

締めにして止めているのを見た」という噂話が、知り合いがその知り合いから聞いた話としてまことしやかに語られた程だ。
 無論のことそれは無責任な噂話であり事実ではない。実際に抱きついて止めていたのは情報参謀のロシュフォート中佐である。


 ニミッツ提督の趣味の一つは射撃であり、集中力維持とストレス発散のために司令長官となってからも毎日射撃を行っていた。一々射撃

場まで行く時間が惜しいので司令室の隣りに射撃場を造らせた程だ。
 なのでニミッツ提督は執務用の机から立って歩いてドアを二枚くぐれば銃が撃てる環境にある。
 ちなみに射撃場の標的(ターゲット)に貼りつけられている写真は永田首相や豊田連合艦隊司令長官のものではなく、ノックス海軍長官や

スターク大将など米海軍高官のものである。キング中将の写真は本人が戦死してからは貼られていない。


 結局この問題は今ある魚雷の問題を解決するのではなく、兵器局の息がかかっていない設計者に新型魚雷を作らせてその魚雷を正式兵器

として採用させるという手段で解決された。
 新型魚雷の開発を依頼されたアインシュタイン博士たち研究チームは依頼から3ヶ月余りで新型魚雷の開発を完了し、新型魚雷は何より

もその信頼性と量産性でニミッツ提督たち海軍将兵を狂喜させたのだった。
 しかも今度はきちんと作動する磁気信管付きである。事実としてこの魚雷が出回り始めてから日本海軍をはじめ協定諸国の船舶損失グラ

フは大きく跳ね上がるのだ。
 兵器局としても内心はどうあれ、性能緒元(スペック)で全般的に優るうえに調達費用が半額近くまで下がった新兵器を不採用に追い込む

事はできなかった。なにしろ敵は大統領直属の研究チームである、成果を握りつぶせる相手ではない。


 「光が曲がるの棒が縮むの、訳の解らんことばかり言う奴かと思ったがちゃんと仕事できるんだな」
 「アインシュタイン博士は物理と数学の大家ですからね」

 物理も数学も実学の極みである。新兵器開発だけでなく、戦争の様相とその因果を究明するオペレーションズリサーチなどの研究は直接

的に合衆国の戦力を高めていた。ノーベル賞科学者は伊達ではない。
 実際には彼一人の功績ではなく彼の名の下に集まった者たち全員の功績なのだろうが、こういうことの注目が中心人物に集まることは珍

しくもない。

 
 魚雷がまともになった。それ自体は喜ばしいが、それだけでは戦局はひっくり返らない。


 1940年9月3日、日本軍は遂にハワイ攻略作戦を開始する。日本側の思惑としては6月までには実施したかったようだが、英国の参

戦やらなにやらで遅れていたのだ。
 上陸を図る攻略部隊は牛島満中将を司令官とする第21軍(軍団)。それに海軍特別陸戦隊第1連隊と第2連隊。
 合計四個師団分、7万人強の大兵力ではあるが攻略対象のオワフ島には合衆国の陸海軍及び海兵隊の精鋭が10万人近く立て籠もってい

る事を考えればいささか少なすぎる人数だ。

 攻者三倍の法則によれば30万人、そこまでいかずともせめて防衛側の倍はなければ攻略は難しい。少なくともより苦労する。
 しかし同時に幾つもの戦線を抱えている日本帝国に戦力の余裕は少なく、ハワイ攻略は上記の陸上戦力で試みられることとなった。
 もちろん海の上を歩いて行く訳にはいかないので、船に乗り空海の護衛を付けて運ばれることになる。


 なんといってハワイは合衆国陸海軍の重要拠点である。なかでもオワフ島の真珠湾は本土のノーフォークやサンディエゴと比べれば海軍

根拠地として一歩劣るものの、金城湯池の大要塞であった。
 日英開戦から二週間足らずで陥落してしまったシンガポールなどとは規模も防御力も桁違いだ。

 太平洋艦隊には稼働する正規空母こそないものの、オアフ島各地に散らばる飛行基地は空母数隻分の戦力として換算できる。
 海上戦力に対する陸上要塞と砲台の優位は言うまでもない。艦は沈むが砲台は沈まないのだ。
 戦闘区域の測量が完璧であることや照準装置の数と精度が艦船に積んであるものとは比較にならないことを考えれば、攻撃力でも陸上砲

台は圧倒的優位にある。オワフ島砲台群の戦力は最新鋭戦艦10隻分以上に換算できた。 

 攻める側の日本海軍も無策ではない。開戦前から溜め込み続けていた飛行爆弾を総計五千発、間断なく撃ち込み続けて防衛側戦力を消耗

させつつ有人機は攻略艦隊付近に留まり防御に徹した。
 合衆国陸海軍は日本側空母を無力化すべく攻撃隊を送り込むが、連合艦隊は機動部隊と攻略部隊の手前に6段12列に及ぶ防御陣を展開

しこれを防ぎきる。
 本陣というべき第一機動戦隊旗艦、空母紅鶴へ急降下爆撃機が辿り着くなど奮戦はしたものの大きな戦果はあげられなかった。至近弾で

正規空母は沈まない。

 オワフ島からの攻撃隊を跳ね返した日本艦隊は攻撃に転じた。
 3個機動戦隊分の航空戦力、正規空母6隻(翔鶴・瑞鶴、蒼龍・飛龍、紅鶴・大鶴)と大小合計16隻(飛鷹・隼鷹・沖鷹・雲鷹・大鷹・祥

鷹、大鳳・白鳳・天鳳・瑞鳳・祥鳳・龍鳳、千歳・千代田、瑞穂・日進)の補用空母、合計22隻1100機以上の航空戦力でハワイ諸島周

辺の制空権を確保し、全ての障害を一つ一つ潰していく。

 艦艇や大型飛行艇から妨害電波を流して無線や電波探信儀を封じ、焼夷弾や煙幕で観測所の目を封じ、対要塞用の特殊弾を艦砲射撃と爆

撃で浴びせまくる。
 それはドイツ軍がマジノ線相手に使った戦術の焼き直しであり改良品であったが、効果は確かだった。
 焼き直しであるからには当然、マジノ線に使われた兵器のうちハワイまで持ってこれるものは極力持ってきている。
 超大型硬式飛行船に搭載され、上空一万メートル以上から投下され、電波誘導で高い命中率を誇る必殺の兵器。対要塞用12トン貫通爆

弾もその一つだ。

 ドイツ第三帝国と日本帝国の共同開発品であるそれは、地上のいかなる人工物であっても耐えられない威力を誇る。
 音速の倍以上で飛来する、トン単位の高性能炸薬が詰まったタングステン合金の塊を防げる装甲など存在しない。将来はともかく現在の

ハワイにはない。

 あまりにも重すぎて、この爆弾を運べる飛行物体は大型飛行船ぐらいしかない。あとは開発中の六発巨人爆撃機ぐらいだが、各国で設計

や試作が行われている段階の機体が1940年後半の戦いに間に合う訳もない。
 なのでドイツも日本も、今あるもので間に合わせている。

 いかに改修されたとはいえ飛行船は飛行船、前線に持ち込むには鈍重に過ぎる。なので独仏国境でもハワイでも、この兵器が使われるの

は制空権を確保して尚かつ地上に上空一万メートル付近にまで届く対空火器がないことを確認してからである。
 結果として、連合国軍は飛行船を撃墜できなかった。独仏国境につづいてハワイ諸島でも。 

 日本神話に登場する雷神たちの名を与えられた八発の超大型爆弾はオワフ島の要塞群へ落ち、目標を瞬時に無力化したのだ。



 オワフ島の航空戦力は消耗を続け、要塞群は無力化した。だがまだ地上部隊が残っている。

 正式な開戦から9ヶ月。日米関係がいよいよ危ないと言われ始めてから一年余り、両国が実質的な戦争を始めてから2年以上が過ぎてい

る。太平洋の要所であるオワフ島の防備は着々と‥‥予定よりは遅れ気味ながらも進められていた。
 飛行場はほぼ全て潰されたが、小型の砲台やトーチカといった防衛設備はまだまだ生き残っている。石油タンクなどの備蓄施設も地下な

どのより堅牢安全な場所に小分けされ隠されている。

 それらの正面切った設備だけでなく、日本軍に消耗を強いるための偽造設備も数多く作られていた。
 海軍がもう飛べないスクラップの旧式機をつなぎ合わせて、上空からなら稼働機に見える偽装標的を造れば陸軍も廃車に木材やブリキ板

を貼り付けて戦車に見せかけた偽装標的を作り、それを見た市民も丸太を組んだり削ったりで人気のない場所に偽装砲台を建設する、とい

った具合に現場は創意工夫を凝らしている。

 ついには小屋や中身のない殻だけ倉庫を建て、平地を均して鉄板を敷いただけの滑走路に偽装戦闘機を並べ、周囲に十重二十重の偽装防

空陣地を配した全部偽物の飛行基地まで出現した。
 実用主義で鳴る合衆国人であり、このニセモノ基地は緊急着陸などになら充分使える能力を持っており更に言うと機材と人員をトラック

で運び込めば、短期間なら小規模戦闘機基地として使えないこともなかった。
 そして実際に臨時基地として、数日間の激戦の末飛べる機体がなくなるまで使われ続けた。


 現地に残っている者も少なくないが、戦場となることが避けられなくなったハワイ諸島からは主に女子供老人達が本土へ避難している。
 ハワイ近海にも西海岸にも日本の潜水艦がうろついていたが、それらはハワイから出る船より入る船を優先して襲撃しており、避難民に

被害は少なかった。
 当然ながらそれら避難民は米国からの移住者やその子孫たちであり、現地民や日本などから来た移民は避難者として乗っていない。

 日系移民が船に乗っていない訳ではないが、彼らは本土に上陸することはない。
 この時期のハワイでは日系移民が乗せられている輸送船は日本軍潜水艦の襲撃を受けないという流言飛語(デマ)が流れており、ハワイ諸

島の日系移民たちは祖国への戦争協力として「勇気溢れる志願者」がアメリカ本土とハワイとを結ぶ船団に乗り込んでいた。
 もちろん流言飛語に根拠や効果がある訳もなく、日系人が乗っていようといまいと沈む船は沈んだ。
 この勇敢な自主的志願者たちのなかには兵役を望む者たちもいたが、結局のところ合衆国はこの戦争で日系移民を徴兵することは最後ま

でなかった。


 ハワイという、日系人が人口の三割を占めている特殊な土地だからこそ日系移民の戦争協力が可能だったのである。合衆国本土で吹く政

治的な嵐は、日系人の徴兵などとてもできない程に激しくなっていた。

 後にイエロー・パージという実態よりもかなりまろやかな風味で呼ばれることになる、民主党の大物議員ヒューイ・ロングらが提唱した

親日勢力追放運動は僅か数週間で全米に広がった。そしてもはや誰にも制御できなくなっている。
 市民権を持った合衆国の国民も単なる旅行者も区別無く、日本人いや大和民族の血を引く者であれば無条件で逮捕され財産没収の末収容

所送りとなっている。
 正真正銘の日系人は無論のこと、日本系であるとの容疑を否定できなかった者たちも同様に。

 無論これは近代国家にあるまじき暴挙であり、反対する者も少なくはなかった。ジョージア州のある町では、日系人の妻を渡すまいとし

た公務員が警官隊と銃撃戦に及ぶ事件まで起きた程だ。
 しかし、国際世論や人道の面から自制を呼びかけた政治家や大学教授などが相次いでスパイとして逮捕され、それら逮捕者の身辺を捜索

した結果殆どの容疑者から実際に日本政府から買収された証拠が出た。

 その中には日米の開戦前後にルーズベルト大統領の外交方針を非難していた下院外務委員会の幹部、ハミルトン・フィッシュ議員などの

大物も含まれており、今や知日派はもちろん日本人と黄色人種に少しでも同情したり配慮を呼びかける者は売国奴と決めつけられるように

なってしまった。

 無関係どころか大別してしまえば日本とは敵対関係にある筈の中華系移民までもが暴徒に襲撃され、争乱を鎮めるために各地の州軍が出

動する羽目になっている。
 特に暴動が激しかったサンフランシスコなどでは中華街が焼き討ちに遇い、その火は次々と引火して市街の2割近くが焼け落ちた。

 二人の視界に広がる町並みも人通りが少なく、焼け跡の整理も進んでいない。どうせこの街は日本軍によって踏み荒らされるのだからと

先月あたりから復興作業は中止されてるのだ。実際の話、今造り直しても無駄になる可能性が高い。
 今でも時々日本軍の爆撃機や無人飛行爆弾が飛んでくるし、僅かながらであるが被害も出ている。戦場となればもっと酷いことになるだ

ろう。


 元々日系移民が多く商取引も盛んな西海岸では特にこのような事例が多く、既にカルフォルニア州だけで一万人以上に及ぶ内通容疑者が

逮捕され取り調べを受けている。
 逮捕されなかった容疑者も千名以上に及ぶがそちらの捜査は進んでいない。死人は口をきかないからだ。

 内通の容疑をかけられた者の大部分は誤認逮捕であり濡れ衣を着せられただけだったが、二割弱の逮捕者は日系勢力からなんらかの不当

な利益を‥‥不当かどうかは立証できなくとも帳簿には載っていない、偽札と思われる真新しいドル紙幣の札束や保証書付きの日本産真珠

や保証書のない宝石類、日本帝国の刻印が入った金塊などの財産を持っていた。
 無論のこと逮捕された当人達は潔白を訴えたが、証拠品が出た以上は拘束して取り調べない訳にはいかない。現在の合衆国は黄金(ゴール

ド)の個人所有を禁止しているので、金塊を所有していること自体が犯罪だ。


 「売国奴を許すな」「薄汚い日本人を追い出せ」。合衆国市民の嫌日感情は高まる一方だった。その憎悪は日本と名の付くもの全てに向

けられ、西海岸では米国人が経営する日本料理店が開戦以来閉店中であるにも関わらず暴徒によって取り壊され、シカゴ図書館では図書館

職員有志が日本文学を始めとする日本関連の書籍をかき集め焚書を行った。

 類似の運動は合衆国全土で起きている。
 書物や美術品はもちろん、工業製品や民芸品なども日本関連のものは片っ端から破壊されていた。それは物質だけではなく文化面にも進

もうとしており、各地の学校で学生や教師らが日本関連の資料廃棄運動を押し進めていた。
 これはつまり日本にかかわる全ての資料を廃棄し、それこそ全家庭の辞書から日本という文字を、最終的には概念そのものを抹消しよう

という運動である。

 実際の話、現在の合衆国都市部では中流以上の市民達が各々の家庭にある百科事典などを持ち寄り、日本関係の箇所を切り取ったり塗り

つぶしたりするという「愛国運動」が毎週の日曜午後に行われており、参加を渋る者がいれば最悪焼き討ちに遇いかねない状況になってい

る。
 その過激さは悪名高きKKK団の所業すら穏健に見えるほどだった。

 参加者全員が、この「愛国」行為に心から賛同していた訳ではない。しかし反対や拒否はできなかった。かつてない脅威と国難のなかで

、主流勢力に反するものは即座に裏切り者とみなされ弾圧された。
 合衆国市民達は、少なくとも市民の行動を仕切っている者たちは自主的に互いを見張り密告し、ときには通報する前に「裏切り者」と見

なした者たちを私刑(リンチ)に処した。

 新聞の記事もラジオ番組も、主流派である排日論者・主戦論者・現政府支持者達の声で埋め尽くされた。 
 この時期の合衆国は、大手はもちろん中小規模までマス・コミニケーションの全てが共産主義者に汚染されていた。それも、何処の国に

もいる資本論かぶれなどではなく、ロシアであるいはロシアから来た教官らに厳しく教育され統制された本物のコミュニストにである。
 後の調査で判明するが、日米戦初期の段階で実にその浸透率は二割以上。五人に一人はクレムリンまで繋がっていたのだ。しかも時間を

経るごとにその比率は上がっていた。

 無論、全ての業界人が屈した訳ではない。少数の反骨精神溢れる報道人たちは改造品の無線機を使い、海賊放送という形で真実の‥‥彼

らが正しいと信ずる報道を行っていた。報道する自由を為すために。
 そして彼らの殆どは短時間のうちに檻の中か地面の下に引っ越した。自由の報道を聞いた合衆国市民の大部分は、政府や大手メディアの

発表と違う報道を信用しない自由と、愛国的でない地下放送を受信したことを当局に通報する自由を行使したからだ。

 そして報道媒体でも公共の場でも言いたいことが言えなくなった者たちや、元から言うことができなかった者たちは口をつぐみ災難が自

分の身に降りかからぬことを祈った。
 どうしても我慢がならなくなった少数の者たちは、たとえば「日本人にもある名前だから怪しい、内通者かもしれない、いや内通者だろ

うきっとそうだ、そうに違いない」などという理由で暴徒に焼き討ちを受けた一家の主などは夜な夜な猟銃を片手に町はずれにおもむき、

焚書の焚き火を目当てに発砲するなどの報復行動に出たりしている。
 合衆国内は事実上の内戦状態、その二歩ほど手前にあると言って良かった。


 合衆国政府、少なくともホワイトハウスの住人達はこの狂騒を是認しており、むしろ煽っていた。
 大統領たちに諫言した者もいるが、それらの人物は速やかにホワイトハウスの人員名簿から消えた。真っ先に消えたのは胃潰瘍で入院中

のコーデル・ハル国務長官だったが。
 
 明らかにルーズベルト大統領ら政府首脳は、この戦争を最後まで日本帝国と日本民族への敵意と憎悪を燃料として牽引させるつもりだっ

た。文字通り、地球上から日本と名のつくもの全てを消し去るその日まで。
 無論、その過程には日本帝国の国家解体と民族の抹消も含まれる。意識的な意味でも物理的な意味でも。


 日本人だと、またはそのシンパであると判断された者にとっては最も軽い処分が砂漠の収容所送りなのだ。これでは日系人の戦力化など

不可能であった。
 ハワイの日系移民は幸運だった。少なくともハワイでなら、多少の不自由さえ我慢すれば無事に生きていける。たとえくじ引きの結果輸

送船に魚雷除けのお守りとして乗る羽目になっても、運悪く魚雷が当たるまでは生きていられるのだ。
 魚雷が当たればまず生きていられない。彼らは船体に鎖などで縛り付けられているし、船が沈みかけているときに役立たずの「お守り」

を回収したがる者はとても少ないからだ。


 攻略戦前でこの有り様なのだから、攻略部隊がやってきた戦場では余計酷くなるのは当然だった。
 ハワイ方面では、軍事基地や施設に数名から数十名単位の「勇敢な志願者」たちが人間の盾として入っている。
 この期に及んでも「日系人がいる場所には爆弾や砲弾が来ない」というデマが残っているからだ。志願者達がいようがいまいが、軍事的

に価値のある場所にはこれでもかとばかりに集中攻撃をくらってしまうのだが。
 確かに日系人の居住区や集落には攻撃がこないが、それは軍事的に価値がないからである。試しに日系人集落のど真ん中に対空砲陣地を

移動してみたら即座に攻撃されたので間違いない。



 攻略開始から1月余りが過ぎて、ハワイ戦線は日本軍の勝利が決定しつつある。
 防衛側の合衆国陸海軍は善戦していたが、制空権制海権を握られ増援も補給もこない状況では勝ち目がない。
 どうにかしようにも、オワフ島近海に日本陸海軍の船がひしめいている状態では輸送船団を送ることはできない。一年後ならともかく今

の合衆国海軍にはハワイ周辺の制海権を取り返す戦力がないのだ。

 現在稼働している艦隊空母はヨークタウンとエンタープライズのみ、しかも両方とも大西洋だ。太平洋にあるのは僅か数隻の商船改造護

衛空母のみであり、しかもその護衛空母ですら補充する端から沈められている。
 これでは西海岸の哨戒行動ですら手に余る任務であり、事実として「出れば沈む」状態だった。現在残っている各種護衛空母のうち、四

回以上の出撃経験を持つ船はボーグ1隻のみだ。

 小型機では航続距離が足りず、ハワイへは届かない。かといって大型機を護衛も付けずに出しても撃墜されにいくようなものでしかない


 太平洋に連合国の戦艦は少ない。元から少ないのに8月末に脱出を計ったユタはサンディエゴ沖で被雷して沈み、修理中だったネバダは

真珠湾のドックでへし折れている。
 潜水艦部隊は劣勢の中で奮戦を続けており、少なくない戦果をあげているものの戦局をひっくり返すには到底足りず、巡洋艦デトロイト

率いる水雷戦隊がハワイ沖の日本艦隊へ夜襲を仕掛けたがこちらは戦果らしい戦果を出せぬまま半壊して帰ってきた。 

 それでも合衆国の市民達は、特に海軍の将兵達は希望を失っていなかった。劣勢の中で闘志を失っていなかった。
 合衆国軍は不敗ではなく、合衆国は無敵ではなく、アングロサクソン系コーカソイド人種新教徒は不死身の半神などではない。
 だがそれが何だというのだろう。これは戦争なのだ。
 絶対に勝てる相手と、何をしようと負けようのない相手との戦いが戦いと呼べるだろうか。
 戦争であるからには勝ち負けがあるのは当然であり、今の戦況が思わしくなくとも最後に勝てばそれで良いのである。


 その掲げた正義の輝きがくすまない限り、合衆国人の闘志は尽きることなどない。

 敗走の混乱の中で、最も早くこの事実に気付き兵を叱咤して秩序を回復させ、被害拡大を抑えたのがウィリアム・ハルゼー中将であった

。彼は狼狽する水兵達を怒鳴りつけ、言い放った。

 「聴け野郎ども! 俺達は確かに負けた。だが俺は諦めん。今日の屈辱は百倍にして奴らに返してやる!
 俺は貴様らに難しいことを要求せん。三つだ、たった三つのことだけをやり遂げろ。
 キル・ジャップス!(日本兵を殺せ!) 
 キル・ジャップス!(日本兵を殺せ!)  
 キル・モア・ジャップス!(とにかく日本兵を殺せ!) 
 これだけだ」

 この演説は彼の部下達だけでなく、海戦の敗北に衝撃を受け動揺していた合衆国市民の士気を大いに盛り上げた。
 以来ハルゼー提督は合衆国海軍一の有名人となり、不屈の闘将としてもてはやされている。
 本人としては件の演説は、有名になってしまったシメの部分よりも前半部分の方がより重要だったのだが。

 「奴らをモンキーと呼ぶのは止めろ。奴らが猿なら奴らにやられた俺達はなんなんだ、虫けらか?
 いいか、敵を侮るな、尊敬しろ。
 奴らは、ジャップの雷撃機は水平線の彼方から水面を舐める高度で突っ込んできて、対空砲火の中を艦の1000ヤード手前まで接近し

て魚雷を放っていきやがったぞ。
 貴様にそれができるのか? 
 俺はできん。だから奴らを認める、尊敬する。そして叩き潰す!」

 カルフォルニアだけでなく、今や合衆国48州で「キル・ジャップス!(日本人を殺せ!)」が合衆国市民の合い言葉になり、夜な夜など

ころか真っ昼間から堂々と行われる焚書や文物の破壊といった文化破壊活動の標語と化してしまっている現状はハルゼーにとってさぞや心

外だろう。
 ハルゼー自身は知日派でも親日派でもなく、どちらかといえば日本人は嫌いな方だった。戦争が始まってからは更に嫌いになった。
 それでも敵を知るために、日本の軍事情報や文化なども遅まきながら学んでいる。

 ただ、完全にいなくなった訳ではないが日本や日本軍を侮る者は少なくなった。たとえば合衆国の新聞に載る風刺画の一枚には、丸眼鏡

をかけた出っ歯の巨大ゴリラと戦うアメリカ軍の姿が描かれている。
 相変わらず一般的な合衆国人は日本軍を猿呼ばわりしているが、舐めてかかる者はかなり減った。


 「お前が書いた作戦書は読んだ」
 「どれですか?」
 「ギムレット作戦とかいうやつだ」
 「ああ、はい。どうでしょう? ただ一点を除けば悪くない案だと思いますが」

 墓参りに来ていた二人の男、その年輩の方であるハルゼー中将はこめかみを痙攣させながら言った。

 「突入した部隊の生還は不確実。こんな作戦が作戦と呼べるか」

 この場合の「不確実」とは軍隊風の言い回しであり、一般社会で使われる言葉に訳すと「奇跡が起きない限り生還者は出ない」という意

味になる。

 「ですが、現状では唯一日本軍に痛手を与えられる作戦です。ブッシュマスター作戦もさほどの効果はあがりませんでしたし」
 「効果なんぞ最初から期待しとらんだろうが、お前は」
 「はい。それが何か?」

 ハルゼーの前に立つ中年男は怜悧な頭脳と穏和な物腰を持つ、有能な参謀将校だった。つい2年前までは。
 いや2年前の秋からも有能な参謀であることは間違いない。



 ハワイ戦線を消化試合気味に安定させた日本軍はその勢いのままアメリカ西海岸まで押し寄せてきた。それは明らかに急ぎすぎの軍事行

動であり、日本軍にも余裕がないことを伺わせるに充分だった。
 日本軍の本土攻略部隊を迎え撃つために、合衆国陸海軍‥‥正確に言うとこの中佐は連動する幾つかの作戦案戦術案を立て、準備に勤し

んできた。

 その作戦の骨子は極めて単純である。カルフォルニア州に点在する航空基地に航続距離の長い機体を出来るだけ用意して、日本艦隊を発

見したらそこへ一斉に向かわせる。それだけだ。
 一斉に、といっても全ての基地から全機同時発進などできる訳もないし、できたとしても基地の位置や機体性能、気流の状態や搭乗員の

技量などで大幅にズレが発生する。
 つまり敵から見れば数機から十数機の攻撃隊が多方向から絶え間なく押し寄せる展開になる。

 確かに日本海軍は精強だろう。だが所詮人は人であり機械は機械に過ぎない。どんなヘボ相手でも出撃しないことには敵機は迎撃できず

、燃料を消費しなくては飛ぶことはできず、弾を撃たないことには撃墜できないのだ。
 そしてどんな名機も飛べばその度に補給と整備が必要で、ベテランの搭乗員でも疲労は溜まる。いつかは限界がくるのだ。

 兵器と兵員の質で劣る迎撃側が、日本軍の本土侵攻を食い止めるにはこの一斉飽和攻撃に賭けるしかない。
 日本側の制空権、上陸支援能力、陸上部隊、補給物資、兵站能力、そして士気。これらのどれか一つでも破綻させることができれば状況

はぐっと楽になる。
 たとえ撤退に追い込めなくとも橋頭堡の確保を遅らせることができれば、上陸と占領の速度を遅らせることができれば補給線が短い合衆

国側が有利となるだろう。

 後がない合衆国陸海軍はこの作戦案を採用。西海岸地域からの工場や住民の疎開と合わせて大車輪で準備した。
 飛行基地を拡張あるいは新設して運用できる機体を増やすだけでなく、促成栽培で最低限必要な能力を持った搭乗員を量産して用意した

のだ。

 促成栽培だからまともな腕の飛行機乗りではないが、妥協するしかなかった。
 とにかく無事に飛んで、帰って、着陸する技量があれば良し。急降下や空中戦の技術など必要なし。
 彼らは半ば囮であり、弾避けなのだ。敵艦の撃沈など期待していない。しかしたとえ機銃掃射でも簡易焼夷弾でも、輸送船を火達磨にし

たり駆逐艦に魚雷や爆雷を捨てさせるぐらいの戦果は望める。
 それらの戦果が積み上がれば、日本軍に音を上げさせることもできるだろう。

 洋上航法ができるに越したことはないが、駄目なら駄目で良い。先導機や後方の司令所からでも大雑把な方向指示はできるし、最悪の場

合、探しても敵が見つからなければ爆弾を捨てて帰ってくれば良いのだ。無事帰ってくれればまた出撃できる。
 故に、用意されている機体には必ず電波式の方位計が取り付けられ、搭乗員たちにはたとえなにがあろうと燃料が厳しくなれば西海岸か

らの電波をたどって帰還するように厳命されていた。
 もちろん軍直営の放送局は24時間体制で電波を流し続けている。その電波を頼りに新米飛行機乗りたちは日本艦隊を目指した。


 酷い作戦もあったものだが、戦艦も空母も足りず潜水艦も数が減る一方の合衆国が手早く拡充できる戦力は、もはや航空機しかなかった


 陸軍にしても火砲や重装備の量産には時間が必要だ。日本軍の97式中戦車と互角以上に戦える筈の新型戦車は未だに完成していない。

 もし、もしも合衆国の魚雷が開戦前からまともな代物だったなら何隻もの潜水艦が生き延びられた。それに乗っていた優秀な潜水艦乗り

たちも。彼らの無念を思うと中佐も腸が煮えくりかえる。
 彼も激昴したニミッツ長官の殴り込みを止めたものたちの一人だが、それは軍人の矜持ゆえにであった。計画殺人ならまだしも衝動に任

せた突発的殺人など軍人のやることではない。  


 計画的に効率よく、どうしても避けられない必要最小限の味方を、戦果と引き替えに殺す。その方法を考えるのが参謀の役割だ。
 故に彼が立てた作戦は航空機による飽和攻撃だけではない。
 ブッシュマスター作戦とは、魚雷艇を潅木などに潜む毒蛇に見立てた命名だ。

 一斉飽和攻撃は一度だけでは終わらない。日本軍が西海岸にいるかぎり行われる。たとえその上陸を防げなくてもだ。
 小型漁船改造の魚雷艇や爆薬を搭載した動力ボートの群を、上陸態勢に入った日本艦隊に向け一斉に突入させる。もちろん数しか取り得

のない突入部隊はろくな成果をあげられないだろう。
 しかし日本軍をたじろがせ、煩わせることはできる。

 彼らが怯んだところへ、今度は大陸奥側の遠隔地から飽和攻撃部隊が飛来する。カルフォルニア州の奥地やユタ州オレゴン州などに待機

させてある攻撃部隊を移動させるのだ。
 潜水艦、陸上砲台、水上自爆ボート、航空機。それらの一斉攻撃は確実に日本軍を消耗させる筈だった。少なくとも今度の魚雷は当たれ

ば必ず爆発する。

 このなかでは急造魚雷艇や自爆ボートは囮の役割が大きく、戦果は特に期待されていない。発案した者にすらも。
 爆薬を搭載したボートを操る操縦員たちは敵艦へ突入する直前に海へ飛び込むことになっているし救命胴衣も与えられているが、戦闘中

の海に飛び込むこと自体が危険行為だ。
 というか、まず敵艦に接近すること自体が難しい。その生還率は怖ろしく低い。だが発案者はそれを許容できる水準の損失と捉えていた



 合衆国人の機械への素養は高い。元気な若者なら自動車に乗れない人間の方が少数派だろう。つまり誰でもトラックなどの運転手が務ま

る。
 同じく操作が簡単な、小型で安価な動力ボートならそこらへんの若者を集めて何日か訓練すれば使えるようになるのだ。
 ボートは適当に調達できる。丈夫な船体にトラックの発動機を積みスクリューをつけ燃料タンクその他と爆薬を載せれば良いのだ。ボー

トも人間も、合衆国の国力ならいくらでも用意できる。
 これまでの全ての自爆ボート部隊の損失を合計しても、たかが三百か四百名が死ぬか行方不明となっただけではないか。もし無駄弾で終

わっても合衆国全体から見れば取り返しのつく被害でしかない。


 「外道にも程があるな、おい」
 「提督は依然変わりなく、特殊攻撃部隊に反対し続けてください。同意などされては声望に傷が付きますから」
 「心配いらん。俺は今でも反対だ」

 未来ある若者を死地に追いやる。それは戦争では当然のことではあるが、それでも守られるべき一線はあるべきだ。
 古風な男であるハルゼーはそう思っている。思っているし人命を使い捨てにする作戦には反対している。だが軍人なので命令には従う。

 「まったく、どこからこんな作戦思いついたんだ」
 「ミニットマンの像ですよ。『人々よ鍬を捨て銃を取れ』」

 市民が各個に武装し、己の力と判断で生命・財産・尊厳を守る。それは合衆国の国是である。一説によれば、合衆国人が世界人口に占め

る割合は5%弱であるが合衆国内に存在する銃器は世界の半分以上だと言われている。
 都市部はともかく、ちょっと田舎に行けば誰でも銃を持っているのがこの国だ。どこの家庭でも、納屋やガレージには古びた猟銃や拳銃

が2丁や3丁は置いてある。
 都市部にだって銃砲店はあるし、用心のための散弾銃をカウンターの裏へ置いていない小売店の方が少数派だ。


 合衆国にはミニットマン(民兵)の伝統がある。市民は農奴ではない、故に武装して自らを守る権利がある。
 この中佐は怜悧な頭脳の持ち主であり、日本軍の上陸と
15:峯田太郎 :

2014/04/30 (Wed) 14:54:42

 合衆国にはミニットマン(民兵)の伝統がある。市民は農奴ではない、故に武装して自らを守る権利がある。
 この中佐は怜悧な頭脳の持ち主であり、日本軍の上陸と侵攻を防ぐことが難しいことを悟っていた。
 防げないのならば罠にかける。その結論に達するのは当然である。

 「合衆国は自由の国、そして世界一の工業国です。つまり至るところに銃と工具と燃料と爆発物があり、それらを扱える人間がいるので

すよ。誇り高く自立心に富み武装した人々が至るところにいる、侵略するにこれほど適していない土地も珍しいでしょう」
 「市民に犠牲を強いるのか、志願兵だけでは足りずに」
 「日本軍はその伝統的文化的に、無辜の民へ過度の仕打ちはしませんよ。彼らほど民衆の怒りを、その怖さを知っている軍隊はありませ

んから。
 その分無辜ではない者に対する仕打ちは冷酷になるのですが、それはまあ致し方ないでしょう」

 人を撃つ自由は人に撃たれる自由でもある。侵略者とはいえ軍隊に発砲しておいて反撃されたら虐殺だと言い張るのは‥‥まあ、この国

では日常茶飯事だった。
 合衆国では事の正邪は裁判所で決めるものだし、合衆国の裁判はごく僅かな例外を除いてより高額の報酬を弁護士に支払った方が勝つの

だ。
 最終的に戦争に勝ちさえすれば良い。あと一年間戦争を続けることさえできれば合衆国の勝利は確実だ。勝てばあとはなんとでもなる。


 中佐は、戦争を終わらせるものは国民の納得であると考えていた。少なくとも日本人相手の戦争ではそうなると、二度の日本滞在で考え

るようになった。
 もしもこの戦争が、両国の中枢が望んで始めた戦争ならば終わらせることができるのは国民だけだろう。日本人ならそう考える。
 と、言うか日本が合衆国に勝てるとしたらそれしかない。
 日清日露と同じく、国力で優る敵に対し戦術的作戦的な勝利を積み重ねたうえで後方を攪乱し、継戦意欲を損なわせる。そこからが勝負

所だ。

 では合衆国はどう戦うべきか。ひたすら守りを固めて反撃できる戦力が揃うまで待つべきだろうか?
 そうできるならそうしたいが、おそらくは無理だ。こちらからも殴り返さなくては士気が持たない。士気が崩れたらもう戦争は続けられ

ない。合衆国の市民達が「この戦争は負けだ」と納得してしまう。
 
 故に、納得などさせてはならない。今更止める訳にはいかないと思い詰める所まで追い込まねばならない。両国の国民を。
 そのために、なるべく短時間で派手に容赦なく血を流させる。そして流した血に見合うだけの成果を、国益をもぎ取れと国民に唱えさせ

るのだ。
 合衆国の勝機はそこにしかない。戦いを長引かせることが勝利への道なのだ。
 短期決戦では勝てないが長期戦に持ち込めば勝てる。そして勝てば全てが手に入る。

 合衆国はドイツとは違う。象でも恐竜でも、巨体の生き物ほど転んだときに負う傷は大きいのだ。一度倒れた合衆国が再び立ち上がるこ

とは不可能ではないが、大変な労力を必要とすることは間違いない。
 ドイツ人達は20年でやったが、合衆国人たちに同じ事ができるかどうか。やはり無理をしてでも勝つ方が選択肢として無難だ。

 勝てば西欧を英国が、東欧をロシアが、極東をチャイナが、そしてその他の全てを合衆国が手に入れる。


 「なあ、この戦争の根本的原因はチャイナ問題だったよな?」
 「大元をたどるとそうなりますね。マンチュリアを直接的に、そしてチャイナをそれと比較すれば間接的に勢力圏に入れようとした日本

と、二つとも影響下に置こうとした合衆国との利害対立が原因です」


 結局の所、戦争の原因は99.9%経済だ。食えないから、あるいはもっと儲けたいから戦争に走るのだ。
 
 「チャイナの資源や市場って、そこまで魅力的か? 何万何十万何百万の兵隊や市民を死なせてまで手に入れないといかんのか?」
 「発端やその形はどうあれ、手に入れるべきです。さもなくばまた大恐慌が起こるでしょう」


 1929年10月24日に起きた大恐慌は、結局は需要が供給に追い付かなくなった事が原因だ。それまでの世界構造では供給が需要を

追い続けるものだったが、今世紀になって合衆国の生産力は人類文明の需要を満たしきってしまった。
 需要を満たしてしまったために供給過多に陥り、物の価格が維持できなくって経済が破綻した。大恐慌の本質とはそんなものだ。
 そして、今は戦争により経済は持ち直した。戦後も復興が続くうちは大丈夫だ。

 だが、放置しておけば必ず次の大恐慌が起きる。

 「だからこそ新たな市場が必要なのです。合衆国の生産力を吸収するために。チャイナとインドと東南アジアを市場とすれば、半世紀や

そこらは持つでしょう。適切な範囲内で戦争を起こし続け新たな需要を作り続ければ、100年でも200年でも大丈夫な筈です」
 「適切な範囲、か」
 「はい。まあ、10年程度の時間をおいてそこそこの規模で戦争を行えばなんとかなるでしょう」
 「その度に若い者が死んでいくのか。やりきれんな」
 「アレクサンドロス大王は言ったそうですよ、 こんな強力な兵器を使って戦争を続けたならば世界が滅んでしまうだろう 、と。彼が

見た物は革紐の束を捻って飛ばす方式の投石機械(カタパルト)だった訳ですが」


 中佐は語る。誰が嘆こうが喚こうが、戦争は起きる。いつか誰かが本当に世界を滅ぼしてしまう兵器を開発するまでは、と。
 使えば世界丸ごと滅ぼしてしまう究極兵器。
 それが開発され実用化されたならしばらくの間は、大きな戦争は起きなくなるだろう。たった一回分だけ、その究極兵器を使った全面戦

争を計算に入れなければの話だが。

 「なあ、エド」
 「何ですか提督?」
 「お前は憎んでるのか、この国を」
 「まさか。私は愛国者ですよ」

 太平洋艦隊情報主任参謀エドウィン・T・レイトン中佐は心外そうな顔をした。納得していなさそうな顔つきの上官を納得させるべく彼

は言葉を続ける。

 「確かに妻と息子は天に召されました。あの愚かしい騒ぎで」
 「憎くはないか、宇宙人が襲撃してきたと放送した馬鹿も、それを信じ込んだ馬鹿も、馬鹿の起こした騒ぎに便乗した下衆も」

 1938年10月30日、あるアナウンサーがラジオ番組に斬新な演出を加えて放送した。そして彼にとっても予想外の反応が起きた。
 そのドラマの臨場感があまりにも優れていたが故に、ラジオ聴者たちがパニックを起こしたのだ。
 サンフランシスコ市でも暴動が起き、結果的に数百人の死傷者が出た。その中には当時大尉だったレイトンの妻と息子も含まれていた。
 二人は野球場からの帰り道で暴動に遭遇し、騒ぎに便乗した強盗に襲われ10ドルにも満たない現金を奪うために殺された。


 「ウェルズ氏は法の裁きを受けました、直接の犯人は警官に射殺されています。私が憎むべきは無知と貧困とそれが生み出した犯罪であ

って合衆国ではありません」
 「だが、この国以外でならまず起きなかった事件だ」
 「まあ、たとえば日本などでは起きなかったでしょう。単身赴任などするものではありませんね、あのとき無理にでも日本へ同行させて

いればと思ったこともあります。無意味な思考だと分かってはいるのですが」

 全米で2万人近い死者を出した大事件であるだけに、前述のラジオドラマを放送した放送局と制作者は処罰された。
 脚本を書いた、原作者と同じ名を持つ男は禁固8年の刑に処されている。

 事件のあった時期、レイトン大尉は駐日大使館海軍武官補として日本にいた。
 彼が東京や横須賀で見聞したものを分析してまとめた「レイトン・レポート」は日本の急激すぎる発展と軍備拡大について警鐘をならす

ものだったが、当時の合衆国海軍上層部の脳内にあった日本像と違いすぎたため一部の人間以外には無視された。


 「あれを大統領が読んでいりゃあな」
 「読んでますよ? 我らがFDRは」

 何だと? と眉をつり上げる上官にレイトン中佐は涼やかな声で尋ねた。

 「提督はアーネスト・デニガンという男をご存じですか?」
 「いや、聞いたことがない名前だが何者だ?」
 「私のハイスクールの後輩です。なかなかに弁の立つ男でした」
 「‥‥で、そのデニガンとやらがどうしたんだ?」
 「つい先日知ったのですが、彼は現在大統領補佐官をしておりまして、二年前に私のレポートを手に入れてFDRやその側近達に見せた

そうです」

 
 墓地の外れに沈黙が降りる。つまりは、レイトン中佐はこう言っているのだ。自分の報告書を読んだからこそ、理解したからこそルーズ

ベルト大統領は対日姿勢を強硬なものとしたのだと。
 実を言うとこれはデニガン補佐官個人の見解とは異なる。アーネスト・デニガンはルーズベルト大統領の「限定された奇行」を一種の知

能障害だと受け取っているからだ。



 二人の頭上に陰がさした。上空を何機もの大型機が列を成して飛んでいる。

 「見慣れない機体ですね」
 「あれはコンソリデーテッドの新型だ」

 二人の頭上を飛んでいく四発大型機B24は、陸軍航空軍の主力大型爆撃機となるべくして開発された新鋭機である。まだ完成度の低い

初期量産型ではあるが、その高性能を見込んで実戦配備と改良型の開発が進められている。

 「あいつらが頼りだからな」

 現在西海岸へ上陸中の日本軍へ攻撃を続けている航空戦力の主力は陸軍機である。海軍航空隊は太平洋で消耗し過ぎた。
 B17やB24のような大型四発機はもちろん、B25やA20のような足の長い双発機、なかにはB10のような明らかに旧式の爆撃

機までもが燃料タンクを増設されて任務に就いていた。


 「提督、燃えてます」
 「またか!」

 二人の頭上で一機のB24が火を噴き、火達磨となって墜落していく。搭乗員たちが脱出する暇もない。

 「ええい、だからもっと厳しく取り締まれと言ったんだ! 陸軍の泥亀野郎が!」

 何らかの不具合が、おそらくは樹脂で固めていた燃料缶の蓋が外れるか何かして中身が爆弾槽に漏れ、機体内の火花が引火したのだ。あ

るいは何かの不具合で触媒を包む保護材が破れていて漏れた燃料が染み込んだのかもしれない。


 現在の西海岸には砲弾も爆弾も不足してる。いくら作っても必要量には足りていない。
 で、創意工夫の精神に満ちた合衆国の若者達は、投下すべき爆弾の代用品を作り始めた。そのなかでも特に問題があるのが粗製焼夷弾で

ある。

 これはいわゆるジュリー缶、24リットルほど入るブリキの四角い燃料缶にガソリン・灯油・重油・廃糖蜜・屑アルミの粉末などを混ぜ

て入れ、缶の表面にガソリンに反応して発火する物質入りの袋を貼り付けておくだけの代物である。
 敵艦などを見つけたら、上空からこれをばらまくのだ。当然ながら、ばらまかれた燃料缶は落下して海面や敵艦に激突し、炎上する。
 こんなものでも燃料や爆発物を満載している空母や、魚雷が甲板もしくは甲板近くにある駆逐艦にとっては脅威となる。脆くて動きの遅

い輸送船、特に燃料を積んでいるオイルタンカーはいうまでもない。

 水平爆撃の命中率は低いと分かっていても、爆撃されれば回避したくなるのが人情だ。下手な爆撃も数が多ければ当たることもある。
 それが攻撃側の狙いである。一々回避行動や敵機の排除を行えばその分輸送船の船員も戦闘機搭乗員も、確実に疲労する。日本人は人間

なのだから。
 人間である限り、物理面精神面での疲労はその戦闘力をそぎ取っていく。戦闘力が落ちれば誰かの攻撃が当たる。爆弾や魚雷が当たれば

日本兵は死ぬ。彼らは所詮人間なのだ。


 元はと言えば、爆弾の不足から只の鉄屑を爆弾に混ぜて投下し始めたのが始まりである。
 大型爆撃機が遙か上空から撒き散らす小型爆弾が、その半分が信管も付いていないガラクタであったとしても狙われる方は全て避けなく

てはならない。どれが本物かは、落とされる側からみれば命中してはじめて分かるからだ。

 つまり同じ量の爆弾で二倍攻撃できることになる。潜水艦と戦う護衛艦艇が、潜水艦への牽制や脅しに爆雷ではなく適当なガラクタを水

中に投下する事があるのと同じ理屈だ。
 本物の爆雷も只のガラクタも、投下した瞬間は潜水艦にはどちらか分からない。分からないから本物の爆雷だと考えて対応するしかない

。故に爆雷を使い切ってしまった駆逐艦や節約したい哨戒艇がガラクタを投下することも立派に戦術だ。

 一度爆弾の水増しが増えれば、「只のガラクタだけではなく、もっと威力のある物を投下してみよう」という流れになるのは当然だった

。簡単に安上がりに作れる大型火炎瓶を爆弾の代わりにしてみようとするのは、ある意味ごく普通の発想だった。
 トラックに河原の砂利を貼り付けただけの「装甲車」や、実験室の硝子製フラスコにニトログリセリンを詰めてトリモチで被っただけの

「粘着式手榴弾」を開発して配備してしまった某大英帝国よりはまだ、正気を保った兵器だと言える。


 粗製濫造の手作り兵器である、このような事故は頻繁に起きている。起きてはいるがそれでも使われ続けていた。陸海軍の当局は航空隊

が不正規品爆弾の使用を禁止していたが、それでも使おうとする者は後を絶たなかった。
 祖国を、故郷を、家族を守りたい。迫り来る専制君主の軍勢に一矢報いたい。その想いが勇敢な合衆国青年達に多少の危険性から目を背

けさせているのだ。
 ハルゼーあたりに言わせると、敵弾が一発当たっただけで火達磨になりかねないものを爆撃機に積む時点で間違っている訳だが、人間の

取る行動が理屈の正しさで決まるのなら戦争など起きる訳もない。


 「ここまでして戦争をやらなきゃいかんのか」
 「正義の実現のためには致し方ないでしょう」

 燃えながら目の前の海に落ちていく爆撃機を目にしても、中佐の眉は全く動かなかった。大型爆撃機1機と10人の飛行機乗りが惜しく

ない訳ではないが、その程度の損害では彼の心は揺さぶられることはない。

 「正義、正義か。いつか起きるかもしれない大恐慌を防ぐことが、か」
 「そうです。合衆国市民はすべからく週末は野球場に行き、ガールフレンドや妻や息子にピーナッツとクラッカージャックを買ってやり

、問題なく家に帰れるよう自家用車を持てる生活の余裕が与えられるべきです。
 それが永遠に続くためには常に新たな市場が必要です。我々の市場を荒らす者は誰であろうと叩き潰さなくてはなりません。
 それが合衆国の正義というものです」


 誰だってそうだ。週に一度は休日が欲しいし休日にはゆっくりしたい。ラジオで野球中継を聴くよりも、野球場へ行って観戦したい。ガ

ールフレンドや息子には、ソーダ水とピーナッツと駄菓子を買ってやりたい。
 買ってやっても帰りの足を気にする必要のない暮らしを、誰もが自家用車を購入し維持できる暮らしがしたいのだ。

 誰もがそう思った。
 きっと日本人たちもそうなのだろう。彼らも週末には野球場に行って、煎餅やキャラメル片手に野球見物がしたいのだ。
 彼らは人間なのだから。


 そして大恐慌が起きた。あまりにも豊かになりすぎた社会を、豊かではなかった社会をまとめていた理念で動かそうとしたが故に。
 過ちは修正されねばならない。あの惨劇を二度と繰り返してはならないのだ。

 そのためには広い市場と新たな投資先が必要で、この地球は合衆国と日本帝国が住み分けられるほどには広くない。故に戦わなくてはな

らない。どちらかがどちらかを決定的に打ちのめすまで。
 そしてその戦いは、武器を使わない段階では日本側が優位に立っていた。日本経済は30年代前期から中期にかけて回復期に入っており

、しかも加速度をつけて成長し続けていた。
 自由経済を政府の積極介入により発展させるという奇妙な経済政策は、前大戦期とその後の合衆国ですら及ばない速度で日本を繁栄の上

昇気流に乗せていて、現在と同じ手段ではその優位を覆すことは難しいと二年前のレイトン中佐は報告書のまとめに書いた。

 そしてその直後にFDRことフランクリン・デラノ・ルーズベルト大統領は蒋介石率いる国民党への支援を大幅強化し、傭兵部隊を編制

してチャイナ戦線へと送り込んだ。

 歴史とは一人の軍人が動かせるようなものではない。だから彼の行動が戦争を引き起こした訳ではない。
 全くの無関係だとも言い難いが。


 「それがお前にとっての正義か、女房子供に野球場でピーナッツを買ってやることが」
 「ええ。正確には合衆国の全市民がそうできる状態であることが、です」

 もう自分にはできませんがね、とレイトン中佐は寂しげな顔をした。
 野球好きだった妻と息子を、球場へ連れて行くことすらもう彼にはできない。二人が今いる場所には、天国にはピーナッツとクラッカー

ジャックがあるだろうし野球試合も見放題だろうからその点の心配はしていないが。

 ある筈なのだ、天国には。聖書にも「天国に涙はない、主が全てぬぐい取ってくださる」と書いてある。
 だから天国には駄菓子を買ってくれと泣く子供はいない訳であり、ということは天国では何時でも駄菓子が手に入るのだ。
 祖国を、妻と息子が愛していたこの国を天国に少しでも近づける。それがレイトン中佐の望みだった。
 だから合衆国は永久に栄えなくてはならない。
 故に日本帝国は滅びなくてはならない。最低でも合衆国の覇権と繁栄を脅かす力を、未来永劫に持たせてはならない。


 「エド。これが最後になるだろうから正直に言うぞ」
 「なんでしょうか、提督」
 「時々な、お前と話していると悪魔が実在するんじゃないかって思えてくる」
 「是非とも実在していて欲しいものですね、そうしたら私は悪魔から魂を買い叩いてやれるのですが」

 だって魂一つを売るだけで悪魔は望みを叶えてくれるのでしょう? ならば魂を山のように買い占めて悪魔をこき使えば、どれほどの望

みが叶うのでしょうね。
 そう言って、エドウィン・トーマス・レイトン中佐はにこやかに笑った。



・・・・・



 ネリー・ケリーは野球好き
 選手の名前もみんな憶えてて
 試合のある日は「フレー!」と叫んでる

 彼氏のジョーと遊園地
 だけどすぐにご機嫌斜め
 彼に向ってこう叫ぶのさ

 私を野球に連れてって 観客席へ連れてって
 ピーナッツとクラッカージャックも買って頂戴
 家に帰れなくったってかまわない




・・・・・



 悪魔の話をすると悪魔がやってくる、という言葉もある。
 悪魔に魅入られた訳ではないだろうが、その日のエドウィン・T・レイトン中佐は普段の注意力を欠いていた。
 普段の彼なら絶対にしないことを立て続けにしでかしてしまったのだ。

 彼の過ちは、上官と別れて墓地から出ようとしたとき、誰かが墓石の陰に隠れていることに直前まで気づかなかったこと。
 そしてそのことを不審に思わず、警戒しなかったこと。
 その人物が、墓標の前で跪いていたが祈りを捧げていた訳ではなかった小柄な老婦人が立ち上がり、彼女の横を通り去ろうとした彼に「

失礼、レイトン中佐ですね?」と訊ねたとき、反射的に「はい、そうです」と答えてしまったことだった。





 合衆国の永続と繁栄の希望を抱いたまま、レイトン中佐はこの日死んだ。享年37歳。
 銃声を聞きつけ駆けつけたハルゼー提督が抱き起こしたときには、既に事切れていた。

 彼を隠し持っていた散弾銃で撃ち殺した老婆はハルゼー提督の誰何の呼びかけを聞いた瞬間にその場から離脱、レイトン中佐の運転手を

務めていた下士官と銃撃戦の末乗用車を奪い逃走する。
 彼女は半日後に国道沿いのドラッグストアに立て籠もっているところを包囲した警官隊に狙撃されるが、それまでに警察官2名を含む1

1人もの人間を射殺していた。
 その後の調査で、知人からの証言や自宅から発見された遺書などから、この老婆がレイトン中佐の発案した特殊攻撃作戦に参加した若者

の遺族であることが判明した。

 彼女は直接孫を殺した日本軍よりも、非道極まりない作戦の立案者であるレイトン中佐の方を仇として憎み、亡夫の愛用していた散弾銃

の銃身を切りつめてスカートの下に忍ばせ、その日墓地に向かったのだ。
 なぜ彼女が軍機である筈のレイトン中佐の職務内容を知っていたのか、なぜその行動予定を知っていたのかは現在に至るも不明であり、

何者かの示唆による暗殺ではないかと疑われている。
 




 ウィリアム・フレデリック・ハルゼー元帥(当時中将)は、1940年10月27日のサンフランシスコ沖海戦にて戦艦ワシントンに乗り

込み陣頭指揮をとった。
 「ギムレット作戦」、貨物船にハリボテを貼り付けた偽装空母を囮にして敵の注意を北方へと引き寄せた上で、なけなしの戦艦部隊を敵

陣へ突撃させる作戦を採用し敢行したのだ。
 後に「ブルズ・チャージ」と呼ばれたこの突撃は日本軍の油断と混乱に付け込んで幾重もの警戒線を突破した。
 その結果、ノースカロライナ級戦艦ワシントンはこの日の海戦で空母赤城、加賀、翠竜、戦艦比叡、榛名、剣を撃沈。空母翔鶴、戦艦陸

奥を大破、その他大小の艦艇を撃沈または撃破した。

 この日、3時間余りの海戦で日本陸海軍は前述の艦艇とあわせ特殊機母艦大井・北上、巡洋艦高雄、特設母艦日光丸など25隻合計で3

1万7千トンに及ぶ沈没艦を出した。その大半はワシントンただ一隻によるものである。
 撃沈や大破は免れたものの中小破した艦艇や、恐慌状態に陥った上陸船団の無秩序な退避行動を原因とする事故・同士討ちなどにより何

らかの損害を受けた船舶は合計で100万トン近くに及ぶ。

 そしてニュージャージー生まれの典型的アメリカ漢が乗った、国父の名を冠した戦艦はその名に恥じぬ大暴れの末に爆沈した。
 なお、これは戦艦長門の放った主砲弾がワシントンの舷側装甲帯を貫通した結果だと言われていたが、近年の再調査でそれ以前に発生し

ていた内部火災が弾薬庫へ引火した可能性が高いことが解っている。
 海戦終了後に救助されたワシントンの生存者は6名。

 無論のこと、「ハルゼーの量産に成功していれば米国は勝っていた」という歴史ジョークの元となった男は、その中に含まれていない。




続く。


16:峯田太郎 :

2014/09/15 (Mon) 15:45:14







              『その十四、とある老教師の午後』





 やあやあ、みんな久しぶり。あけましておめでとう。
 うん、今年もよろしく頼むよ。

 お土産? 茶菓子かね。丁度良い、お茶にしようじゃないか。
 たしかそっちに先月買った紅茶の缶が‥‥。
 あ、僕のは砂糖を入れないでくれたまえ。
 うん、この饅頭は猛烈に甘いからね、甘くない飲み物の方が合うと思うよ。

 ははっ 確かに気の利いた名前じゃないが、分かり易くて良いじゃないか「ソコトラ饅頭」ってのも。
 ああ、もう四十年近く前になるが行ったことがあるよ。インド洋のガラパゴスとはよく言ったものだね。機会が有ればまた行きたいぐらいだよ。
 駐在研究所のギースラー教授は‥‥うん、元気なのは解っているよ。うん。今でもクリスマスカードと年賀状のやりとりはしているからね。彼とももう20年は会っていないなあ。

 いや、饅頭ができたのは精々十年ほど前だよ、日本人観光客に売れるものが欲しいと手紙で相談されてね。
 あのときは昭和の御代でもあるまいし饅頭なんて、と娘にまでくさされたが今ではあの島を訪れた日本人の殆どがお土産に買って帰っているそうじゃないか。ありふれているというのは、それだけでも充分価値があるものだよ。


 ‥‥饅頭の味は変わらないな。あの島の自然にも変わらないで欲しいがそうもいかんだろうね。
 良し悪しの問題ではなく、変わらない筈がないのだよ。ロストワールドはそう簡単に成立しないからね。

 いや、特定の条件下でなら太古の生物層がそっくりそのまま残された地域が実在することも有り得るよ? 現実世界でもね。
 身近な場所で言えば南西諸島や、この日本列島だってある意味ロストワールドと言えるからね。
 恐竜がいるような大掛かりなロストワールドは現存していないが‥‥大型両生類や単弓類や偽鰐類が闊歩する、恐竜にとってのロストワールドなら白亜紀に実在したという説があったね、そう言えば。
 詳しいことは今後の発掘調査待ちだが、なんとも浪漫のある話じゃないか。


 で、饅頭だけが土産じゃあるまい? 
 旅の土産と来たら思い出話に決まっているだろう。さあさあ話してくれたまえ。君はソコトラ島で何を見て、何が印象に残ったかね?

 ほほう、霹氷海岸の戦車。マチルダ重戦車に98式軽戦車が追突したやつかね、うんうん。
 ん? あの戦車は二輌とも本物だよ。砂浜に置いてある97式戦車は撮影用に作られたハリボテだがね。
 ハリボテを組んだのもトラクターで引っ張ったのも僕だし、英国軍の元戦車兵に聞き取り調査をしたのも僕だ。間違えようがない。
 初耳? そういや映画のことは君達に話してなかったかな?

 ああ、うん、ソコトラ島攻略戦で空母赤城と加賀が舷側砲で支援砲撃したのは本当だよ。映画のように戦車隊と撃ち合ったりはしなかったがね。
 いや、それは前提に無理があるよ。わさわざ敵戦車の砲弾が届く距離まで接近する必要が海軍側にはないじゃないか。
 20センチ砲なら、戦車砲の反撃が届かない遠距離からでも大概の戦車を潰せるんじゃないかね?
 現場の航空優勢は確実に取れていたのだから、砲艦の真似事をするにしてもあえて海岸まで接近することもあるまい。

 死過重だと言われていた両空母の両舷砲だが、あの瞬間には有用だったよ。
 それがサンフランシスコ沖の悲劇を招く一因となってしまったのは歴史の皮肉だがね。ソコトラでの「空母による艦砲射撃」という前例が小沢提督の判断に影響を与えたことは間違いない。
 成功体験という甘い罠に克つのは本当に難しいのだよ。



 もしも、蒲生大尉の突撃が間に合わなかった場合、かね?
 歴史にIFはない‥‥が、もしそうなっていたら、たとえば蒲生車のエンジンが本来の歴史より一分早く止まってしまったら、大惨事になっていたかもしれないね。
 あのとき霹氷海岸から目と鼻の先の浜辺には、燃料の入ったドラム缶と武器弾薬の箱が山と積み上げられていた。もし橋頭堡にまで英軍戦車が迫り機関銃弾で爆発物の山を掃射されていたら、上陸したばかりの第9軍司令部までまとめて吹き飛んでいただろう。

 もしもそうなったら、ソコトラ島の連合軍部隊は一月や二月は持ちこたえていたかもしれない。
 補給や援軍がないから霹氷作戦が失敗したとしても、連合軍が協定軍を海に追い落とすことは無理だろうが、それでも皇軍の進撃に多少の狂いが生じていただろう。

 大規模な影響は出ないよ。
 40年9月の状況ではたとえ第9軍とソコトラ島攻略艦隊が全滅したところでインド洋の覇権は覆りようがない。
 その時点で既にアンザック同盟は元宗主国に三行半突き付けて協定諸国に鞍替えしているし、セイロン島もマダガスカル島も協定国かその同調勢力により制圧済みだ。


 南アフリカのボーア人達による蜂起は失敗したが、あれは時期が悪すぎた。せめてあと二ヶ月遅らせていれば‥‥そういう展開にした架空戦記があった? 日本の作家かね? 南アフリカ戦線ものとは珍しい。

 ‥‥いつの間にか戦記じゃなくって冒険ものになったから読むのを止めた?

 まあ、人気商売だからねえああいうものも。
 誰得というのかねえ、昔の剣豪もの時代小説にもあったよ、お家騒動の話がいつのまにか陰謀劇の方に主軸が移っちゃって主人公が交代したのが、あれは何というタイトルだったかな? 忘れてしまった。


 そういう訳でソコトラ島の連合軍が史実より何ヶ月か長く粘ったところで、インド洋における皇国‥‥協定軍の優位は変わらない。
 しかしソコトラ島攻略で躓けば、第三機動部隊がカルフォルニアの戦いに間に合わなくなっていただろう。

 米本土上陸作戦における赤城、加賀の活躍は世に知られている通りだからねえ。攻略部隊はより苦戦しただろう。
 もしかしたら第三機動部隊が間に合わなければ、上陸作戦自体が延期されていたかもしれない。
 そうなれば君がお気に入りな無尾翼戦闘機の出番もあったかもしれないね。
 何? その時期では数が揃わないから戦局に影響は与えられない? 解ってるじゃないか。



 もしも連合艦隊が第三機動部隊の到着を待たずにサンフランシスコ上陸を進めていたら、か。
 よく言われている事だが、それは決して不可能ではなかった。
 やや練度不十分とはいえ正規空母の慶鶴と剛龍がハワイで訓練していたし、補用空母の海鷹と神鷹も実戦投入可能だったからね。事実として、サンフランシスコ海戦で撃沈または大破した空母の穴はこれらの空母と陸軍航空隊の増援で埋められた訳だし。

 案外、そうなっていたらあっさりワシントンは沈んだかもしれないね。

 もしも赤城と加賀が間に合わなければ、その分の航空戦力が充当される筈だろう?
 その場合、練度的に考えて補用空母群がサンフランシスコ沖に浮いていた可能性が高い。
 で、だ。あの日に戦艦ワシントンが搭載していた特殊合金製徹甲弾は堅牢な装甲を持たない補用空母相手だと大した効果を発揮できないんだ。特にタングステン弾の方は目標が柔らかすぎて信管が作動しないからね。
 実際の話、駆逐艦雷はそれで助かったようなものだからねえ。費用の面でも合衆国兵器局がウラニュウム合金弾をより重視したのは当然だと思うよ。ウラニュウム合金製徹甲弾はあの時点では数が少なすぎたからあれ以上はワシントンに搭載しようがなかったが、もし余剰があれば大変なことになっていた可能性がある。


 そして更に言うと、サンフランシスコ攻略戦に赤城と加賀が参戦しなければ当然ながら比叡と榛名もいなかっただろう。その代役として、機動部隊を護衛する戦艦部隊は浅間級か常陸級が2隻となる筈だ。
 徹甲弾がない剣があれだけ粘れたんだ、徹甲弾さえ充分あればワシントンは良くて相撃ちに終わっていただろう。
 第三機動部隊の護衛に常陸級が一隻でもあれば戦闘の経緯は全く違っていた筈だよ。


 陸奥と長門は日本の誇り。確かに長門級は良い艦だが、当時艦歳20年越えの旧式艦だったことを忘れちゃいかんよ。金剛級に至っては30年ものだ、近代化改修にも限度はある。

 逆に言うとノースカロライナ級戦艦は良い艦だが、過大評価されているね。サンフランシスコ沖海戦の戦果は凄まじい、確かに凄まじいがあれは偶然の産物だ。少なくとも実力どおりじゃない。

 いや、ハルゼー提督の能力、その決断力は怖ろしいものだよ。容赦のなさというか思い切り具合もね。
 だってそうだろう? 自軍の希望を一身に背負うはずの新鋭戦艦を敵海軍の戦艦そっくりに塗り上げるなんて、誰が想像するんだい? 国父と同じ名前を持っている戦艦に、だよ?

 君らも知っているかね。有名な話だからねえ。
 うん、あの海戦でワシントンは日本海軍風のダークブルーに塗られていただけじゃない。ご丁寧にも、その舳先には菊の御紋まで取り付けられていたんだ。シアトルのドックでね。もちろん偽物だが。

 ハルゼー提督はドックの作業員に「サムライは勝つためなら嘘をついても構わないんだ、俺らだけが馬鹿正直に戦う必要はない」と言っていたという証言もある。
 多分明智光秀のアレだと思うが、本気でやってしまうのがアメリカ人の怖い所だねえ。
 アングロサクソンは怖ろしい生き物だよ、本当に。地球上に彼らほど生き物を殺すことに長けた種族は存在しない。


 要は、彼も米軍も必死だったのさ。
 必死の者と油断している者とが戦えば、時にはあることだよ。信じられないほどの大戦果とかね。
 ほら、チャイナ内戦でも百倍近い戦力差をひっくり返して共産系匪賊が勝ったこともあるじゃないか。戦争屋以外の要素はともかくとして、毛沢東の作戦家としての手腕は評価すべきだと思うよ。戦略や戦術には異論もあるだろうが。
 あれは蒋介石が無能すぎたからだろう って?
 確かに軍事的には無能だが、それでも数の差を跳ね返すのは凡人にはきつい仕事だよ。

 それだと蒋介石にも取り得があったように聞こえる って?
 そりゃあるさ。仮にも一軍閥の統領だった人物だよ、全くの無能に務まる訳がないだろう。
 蒋介石が毛沢東や汪兆銘に比べて圧倒的に優れていた点は、アメリカ合衆国から支援を引き出せる能力さ。
 具体的に言うと治世力の欠如と祖国への不誠実さだね。君達の言い方なら愚劣で腐敗しているという事だ。

 朝鮮の李承晩(イ・スンマン)などがその典型だが、アメリカ政府が後援するのはことごとく発展意識や実行能力や調整能力に欠け、祖国に不誠実な者ばかりだ。
 それはそうだ。熱烈な愛国者を支援して政権を取らせたあげく、その当人に「貴国の支援には感謝しているが、貴国の現政策は我が国の国益に反しているので協力できかねる。善処を望む」などと言われても困るだろう?

 なに? 利害が一致しないのなら妥協点を探るのが政治家の仕事だろう って?
 それは弱者の選択肢だよ。
 少なくともアメリカ人の思考形態ではそうなる。
 君が養豚業者だとして、「仲間を殺すな、さもないと実力行使に出るぞ」と言い出した豚の言いなりになるかね?
 彼らが自らを「支配者としてさだめられた者」と定義していたことを忘れてはいかんよ。


 ある意味で、当時のアメリカ合衆国人にとっては「他国」というものは存在しなかったのかもしれないね。
 心理学者に依れば産まれる前の人間の赤子にとって、他人とは存在しないのだそうだよ。
 文字通り母親と一体なのだからね。
 自分と違うから他者であり、自分の思うとおりにならないから自分以外の人格なのだよ。
 いつでもどこでも、好きなようにできる相手に配慮など必要ないだろう? 
 自分が好きなように操れる存在は自分と対等ではない、つまり弱者は道具であり奴隷なのだよ。合衆国というかアングロサクソン的価値観では。

 まあ、欧州系文明は皆そうだがね。むしろ日本やオセアニアの文明の方が少数派だと言える。




 ふう。‥‥お茶おかわり。
 ありがとう。

 ん? 何かね?
 二次大戦における合衆国勝利の可能性? そういうことは軍事研究会にでも訊きたまえ。所詮僕は門外漢だ。
 いや、茶菓子が足りないといっているんじゃない。だからその煎餅はしまっておきなさい、明日食おう明日。


 しょうがないな。では個人的な、茶飲み話として聞いてくれたまえ。
 結論から言えば、当時の合衆国に戦略的大勝利の可能性はない。
 ははっ 慌てない慌てない 茶飲み話だと言ったじゃないか。
 質問も反論も大いに結構だが、もう少し話を聞いてからにしてくれたまえ。

 つまりだ、戦争とは外交の一種だろう? そして外交は政治の一種であり、政治とは経済の一種だ。
 経済とは人間の生活そのものであり、生活を効率よく動かすのが政治だよ。
 うん、原則的にそうなるのなら、それを全般に当てはめたって良いじゃないか。
 そして当時の、米民主党政権下のアメリカ合衆国は経済と政治が間違っていたんだ。これを外交の一部でしかない戦争でひっくり返すのは不可能だよ。国家大戦略よりも更に上の段階で間違えているんだからね。


 ああ、軍事ケインズ理論で成功したのは日本帝国だけだし、その日本にしても軍事予算の占める割合は決して高くない。正確に言えば30年代の積極財政は土木ケインズなんだ。弾丸列車然り、海底トンネル然り、人工島然り、成層圏射出塔然り。
 高橋是清こそケインズ理論の体現者‥‥というよりケインズが是清の政策を理論化したと言うべきなのかな?

 ナチスドイツ? 彼らは戦勝後に手痛い代償を払ったじゃないか。軍事経済なんて導火線に火の付いたダイナマイトをバトンにしてリレー競争しているようなものさ。いつか必ず爆発するんだ。
 二次大戦に参加した欧州諸国のうち、一番得をしたのが早々と手を挙げたデンマーク・オランダ・ベルギーそしてフランスだというのが何とも皮肉だね。自由貿易さえ可能であれば、植民地など重荷に過ぎないのさ。
 スイス? あの山奥の僻地に巣くっている山賊共は交戦はおろか何処にも宣戦布告していないじゃないか。
 何故か終戦後に連合国から賠償金をふんだくるのには成功したようだが、皇国政府は戦勝国と認めていないよ。僕個人もだが。


 話を戻そう。軍事ケインズ自体に無理がある、軍拡による経済発展は必ず自壊することは解っているね? 
 そう、再生産に向かないからだ。戦車で畑は耕せないし大砲は国境線の引き直し作業が終われば無用の長物。
 供給過多を解消するためならともかく、それ以上の軍備拡張も戦費拡大も国家財政にとって自爆行為だ。
 軍拡と軍事行動により需要を作り出そうとするのは正しい、ただし国力の範囲内でならね。
 当時の米民主党指導部、いやFDRは合衆国の生産力を一桁間違えていたとしか思えないよ。
 それとも勝ち目が見えない戦いをあえて選んだのか‥‥?


 もしもFDRことフランクリン・デラノ・ルーズベルトが大統領でなかったら、かい?
 どうだろう? イエロー・パージにしても日本人絶滅計画にしても、FDR個人のものではなく米民主党指導部の大半が賛同していた訳だからねえ。
 もしFDRが二期目の途中あたりで事故死していたとしても、政策は大して変わらなかったんじゃないかなあ。
 無定見の権化であるヒューイ・ロングあたりが大統領になっていたら別の意味で凄いことになっていたかもしれないが、彼は米民主党の主流派から嫌われていたからねえ。

 では、米共和党が政権を取り返していたとしたら‥‥って、それはかなり無理がある前提だよ。
 バブル経済を放置して大恐慌を起こしてしまったのは米共和党なんだ。FDRと米民主党がそれ以上の失態をやらかさない限り政権の維持や奪取は難しいだろう。
 ならフーヴァー政権が恐慌を起こさせない、または小恐慌に押さえられる可能性はないのか って?

 ないよ。米共和党は保守の原理主義だ。
 自由主義の原理原則に従わないことはできない。
 君達は日本人としての観念で物事を見すぎている。原理主義者とは原理原則からはみ出ることができないから原理主義者なのだよ。

 自由主義の原理原則に従う限り、経済は放置されねばならない。政治権力による介入は最小限に押さえられねばならず、バブル経済を発生させない事や発生させてから破裂しないように制御することは、その原則に反するのだよ。

 それこそアレだ、政府が市場経済を統御するなど、自由主義者からすれば人間をゾンビにしてしまうようなものさ。
 君らだって、「何百年でも生きられるゾンビにしてやる、だからこの薬を飲んで死にたまえ」と言われても嬉しくないだろう? たとえ本当にゾンビとして復活できるとしても、目の前でそれを実践されたとしてもだ。
 言い換えてしまえば君達は反ゾンビ原理主義者だ。いや、僕だってゾンビは御免だけど。
 自由経済原理主義者にとっては、経済上の自由がなければ死んだ方がマシなのだよ。

 そうだよ? 当時の、そして建国以来の合衆国国人がいう自由とは銃を手に取る自由であり、手に取った銃で誰かを撃ち殺す自由だ。
 経済的に言えば野放図な経済活動に邁進して恐慌を引き起こす自由だ。
 彼らの言う自由、彼らが求める自由には「自制する自由」や「協調する自由」は含まれていないんだよ。
 それは彼らからすれば隷属と屈服の言い換えに過ぎない。


 愚かに見えるだろうが、それは君達がフンコロガシを見て不潔な生き物だと思うのと同じ事だ。
 フンコロガシから見れば牛馬の糞は安全で清潔なんだ。同じように向こうから見れば、日本人は自ら奴隷になり虐げられることを選ぶ愚か者なのだよ。
 うん、彼らの歴史や世界には、およそ真っ当な君主や政府は存在しなかったし、これからも存在しない。
 彼ら自身が求めていないからね。だから彼らの作る政府は常に大企業とその持ち主達の言いなりなんだ。「民主主義はその市民の民度に応じた指導者しか選べない」というのは動かしようのない事実だ。まあ、他の政治制度でもそうなのだがね。
 合衆国人が国益という言葉の意味を真に理解しているのなら、大陸鉄道を骨抜きにしてしまうような愚行は起きなかっただろう。
 いや、ヘンリー・フォード氏個人に全てを帰すのは公正ではないな。功罪が極めて大であることは確かだが。


 まあ、当時の合衆国人には、立憲君主制というものがどうしても理解できなかったんだ。
 君達は生まれながらにして陛下の赤子であり、皇国の民としての自由を持っている。だから、彼ら合衆国人達の「自由を脅かされる」恐怖を理解できないだろう。僕だって完全に理解している訳じゃないがね。

 そうだね。日米両国の相互無理解こそが戦争の原因なのだろう。
 日本だって合衆国を理解していなかったからこそ戦争に訴えた訳だからね。


 どこまで話したかな?

 そうそう、ニューディールも軍備ケインズも破綻したからこそ、合衆国は戦争をしなくてはならなかったんだ。
 戦争の主敵が日独だったのは、経済的に当然だったのだよ。
 だって君、考えてもみたまえ。合衆国なら二~三ヶ月もあれば大英帝国を干上がらせてしまえるじゃないか。
 そんな短期間の戦争では合衆国の生産力に見合った消費ができないよ。

 合衆国が欲しかったのは殴り甲斐のある丈夫なサンドバックなんだ、つついただけで壊れてしまうガラクタじゃない。
 軍事的にもだが、当時の世界情勢では合衆国が「英国は見捨てる」と表明しただけでお終いだよ。
 戦費が足りないんだ。合衆国の後ろ盾がなくなれば英国は瞬時に破産してしまう。
 ナチスドイツのポーランド進駐が始まるまで英国が戦争を避け続けた理由は、結局は予算だからねえ。踏み倒しなんかしたら一発で経済が止まってしまうよ、ギャング団が支払いをしないのと銀行がしないのでは意味が違う。
 外交と違って経済で二枚舌は通じないんだ。無理矢理通じさせるならば暴力が要るが、当時の米英関係でそんなことができる力の差はない。


 だからそれなりに手強くて、合衆国製の船舶を適量に沈めてくれる敵が必要だった。だからこそ世界有数の海軍を持っていた皇国と、通商破壊能力に定評のあるドイツを敵に回したのだよ。

 たとえば赤軍相手では、自沈でもしないと損害がでないからね。沿岸ならまだしも、北大西洋ではそうさ。
 ソヴィエト・ロシアの海軍は沿岸防衛用海軍だったんだ、たとえ彼らがドイツ第三帝国に代わって欧州半島を制したとしてもブリテン島の裏側で戦うことはできなかっただろう。
 あるいはその為にこそ、合衆国の財界はナチス党を育てたのかもしれないが。

 ん? 泡沫野党だった国家社会主義ドイツ労働者党に資金援助を続けたのはデュポンやマリガンといった合衆国の大財閥だよ?
 理由? そりゃ、獲物は太らせてから仕留めた方が良いじゃないか。
 ユダヤ陰謀論じゃないよ、公式記録にも残っている。そう、無論ユダヤ系財閥も一枚噛んではいるが、それ以外の財閥こそが多く噛んでいるんだ。

 まあ、ナチス党への投資は完全な無駄ではなかったからね。もしなかったとしたらドイツはあそこまで強大にはならなかっただろうし、そうなれば東欧のユダヤ人達はマンチュリアへ脱出することもできなかっただろう。
 ソヴィエト・ロシア及び共産勢力圏内で推定2000万人もの非スラブ系住民が排除され、その半数がユダヤ系だったとされるからね。
 バルト三国など協定諸国により解放されたときには人口が元の4割程度にまで落ち込んでいたからねえ。共産主義もだが、僕にはソヴィエト政権を持ち上げる人間がさっぱり理解できないよ。同類だと思われたいのかねえ?

 先祖にユダヤ教徒がいないことを証明できなかった自国民をゲットーに押し込めていたナチスも大概だが、それでも欧州史のなかではまだマシなんだよこれが。
 フランス革命期やその後のグダグダ具合なんかもう見てられないよ?

 ドイツや東欧から来たユダヤ系マンチュリア移民は色々と問題があったが、少なくとも日独ユの三者にとっては得があった。
 人手が欲しい皇国と、人あまりをなんとかしたいドイツと、安住の地が欲しかったユダヤ人とユダヤ人だということにされてしまった欧州人たちにはね。
 うん、損をした人々は勿論いるよ、大勢。それがどうかしたのかね?


 話を戻そうか。

 FDRを含め、民主党指導部やその支持者が戦争を舐めていたのは確かだね。
 それまでアメリカ合衆国が戦った対外戦争は楽勝ばかりだったから無理もないが。

 例外は独立戦争やカナダとの戦争ぐらいじゃないかな。あと内戦だが南北戦争。
 メキシコともスペインとも、一部部隊の苦戦はあっても戦争全体で言えば遠足のようなものだった。
 まともな、というのも変だが国家や民族の命運が掛かった総力戦など、やったことがなかったからね彼らは。

 そう、アメリカ合衆国は敵とも呼べない格下か、なれ合いができる身内相手としか戦ったことがないのだよ、二次大戦前まではね。
 一次大戦? 合衆国は疲労しきっていたドイツ第二帝国を殴りつけただけじゃないか。あれを戦争と言い張るのなら隅田川は毎年夏に戦場になっている事になるよ。


 合衆国将兵にとって、初めて総力戦を行う敵が協定諸国軍だったことは不幸としか言い様がないね。
 カモ撃ちしかしたことのない者が空気銃持ってヒグマを狩りに行くようなものさ。

 あくまでも個人的な意見だが、合衆国が戦場で負けた理由はこれだと思うんだ。
 彼らは遠足気分でヒグマを撃ちに行って返り討ちにあう素人でしかなかった。

 人がヒグマを狩るには、強力な武器とヒグマの習性などに対する深い理解、そして何よりも数が必要だ。
 ケダモノを仕留めるのにだってそれだけの事をしなくてはいけないのに、人間を相手に舐めてかかれば負けて当然だよ。
 日本軍もサンフランシスコやフロリダ沖で酷い目に遇わされたがね。
 ただ戦略・政略・経済において皇国の指導部がホワイトハウスの面々より優れていたかというと、どうだろう? 
 違っていたのは真剣味というか追いつめられ具合だった気もするね。むしろ冷静で広い視野を持たず被害妄想に捕らわれていたからこそ思い切った戦争指導ができた訳でもあるし。
 当時の皇国政府が抱いていた切迫感や危機感は、君らには解らないだろうなあ。僕だって本当に解っているとは言い難いが。
 歴史上の存在になってしまった今と違い、日本にとってアメリカ合衆国とはそこまで強大な敵だったのだよ。理解不能な、ね。


 まあ、戦術面で優っていたのは確かだね。特に緒戦で勢いに乗れたのは大きいな。
 武器の性能や数については、開戦当初では明らかに合衆国側が劣っていたからね。
 互角に近いのは潜水艦ぐらいかな? ただ、潜水艦も魚雷の信頼性不足には泣かされたようだが。
 うん、もしも開戦前からメイド・イン・USAの魚雷がまともな性能だったら、協定諸国の損害は史実の二倍や三倍ではきかなかっただろう。
 合衆国でまともな魚雷が量産される頃にはまともな腕の船乗りが少なくなっていたから助かったが、そうでなければ皇軍の勝利はなかったかもしれないよ。

 一次大戦で英国を滅亡寸前にまで追い込んだのは潜水艦だったし、二次大戦では滅亡させてしまったからね。
 いやまあ、潜水艦だけでブリテン島を干上がらせてしまった訳ではないが、潜水艦がなければ不可能だったことは間違いない。 潜水艦が、と言うよりはディーゼルエンジンとリビア油田が干上がらせたのかな?

 うん? 第三帝国の指導者がウィルヘルム二世級の大馬鹿者で、二次大戦版ジュットランド海戦を強行したあげく海上封鎖に失敗する?
 そんな架空戦記もあるのかね? 思い切った設定だねえ。ヒトラー贔屓の読者が怒ったりしないかね?
 作中ではドイツ指導者は別人? それはそれで抗議が来そうだなあ。 


 史実でそうならなかったのは、やはり負けたが故にドイツ海軍に戦訓が実ったのだろうね。
 彼らは合衆国の弱点に気付いていたのだよ。人間を工場で量産できないという弱点に。
 だからこそ彼らは、そして彼らから潜水艦戦術を取り込んだ日本海軍は「船乗りを殺す」ことを主軸にした戦い方を選んだんだ。
 合衆国が対潜水艦戦術を身に付ける前に一隻でも多くの船を沈めることで、輸送中の兵員を海に沈めることで、陸に上がってる船乗りを砲爆撃で仕留めることでね。

 当時の合衆国の生産力は、名目上の数字だけなら皇国より上だったことを忘れてはいかんよ。
 生産効率と生産物の質において劣っていたとしても、圧倒的な数はそれを圧倒できるのだから。竹槍だって10対1なら名刀にだって勝てるじゃないか。
 腕が同じならそうなるよ? なんなら剣道場で実験してみるかね?


 いや、歴史上の出来事になってしまったからこう言っているのであって、当時の僕はなんとかなるんじゃないかと思っていたよ。かなり不安だったが、勝ってるうちは気が大きくなるものさ。
 戦争と野球を一緒にする気はないが、強ければ絶対に勝てるというものでもないからね。



 話を戻そうか。
 確かに当時合衆国の国力は絶大だった。統計上の数値だけで言えばただ一国で全世界の4割から5割という生産力を誇っていた。
 だがしかし、そんなものではチャイナや東南アジアやアフリカを制圧しきることはできない。北アメリカの原住民相手でもそれなりに手こずったのだよ、いくら合衆国でも全世界の制覇は不可能だ。故に二次大戦において彼らの戦略的大勝利は有り得ない。

 完全制覇以外は勝利と呼べないよ。合衆国の戦略目標から言ってね。
 部分的な勝利では各地に傀儡政権をうち立てるのが精一杯だ。で、合衆国の傀儡にまともな国家運営ができるかな? 蒋介石や李承晩や呉廷琰に?
 できるわけがない。彼らは合衆国に尻尾を振るしか能がないし、そんな指導者しか傀儡にできないのが合衆国だ。
 これは善悪の問題ではないよ。国情の問題なんだ。人はそれぞれの立場で最善を尽くそうとしているだけなんだ。
 人間も牛糞にたかるフンコロガシも大差はない。違いは他者を転がす糞の種類で詰り嘲る愚かさと、それを窘める知恵が人間にはあるだけだ。


 合衆国が音頭をとっている限り、世界市場の健全な発展はありえない。全世界の国々が、そのほとんどが元首や首相に蒋介石や李承晩や呉廷琰と同程度の人材を頂いている図を想像してみたまえ。
 したくない? 僕もだよ。

 役立たずの傀儡しか選べない以上、合衆国が覇権を握れば全世界がフィリピンやパナマと化すだけさ。合衆国の影響下にあった時期の、ね。

 故に合衆国の、FDRの戦略的大勝利はありえない。たとえ日本列島を全て焼け野原に変えたとしても、たとえ彼が意味不明に嫌っていた日本人を皆殺しにしたとしても、結局のところ合衆国は瓦礫とゴミための支配者にしかなれないのさ。そんなものはとても勝利とは呼べないね。

 だから言っているだろう? 原理主義者に妥協はできないのだよ。
 白人至上主義者にとっては、日本人と組むぐらいなら死んだ方がマシなんだ。下僕として扱うならまだしも、対等の相棒にはとてもできはしないよ。
 あれだね、案外FDRが戦争に踏み切った理由はそれなんじゃないかな。
 彼は彼なりに愛国者だったろうからね、愛する祖国が黄色人種国家と手を結ぶ姿を見るぐらいなら滅んだ方がマシだと思い詰めていたのかもしれない。
 ん? 無理心中を図るストーカーだって、対象を愛していることには違いないじゃないか。

 
 うん、ルメイ将軍やテスラ氏も合衆国を愛していたと思うよ。どういう種類の愛情だったかは想像もしたくないが。
 歴史から学ぶのは大いに結構。だが闇を見つめるときは、闇の方も君達を見つめていることを忘れないでくれたまえ。忘れると闇に呑まれるよ。


 お茶のお代わりもう一杯、貰えるかな?



続く



17:峯田太郎 :

2014/09/15 (Mon) 15:46:30





        『その十五、兵は詭道なり』




 1940年10月24日未明、日本軍はサンフランシスコ攻略戦を開始した。
 参加する主な艦艇は戦艦が常陸・土佐・陸奥・長門・剣・比叡・霧島の7隻、正規空母が紅鶴・大鶴・翔鶴・翠龍・赤城・加賀の6隻と大規模なものだった。これに加え補用空母11隻が航空戦力を投入している。
 また直接的支援ではないがサンディエゴ方面に上陸した陸軍の第1及び第2飛行師団、海軍の第13航空艦隊からも北方に航空戦力が投射され合衆国側へ負担を強いていた。
 上陸する攻略部隊は百武晴吉中将率いる第17軍(軍団)である。山下将軍率いる第25軍(軍団)が抑えたサンディエゴとロサンゼルスに続いてサンフランシスコを制すれば、日本軍はカルフォルニア州の中枢を制したといってよいだろう。

 この戦いも日本軍の圧勝に終わる筈だった。当事者の片方は確信さえしていたし、もう片方もそうなる可能性が高いことを認めていた。
 太平洋艦隊の水上部隊は僅かな残存戦力しかなく、潜水艦や航空機などの戦力も減り続けている。魚雷がまともになってからは割とマシになったが、それでも潜水艦の損害比率はまだ日本側が確実に優位にある。
 先日遂に日本海軍が懸けた懸賞金が100万円を突破したトートグなど、一部潜水艦は奮戦しているが一部の活躍で全体はひっくり返らない。

 特に航空機の損害は酷かった。即製栽培操縦員による飽和攻撃は確かに戦果をあげ空母翔鶴が中破し軽空母千歳が沈み軽空母2隻(迅鳳、嶺鳳)が航空機運用能力を一時的に失った。他にも3隻の駆逐艦が沈み、その倍数がサンディエゴのドック送りになった。
 輸送船にも万トン単位で損害が出ている。揚陸したあるいはその途中だった陸上部隊の被害もこの時点で死傷者が千名を越えている。
 そして、その代償として合衆国が西海岸に集めた航空戦力は壊滅的打撃を受けた。

 西海岸本土決戦における、20倍以上という欧州戦線よりも悲惨な損失比率はある意味当然である。
 合衆国の飛行機は決して悪い兵器ではなかった。英仏露のものとくらべれば技術水準も高く設計思想も健全というか合理的であり、機械的信頼性も高かった。協定諸国軍のものに比べれば一枚か二枚劣っていたが、歯が立たないという程の差ではない。
 逆に操縦士たちの練度はも部隊的な意味ではともかく個人的な意味では英仏のそれに比べても更に劣っていた。協定諸国軍の精鋭部隊とは比較にもならない。

 最低限の練度しか求めない促成栽培式訓練では、最低限の技量しか持たない飛行機乗りしか育たなかった。
 まだ戦況が合衆国に優位であれば、そして本土決戦ではなく自軍の都合で進退できる戦場でなら苗木未満の新人達もその大半が生き残り成長し姿続けられただろう。しかし現実はそうではない。
 平凡な者も非凡な者も、次々と空中から墜され地上で撃たれあるいは悪天候で墜落し、離着陸の失敗で機体や命やその他のものを失っていった。
 操縦士の技量は事故発生率に直結している。そして西海岸の戦いでも、合衆国航空機の損失原因第一位は離着陸時の事故だった。
 一方、損失理由の順位では変わらないものの日本軍の事故率は合衆国よりもあきらかに低かった。元々個人や部隊の技量が違い、支援態勢の完成度でも違う上に日本の操縦士達は操縦性や視界や安定性の悪い、いわゆる未亡人製造機(ウィドウメーカー)を嫌うこと甚だしく、その上司達も同意見だった。
 「空戦は数と連携が勝負を決めるのだから安全性を投げ出してまで性能を尖らせる必要はない、普通で使いやすい機体が一番」とは日本陸軍屈指の撃墜王、篠原弘道中尉の弁である。
 まあ、操縦士の技量や現場指揮官の経験だけでなく、数と個々の性能そして後方支援能力で優位に立っているからこそ言える言葉である。
 後に日本軍の戦闘機乗りたちが「連合軍最良の制空戦闘機」と絶賛することになるF6Fにしても、実際にその機体を使って彼ら自身と戦う立場に立ってみれば同じ事を言えたかどうか怪しいものだ。
 実際に使っていた合衆国の戦闘機乗りには、速度重視のF4Uや重装甲大火力のP47をより高く評価する者が少なくない。


 この時期の協定諸国軍、特に日独の主力航空部隊はあまりにも精鋭すぎた。両国の一線級飛行隊は化け物のような技量の持ち主で埋め尽くされていたのだ。たとえば日本海軍の第一から第三の機動戦隊では、全ての操縦士が米英の飛行隊なら教官が務まる腕の持ち主で構成されていた。イタリアの航空隊も決して弱兵ではないが、規模と練度で日独に比べるといささか見劣りする。


 超人兵士構想。開戦前は素人向けの宣伝(プロパガンダ)とされていたドイツ空軍の機密計画は、40年末の現在では連合国軍上層部にも真剣に討議されていた。いかに荒唐無稽であろうとも、協定諸国軍の飛行機乗り達の技量と練度が異常なことは事実なのだ。
 事実として、捕虜となった日本軍の戦闘機操縦士が常人の数倍から十数倍に及ぶ視力や聴力、空間把握能力や低酸素耐性を持っていたことが実験により確認されている。


 全員がそうではないにしろ、日本軍の戦闘機乗りの中核はこの捕虜のように人間離れした存在なのだ。連合国上層部はこの超人的戦闘員の製造法を本腰入れて探りはじめた。
 この調査はしばらく後に成果を上げ日本軍に関しては製法をある程度まで解明した。連合国、特に大英帝国の人的諜報能力は依然として高い水準にあったのだ。
 製法のあらましというか、その一端は解明したもののそれ故に合衆国は直接的な模倣を諦めた。技法的にはともかく、思想的そして社会事情的に合衆国では真似できない製法だったからだ。
 結局合衆国は別の方向から超人兵士製造に取り組み、薬物的または生化学的方向性で超人兵士の研究を推進する。その試みは幾多の犠牲と悲劇の上に成果を上げることになるのだが、それはしばらく後の話だ。サンフランシスコとその周辺での攻防には関係ない。

 合衆国西岸から送り込まれた航空戦力の波状攻撃は、送り込んだ側が期待していた程には戦果も効果も上げられなかった。
 他の列強に先駆けて航空戦力の拡充に邁進していた日本軍は、同時に航空攻撃への対抗手段も研究し備えていたのだ。
 促成栽培の操縦士と指揮官が多い合衆国側の航空隊には、電波探信儀(レーダー)や近接信管や敵味方識別装置など攻防一体の電波兵器で厳重に守りを固めた攻略部隊の外輪を突破することすら容易でなかった。

 無論のこと実戦には齟齬と錯誤がつきものであり、入念に考え抜かれた防御態勢もときに乱れ攻撃機の侵入を許すこともあった。
 しかしその攻撃はときに日本軍へ痛手を与えることはあっても、深手にはならなかった。合衆国側が期待していた水準の被害を与えるには投入した戦力が少なすぎたのだ。
 逆に言えば、日本軍の戦力計数が作戦立案者であるレイトン中佐の推定を更に越えていたとも言える。

 空しく跳ね返され続けた波状攻撃だが、ある面では攻撃側が期待していた以上の効果を上げていた。
 敵の慢心である。
 サンフランシスコ攻略戦時の日本軍には油断と思い上がりがあり、それまでの慎重さと果断さがなくなっていた。
 特に連合艦隊には 米軍恐るに足らず という空気が充満しており、士気はだれていた。執拗な攻撃機や自爆ボートには辟易していたが、10月末の時点ではそれらのへの対策も整えられ実戦で見つかった防空および防海体制の穴や欠点も現場で埋められた。故に現場ですら徐々に危機感が薄まっていった。
 それも無理はない。いかに合衆国とはいえその物量が無限である訳はなく、10月末の時点で波状攻撃部隊の密度と練度は急速に落ち始めていた。連合艦隊にとっては既に飽和攻撃ではなく、決まり切った作業を行えば凌げる面倒事にすぎなかったのだ。



 そして戦いは次の局面を迎える。


 攻略作戦開始直前に、太平洋艦隊最後の大規模根拠地であるシアトル軍港から出撃した戦艦2隻、改装空母8隻(実際には空母に偽装した貨物船)からなる太平洋艦隊残存部隊がこの戦闘に介入するか大西洋目掛けて離脱を図るのか、日本海軍北米攻略部隊の意見は分かれた。
 別れてはいたが、とちらにしても先手を打って捕捉撃滅すべしという結論になり、攻略部隊は戦艦常陸と土佐そして空母紅鶴と大鶴を中心とした部隊を分離投入した。

 連合国側に残った大型艦は僅かであり、戦艦撃沈という解りやすい戦果をめぐって功名争いじみたやりとりが攻略部隊の会議室で起きた程に、日本軍いや連合艦隊は米海軍を舐めきっていた。彼らにとってもはや米戦艦は獲物にすぎなかったのだ。
 それは間違いだった。
 確かに日本海軍は、彼らは勝っていた。勝ち続けていた。連合艦隊にとって米太平洋艦隊は勝てる相手だった。だが舐めてかかって良い相手では断じてなかった。それを彼らは直ぐに思い知らされることになる。



 1940年10月27日の午後、丸二日以上かけて事前砲撃と爆撃で耕した上陸地点に攻略部隊が上陸をはじめ、しぶとく生き残っていた砲台や機銃陣地と戦っていた頃、攻略艦隊司令部に「敵らしき艦隊南下中」という不明瞭な報告が入った。
 発信元である哨戒機は撃墜されたのかそれ以来通信不能であり、該当する海域のすぐ南にいた巡洋艦高雄と駆逐艦望月と十六夜の二隻からなる小艦隊も「敵戦艦発見」という平文の通信を最後に連絡を絶つ。

 この事態にサンフランシスコ海域の北側に位置していた攻略支援艦隊の司令官小沢中将は即座に偵察機を北方に飛ばし、赤城と加賀に残っていた攻撃機に対艦兵装を施して出撃、艦隊上空で待機させ、赤城と加賀が行っていた対地支援は準鷹など沖合にいる改装空母部隊が代行することになった。

 程なく偵察機は当該海域の南を突き進む旧式戦艦(アーカンソー)を発見する。待機中の航空隊は戦艦アーカンソーへ殺到し、二隻合わせて40機以上の攻撃隊は旧式戦艦を短時間のうちに撃沈した。
 主力の位置からはおりたが、それでも赤城と加賀の航空隊は強力だった。操縦士達には日米戦が始まってから操縦桿を握ったような新人や、逆に日中戦争開始前から操縦桿を握っているようなやや老練すぎる者も含まれていたが、それでも平均すればその実力は空母搭載機の操縦士や航法士や機長として一線級のものだった。連合艦隊以外でなら。

 アーカンソーは善戦したと言える。元々が旧式戦艦であり、いくら対空火器と照準装置を増設したとしてもその防御能力には限界があった。
 この数日後に北大西洋で戦艦ティルビッツが大破漂流の末に沈没したように、最初から航空戦を想定して造られた最新鋭の高速戦艦ですら、空母部隊の航空支援がある状態でも一手間違えれば傷を負うのが現代の海戦だ。二手三手しくじれば沈められる。慢心していれば尚更である。ドイツ海軍は合衆国海軍を、2隻のヨークタウン級空母を舐めすぎたのだ。
 まして味方航空機の傘なしで単独行動中の旧式戦艦が、99式艦上攻撃機の群に襲われて逃げ延びられる訳もなかった。

 逃げてなどいなかった。アーカンソーは囮であり、その任務を達成したのだ。沈み往くアーカンソーから脱出しやがて現場に駆けつけたガトー級潜水艦ハダックやブルーギルなどに救助された六百人あまりの乗組員達は幸運にもその全員がシアトルに帰還し、ニミッツ提督を喜ばせた。


 一人でも多く敵に人的被害を与えるという日本軍の基本戦術からいえば、この救助を妨害すべきだった。米英の軍隊ではないので流石にゴムボートや救命胴着で波間に浮いている将兵を爆雷や機銃で攻撃する訳にはいかないが、救助して帰還中の艦船を攻撃するなら遠慮はいらない。
 このあたりが文化の違いであり、互いの行動を「野蛮」とか「偽善」とか罵り合う原因である。確かにゴムボートだろうと潜水艦だろうと沈めば死ぬのだから攻撃される側にとっては大差ない。

 すべきだったことができなかった理由は単純である。そんな暇はなかったからだ。


 軍人は頭が固い。固くなくてはならない。
 たまには軟らかい頭の軍人がいても良いが、それが主流になったりしてはいけない。
 軍事行動の83%ほどは決まり切った事例で決まり切った展開になるものだ。決まり切っているからこそ定理となり教本が作られる。
 日本陸軍のあまりにも頭が柔らかすぎたとある将校がノモンハンで「必勝の信念があれば勝てる」「物資は有限だが精神力は無限だ」などと言いだし、その果てに自分の頭を自分の拳銃で撃ち抜いたこともある。彼は精神力で銃弾を止める証明実験に失敗したのだ。
 この例はいささか極端だとしても、軍人とは基本的に頭が固く固定観念(常識)に従うものである。非常識すぎる軍人は「今なら勝てるから」とか「勝てば国益になる、根拠はないが」とか言って勝手に戦争を始めたりするのでお呼びでない。

 この時期の日本軍にはこの手の「頭が軟らかすぎる」軍人が排除されていた。まあ、悪い意味で固すぎる軍人も同じく排除されているが。
 常識的な人物や組織は想定外の事態に弱い。
 まだこれが、ただ単に「敵新鋭戦艦が航空機の護衛も随伴艦も付けず一隻で、足の遅い味方の戦艦を囮として置き去りにして突っ込んでくる」というだけなら、誰かが素早く反応できただろう。

 だがしかし、その戦艦が日本海軍のものと同じ濃いめの暗青色に塗られ舳先に菊の御紋まで付けていればどうだろうか。
 しかも平文の発光信号で「ワレ、ムサシ。ワレ、ムサシ」と日本語モールスを発していたら。
 現場では混乱する者もいるだろう、上官や司令部に指示を仰ぐ者もいるだろう、即座に攻撃を始める者もいるだろう。
 現場から報告を聞いて再度確認させる者もいたし、寝ぼけるなと怒鳴りつけた者もいたし、報告文を手続きどおりに更に上へ報告した者もいた。

 その結果として、攻略艦隊司令部は情報が過多となりしかも錯綜した。波状攻撃への防御に絶大な効果を発揮した艦隊戦闘情報制御システムは正体不明艦の接近でいともあっさりと麻痺してしまったのだ。
 新しいと同時に不慣れなソフトウェアを盲信し過大評価してしまった彼らが混乱から立ち直るのに二時間以上かかり、その二時間と更にその後の一時間は日本軍にとって悪夢の時となった。

 日本軍にとって間の悪いことに、接近する敵戦艦を赤城の攻撃隊が沈めたという情報が既に攻略部隊全体にながれており、高雄応答無しで一気に高まった将兵の緊張はこれまた一気に緩んでいた。特に航空隊や空母乗組員達が。
 彼らの大部分、は言い過ぎにしても三割程度は接近する戦艦に気づいていたがそれを敵と確信している者は極めて少なかった。
 特徴的な籠型艦橋を廃し塔型の艦橋を備えた戦艦ワシントンの姿は日本戦艦に見えなくもなかった。いや、見えてしまった者もいたという方が正しいか。

 なによりも艦の色が連合艦隊と同じであったし、掲げているのは旭日旗だった。近寄って見れば舳先に真鍮板製の菊花紋が付いているのが見えただろう。
 念には念ということでワシントンの甲板要員や司令塔の将兵など、外から見える場所にいる乗組員には日本海軍と同じ服装をさせ、髪を黒く染め、顔などにやや濃い茶色の化粧品を塗って日焼けした日本人風に装っていたことが、開戦終了後に救助され捕虜となった水兵の証言で明らかになっている。

 この奇襲が成立した最大の理由は発案者であるレイトン中佐が彼我の文化差を、日米の国情の違いを理解していたのに対して連合艦隊はそうでもなかった点にある。
 日本海軍だけでなく、日本政府と国民も全般的に合衆国を理解していなかった。情報を集めたは良いが、集めたことに満足してしまい本質を見極めようとする意欲が薄れていたのだ。

 日本とアメリカは違う。連合艦隊の参謀たちはそれを言葉の上では解っていても本当の意味で理解してはいなかった。理解していた者はいても意思決定に関われなかった。

 アメリカ合衆国とはその名の通り各州の連合体であり、分離も独立もできる存在なのだ。国家の存在意識が自然国家とは根本的に違うのだが、それを理解してない日本軍人達は合衆国軍人達の危機意識を理解していなかった。
 日本は小さく、アメリカは大きい。その理解に間違いはないが正しくもない。合衆国は日本人達が、日本海軍の主流を占める反米派閥の者が考えている程には強靱でないのだ。政治的な意味で。


 一般の日本市民はともかく、日本海軍主流派は西海岸を制圧した程度で合衆国を倒すことはできないと考えていた。この戦争を終わらせるためには西海岸だけでなくパナマとカリブ海を抑え、東海岸の主だった港と工場を破壊し、五大湖とミシシッピ川を機雷で埋め尽くす必要があるとまで思い詰めていた。
 逆の立場で考えてみれば解る。もし日米の戦況が逆転して日本本土に侵攻されたとして、千島列島や北海道を占領された程度であるいは台湾や沖縄を占領された程度で日本軍が抵抗を諦めるだろうか。

 既に戦力を使い切り、物資も資源もなく農地は荒れ果て工場も動かず餓死者が出始めた状況ならいざしらず、戦う力が残っているのなら易々と降伏する訳がない。日本的に考えるのならそうなる。
 しかしアメリカ的に考えるのなら、たとえばワシントン州政府が合衆国から離脱してこの大戦における局外中立を言い出すことは、有り得なくもない。少なくとも違法ではない。

 故に合衆国は、日本帝国軍人達の意識外のところで危機にあった。特にこの時点で各州分離からなし崩しに講和など結ばれては堪らない海軍軍人にとっては。
 何かの間違いで40年秋に講和が成立してしまえば彼らはお終いだ。いずれ海軍が再建されるとしても、無能の烙印を押されてしまった彼らに居場所はない。
 かくして救国の志と、最悪の未来からの逃避は合わさった。様々な事情で決死の片道特攻に参加した2000人余り(諸説あって正確な人数は不明)の乗組員はハルゼーそしてワシントンと共にサンフランシスコ沖までたどりついた。


 14時43分、空母加賀被弾。爆沈。
 14時46分、空母赤城被弾。大破炎上。
 14時51分、空母翠龍被弾。大破漂流。

 ワシントンとハルゼーにとって、周りは全て敵であり標的。だとしてもその索敵能力と命中率は異常だった。命中率を日本海軍ほどには重視していない筈の米戦艦がここまで高い命中精度を発揮した理由はよく解っていない。
 解っているのはハルゼーがなるべく命中率を上げようと努力していた事ぐらいだ。そう、彼は命中率で大きく劣る自軍の戦艦が連合艦隊に一矢報いるには肉薄攻撃しかないと確信していた。
 海空の飽和攻撃そして囮にした偽空母群やアーカンソー、恥も外聞も投げ捨てたワシントンの偽装は全てこの肉薄攻撃のためだった。当たらないのなら当てられるまで近寄って撃つ。それがハルゼーがトラック島沖での大敗北から得た戦訓だ。
 日本戦艦と併走しながら撃ち合いなどしたら一方的に打ちのめされる。遠距離および中距離では彼我の命中率にそれだけの差があることをレイトン中佐ら太平洋艦隊の参謀達は解き明かしていた。
 これは電波式光学式の両方で測距儀の性能や、射撃装置の演算能力などのハードウェア的な格差だけでなく様々なソフトウェアそして何よりも訓練時間の差があったからだ。

 あの大敗から半年余り、ハルゼーたち太平洋艦隊残存戦力は訓練に励んでいた。その決死の努力は実り、ワシントンの乗組員は世界水準の技量を手に入れていたのである。
 元々合衆国の船乗りは数が多く水準も高い。伊達に世界最大の商船隊と世界二位の海軍を所有してはいないのだ。近年の予算不足でろくに訓練ができず腕が落ちていたが、元々の基礎がある分勘を取り戻すだけで済んだ。一から積み上げていくより遙かに早い。
 負け戦とはいえ本格的な海戦の経験も積んだ。このときワシントンの戦闘力は連合国海軍の戦艦では頂点に達しており、協定諸国海軍の戦艦と比べても平均より高い位置にあった。
 いかに戦艦が強力とはいえ兵器は兵器。戦場の一要素に過ぎない。一個の兵器が戦場を支配するなどありえないことだった。
 有り得る筈のない事が目の前で起きたとき、人はそれを奇跡と呼ぶ。

 奇跡は起きた。

 その後ワシントンは僅か数斉射で戦艦比叡と榛名を炎上させ無力化し、接近を図る軽巡神通を大破炎上させ、追いすがる黒潮、親潮、早潮などの駆逐艦を第三砲塔や後部両用砲で牽制しつつ攻略艦隊本体めがけて突進した。
 根っからの空母屋であるハルゼーにとっては空母とそれに乗っている人員こそが主力兵器であり、第一の攻撃目標だった。しかし偽空母に釣られた紅鶴などは狙いようがない。いかに新鋭戦艦でも近寄ろうとしただけで攻撃機に集られて沈められる。
 ならば上陸支援にかまけている空母群を、相打ちになってでも仕留める。それしか狙える空母はいなかった。沖合の補用空母群はワシントンが追い回すには位置が遠すぎた。日本海軍の補用空母は遅いものでも25ノットは出るのだ。

 という訳で、情報混乱のあまり機能不全に陥っていた攻略艦隊のうち、重雷装巡洋艦から梅花母艦に改装された大井と北上が真っ先に狙われたのはその外見が空母に見えないこともなかったからだった。2隻は直撃弾と至近弾で搭載していた梅花が誘爆して轟沈した。

 この瞬間に攻略艦隊の混乱は恐慌へと変化した。

 日本海軍の水雷戦隊が恐慌を起こすとどうなるか。答えは「近くにいる敵へ猛攻を加える」のである。
 そしてワシントンへ肉薄攻撃を挑んだ軽巡阿武隈は搭載していた魚雷に両用砲弾が命中して轟沈、駆逐艦電、響も同様に轟沈または爆発炎上し、雷と暁は大破するも沈没を免れた。雷は主砲弾が命中したが、装甲が薄いため信管が発動せず船体に大穴が開いただけで済んだ。

 阿武隈の突撃は無駄ではなかった。水雷戦隊の対処に手間取ったワシントンは至近距離まで間合いを詰めたにも関わらず離脱を図る空母翔鶴への砲弾を外したのだ。それでもすれ違いざまに数十発の両用砲弾を浴びた翔鶴は炎上し、只でさえ修理中だった翔鶴は僅か数日という短時間ながら戦力価値を完全に喪失した。

 ハルゼー始めワシントン艦橋の面々は大物を逃がしたことを悔しがったが、追いかける余裕はなかった。彼らの周りは敵だらけであり、しかも秩序はなくしていたが牙と闘志は失っていなかったのだ。
 攻略艦隊の水雷戦隊そして航空支援艦隊の残存戦力は勇敢だった。彼らは僅かばかりの時間さえ稼げば強力な味方が駆けつけてくれることを知っていた。
 ワシントンは次々と現れ豆鉄砲を撃ちかけてくる水雷戦隊や単独行動の駆逐艦を蹴散らしつつ、空母らしき敵艦を優先して攻撃を続けた。実はその中に空母は含まれておらず撃沈破されたのは輸送艦や揚陸艦だったのだが、人的被害という点では大差なかった。

 日本海軍の水雷戦隊は勇敢だったが、いくらなんでも分が悪すぎた。よく訓練された新鋭戦艦相手に魚雷も積んでいない巡洋艦や駆逐艦では歯が立たなかった。戦艦と、まともな戦艦とそれ以外の艦では、砲戦能力にそれだけの差があるのだ。その差は石斧や石槍で虎に挑まねばならない穴居人よりも大きかった。


 合衆国の陸海航空隊そしてその他の戦力による波状攻撃の効果は、このとき確実に現れていたのである。艦隊司令部の油断や怠慢だけでなく、疲労と消耗は確実に攻略艦隊の気力を削っていた。いかに意気軒昂であったとしても、それは疲労がなくなったのではなく忘れているだけなのだ。
 そしてレイトン中佐の策は実った。あまりに執拗な航空攻撃に辟易した攻略艦隊は機銃弾の掃射などで誘爆しかねない魚雷を、一部の艦艇を除いて配備していなかったのだ。ある艦では魚雷が輸送艦に戻され、ある艦では甲板下の船倉にしまい込まれた。
 爆沈した阿武隈やその配下にあった第六駆逐隊だけでなく、魚雷を搭載した水雷戦隊があと二つもあればワシントンの足はここで止まっていたかもしれない。

 ノースカロライナ級戦艦は優れた兵器だったが、無敵でも完全でもない。日本海軍の誇る酸素魚雷を至近距離から連打されれば無事では済まないだろう。しかし阿武隈と第六駆逐隊の雷撃は失敗して、放たれた僅かな魚雷をワシントンは悪魔でも取り憑いているかのような幸運で避けていた。
 

 このときワシントンはたった一隻で戦況を覆しつつあった。もしこの艦があと15分進撃を続けていたならば揚陸中の船団と陸に上がったばかりの第17軍(軍団)までもが恐慌状態に陥り兼ねなかった。そうなればサンフランシスコの陥落自体は変わらなくとも、日本軍がその後の行動に大きく支障をきたしたことは間違いない。

 そしてそのとき日本軍にとっての救いの神が現れた、浅間級高速戦艦2番艦である剣だ。
 実は剣は敵重陣地破壊のために徹甲弾をほぼ撃ち尽くしていたのだが、後続の長門と陸奥が装填していた弾薬は剣とは逆に通常砲弾と散式弾でありその換装にはあと十数分の時間が必要だった。その僅かな時間を稼ぐために剣は単独で先行したのだった。

 剣は徹甲弾を撃ち尽くしていたが、このときワシントンも切り札の特殊徹甲弾を2種類とも撃ち尽くしていた。第一及び第二砲塔に搭載していたウラニュウム合金弾も第三砲塔に搭載していたタングステン合金弾も既になかった。
 16インチ砲を搭載しながらも14インチ級砲弾に対応した装甲しか持たないワシントンと14インチ級砲を搭載しながらも装甲防御はそれ以上を目指した剣との撃ち合いは壮絶なものになった。

 僅か数分、十斉射足らずで決着は付いた‥‥かに思われた。通常のものとはいえ徹甲弾を使えるワシントンの方が、対空用砲弾や軟目標弾しか使えない剣より有利だったのだ。
 しかし満身創痍ながらも剣はまだ動いていた。第二砲塔が吹き飛び舷側に大穴が開き昼戦艦橋が炎上しているにも関わらずワシントンへ砲撃を続けていた。

 このとき、ハルゼーとワシントンはこの日初めての戦術的誤りを犯した。剣に止めを刺すべく更なる砲撃を加えたのだ。
 後知恵だが、ワシントンは剣を無視すべきだった。敵艦に実質的な戦力はもう残っていなかったのだ。ワシントンが狙うべきは剣の後方にいる長門と陸奥だった。
 あるいはその2隻も無視して、彼方に見える上陸中の輸送艦たちへ砲撃すべきだったのかもしれない。そうすれば少なめに見積もっても数万トンの船舶が沈み数千人の人的被害を与えられただろう。
 剣が完全に動きを止めるまでに放たれた45発もの16インチ徹甲榴弾には、それだけの威力があった。

 判断に誤りはあっても、この日ハルゼーに取り憑いていた幸運(悪運?)は未だ健在だった。ワシントンの第一斉射は戦艦陸奥に直撃しその戦闘力を激減させたのだ。
 対してほぼ同時に放たれた長門級2隻の砲弾は大きく外れた。連合艦隊旗艦を常陸に譲ったとはいえ熟練の極みにある筈の戦艦長門にしてはお粗末すぎる照準だった。
 その原因が長門射撃盤の故障にあることが解ったのは長門の第4斉射後のことであり、それから統制射撃を個艦射撃に切り替えたがそのとき既に陸奥は大破していた。

 もしも長門級が近代化改装時に統制射撃装置を積まなければ、もしこの瞬間に照準装置が故障しなければ、もしハルゼーが長門の方を狙っていれば。既にワシントンは撃沈されていただろう。
 だがもしもはもしもでしかなく、追いつめられているのは長門の方だった。後に無防備な友軍がいるからには一歩も退く気はなかったが不利は否めない。自慢の命中精度が損なわれた長門は、普通の、いや良くできた旧式戦艦に過ぎなかった。

 そして悲壮な覚悟を決めた長門乗組員の前で、突如ワシントンは爆沈した。


 いかに優れていても兵器は兵器。運が尽き果てれば戦場の一要素に戻るしかない。
 沈められた巡洋艦高雄、神通、阿武隈、仁淀。戦艦比叡、榛名、剣。駆逐艦11隻。それらの犠牲は無駄ではなかった。それらの艦からワシントンに叩き込まれた砲弾は内部で火災を発生させていて、一旦は鎮火したが剣そして陸奥と長門との砲戦で再発火。その火は弾薬庫に引火して、ワシントンを沈めたのだ。
 ただそういった事情が明らかになるのは数十年後の再調査によって判明したことであり、日米戦当時は戦艦長門の主砲弾によって撃沈された扱いとなる。


 こうしてサンフランシスコ沖海戦は終わり、戦艦ワシントンは伝説となった。万骨枯れて一将の功は成った。
 この海戦は日米両国の戦略、いや世界大戦自体へ影響を与えることになる。
 しかしその影響は、トラック島沖海戦の比ではなく小さい。
 彼我の損害比は凄まじいが、一隻の戦艦にできることには限度かある。故に、この後日本軍は敵新鋭戦艦への対策を容赦なく推し進めるのだった。ワシントンの同型や改良型が海を埋め尽くす悪夢に彼らは震え上がった。
 卑怯卑劣と言うなかれ。軍事行動とは元から正々堂々とは対極にあるものなのだから。

 古人曰く「兵は詭道なり」。

 また別の古人曰く「勝てば良いんだよ勝てば」。

 それは今も昔も変わらぬ、戦場の真理なのだった。
 




続く。



18:峯田太郎 :

2014/11/28 (Fri) 15:30:58






           『その十六、経度0度の激闘』





 軍事に限らず、組織だった行動には理論の裏付けが必須である。近代以降は特に。
 近代以降人間の活動は複雑大規模化する傾向にあり、組織化しなければまともに組織を動かせない。
 組織化するには組織を動かす人々が理解できる仕組みが必要で、他者に理解させるためには物事の理論化が必要なのだ。


 事象は解析され、事実から法則性が導き出され、理論化される。理論はやがて実践され成功または破綻し、有効性を認められたものが次に作られる教本に残る。
 しかし、ある時点やある場面で正しかった理論がその後も常に支持されるとは限らない。軍事的なものおいても後々まで永く使われ続けるものは少ない。技術や理論は地勢や政治状況などの環境によって使われる前提が変化するからだ。
 孫武の戦略論のように、原文そのままでも数千年の長きに渡って価値を認められ使われ続けるものはいたって少数派である。

 中世欧州の「重装騎兵最強論」などは、土地が貧しく人口が少なく、製鋼や木工や皮革膠骨の加工技術で遅れ、立案面でも実行面でも作戦能力が著しく低い小規模な軍隊しか存在しなかった中世欧州という特殊な環境であるからこそ発生し一世を風靡したのである。
 偏った環境で育まれた理論はより進んだ発想・技術を持つ個人や集団と遭遇して粉砕される。歴史上では珍しくもない事例だ。
 もしもエドワード黒太子が早死にしなければ中世欧州史はかなり違っていただろう。


 二度目の世界大戦で証明されつつある軍事理論のなかには、戦略爆撃理論と戦略爆撃絶対主義との相克というものも存在する。
 戦略爆撃そのものは前回の欧州大戦で既に行われており、その効果と限界も既に証明されている。
 が、しかしその限界は量的な問題によるものであり技術の発展により解消されると主張する者達が存在した。有名人を挙げるとジュリオ・ドゥーエやヒュー・トレンチャードなどだ。

 彼らは要約すると

 「戦略爆撃の効果が限られるのは運搬される爆弾の量が足りないからであり、膨大な物量を敵国内の都市部に送り込み市街を破壊し敵国民を大量に殺傷しさえすれば戦争に勝てる。
 今後の戦争は大量の爆弾を搭載し高々度を高速で長距離飛べる大型戦略爆撃機が主体となり、いかにして自軍の戦略爆撃機を敵国本土に送り込み自国本土に敵軍の戦略爆撃機を入らせないかが焦点となるだろう。
 いずれ近いうちに完成される「ぼくのかんがえたすごいせんりゃくばくげきき」は偵察もできるし、戦闘機ごときでは撃墜されない。
 だから戦闘機はいらない、偵察機もいらない。軍艦もいらないから廃棄して、その分の予算を戦略爆撃部隊に回そう。
 戦略爆撃は完璧で万能なんだよ、それが解らない奴は頭が悪いんだ。
 敵が行動する前に戦略爆撃すれば敵の反撃手段と継戦能力を奪えるから、これからの戦争は戦略爆撃機さえあれば事足りる。
 だから我々戦略爆撃派閥に予算と出世の道をよこしなさい無能と老害ども」

 というようなことを主張したが、彼ら以外の軍人や官僚や政治家達は小学生風にいうならば

 「んな訳ゃないだろ、ばーかばーか」

 と、省略できる返答をして戦略爆撃教徒たちの主張を却下した。却下された教徒達はしつこく自説を唱え布教に励んだため弾圧された。
 例えば米陸軍では戦闘機無用論を掲げ続けていたウィリアム・ランドラム・ミッチェル准将が1926年に退役に追い込まれ、彼の弟子筋にあたる熱心な信奉者達も左遷されたり出世が遅れたりと冷遇された。

 しかし弾圧すればするほど強靱になるのが宗派(カルト)というものであり、戦略爆撃教原理主義過激派は各国の軍でしぶとく生き延びていた。
 地政学上の都合で「我が軍には高性能な大型爆撃機が必要」と言い張りやすいアメリカ合衆国には特に多くの生き残りがいた。

 やがて列強各国で同時多発的に、爆撃機絶対論を掲げる戦略爆撃教徒たちは限られた予算を取り合う近縁者を攻撃すべく「戦闘機無用論」を提唱した。彼ら教徒達は殆どが各々の祖国に忠誠を誓っており他国の教徒と連携などしていなかったが、同じような立場にいれば人間の考えることなど何処の国でも変わらない。
 戦闘機無用論とは「大型爆撃機は単発小型の戦闘機より強い」と主張するものだが、確かに最新鋭の傑作重爆撃機は旧式や欠陥品の戦闘機ならば振り切る事ができた。無論「作戦次第で」、という枕詞は付くが。

 戦闘機無用論は航空関係技術が長足の進歩を遂げた30年代半ばの時期に各国で隆盛を極め、急激に失墜した。
 日本やドイツの演習空域で粉砕され、チャイナやスペインなどの戦場で爆撃機の残骸と共に撒き散らされたのだ。
 現在では護衛なしの大型爆撃機が戦場を飛ぶことは自殺行為だと、戦略爆撃教徒以外の軍人達全てが認めている。現実を認められない者は軍人ではない。

 確かに爆撃機が戦闘機を振り切れることもある。しかしそれは「白いカラス」と同じく例外的な事例である。縞馬が獅子を蹴り殺すことも偶にあるが、檻の中で戦わせたら大概の縞馬は獅子に食われるのだ。


 戦闘機無用論は排斥されたが、戦略爆撃そのものの価値は今次大戦でも認められているし実行されている。
 しかし絶対主義者たちにとっては量的にも質的にも、つまり予算と権限の面で物足りないものでしかない。故に合衆国陸軍航空隊の一部は協定諸国に対し彼らの流儀に則った戦略爆撃を試みて、失敗を続けていた。

 無理を重ねてフィリピンに配備した初期型のB17爆撃機は初期故障と整備不良と悪天候と性能不足により戦果らしい戦果をあげる前に壊滅している。
 海軍の空母に陸軍の長距離爆撃機を積み東京を奇襲せんとする奇策は日本海軍の哨戒網を突破できず失敗に終わり、米海軍は貴重な艦隊空母を失い作戦参加者の殆どが未帰還となった。
 米本土に配備された大型爆撃機群は沿岸と航路の防衛に手一杯であり、敵に占領された西海岸への大規模攻撃に使う余裕がない。
 ブリテン島に居る連合軍航空隊は何度か欧州西海岸へ大規模攻撃を試したが、その度に攻撃側の未帰還率が5割以上を占めるという散々な結果に終わっている。しかもハンブルク市やキール軍港などの攻撃目標へ被害らしい被害を与えられなかった。
 大半の爆撃機は洋上で迎撃され墜落するか、迎撃機と接触する前に爆弾を捨てて退避したからだ。

 防空体制の穴を突く事に成功した11月2日のブリュッセル空襲は投弾成功率の面で及第点だったが、沿岸部と都市周辺に林立した高射砲塔群と遅れてやって来た迎撃機によって未帰還率七割以上という大損害を受けた。
 参加した72機の重爆撃機のうちブリテン島へ帰り着けたのは僅か18機に過ぎない。

 高射砲塔(フラックタワー)A型は、ドイツ海軍のリュッツオー級装甲艦そして日本海軍の伊吹級大巡と同じ三連装28センチ砲を二基、Z級駆逐艦および冬月型駆逐艦と同じ三連装12.7センチ砲を二基備えしかも各砲塔の連射性能は艦艇に搭載されたものを上回っていた。
 更にメートル単位の鉄筋コンクリートにより戦艦以上の装甲防御力を持ち、弾薬搭載量も艦艇以上だ。
 三連装15センチ砲や単装88ミリ砲で武装したB型や無数の40ミリ機銃を生やしたC型など、各種高射砲塔そして電探設備の建造は出資者の意向もあって積極的に進められている。
 高射砲塔は付近の電波探信儀(レーダー)施設から送られてくる射撃緒元が正確であれば、無敵の対空兵器なのだ。

 ドイツやスペインなど、協定諸国領土の守りは日々高められている。迂闊に手を出せば手痛い損害を受けることは明白だった。

 余談気味ではあるが、ドイツ占領下の国々で高射砲塔などの軍事施設や軍需工場が建てられ活動したため、現地の景気は一時的にだが回復した。
 占領軍が思いの外秩序正しく紳士的だったこともあり、住民感情は良好ではないが決定的に悪くもない。
 ドイツ国防軍は相変わらず冷酷非情の戦争機械だったが、故に合理的でもあり占領下の地域にそれなりに配慮していた。文明国の軍隊は好き好んで非道を働かないものである、というのが協定諸国軍上層部の一致した見解だった。
 なんといってもポーランド戦線と比べれば物資にも戦力にも余裕がある。誰だって、たとえポーランド政府へ悪感情を持っていない希有なドイツ人であっても懐に余裕がなければ配慮のしようがない。



 戦略爆撃とは攻撃する側へ多大な犠牲と消耗を強いる戦法であり、防御を固めた敵に対して強行すれば出血戦となる。遠距離になればなるほどその辛さは増していく。
 ろくな対空兵器や迎撃戦力を持たない弱小国に対してならば戦略爆撃で一方的に叩けるだろうが、弱い相手には何をしても勝てるのだ。結局のところ戦略爆撃も数ある戦法の一つに過ぎず、「~さえやっていれば勝てる」といった便利なものではない。


 「ブリテン島の戦い」は日本軍がチャイナ戦線で行った航空戦などと比べものにならない激戦であり、その負担は合衆国にとってしても楽ではなくなっていた。
 では、合衆国陸軍航空隊による一連の欧州攻撃は無意味で無益な行為だったか、といえばそうでもない。
 たとえ爆弾一発であっても敵国銃後に投弾できるならば戦略的に意味がある。


 国土や国民を守れない、守ろうとしない軍や政府を支持する国民などいる訳もない。なので嫌がらせ攻撃と解っていても敵が来れば迎撃しない訳にはいかず、電波警戒網や高射砲や待避壕などの設備や施設を整え人員と物資を配備する必要がある。
 市民生活上も、敵機が来る度に避難や燈火管制をしていては不便でしかたがないし生産効率も落ちる。

 実際に協定諸国はブリテン島からの戦略爆撃に備えて一定以上の迎撃戦力を待機させ続けているし、高射砲塔などの軍事施設を欧州西海岸一帯に作り続けている。
 この対空要塞地帯、世に言う大西洋要塞は投下した資金・資源と効果の比率においてマジノ線と比べられるほどに非効率な代物であった。当然ながら協定諸国が国力を防御に回した分、ブリテン島と連合国軍への圧力は減ることになる。
 本格的な戦略爆撃ほどではないが、限定的な戦略爆撃でも効果はあるのだ。






 1940年12月20日 午前6時45分 フランス北部 カレー市付近 上空一万二千メートル



 雲海の遙か上、朝日が昇る前の空に銀色の大きなものが浮いている。銀色の太い葉巻に小さなゴンドラのような箱を貼り付けたような飛行物体だ。
 軽量素材の骨格に軽量素材の皮を張り、内臓の殆どが空気より軽い気体の詰まった袋で占められているこの被造物は、一般的にツェッペリン式飛行船と呼ばれている。
 呼び名は同じでも、派手に爆発炎上したヒンデンブルグ号などと異なりこの時期の飛行船には入念な安全対策が施されている。構造材や塗料は燃えないもしくは燃えにくいものが使われているし、浮力材に水素やアンモニアなどは使っていない。

 悪天候に弱く収納場所に困るという欠点はあるが、安定性と快適さで飛行船に優る飛行物体はない。しかし戦時の空を飛ぶには飛行性能が中途半端に過ぎた。特に速度が。
 飛行船の巡航速度は航空機の数分の一であると同時に高速船舶の数倍であり、飛行船でない移動物体を護衛をつけて移動することが難しいのだ。かといって鈍重な飛行船の護衛に、武装の重みで更に鈍重になる武装飛行船をつけても意味がない。

 当然ながら今次大戦が文字通り全ての列強と殆どの先進国が参加する世界大戦となると、大型飛行船の活動範囲は狭くなった。
 ベルリン交響楽団の日本遠征も合衆国参戦により中断されたが、それも致し方ない。赤十字の捕虜返還船すら撃沈する軍隊が敵国の楽団や疎開児童を乗せた飛行船を見逃す訳がない。

 故に、短期留学や国際親善訪問の名目で北欧や東欧そして独伊から来日していた児童たちは、帰郷のときまでに航路が回復しなかった場合は滞在期間を伸ばすか潜水艦で帰還するかを選ぶことになった。
 いや、もちろん選ぶのは児童たち本人ではなく保護者だが。

 40年春から秋までの時点では日本と欧州の連絡線は途絶えており、鈍重な飛行船が制空権も取れていない空を突破して日本と欧州を行き来することはできなかった。
 無理をしてでも行き来するとしたら潜水艦に頼るしかない。

 だが潜水艦でも日本と欧州の行き来が危険であることに変わりはなく、連合軍戦力のひしめく中を突っ切る危険をあえて冒すまでもないと考える保護者が多数派だった。
 この判断には日本政府が滞在延長による費用の全額負担を請け合ったことも影響を与えている。
 まあ、もしも潜水艦での移動を希望したとしても実際に乗れたかどうかは疑問だが。優先して日本から欧州に運ぶべきものが他にあったからだ。
 日本海軍は20日間で東京湾からバルト海まで辿り着ける超高速輸送潜水艦を複数所有していたが、希少な物資やもっと貴重な人材を運ぶだけで手一杯だった。いかに大型で高速でも潜水艦で運べる量には限度がある。


 日本政府の申し出は自信の(慢心の)証拠として内外に受け止められた。
 一般の日本人達は連合艦隊こそ史上最強の海軍であり、友好国から来た児童達の滞在費負担が重荷になるほど待たされはしないと信じていた。
 実際の話、日本海軍は一般的な納税者も外国の児童達もその保護者も長く待たせずに済んだ。


 40年1月末に在フィリピン米軍の海空戦力が無力化し3月上旬には米太平洋艦隊が壊走していたが、6月始めの日英開戦から一月余りで東南アジア一帯が制圧され、7月始めにはオーストラリア・ニュージーランド両国と実質休戦状態が成立した。
 9月始めにはセイロン島が陥落し、10月上旬にソコトラ島が制圧され、11月上旬にカイロが陥落し、ほぼ同時期にインドの英国軍がデリー周辺を除いて降伏した。
 そして11月半ばで、シアトル軍港が日本海軍により完膚無きまで破壊された。鎮火したばかりの空母翔鶴をサンディエゴのドックに突っ込み一週間の突貫修理の後に戦線復帰させるなどといった無茶を押し通しての猛攻から、連戦で疲弊した米軍がシアトルを守りきれる訳もなかった。

 まさに疾風怒濤の勢いで、日本海軍は海上通商路を切り開き繋ぎ直していった。日英の開戦から半年もかけずに欧州との連絡線は復活したのである。

 復活させねばならなかった。
 日本政府と大本営は、欧州戦線が干上がること自体は心配していなかった。日英開戦前から日本は地中海に面した防共協定諸国に、具体的には伊・西・土などに各種資源を蓄える貯蔵施設を作っていし、輸送手段としても使える使い捨てのコンクリート船を多数停泊させてもいたのである。
 実際の話、日本から地中海までの航路が途切れても協定諸国の生産力は殆ど落ちなかった。35年春から40年6月までに日本から送り込まれた資源と物資はドイツ以外の協定諸国に、日本との取り引きが途絶えても一年や一年半は充分戦えるだけの余裕を持たせていた。
 残念ながら協定諸国の盟主格であり兵器廠であるドイツにそこまでの備蓄はない。消費に追い付かないのだ。だからドイツは日英開戦以降数ヶ月の間、日本から潜水艦で送られてくる金塊で他国から余剰資源を買い入れて凌ぐ羽目になった。

 干上がりかけたというか窮地に立ったのはむしろ日本帝国である。
 日本海軍は祖国の財界や政界から通商路の再開をせっつかれていた。北米の市場を完全に失った日本経済には東南アジアとインドそして中東と欧州の市場が必要だった。
 日本勢力圏だけでは拡大した円経済にとって狭すぎる。市場だけでなく、投資先として欧州がなければやっていけない。
 マンチュリアとチャイナでは満州国と南京国民党の政治力が急速に高まってきている。民族資本強化が進められている両地域は、以前とは別の意味で日本企業にとって旨味の少ない場所であった。

 更に言えば、人手不足が限界に近づいていた。戦線と勢力圏が拡大する一方であったのだから無理もないが。
 もしもアンザック同盟とくにオーストラリア政府が外交方針を急変換しなければ、その結果であるオーストラリアの人的資源供給がなければ日本政府は学徒動員を強制化していただろう。もちろん強制化しても焼け石に水だが。
 何が何でも、一日でも早く日本帝国は欧州との輸送線を復活させなくてはならなかった。オーストラリアの協力は更なる戦線と勢力圏の拡大を意味していたし、代価も決して安くなかったのである。

 それほどまでに日本の経済界は即戦力となる人材を欲していた。使えるのならユダヤ人だろうが元赤軍兵だろうが同性愛者だろうが出自や経歴は問われなかった。最低限の意思疎通ができて最低限の倫理が通じさえすれば良いのである。
 故にカイロ制圧の翌日から日欧の通商は復活し、日本経済は良質の労働力と消費者の輸入を再開した。


 12月に入ってパナマ攻略戦が始まりパナマ付近の軍事施設が軒並み破壊され、南アフリカに上陸した協定諸国軍が順調に制圧範囲を広げている以上、潜水艦を含めた連合国軍残存戦力が太平洋とインド洋から消滅するのは時間の問題だった。
 あとしばらくの時が経てば戦って沈むか、逃げ出すか、干からびるかの選択肢でさえ自分では選べなくなるだろう。

 通常船舶になりすました補給用仮設巡洋艦が何隻か生き残った程度では、魚雷や燃料食料の補給はできても整備が出来ない。現代兵器とは整備が滞れば長くても数ヶ月で屑鉄同然の役立たずに成り果てる代物であり、潜水艦も例外ではない。
 秘密の補給基地が活躍できるのは冒険小説の中だけであり、補給基地への補給線が途絶えてしまえば諸共に干からびるだけだ。
 仮設巡洋艦が協定諸国の海軍や沿岸警備隊による警戒網をかいくぐり続けること自体も楽でなく、太平洋における連合国軍潜水艦の動きは急速に鈍っていくのだった。


 そんな訳で以前と比べるとかなり遠回りになるが、日本から欧州への空路は40年12月の時点で開けていた。船旅では遅すぎて不都合がある旅行者達は大型飛行艇を乗り継いで動いていたし、数は減ったが飛行船の定期便も復活した。
 政府代表としてイスタンブールへ向かった前田利為侯爵など重要人物も利用しているように、航路の制空権が保証されていれば、飛行船は船より速く飛行機より安全な乗り物であり移動手段として需要があった。


 定期便が減った理由の一つは旅客用飛行船の数自体が減っているからでもある。大型飛行船のうち何割かは改造され軍務に就いているのだ。
 マジノ線やオワフ島へ大型爆弾を投下した同類と異なり、客船から改造した飛行船の任務は直接攻撃ではなかったが前線付近に出ることもあった。
 カレー市南方の空に浮かぶこの飛行船も、専用発電機付きの発信器で謀略放送を含む各種の電波を流している。
 普通ならば陸地の電波塔から流せばよい電波をわざわざ飛行船で流しているからには、それなりの理由がある。この飛行船もまた、協定諸国軍が誇る電波兵器の一部であった。





 同時刻 ブリテン島南部 サウザンプトン付近上空


 
 比較的低高度を、陸から海に向かって2機の戦闘機が飛んでいく。
 液冷の発動機を搭載した、優美な流線型をした単座の機体だ。素人が見ても高性能と一目で分かる、一線級機体である。
 翼と胴体に蛇の目文様が描かれていることから分かるように英国空軍の所属機だ。一部の同盟国航空部隊と異なり、英空軍の機体は自軍の識別用塗装をきちんと遵守していた。

 もっとも、国籍偽装を行わない最大の理由は紳士の気概とか空の騎士道ではなく同士討ちを恐れているためなのだが。
 飛行中は勿論だが特に飛行場以外の場所へ不時着したときが怖い。不時着した機体から這い出した亡命オランダ人操縦士が、機体に擬態用の鉄十字を書いていたがためにドイツ兵と決めつけられ自警団に撲殺されるという痛ましい事件も起きている。
 不幸にもそのオランダ人操縦士は、英語を喋るとドイツ訛りが強く出てしまう癖があったのだ。ドイツ軍機に見えるものからドイツ訛りで喋る兵隊が出てくればドイツ兵扱いされても仕方がない。

 偽装塗装の常習者である米軍の操縦士はというと、自警団に撲殺されるような事は殆どなかった。
 彼らは操縦席に拳銃や短機関銃を常備しており、敵地に不時着したとしても全くの無力ではない。猟銃すらろくにない自警団にとっては手強すぎる相手である。


 「狐穴からフォックス・ワン、応答願います」
 「こちらフォックス・ワン。どうぞ」
 「東から敵の新手です。高度九千フィート、速度300、約20機、接敵まで。繰り返します、東新手、九千、300、20」
 「了解。迎撃に向かう」

 雑音が多いがきちんと聞こえる通信に応えて操縦士は操縦桿を引いた。彼の機体に僚機も続き、2機の戦闘機が上昇を開始する。
 たった2機で10倍以上の敵に向かうことになるが、相手はどうせ無人の飛行爆弾だ。運さえ悪くなければなんとかなる。
 例外なく飛行機には適切な巡航速度というものがある。300ノットもの速度で巡航できる飛行物体は限られるのだ。

 戦闘機ではないだろう。新型のメッサーシュミット戦闘機、Me109Fはかなり速いらしいがそれはあくまでも最高速度である。最初から全速で飛ばしていては燃料が持たない。
 戦闘機の護衛がついていないのならば、100式重爆でも98式陸攻でもない。日本人達は護衛無しの爆撃機がいかに脆いか知り尽くしている。
 四発重爆撃機も戦闘機の護衛が要ることは同じだし、そもそも速度限界的にありえない。
 偵察機ならば群ではこないだろう。だから飛行爆弾だ。

 もしかしたら征空戦闘目的の戦闘機群かもしれないが、そのときは逃げれば良い。初期型と比べれば何割か航続距離が伸びたが、構造上Me109系の機体は搭載燃料に限界がある。
 Me109以外の協定軍戦闘機なら急降下で逃げ切れる可能性がある。早い段階から逃げに徹すればそうそう落とされない筈だった。


 V1号兵器こと、パルスジェット推進機「梅花」。
 40年秋に登場したBAIKA-BOMBは、僅か数ヶ月のうちに英米市民にとって恐怖の象徴となっていた。
 元々はドイツ空軍向けにフィーゼラー社が開発したが不採用に終わり、生産免許と改良する権利を買った日本で実用兵器に育って欧州へ帰ってきた無人兵器は、今や日独だけでなく占領下のベルギーやオランダやデンマークでも生産が始まっている。もちろんヴィシー・フランスやスペインなどの協定諸国でも。

 とにかく安上がりなこの戦略爆撃兵器は連日連夜独特の飛翔音と共にブリテン島に向けて放たれ、大英帝国の脊髄に痛手を与え続けていた。
 梅花一機あたりの炸薬量は中型爆撃機の爆弾搭載量と同等かやや落ちる。
 つまり一日当たり千発の梅花がブリテン島に飛来するならば、500機のJu88や98式陸攻が来るよりも厄介かもしれない。
 日本軍がハワイやアメリカ本土で使っている物よりも炸薬量を上げ、代わりに飛行距離を縮めた欧州仕様の梅花もといFi103は40年の年末までだけで合計4万発以上が発射されることになる。

 英国空軍に所属するこの2機の任務は、厄介な無人兵器の始末だった。高射砲や阻塞気球もあるがやはり海上で落とせるなら落とした方が良い。何と言っても被害と後始末の手間が減る。



 この場には2機しかいない英軍戦闘機の遙か上、高度九千メートルあたりを飛んでいく数機のドイツ機を見て、一番機に乗るケイン・ブルック少尉は唸り声をあげた。
 空戦と猫の喧嘩は高い位置を取った方が勝つ。高度は視界を保証し速度に変換できる。上空にいる飛行機の方が機銃弾の威力も上がるし爆弾は上からしか投下できない。上を取って勝てないとしたら腕や性能にとんでもない差があることになる。

 そしてドイツ空軍が誇るMe109は、設計から運用まで高空からの一撃離脱に徹しきった戦闘機だった。
 悔しいが、この機体では勝てない。勝負を挑みに這い上がっていくことさえできない。奴らが平気で動ける高度で、こちらはまともに飛べもしないのだ。

 あいつらは自分の乗っている戦闘機が世界最高だと信じているのだろうな。と、ブルック少尉は思った。
 自分はそうではない。悪くはないが、最高だとは思えない。乗り換えられるのなら今すぐにでもMe109に乗り換えたい。

 戦場で油断や放心は命取りだ。ブルック少尉は一瞬で雑念を振り切り、上下左右その他の全方向を見張り警戒する。
 電子戦能力において英米軍はドイツ軍に何歩か遅れている。当然ながら電波による管制も精度と信頼性で劣っており味方管制の情報を盲信することは危険だった。どんな情報も、最後は自分自身が確認しなければ信用すべきではない。

 程なく東の空に現れた敵編隊を見て、ブルック少尉は目を剥いた。
 飛行爆弾ではない。偵察機でもない。やってきたのは十機余りの双発戦闘爆撃機と、ほぼ同数の単発戦闘機だった。

 「畜生! 新型だ!」

 双発機はMe110後期型だが、単発機は噂に聞いたフォッケかミツビシの新型だろう。この目で見るのは初めてだ。

 ブルック少尉の推測は正しかった。双発機はカレー付近の飛行場から飛び立った部隊だが、単発機は北海に遊弋する空母の艦載機なのだ。フォッケウルフ社のFw190系戦闘機は空母への着艦は無理だったが発艦は問題なくできた。
 高速かつ長大な航続距離を持つ2種類の新型空冷戦闘機は、連合軍にとり98式より更に手強い相手だった。
 長時間の全力飛行が可能な征空戦闘機は、高速移動できるが故に脅威度が高い。その気になれば最高速度で拠点と戦場を行き来できるのだ。Me109やスピットファイアで同じ事をすれば戦場にたどり着く前に燃料切れで墜落してしまう。

 北海や英仏海峡付近の稼働空母数は、今や完全に協定諸国側が優位に立っていた。
 協定諸国軍が保有する空母の大半が日本製だったが、連合軍にしても保有空母の大半はアメリカ製だ。ライセンスまたはノックダウン生産とはいえ欧州で艦載機を作れるだけ協定諸国の方がまだマシだろう。
 通商破壊と連日の戦略爆撃で英国本土の工場は殆ど動いておらず、航空機生産数はブリテン島よりカナダの方が多いのが現状である。そして一線級艦載機の製造ラインはカナダの飛行機工場にも存在しなかった。


 「フォックス・ワンから狐穴、フォックス・ワンから狐穴へ、敵と接触した。新型戦爆連合それぞれ1ダースだ!」

 通信機を受信に切り替えて追いかける。
 敵は速いが追い付ける。Me110E型は高速機だが、いかに機体密着型の爆弾用風防を付けて空気抵抗を減らしても爆弾を吊せばその分遅くなる。
 ブルックたちが乗っているP51なら追いすがるには充分だ。同じ低空用機でも鈍足のP40ではこうはいかない。
 問題は新型の単発だ。現在位置ではこちらが高度でやや有利だが、素の速度では互角‥‥いや、向こうの方が速いようだ。
 運動性は、微妙なところだ。P51の空力特性は素晴らしいが失速し易いという致命的な欠点がある。P51の独特な形状をした翼は空気の層が剥がれやすく、低速飛行時に無理な機動をすると揚力を瞬時に失ってしまうことがあった。
 調子に乗って巴戦を行い墜落した僚機は少なくない。天敵である97式に撃墜された奴も。

 まあ、実を言えば細かい性能はどうでも良い。箸にも棒にもかからぬようでは無理だが、それなりに通用する水準であれば空戦はできる。
 空中戦の要諦は単純極まりない。高い位置をとって、こちらに気づいていない敵を見つけたら急降下で不意打ちして、弾が当たっても外れても大急ぎで逃げる。それだけだ。
 他の流儀があるのかもしれないがブルックは知らない。

 「最後尾を狙うぞ、同じ奴を撃て」

 ブルックは後続のP51に無線で指示し、敵戦闘機編隊の後列に降下しつつ銃撃を浴びせる。爆撃機は駄目だ、撃ち落とせなくはないがその後で必ず囲まれる。あの数に囲まれればまず逃げ切れない。
 銃撃は間一髪で気づかれた。コンマ数秒の差で、敵機が飛んでいた筈の空間を3列の曳光弾が通り過ぎていく。
 3つだけだ。ブルック機の翼に合計4丁されている12.7ミリ機銃のうち、右端の一丁が作動不良を起こしている。

 ボロ機銃がっ と罵りたいがそんな余裕はない。
 不意打ちが失敗した以上はとっとと逃げなくてはならない。ナカジマの97式に迫る水平戦闘能力を持つとされる新型日本機‥‥かもしれない相手へ、ドッグファイトを挑む気などブルック達にはなかった。

 ブルックは操縦桿を更に押して乗機を急降下させた。彼らは 三十六計逃げるに如かず という言葉など知らないが逃げることの大事さは知っている。知らねば今まで生きのこれていない。


 「良っし! かかったぞ!」

 操縦席風防の枠に取り付けてあるバックミラーに敵機の姿が映った。数機の新型がブルックたちを追いかけてきている。
 これで最低限の任務は果たせた。護衛機が減れば味方が敵戦闘爆撃機編隊を阻止できる確率はその分上がる。たった2機で4機の新型を一時的な任務不可能状態にしたと考えれば上出来だ。
 あとは自分たちが生き残るだけ。多くを望まないのが生き残る秘訣だ。

 2機のP51は海面近くまで降下してから機首を上げ、水平飛行へ移った。膨大な荷重に耐えてなんとか水面への激突を防ぐ。
 未熟な操縦士なら自爆しかねない動きだが、激戦区を今まで生き残ってきたブルックたちは冷や汗混じりながらもやり遂げる。

 およそ操縦士という生き物は二種類に分類できる。自信家とそうでもないやつとに。
 戦闘が激しくなると自信家が生き残る。実際の腕はともかく、自信にあふれ頼りになりそうな操縦士へ優先して補給や良い機材が与えられるからだ。
 世間には凡人の方が多い。誰もが叡智と慧眼を持っているわけではない。不安なときに無根拠であっても態度の大きな者が頼もしく見え、声の大きい意見が通りやすくなるのは当然なのだ。
 故に歴戦の飛行機乗り、特に戦闘機乗りは傲岸不遜な俺様野郎ぞろいになっていく。謙虚な良識家よりも生き残りやすいからだ。
 戦闘が更に激しくなれば自信家のなかでも腕と運の悪い者から順に消えていく。激戦地でこれまで生きのこれたブルック達は撃墜王でこそなかったが、決して腕の悪い操縦士ではなかった。ヘボにP51は回ってこない。

 もちろん追う側もそれは同じであり、4機の敵新型も海面をかすめるようにして水平飛行に移る。

 陸地を目指して逃げる2機のP51に、敵新型はなかなか追い付けない。低高度での水平飛行速度でいうならばP51は紛れもなく傑作機だった。
 焦ったのだろうか、追っ手のうち一機が遠すぎる間合いから銃撃を放ったが当たらない。有効射程から離れすぎている。

 「相変わらず良く伸びる弾道だな、おい」

 右横方向を通り過ぎていく曳光弾の連なりに、思わず羨望混じりの悪態が漏れる。
 製造元がラインメタルかマウザーかスミダなのかは分からないが、協定軍の20ミリ機銃は調達費用以外の点で文句の付けようがない傑作兵器だった。しょっちゅう弾詰まりを起こすブローニング機銃とは比べものにならない。
 しかし搭載機銃の開発に失敗した英国空軍はブローニングM2機銃を使うしかなかった。他に適当な機銃が存在しないのだ。あえていえばエリコン社の20ミリ機銃があるが、こちらも航空機向けの性能ではない。信頼性はM2よりまだマシだが搭載弾数が最大60発では使いようがない。
 鹵獲品では数が足りないし、新型国産機銃は間に合いそうにない。開発が終わる前に戦争の方が終わってしまうだろう。
 撃たれ強い現代機に7.7ミリ機銃では束にしても通用しない。スピットファイアやハリケーンにしても小口径機銃の搭載はやめている。
 ロシア製の航空機銃は意外と実用的だと聞くが、露英双方ともに輸出入できる余裕などなかった。航路が繋がっていないのだから仕方がない。


 俺達が負けてるのはボロ機銃のせいだよなあ、とブルックは内心で嘆く。

 何故に連合国軍の負けがこんでいるかといえば、制空権が取れないからだ。
 何故に制空権が取れないかといえば航空戦に勝てないからで、何故に空で勝てないかと言うと彼我の機銃性能が違いすぎるからだ。
 個々の機体性能や空母の数やお偉方の頭で負けていることも否定しないが、それが第一の原因ではない。

 同じ12.7ミリの重機関銃でも、連合国軍が使っているブローニング社のものは協定諸国軍で標準的なベレッタ社製のものに比べて性能が劣っていた。
 射程や威力や弾道特性などはまだ我慢できない程の差ではないが、信頼性が違いすぎる。ブローニングM2重機関銃は陸地で使う分には充分だが戦闘機に搭載すべき代物ではない。
 何故かと言えばM2はG(加重)が加わると即座に弾詰まりを起こすからだ。地上でなら簡単に修理できる故障でも空中ではそうはいかない。これが重爆撃機の防御銃座なら機銃手が手動でどうにかできるかもしれないが、単座の戦闘機ではどうしようもない。

 現にブルック機の機銃はいつのまにか二割五分が使えない状態になっていた。つい先刻、基地から飛び立った直後に試射したときには4丁とも弾が出たのに、だ。
 先程の急降下で更に1丁か2丁おかしくなっているかもしれないし、ことによっては3丁とも使えなくなっているかもしれなかった。
 それでも機銃の不具合を嘆いていられるだけ、ブルックたちブリテン島の操縦士は幸運だった。空中で突然発動機(エンジン)が止まることも珍しくない赤軍の操縦士よりは、まだ。 


 何故かは解らないが、合衆国の兵器産業は機関銃の設計が得意ではなかった。有名なトンブソン銃など短機関銃では優れたものも作っていたが、機構的には短機関銃と普通の機関銃はかなり違う。
 設計だけでなく改修や複製においてもこの傾向は存在し、他国ではコピー生産できているチェコ製軽機関銃やスウェーデン製機関砲がアメリカ合衆国の兵器企業では生産できないか、できても性能が激しく劣る事例が多かった。
 これで合衆国製の兵器がガラクタ揃いならば話は単純なのだが、カノン砲やライフル銃などでは世界水準ないしそれ以上の兵器が作られている。なぜ機関銃が苦手なのかは謎だ。

 M2は合衆国製機関銃として数少ない例外であり傑作だったが、航空機に載せるには向いていなかった。
 とりあえず合衆国海軍などではF4F戦闘機の搭載機銃を6丁に増やすなどして対応しているが、根本的な解決にはなっていない。

 根本的な解決はまず無理だった。この時期のブローニング社は複数の重役が対日協力者の疑いを受け逮捕され、関係者は軒並み捜査と尋問の対象となっていたからだ。
 当然ながらブローニング社の営業も開発も機能停止状態である。工場は合衆国政府とFBIの監視の元で稼働していたが、現場の者だけではちょっとした改良すら無理だった。余計な真似をすれば自分も対日協力者の容疑者にされかねない。
 最悪の場合、当局に逮捕される前に暴徒の手にかかって私刑(リンチ)もありえる。ブローニング社は数年前に日本企業と業務提携を結ぼうとしていた前歴があり、只でさえ疑われやすい立場だった。

 余談だが、困ったときのアインシュタインとまで言われ様々な兵器の開発改良を手がけてきた科学者チームですら40年末の時期には多数の人員が対日協力者の容疑をかけられ拘束され、一時的にではあるが麻痺状態に陥っていた。
 最早魔女狩りの様相を呈してきた合衆国内の親日派排斥運動が収まるには、更に数ヶ月の時間が必要だった。



 不意に、後方からの圧力が消えた。振り向けば敵が4機とも機首を上げ急上昇に移っている。
 今更ながら深追いに気づいたのだろうか。にしては上昇角度に余裕がないが。
 周りに味方機はいないし、対空陣地は遠すぎる。何を慌てる必要があるのだろう。

 四方八方を見渡すブルックは、頭上に無数の白い花が咲くところを目撃した。
 小型の落下傘が、直径1メートルほどの白い傘状布きれが上空で開いたのだ。落下傘には大きめの缶詰のようなものがぶら下がっている。

 良い飛行機乗りは例外なく視力が良い。ブルック少尉の目は自分たちへ降り注ぐ缶詰の底から被いが外れるところと、缶詰の底に穴があいていることと、その穴が勢い良く火を噴いて缶詰がはじける瞬間を確かに見た。



 横風によって本来の目標から外れ、ブルック達の上に流されてきて開傘したものは自己鍛造弾と呼ばれる新兵器だった。
 より正確には落下傘式散布小型爆弾の弾頭にミズネ・シャルダン効果利用の運動エネルギー兵器を搭載したものだ。
 これは語弊を承知の上でいえば、ある一定の特殊な角度を持つ皿状金属板に爆薬を貼り付けた代物だ。信管が作動すれば爆発の圧力が集中し金属板を砲弾に鍛造しつつ発射することになる。

 黒海戦線で、とあるトルコ人将校が『悪魔の缶詰』と呼んだ、直径10センチほど金属塊。
 見た目はあだ名の通り大きめの缶詰にしか見えない。

 それは爆縮レンズの効果により砲身を用いずに、対戦車砲弾以上の速度でもって自己鍛造した砲弾を打ち出す驚異の発明品だ。
 有効射程は自己鍛造弾の直径に比例するため100メートル程度しかないが、有効範囲内であれば数十㎜の圧延鋼版を打ち抜ける。実際に陸戦でも使われているが、重戦車の正面装甲以外のあらゆる地上兵器を破壊できるのだ。
 有効範囲を超えると空気抵抗で急激に減速して威力を失うが、それでも非装甲兵器に傷を付ける程度は残る。150メートル先の戦車装甲ならはね返せても、トラックなどに当たれば無傷とはいかない。

 これが大量に撒き散らされるだけでも脅威だが、悪魔の化身と恐れられる理由は落下傘と電波にある。
 西部戦線でこの日初めて実戦使用された自己鍛造弾には落下傘が付いている。当然ながら風に乗って動きつつ比較的ゆっくりと落下していくことになる。
 投下してある程度の高度に達すると缶詰の底についている被いが外れ、缶の底がむき出しになるが外れた被いは薄い鉄板が入っている。
 つまりその被いが外れてからは、缶詰の底方向から来る電波は金属板によって遮蔽されず素通しになる。

 あとは缶詰に仕掛けられた電波式近接信管が下方向からの反射電波をとらえて作動すれば、下手な戦車砲並の威力を持つ砲弾が空中から発射される。
 近接信管が作動するからには缶詰の下には電波を反射する物体がある。逆に言えば反射する物体がないと砲弾は発射されないまま漂いつつ降下を続けるのだ。
 もちろん反射電波を感知する、ラジオの親戚に当たる部品は適度に調節されている。全てではないが大方の自己鍛造弾は目標との距離が有効範囲内となったときに信管が作動していた。

 海上の船舶などから見れば、落下傘が頭上まで来ると次々爆発して砲弾が浴びせられることになる。
 ただ単に小型爆弾を多数ばらまく収束爆弾などと違い、落下傘付き自己鍛造弾は知性を持つかのように車輌や兵器などの機械類を狙って破壊する。
 ドラム缶などの電波をよく反射する囮を設置すれば多少は被害が減るが、あくまでも多少だ。更にいうと砕け散った囮の破片でも被害は出る。正に悪魔の発明だった。

 なお、普通に接触信管も付いているので自己鍛造弾は人間など電波を反射しにくいものにも効く。直接当たれば零距離から戦車砲なみの威力が炸裂するのだ。更に一部は時限信管も付いているので、迂闊に不発弾を触ると危険だった。


 有効範囲内であれば、自己鍛造弾は赤軍の「空飛ぶ戦車」ことイリューシン襲撃機ですら一撃で撃墜する。戦闘機として華奢な部類に入るP51の装甲がはね返せる訳もない。





     ・・・・・



 戦略爆撃の効果は今次大戦でも認められ、実行されている。

 港湾施設などへの梅花(Fi103)大量投入も戦略爆撃の一種だ。ハワイ戦線に投入された最初期型と異なり、40年末にブリテン島南部へ撃ち込まれていた飛行爆弾には無駄弾を減らす仕組みが追加されていた。
 一言で言えば電波式の距離測定器だ。この部品を搭載された飛行爆弾は自分が発射地点からどれだけ離れているのかより正確に把握できる。旧型よりも正確に目標を狙えるのだ。
 正確かつ柔軟に目標をねらうために、ドイツ軍は海上の船舶や空中の大型機そして大型飛行船などからも電波を放っていた。
 電波受信機には受信できる範囲限界がある。故に電波発信源の位置と強度を柔軟に変えれば飛行爆弾でもかなり正確に墜落地点を指定できるのだ。
 例えば飛行爆弾に、ある波長の電波が一定の強度以下になったときに降下するよう設定すればあとは発信源の位置を動かせば望ましい距離で降下させられる訳だ。

 縦方向はこの方法で良いが水平方向での照準変更はできない。舵取り機能の追加や無線誘導化など飛行爆弾の機能拡大も研究されているが進捗が遅れている。安さが取り得の飛行爆弾に凝った仕組みを載せては長所を殺してしまいかねない。
 簡単で安価で効果が大きい仕組みを簡単に作れるのならば世の発明家達は苦労しない。
 仕方がないので飛行爆弾を運用する現場では、飛行爆弾母艦を使って発進位置や方向を変える方法と、横風など天候を利用して進路を故意に曲げる方法を併用していた。
 当然ながら天気予報の精度が命中率を大きく変えることになり、各地から敏腕気象予報士が引き抜かれ報奨金制度もできた。

 同盟国の影響もあってか、今大戦でドイツ軍は以前よりも更に命中精度に気を配るようになった。
 実際の話、戦略爆撃の拡大だけでなく効率化も目指すドイツ空軍には余計なものに当てて良い爆弾など存在しない。
 サウザンプトンの港湾地区だけでも大小の船舶にドックに船台、倉庫やクレーンや運河扉など狙うべき物が幾らでもある。市街地に流れ弾など落としている余裕はない。
 敵国の市民をわざわざ狙って殺す必要などない。補給線を圧迫すれば勝手に餓える。餓えた自国民がどれだけ厄介な存在か、ドイツ軍は嫌というほど知っていた。



 今大戦で計画された戦略爆撃行動の一つ、連合国軍によるルール工業地帯への戦略爆撃計画はドイツ海軍によるブリストル空襲によって間接的に頓挫した。


 1940年12月21日早朝、イギリスの港町ブリストルをドイツ海軍機動部隊所属の空母オットー・リリエンタールから放たれた攻撃隊が空襲した。空襲の規模が小さかったこともあり直接的な被害は微々たるものだったが、アメリカから到着したばかりの貨物船ジョン・ハーヴェイ号が被弾して船倉にあったマスタードガスが漏れ出したのだ。
 この流出により少なくとも一万人以上の軍人と民間人が被害を受け、そのうち一割以上が即死もしくは即死に近い短時間で死亡したと見られている。詳細な記録はロンドン市街ごと燃えてしまったので、後の歴史書には推定数しか載っていない。

 積み荷のマスタードガスは「ドイツ軍が毒ガスを使用した際に報復する」ために、極秘で持ち込まれた物であった。輸送船ジョン・ハーヴェイ号の乗組員はもちろん輸送船団の責任者にすらこの危険物の存在が伏せられていたため初動が遅れに遅れ、被害は甚大なものとなった。

 マスタードガス秘密搬入には合衆国陸軍航空隊の戦略爆撃絶対主義派が大きく関わっており、その首謀者はカーティス・ルメイ陸軍少将であった。
 かねてからルール工業地帯への無差別爆撃を主張していたルメイ少将はこのマスタードガスを使用する爆撃計画を立て、私的な伝手を使ってホワイトハウスへ働きかけたのだ。

 万が一の事態への保険という名目で送られたマスタードガスではあるが、立案者はもちろん実戦使用するつもりだった。それも大量かつ可及的速やかに。
 最初の一撃でルール地方の工事用群を壊滅させてしまえばドイツは崩壊する訳であり、ルメイ少将の計算ではB17かそれに匹敵する大型爆撃機を400機とそれに満載する毒ガスさえ用意できれば欧州戦線は一月も掛けずに終息する筈なのだ。
 心臓が止まって生き延びられる国家はない。ルール地域が動かなくなればドイツ軍全体が動かなくなる。そうなればドイツ軍は崩壊するしかなく、それを見ればイタリアもスペインも両手を上げるしかない。

 一流工業国であるドイツには化学兵器を大量生産する技術も運用する手腕も存在する。当然ながら同様の手段で反撃される訳だが、心臓が止まった敵の反撃は一度か二度が精一杯だろう。
 化学兵器の一撃でブリテン島の内臓が全て腐りはてたところで痛くも痒くもない。ルメイ少将は彼個人が巻き添えを避けることにおいて、連合軍随一の才覚を誇る人材だった。
 ブリテン島にいる合衆国陸軍航空隊は報復で消耗するかもしれないが、後方組織さえ無事ならいくらでも立て直せるのが戦略爆撃部隊の長所であるとルメイ少将は見ていた。彼的には、大型爆撃機は勇敢で忠実で標準的に有能な士官がいれば充分飛べる存在なのだ。


 40年6月上旬に行われ、無惨に失敗したドゥーリットル攻撃隊の壊滅に続いてまたもや起きたこの不祥事‥‥と呼ぶにも大きすぎる事件だったが、連合国側の公式記録には残らなかった。
 戦時であることもあり、英米両国の首脳部は面倒くさい裁判などやる気がなかったのだ。臭い物には蓋をするに限る。

 毒ガス自体をドイツ軍のものと言い張る案もあったが、首相はじめ英国政府上層部が全力で却下した。禁止兵器を使用されたと公式に宣言すれば報復しない訳にはいかず、通常兵器で押されている現状では化学兵器ぐらいしか報復手段がない。
 一度化学兵器を実戦使用すれば報復合戦となり、ブリテン島は滅びる。少なくとも全ての大都市が人間駆除剤で消滅する。
 上手くいけば相打ちでドイツ経済に致命傷を与えられるかもしれないが、それで得をするのは英国ではない。
 濡れ衣を着せて良い相手は弱者だけだ。ドイツに戦略爆撃能力と大量殺傷兵器の備蓄がある限り、停止も引き返しもできなくなる段階へ戦争を進める気など英国首脳部の誰にもなかった。
 戦争は国家の生存と利益確保のためにする行為だ。亡国の危険を冒してまでするものではない。 


 12月13日、ドイツ軍の空襲によりブリストル港と入港したての郵送船団QB14は壊滅した。それ以外の何ごとでもない。 それが英米両国の公式見解となった。
 ドゥーリットル作戦と同じく、ブリストル事件でもルメイ少将は政治的生存に成功したのである。

 しかしこの事件によって彼の悪名は更に高まり、軍の統制を乱す一部将校の暴走を許した大統領への非難が軍部内で高まったため類似の作戦は難しくなる。以後の合衆国陸海軍は米国製化学兵器の管理態勢を強化し、陸海軍司令長官の署名がない書類で大量の化学兵器動かすことはできなくなった。
 故にルメイ少将を始めとする戦略爆撃教徒たちは、大猟破壊兵器を調達するために暗躍を続けることになる。信仰は障害があればあるほど強固なものとなるのだ。



 一方とばっちりをくらった英国民の方はたまったものではなく、ただでさえ良くなかった合衆国軍への感情はこれから更に悪化し続けていくのだが、それはまた別の話である。
 なにぶんにも今は戦時中であり、協定諸国軍の本土攻撃と通商破壊による死傷者数は鰻登りだった。ジョン・ハーヴェイ号事件の英国人犠牲者やその遺族達に泣き寝入りする気はなかったが、充分な賠償金と物資が得られるという条件付きで戦争終結まで訴訟を待つことに合意し、一時的に口を閉じた。

 事実上、輸送船団QB14とブリストルの港湾機能はこのマスタードガス漏出事件により壊滅したと言って良い。
 船や施設への被害は比較的少なかったがただでさえ人手不足なブリテン島で、管制官からクレーンを操作する作業員まで全滅した人員の穴を埋めるには少なくない手間と時間を投入しなくてはならなかった。


 ブリストルの惨劇に関して唯一救いがあるとしたら、被害と混乱にドイツ軍が便乗しなかったことだ。
 第三帝国政府は便乗し、ヒトラー総統の演説も含めた宣伝放送で「非人道兵器の戦場使用を目論んだ合衆国陸軍航空隊とその暴挙を認めたルーズベルト大統領」を激しく非難したが、同時に毒ガスによる犠牲者達への哀悼の意を表明しクリスマスが終わる25日の日没までの期間、ブリストル周辺半径30㎞以内での戦闘行動を停止すると宣言した。

 これは英国との講和を熱望していた副総統ルドルフ・ヘスの献策だと言われているが、和平交渉に向けた動きを後押しする効果があったかどうかは歴史家の間でも意見が分かれている。


 ブリテン島、イングランド、ロンドン。世界の中心を、経度0を名乗る地をめぐる激闘はそれからも延々と続いた。




     ・・・・・



 ケイン・ブルック少尉は奇跡的に生還を遂げた。
 彼の乗るP51は3発の自己鍛造弾を受けたが、全て急所を外れていたのである。もしこれが全身鋼鉄の塊じみたP47やF6Fであれば助からなかっただろう。彼は乗機の華奢な造りに命を救われたのだ。

 彼ほど幸運に恵まれなかった僚機は落ちたが、ブルックが命を拾ったのは運だけではなく家族のお陰でもあった。
 重傷を負って帰還した彼は不時着と同時に意識を失い、入院中に敗血症を起こして死にかけていたのだが「うちのケインに最優先で使うこと」を条件にブルック家の人々が担当軍医へ渡した抗生物質によって救われたのだ。

 その抗生物質が、ロンドン在住の家族が拾って隠匿したドイツ軍の投下物資だったと後に知ったケイン・ブルックはやや複雑な気分となったのだが、既に英独は停戦し大戦は事実上終わっていたので家族に改めて感謝して終わりにした。



 1940年12月24日深夜、ロンドン市内に144個の医薬品入り救急箱が落下傘で投下された。

 この行為が偽善であり、同時にドイツの医学ひいては技術的優位を誇示するプロパガンダであったことは間違いないが、幾らかの人々が敵からの贈り物によって救われたことも事実だった。
 事の是非は、当事者にとって問うにも値しないであろう。





続く。


19:峯田太郎 :

2015/07/15 (Wed) 15:28:03






               『その十七、英雄の名』





 1941年2月13日午前11時00分 トルコ共和国 トレビゾンド近郊の簡易造船所



 島国と違い大陸の冬は寒い。三方を海に囲まれていても、大陸と陸続きである半島の冬もやはり寒い。
 だがアナトリア半島の冬は海が凍り付くほどではない。なので進水作業は滞りなく進められていた。

 一応、法律上は船舶に分類されるのだが今まさに専用船台から斜面を滑って海に入ろうとしている物体は、船と素直には呼びにくい代物だった。
 四角い。薄青色に塗られた船体は定規で測ったかのように角張っている。艤装を済ませた完成品は波よけ板が付いているので幾らか船っぽい外見となるが、進水時点では本当に四角い塊としか表現できない。
 しかも材質はコンクリートである。鉄骨や鉄板や合成繊維も入っているが、この四角い物体は殆どがセメントと砂と砂利でできているのだ。

 コンクリート船。それが日本帝国が現代総力戦における輸送力確保において出した結論の一つだった。
 早い話、適当な沿岸の土地を地盤工事で固め、その上で風呂桶じみた船倉と機関室と燃料タンクその他を組み上げ、その周りに鉄骨を立体格子で溶接してから合板で被い、隙間にコンクリートを流し込んで乾してから合板を取り外した代物である。

 安く、早く、簡単に作れる。その点ではアメリカ合衆国などでも造られている戦時急造船と同じだが、コンクリート船は急造船以上に造る場所を選ばず、製造時だけを見れば価格が安い。
 だがなによりも優れている点は沈みにくいことである。船体を分厚く被う鉄筋コンクリートは戦艦の装甲よりも対弾性に優り、外壁に穴が開いたとしても二重構造の内壁が破られない限り内部には水も染み込まない。
 反面、速度は遅く燃費も悪い。耐久性と長期運用性は最悪だ。しかし使い捨ての、長くても2~3年浮いていれば事足りる輸送手段としてならこれで良いのだ。

 戦争はいつか終わる。時期は解らないが5年とか10年とかは続かない。実際に戦火を交えぬまやかし戦争ならともかく、大国が存亡を賭けて殴り合う総力戦がそういつまでも続く訳がない。
 ならば安物の輸送船を造りすぎて戦後に持て余すよりは、用が済んだら沈めて魚礁にしてしまえるコンクリート船を量産する。
 それが日本帝国の方針であり、実際に終戦まで日本製の通常型船舶は一定水準以上の品質を保つことになる。

 実際の話、カイザー造船所のリバティ船などは日本人の好みに合わなかった。日本帝国は占領した米西海岸地域の工業力を極力活用する方針だったが、日本人的感性からは一重船底で隔壁なしなどという簡易すぎる構造は受け入れられない。
 実際に米国製戦時急造船を見分した某海軍大佐は「こんなものがLIBERTY(自由)なら、俺は自由(リバティ)なぞいらん」と広言して一部から問題視されたが、それはまた別の話である。


 コンクリート船は輸送用としてだけでなく、直接戦闘にも使われる。機銃や爆雷投射機を搭載して通商破壊戦で自衛するだけでなく、強力な火砲や電波探信儀を搭載して移動要塞として、また沿岸や河川で砲艦として活動したり複葉機や回転翼機の母艦として支援任務に就いたりしている。

 地雷や統制型トラックと共に「日本を勝利させた三つの兵器」に挙げられることもあるコンクリート船は、日本勢力圏だけでなく地中海やバルト海付近でも量産され、各地に投入されている。協定諸国の海軍が勢揃いした1940年末の黒海もまた、例外ではない。


 本日たったいま進水したこのコンクリート船は、午後に行われた検査で船底の一部に崩落が発見された。後になって解ったことだが破損した理由は簡易造船所の作業員に赤化思想かぶれの者がいて、コンクリートに砂糖を混ぜ込んだためだった。
 幸いにも混ぜられた砂糖の量は少なく、欠落したコンクリート部分を発泡樹脂で埋め水中用接着剤で鉄板を貼り付けた応急処置を施せば問題なく航行できると判断された。
 そしてクリミア半島沖でイタリア空軍飛行場の対空要塞に改装され43年初夏に廃棄処分されるまで、実際に運用されることになる。





     ・・・・・



 世界大戦が始まってから約一年半、日米戦が始まってから一年あまりが過ぎた。今年のクリスマスも戦争中に始まり戦争中に終った。
 再来年あたりはともかくとして来年のクリスマスもまた戦争の中でやらなくてはなるまい、と多くの戦争当事国市民たちは覚悟したり諦めたりしている。実際の話、戦火は年が明けても鎮火する兆しが見えない。



 まずは北米戦線。
 合衆国西海岸一帯は日本軍により制圧された。主な港湾・空港・鉄道そして資源地帯や工場群が占領されただけでなく、ロサンゼルス市などの大都市が幾つか占領され日本軍による軍政が敷かれている。
 小都市や比較的重要でない社会基盤施設に対しては降伏もしくは今次大戦への不参加表明が要求された。
 日本帝国の「我々とホワイトハウスの戦争に巻き込まれたくなければ引っ込んでいろ」という要求に対し、西海岸の各自治体や大企業はそれぞれの返答を送った。

 様々な返答に対して、日本軍はひとつひとつ几帳面に対応した。
 サクラメント市など、敗走する合衆国陸海軍を受け入れ市民が銃を手に取り都市を要塞化して日本軍を待ち構えた都市に対しては航空偵察で確認された戦車や重火器や航空機などの主力兵器そして軍事施設へ集中爆撃を行い、その後再度の降伏勧告を行った。
 それでも日本軍にとって色好い返答が来ない場合は、当該地域周辺に機雷や地雷を撒き交通を遮断して以後放置した。もちろんこの兵糧攻めじみた包囲戦は包まれた側が手を上げれば、受け入れることを前提として降伏交渉が始まる。

 ソノマ市など、中立あるいは無防備都市を宣言し日米どちらとも軍事組織の侵入を拒んだ都市は日本軍からは放置されている。

 サンタ・バーバラやモントレーなど早々と日本軍に降伏した都市では地元自治体による統治が認められ、日本政府や企業により膨大な資金と物資が注入され復興が進められていた。

 占領統治の方針は、基本的にチャイナ地域で行われていたものと同様であり日本軍が駐屯する地域では、慰撫工作も兼ねて便衣兵や工作員ではない善良な市民であれば当該地域の住人でなくとも食事や住居や働き口に困ることはない。
 更には無償で治療や教育も受けられる。
 便衣兵や工作員でも治療などは受けられる。ただし捕虜となって危険性がないと確認されてからだが。


 あからさまに各都市の分断を狙う日本軍に対し、正規戦闘での陸戦を諦めた合衆国軍は戦力をロッキー山中まで引き上げた。
 流石の日本帝国も、半年足らずの突貫工事とはいえ要塞化された冬のロッキー山脈を越えられる陸軍はもっておらずその侵攻はワシントン・オレゴン・カルフォルニアそしてアリゾナ州の一部を虫食い状態に占拠したに留まった。

 なお、日本軍は陸での占領地域拡大こそ控えているが航空戦では相変わらず積極的であり、ソルトレイク市に配置されたユタ軍集団は41年初頭の時点で行動不能に陥っていた。
 所属する将兵は殆どが生き残っているのだが、飛行場や鉄道を破壊され河川と道路には機雷・地雷そして不発弾がばらまかれ足の踏み場もない状態だ。動くに動けない米陸軍は、まず自らが冬のロッキー山中で生き残る必要があった。日本軍への対応はその次だ。

 この後も日本本土やマンチュリアで再編成された航空部隊は続々と北米戦線へ投入され、特にその容赦ない航空戦指揮で知られる北米派遣軍航空艦隊司令官塚原大将は合衆国市民から「サタンの化身」と呼ばれることになる。


 つづいてメキシコ戦線。
 ここではロッキー山中以上の密度で航空戦が行われ、地上ではじりじりと戦線が南下しつつあった。
 モハーベ戦車戦における37対1という圧倒的損害比から解るように、アメリカ及びメキシコの両合衆国陸軍は日本陸上戦力に対し不利だった。
 個々の兵器や部隊の練度で劣っていることもあるが、なによりも戦争経験のなさが致命的だった。
 伝統による利点、専門知識や秘訣の伝承よりも欠点である組織停滞と硬直化を重視した合衆国の政体は長期的(大戦略的)にはともかく、短期的には戦争を不利へと導くものだった。

 具体的に言うと日米開戦直前のアメリカ陸軍には実戦的な戦術教義(ドクトリン)が存在しなかった。教義が不効率だとか時代遅れだとかではない。どのように兵を動かして戦うかという戦術面そしてどのように部隊を動かして戦うかという作戦面において、統一した教本どころか見解すら存在しなかったのだ。
 米陸軍内では歩兵・騎兵・砲兵・戦車・輜重などの各派閥が、そしてその派閥内でも小派閥や個人がそれぞれの好みな理論を主張し、主導権を握ろうと暗躍したりあからさまに動いたりしていた。

 結局は前大戦で欧州に派遣された将兵へ聞き取り調査を行って作り上げた教本を、同盟国軍や米国人義勇兵から得られた最新情報で修正した戦術教義が採用されたのだが、作成中に政策委員会から対日協力容疑で逮捕者が続出したことなどにより検討する時間や人手が足りず、その完成度は至って低かった。

 低い完成度は実戦において錬磨するしかなく、アメリカ合衆国陸軍は将兵をすり潰しながら遅滞戦闘を続けている。
 メキシコ合衆国は、日本側について新政権樹立を宣言した自称メキシコ共和国への対処を含めた国内の統制に懸命であり、日米の地上戦への関わりはさほど深くなかった。

 機材や物資はまだしも、その運用能力で決定的に米陸軍は敵に及ばぬが故に機動戦や正面切っての決戦は放棄されている。合衆国軍人は馬鹿ではなく、西海岸における一連の攻防から自国陸軍が日本軍と対等に戦えないことを理解していた。来年以降はともかく、今は勝ち目がない。
 ならばと徹底した遅滞戦闘と焦土戦がメキシコ北部で行われている。ハワイの戦い直前あたりから造られていた重陣地や地雷原で稼いだ僅かな時間を活かして、その後方では更なる地雷散布や水源の汚染や食料の撤収と廃棄が進められている。
 言うまでもないが橋や鉄道など生活基盤の破壊も熱心に行われており、小規模な米陸軍部隊と頻繁な戦闘を行っていることもあって日本軍の速度は著しく低下していた。


 パナマ戦線。
 ここでは大規模な軍事衝突は終わりつつある。運河周辺はほぼ日本軍が制圧し、破壊された運河と施設の修復も始まった。米海軍による妨害も艦隊空母ヨークタウンが撃沈されエンタープライズが中破して機動部隊が後退すると下火となった。
 ヨークタウン級空母は優れた兵器だったが、合衆国艦隊空母に共通した弱点である直接的防御力の低さはいかんともし難かった。
 この時期の空母とは火薬と燃料の塊が浮いているような代物であり、当たり具合によっては250㎏対艦爆弾一発で火達磨になりかねない。事実ヨークタウンは燃えて沈んだ。

 制空権がなくては艦砲射撃も長距離爆撃も自殺行為である。中米の地峡部に造られた連合国側の飛行場群は地峡の狭さ故に太平洋に浮かぶ日本側機動部隊から執拗な反復攻撃を受けて壊滅していた。
 自由に移動できる空母の利点を活かして善戦していた二隻の米空母がいなくなれば、合衆国の戦力はパナマへの接近すら難しい。
 これは潜水艦も例外ではない。透明度の高い南の海では潜行中でも発見される可能性が高い上に、日本軍の哨戒機は電波式や音波式や赤外線式の探知装置を搭載しているのだ。

 パナマをめぐる攻防は、カリブ海とメキシコ湾での殴り合いに移ろうとしていた。この二つの海域における戦いこそが日米戦の焦点、天王山とでも言うべきものであると人々が知るのはもう少し後のことになる。


 大西洋。
 北米とブリテン島そして南北の米大陸、二つの補給線を維持せんとする連合国と遮断を狙う協定諸国の戦いは出血戦の様相を呈してきた。
 輸送船団の大規模化や試作品電波式警戒装置の投入などにより、猛威をふるっていた協定軍の潜水艦部隊は効果と効率が着実に下がり続けている。
 水上戦力はといえば装甲艦リュッツオーと戦艦ティルピッツの沈没、小破程度とはいえその他ドイツ海軍艦艇の破損や乗員の疲労などから稼働率が下がり、一時的にではあるが戦力差を縮めていた。

 この事態を潜水艦の高性能化と新兵器そして援軍の投入により解決しようとする協定諸国と、更なる護衛空母の投入を図る連合国の激突は航空戦が主となった。
 双方の損害比率は依然として偏っていたが、ゆっくりとその差が縮まっている。質と量の戦いは大概において量が、数が優る側が有利となる。金持ちは戦争も強いのだ。


 黒海戦線。
 地中海を制した協定諸国海軍だが、その主力であるイタリアとスペインそしてヴィシー・フランスは対ソヴィエト作戦に消極的であった。
 ルーマニアやトルコなどのように直接国境を接していたり、ドイツや日本などのように理由は異なれど政治的にソヴィエト政権存続を許せない国々と異なり、地中海で纏まった海軍を動かせるこの三国にはあえて黒海に踏み込み、赤軍と戦うほどの理由がなかった。
 実質的に港を塞がれ孤立したソヴィエト・ロシアなど洞穴の熊も同然、出口をふさいで放置しておけばそのうち干涸らびる。そんなところに注ぐ戦力があるならブリテン島を締め上げるのに協力しろ‥‥というのが三国の主張である。

 日独からすれば、大陸国家で大国であるソヴィエト・ロシアへ海上封鎖と戦略爆撃を続けてもその効果は限定的なものとなる以上その手は使えなかった。
 両国の首脳部は赤軍、いやスターリンに時間を与えれば国民の半数を餓死させてでも数百万の大軍が動員されると断定しており、実際に赤軍は強化されていた。兵士が畑でとれる国に収穫の時間を与えれば、日独の将兵が赤い人津波と戦わねばならない。
 そんなことは真っ平御免と判断した両国は秘密裏の談合の末、バクー油田を占領した暁にはその利権を優先して伊西仏の三国に渡すことを約束する。

 イタリアの好景気と急成長、更に地中海での勝利もリビアの油田がもたらしたものである。少なくとも全体のうち二割か三割の比率で。
 石油こそ20世紀の重要戦略物質、ならばソヴィエト・ロシアの燃料庫を押さえて防共協定諸国の勝利を確定すべし。
 かくして1940年1月15日、日独伊西仏土希の七カ国は黒海方面へ軍を進めクリミア半島とグルジア地域へ同時上陸作戦を発動した。


 協定諸国軍の作戦は、おおむね順調であった。クリミアは攻略開始から11日で完全制圧され、グルジアに上陸した協定軍は20日でバクー油田一帯を確保した。
 が、しかし準備期間が日欧の連絡線再結合から僅か二ヶ月半では全てが上手くいく訳もなく、緒戦の上陸とその後の進撃そして制圧は満点に近かったが、作戦開始から一月が経とうとする頃には問題が明らかになっていた。

 急ぎすぎた計画の無理が祟り、後詰めとなる戦力の移動が遅れ黒海戦線の各地で戦力不足が起きていたのだ。



     ・・・・・



 1941年2月14日午前0時05分 カスピ海西岸 バクー防衛陣地線 第795堡塁


 士気が高ければ戦争に勝てるというものではないが、低すぎると勝てない。
 人間のやることには自ずから限界がある。どんなに勇敢な者であっても物理的な限界は超えられないが、突き抜けて怯懦な馬鹿は誰にも想像すらできないことをやらかしてしまうのだ。

 その点では第795堡塁の堡塁長、マルコ・ガルボニ軍曹は恵まれている。自分も相方も士気に不足がない。
 まあ、彼自身について言えば昨日休暇から帰ってきたばかりなのに気力が萎えていたり戦争の意義を見失ったりしていたらえらい事である。明日あたりには戦線崩壊確実だ。

 明日の昼から一日半の休暇に入ることになっている彼の相方、アレクサンドロ・イアチノ伍長は上機嫌で仮眠用長椅子に座り手紙を読んでいた。イアチノ伍長は二十代半ばのナポリ男である。その顔と樹脂製の防弾ヘルメットを脱いだ丸刈り頭には幾つかの傷跡があるが戦傷によるものではない。この戦争の前に、町中でごろつきと喧嘩して付いた傷だ。
 ガルボニ軍曹は一度会ったことしかないが、手紙は従軍看護婦である思い人からであろう。何度も読み返している筈だが、恋の最中では飽きなど来まい。出会って一月も経っていないなら尚更だ。

 しかし暇だ。
 明日の再会を待ちかねている相方は良いが、自分は退屈でたまらない。兵隊が最も時間を使う仕事は「待つこと」であり、数年前に兵役を済ませている軍曹は軍隊での暇つぶし方法を知らない訳ではない。
 だが目の前、と現代戦感覚でなら言ってよい僅か数㎞先に臨戦態勢の敵軍がいる状態で密造酒を飲んだり賭け事をする訳にはいかない。
 二人きりしかいないこの堡塁では仮眠でも危険だ、起きている方までうっかり寝てしまったら無人化したのと変わらない。彼らの士気は充分以上に高く、兵隊の義務を放棄する気はなかった。なので寝ているところに不意打ちされるのは困る。

 念のために敵陣方向を堡塁長席のペリスコープ越しに見張ってから、ガルボニ軍曹は防寒長靴の先で堡塁主砲の砲架を小突いた。蹴飛ばしはしない、それはもっと丈夫な相手にするべきことである。
 75㎜対戦車砲40年型。ドイツ陸軍が誇る最新型の火砲だが、現場の評判はもうひとつだ。

 弾道がぶれやすく命中率がもう一つだとか気分屋で故障しやすいとか砲身の寿命が短いとかの短所もあるが、今のガルボニにとっては半自動装填式である点が最悪だ。
 おかげで装填手が余所へ引き抜かれてしまい、二人きりになってしまった。対戦車砲40年型はいざとなれば二人で運用できるがそれは「できる」だけなのだ。
 なるべくなら「できる」の前に「円滑に」とか「順調に」といった言葉を付けたいのが現場の本音であり、黒海戦線の将兵達は一刻でも早い増援を待ちわびていた。


 「何かあったか?」
 「いや」

 手紙を防弾服の懐に入れ、ヘルメットを被り直したイアチノ伍長は砲手席に座り主砲付属の照準装置を覗き込んだ。暗視装置の電源を入れて、20秒ほど雪の降る荒野を眺める。

 「異常なし」

 電源を切る。堡塁内には暗視装置用の発電機があるし予備の蓄電池(バッテリー)もあるが、節約するにこしたことはない。
 暗闇の向こうで火が灯った。数発の火の玉がこちらへ向かい飛んできて、すぐに視界から外れる。
 やや遅れて独特の飛翔音が天井のスピーカーから流れてきた。人の不安感をかきたてる独特の音は、間違いなく赤軍の130㎜ロケット砲だ。おそらくトラック1台分の弾頭が発射されたのだろう。

 遠くで数発の爆発音が上がる。
 毎日毎夜繰り返されるこれは定期砲撃である。たかが数発ではたいした物理的被害は出ないが新兵の安眠妨害にはなる。しばらくすると自軍方向、つまり堡塁の後側から甲高い発射音が発生した。こちらは十数秒置きに10発程度連続する。
 察するに100式砲戦車搭載の150㎜カノン砲だろう。こちらも嫌がらせなので撃っているのは一輌だけだ。



 「親父に、言われたことがあるよ。戦場は娑婆で想像してるのとは大違いだってな」
 「確かにな。何日もトラックの荷台で揺られて、その次は豪華な棺桶に雪隠詰めときた」

 高級旅館なみとまではいわないが、この堡塁は戦場で寝泊まりする場所としては上等なものだった。
 雪も風も凌げるし凍えるほど寒くもない。懐炉や石灰式の湯たんぽもあるし湯も沸かせる。豆はもうないがカフェインだけなら還元コーヒーでも摂れる。
 簡易なものだが便所だってある。あとはシャワーが付けば金銭が取れる宿泊施設だ。
 湿気の高い塹壕で凍傷や感染症の恐怖と戦っている赤軍兵士が堡塁内部を見れば、退屈を嘆くイタリア兵たちへの殺意を押さえられないだろう。

 なんといっても防御力が違う。
 ドイツ軍の5号戦車パンターは一昔前の重戦車なみに装甲が厚い。被弾経始を取り入れた設計の優越性と材質強度で上回っている分も換算すれば英軍のマチルダ2などより余程打たれ強いのだ。
 只でさえ頑丈なパンター戦車の砲塔に空弾薬箱を貼り付けてから200㎜の鉄筋コンクリートで被ったこの堡塁の砲塔部分は重砲弾や大型爆弾でもなければ一撃では破壊されない。
 上と同じく速乾性コンクリートと廃棄装甲板と特殊樹脂で囲まれた堡塁の下半分は地面に埋め込まれている。この795堡塁は重防御の火力点(トーチカ)に、車体部分が修理不能となった戦車から外された砲塔を乗せて増加装甲を施した代物なのだ。
 
 地面にめり込んだ構造であり、戦車を壕に入れて半ば埋まった形にするいわゆるダック・イン戦術状態に近い効果がある。機動力はないが防御力は高い。壕に入った戦車と違って何が起きても動けないが、その代わり内部容積に余裕があるので長期戦向けだ。
 これらの堡塁は戦線の膠着から数日ででっちあげられた急造品ではあるが、それなりに役立っていた。
 戦果の大半はT28などの軽戦車であるため対戦車エースを名乗るにはやや実績不足だが、この二人だけでも既に両手の指で数えられない数の戦車を仕留めている。



 1941年2月中旬、赤軍は黒海戦線全域で攻勢に出ていた。ソヴィエト・ロシアの全食料生産のうち7割以上を占めるウクライナと石油総生産量の8割以上を占めるバクー油田を奪回しないことには戦争が続けられない。
 もう新大陸からの支援は届かないのだ。レンドリース再開には最低限で米海軍の再建と日本海軍の打倒が必要であり、待っていれば2年や3年はかかる。

 このままではロシアと共産党に明日は来ない。いや、ちっとも明るくない明日で良ければ来るが。
 故に赤軍は攻勢に出るしかなかった。


 「晩飯、何食ったっけ?」
 「ツナと野菜のスープ、リングイネ入りの何かだか良く解らねえ煮物、フルーツバー、サラミソーセージ、栄養剤入りの飴に還元コーヒー」
 「そうだった。あと昨日のドーナッツの残りとカップ麺か」

 冬場の戦場は腹が減る。二人は堡塁内をごそごそと捜し回って菓子や常備薬や文房具の入った布袋を見つけた。
 元々は日本軍宛に送られてきた慰問袋である。銃後の女子供が前線の「兵隊さん」を慰めたり励ましたりするために手紙や手製のお守りなどを添えて送るものなのだが、資本主義的な需要と供給の都合により日本本土の百貨店などでは出来合いの慰問袋が売られていたりする。
 甚だしきは同封する手紙自体が商品として売買されていることすらあり、一目で既製品と解るような慰問袋はかえって現場の士気を削ぐとして兵站部でさし止められている‥‥という話をイアチノ伍長は顔なじみの看護婦から聞いていた。

 前線兵員の不足と反比例して黒海戦線の兵站線は安定しており、兵達の気力補充と現地民への慰撫用として食料供給は潤沢だった。日本軍などは和菓子や味噌醤油を造る専用艦まで用意した程である。
 二人が隠匿していた袋には元からの中身に加えて配給品から市販の物まで、多種多様の菓子や保存食が詰め込まれていた。


 「この駄菓子だがよ、チョコレートの卵からドードーの人形が出てくるのは解る。よっく解る。ドードーは鳥類だからな‥‥卵から産まれて当然だ。だがな、マンモス(毛長象)が出てくるのはいったいどういう事だぁ?」

 マンモスは哺乳類であり卵から産まれる訳がない。それとも日本の象は卵から産まれるのかといきりたち、これ食べた小学生が象が卵生だと誤解したらどうしてくれる、と駄菓子片手に地球の反対側へ喚くガルボニ軍曹をその相方は両手で扇ぐようにして宥める。

 「解った解った。とりあえずほら、この葉書に苦情書いとけ。切手張らなくても製造元へ届くから」
 「‥‥イタリア語で通じるのか?」
 「日本軍は将校どころか看護婦みんながイタリア語できるんだぜ? 菓子屋にだってできる奴ぐらいいるだろ」

 玩具入りのチョコレート菓子を貪り食いながら兵隊達は葉書を書くが、暇つぶしに書いたその葉書が製造元へ届くことはなかった。



 「この戦争、勝てるよな」
 「現に勝ってるじゃねえか。バクーとウクライナを押さえてる限りアカは日干しだし、じきにジョン・ブルどもも干上がるさ。そうなりゃヤンキーも講和するしかねえよ」
 「そうだよな。この冬を乗り切りさえすりゃ、アカどもに逆転の目はなくなるか」

 二人の会話は戦況の分析などではなく、日本軍が流している謀略放送の受け売りにすぎない。しかし一定以上の説得力があった。
 問題は、謀略放送はソヴィエト・ロシア側でも受信できるし赤軍指導部はそんなことを聴くまでもなく現状を理解している事である。
 愚かでなくては共産主義など信奉しないし狂っていなければ赤軍将校などやってられないが、それでも赤軍指導部の中核は怖ろしく有能なのだ。全員が無能なら赤軍は革命前に自壊している。ロシアの冬は無能を許さない。


 「拙いな」
 「ああ」

 どのくらい拙いかといえばマフィアが満面の笑顔で贈り物を届けに来たぐらい拙い。
 玩具入りチョコレートを食い尽くす頃には二人とも理解していた。今夜は赤軍の陣地が静かすぎる。よくない兆候だ。
 一月程度の実戦経験でも、鉦や太鼓を鳴らしながら盗みに入る空き巣がいないのと同様に赤軍は攻勢前に静かになることを知るには充分だった。
 前回の攻勢から明日で四日め。無理をすれば連隊規模の強襲をかけられる。将校どころか下士官としての教育すらろくに受けていない二人はそこまで理解していないが、兵隊というか動物的な感覚で危機が迫っていることに気付いていた。

 「問題はいつ、来やがるかだが」
 「遅くても夜明け前には来るだろうなあ」

 人間の集中力はその時間に最も弱くなる。古来から劣勢である側が夜襲を選ぶのはそのためだ。
 ガルボニは戦車内の雰囲気を残す堡塁長席に座り、有線電話の受話器を手に取った。報告・連絡・相談は兵隊の義務だ。言われなくても解っていることであっても、言わないよりは言った方が良い。

 「なんで俺が堡塁長なんだろうな」
 「上がいなくなったからに決まってるだろ。俺だって一月で二階級も上がるとは思わなかったぜ」

 ガルボニが車輌運搬船からトラックごとグルジア港に降りたときは上等兵だった。今は下士官で古参扱いである。戦前の兵役で伍長勤務経験があるとはいえ無茶な人事だが、人がいないのだから仕方ない。
 今では「戦争が終わるころには中隊長ぐらいには出世しているかもしれない」という冗談(ジョーク)さえ言わなくなった。現実味がありすぎて笑えない。




 兵隊の勘は良く当たる、ただし悪い方だけだが。
 二時間後に始まった赤軍の夜間強襲を、第795堡塁を含む防衛陣地は三度に渡ってはね返した。優秀な装備と、潤沢な物資と、信頼できる指揮官と、命を懸けるに足る理由を得たイタリア兵は世界最強なのだ。
 球技の試合と違いチームが定員割れしていても戦争はできる。この堡塁だって定数の三分の二しか人手がない。


 「なあ相棒」
 「なんだ相棒」
 「もしここを抜かれたら、アカどもはバクーまで一直線だよな」
 「俺らの知らないうちに何処かから援軍が来てない限り、そうなるな」

 大概の戦いと同じく、ポーランド戦役は負けた側により多くの戦訓を与えていた。赤軍が得たものの一つが、ドイツ軍に砲戦を挑めば手持ちの砲兵部隊は瞬く間に削られてしまうという事実だ。制空権がない状態で自分の数倍目敏くて素早い敵と殴り合えば嫌でもそうなる。

 軍の運動性や意思疎通能力が一朝一夕で上がる訳もない。そこで赤軍の選んだ手はロケット砲の拡充だった。牽引砲とくらべれば素早く自由に動かせるロケット砲部隊を集中して、短時間のうちに敵陣へ大火力を注ぎ込む。
 そうして稼いだ僅かな時間を使い接近させた部隊で平押しをかけるのが今の黒海戦線で赤軍が選んだ戦術だ。
 地雷原は歩兵に踏ませて啓開する。塹壕は歩兵がときに自らを土嚢代わりにしてでも埋める。鉄条網も歩兵がなんとかする。
 瞬発力はあるが持久力のないロケット砲部隊では、勇猛果敢であることを強制されている赤軍歩兵たちでも敵陣へ接近するまで支援するのが精一杯だ。

 もちろんこれは「防衛陣地に取り付けたら良いな」ぐらいの熱意で行われている攻撃であり、半分以上威力偵察である。あとの半分足らずは口減らしだ。
 その証拠に夜明けの光がさし始めた荒野に転がる死体は殆どが東洋人のものだ。モンゴルかシベリアかはたまた沿海州かは解らないが、とにかくウラル山脈の向こう側から強制的に集められた即席兵だろう。死体に比べて明らかに銃の数が少ない。

 本命はこの後の第四波だ。今度こそはブリキ缶ではないまともな戦車や装甲車と、まともな訓練を受けた歩兵が主力だろう。
 既に夜は明け、少しずつだが雲も薄くなってきている。赤軍が防衛線を抜けるとしてもあと3時間程度しか余裕はない。晴れてしまえば抜いても意味がなくなる。バクーへ進撃する前に空から集中攻撃されてお終いだ。
 赤軍が2月14日の攻勢を成功させるには、あと3時間以内に防衛線を突破して次の3時間以内にバクー地域に雪崩れ込むしかない。でなければ雪雲が消えてしまい間に合わない。

 おそらく、ではあるが5度目の襲撃はない。4回目で抜けなければならぬ以上次は本気で来る。本気の攻撃で駄目なら5回やろうと6回やろうと無駄だ。ガルボニたちが疲れ切るより時間切れの方が早い。


 「こちら795堡塁、ゲルリッヒ砲破損。以後の対戦車戦闘は不可能。違う、弾薬切れじゃねえ、尾栓が閉まらねえんだよ」
 「弾はあるんだけどなー やっぱ新しいだけの兵器は駄目だな」
 「まったくだ。100発も持たねえたあ根性のねえ機械だぜ」

 75㎜対戦車砲40年型は、性能諸元表でなら350発の徹甲弾を問題なく発射できることになっているがそれは完璧に整備され理想的に運用された場合の話である。残念ながらこの戦場ではどちらも望みようがない。
 2㎞離れたKV重戦車のどの場所にどんな角度で当てても装甲を貫ける、凄まじいばかりの威力を誇るこの砲が前線でもう一つ人気が出ないのも当然ではあった。

 「で、どうする? 修理班と補充部品は来るのか」
 「金輪際無理だ。さっきの砲撃で中隊弾列が吹き飛んだんだと。もちろんゲルリッヒ砲の交換部品も一緒だ」
 「なんてこった。今日の神様は朝寝のしすぎだぜ」
 「もうかれこれ20年は寝っぱなしだろ。起きてりゃアカの革命なんぞ潰れてるさ」

 かなり罰当たりな相棒の悪態を聞き流して、イアチノ伍長は残った武器弾薬を数え直す。
 MG39機関銃が1丁、未使用の交換用銃身が5本、使用済みが7本、残弾約2100発。UJI短機関銃2丁、残弾3600発。97式指向性対人地雷が6個。99式手榴弾が12個。あとは工具類と食器兼用の銃剣ぐらいだ。
 対戦車砲の砲弾は各種合計で200発以上あるが使い道がない。


 「トラクターか戦車を持ってこないと駄目だな、こりゃ」
 「通れるような隙間はなし、か」

 3度目の攻勢でその優れた機動性と機械的信頼性にものを言わせて煙幕の中を突っ切り795堡塁の右斜め前20メートル付近まで接近してのけたM3中戦車は、至近距離からの砲撃で爆発炎上した際に自重と爆発の衝撃で地下式の塹壕通路を押しつぶしていた。
 所詮は一週間足らずででっち上げた陣地である、どこもかしこも頑丈とはいかない。場所によっては耐久力に問題があって当然だ。
 
 「不発弾踏んで死ぬのは御免だぜ。‥‥ゴリアテは使えるか?」
 「いける。地面が柔らか過ぎる気もするがなんとかなるだろ」

 程なく795堡塁の裏手から出された玩具のような機械が隣の対戦車堡塁へと走り出した。大きさは小さめの荷台程度、足回りは戦車のような履帯、速度は大人の小走りよりやや遅く、四角く平たい車体の上には対戦車砲砲弾が弾薬箱ごと乗せられている。
 

 防諜目的なのか巨人(ゴリアテ)という正反対の名が付けられているこの無線操縦機械は、黒海戦線では手頃な運搬機材として重宝されていた。弾薬や医薬品だけでなく、時には命令文書や負傷兵が運ばれることすらある。
 なんといっても無線操縦なだけに人的被害が出にくい。地雷や不発弾が埋まっているかもしれない場所を走らせるのにもってこいだ。

 防衛陣地の兵達のなかにはゴリアテに改造を加え数十㎏の爆薬を乗せて敵中へ突っ込ませた者もいたが、こちらは操縦者の視界から外れて行方不明になったり砲撃の穴に填って動けなくなったりでまともな戦果はあがっていない。まあ、この両方とも回収しようとした赤軍兵が寄ってくるのを待ってから爆破したのでまるきりの無駄でもなかったが。
 いよいよとなったらの795堡塁の運搬機材にも爆薬を詰めて突っ込ませるしかあるまい。角度が良ければ小銃の流れ弾ぐらいは跳ね返せる装甲で被われているために、自爆すると爆発の威力が増すのだ。

 しばらくして帰ってきた無線操縦兵器の荷台には、お返しのつもりなのか7.92㎜機銃の弾帯が二つと炭酸水やビールの瓶が数本ずつ入っていた。

 「火炎瓶、作っとくか」
 「だな。ないよりはマシだ」

 
 ちょうど咽も渇いているし中身を捨てるのは惜しい。なので飲む。
 配給品の軍用ビールはアルコール度数が1%強しかないので酔っぱらう心配もない。

 「解っちゃいたが、大王と同じにはいかねえなあ」
 「なんだそりゃ」
 「知らねえのか。アレクサンドロス大王は大遠征から帰ってきた宴会でしこたま酒飲んで酔っぱらってから河に飛び込んだせいで、風邪ひいて死んだんだぜ」
 「そりゃ悪くねえ死に方だ」
 「おうよ、風邪ひく前に逝けるならもっと悪くねえ」


 ビールと炭酸水で乾杯しているところに、ゴリアテの通った跡を用心深くたどってやってきた第794堡塁の戦友達に残った対戦車砲弾を引き渡してから二人は火炎瓶を作り、そして3時間後には全て使い尽くした。



     ・・・・・


 アレクサンドロス3世は紀元前4世紀頃に生きた人物である。アルゲアデス朝のマケドニア王であり、コリント同盟の盟主であり、エジプトのファラオでもあった。
 戦争の天才、英雄の中の英雄として名高い彼の名は「人民を守るもの」という意味を持つ。



 1941年2月14日午前10時15分、崩壊寸前のバクー防衛陣地は曇天の下を突いて出撃したイタリア空軍による航空支援とドイツ陸軍降下兵部隊の到着により紙一重で突破を免れた。同防衛陣地の主力であったイタリア陸軍131機械化師団の残存部隊は生存者84名という甚大な損害と引き替えに、そのときまで防衛線を持ちこたえさせた。

 当時バクーにいた日本軍従軍看護婦の一人である高梨恭子は、彼女達のいる野戦病院を守って戦死したアレクサンドロ・イアチノ伍長の遺品を彼の遺族へ届けたが、ただ一つ、彼が最後に書いた葉書だけは遺族の承諾を得て貰い受けた。 

 全治3ヶ月の重傷を負ったが生還したマルコ・ガルボニ軍曹は、退院後に再度最前線行きを希望したが上官から士官学校への入学を勧められ、少しだけ悩んでから同意した。
 その方がより効率的にアカと英米の将兵を殺せるからだ。40年6月5日の英海軍による奇襲攻撃で母親と弟たちを失った彼の心の傷は、戦友達の死によって更に深まっていた。
 1年間の促成栽培教育を受けて少尉となった彼は米本土上陸作戦へ参加し、1942年10月のフロリダ沖へ向かうことになる。


 戦争から魔術的な美が最後の一欠片まで失われた20世紀の戦場に、英雄も勇者もいない。
 だが勇者のように倒れた者は、幾らでもいた。


 大戦勃発から1年半あまりが過ぎた。戦火が鎮まる兆しは、未だ見えない。




続く。


20:峯田太郎 :

2016/01/10 (Sun) 11:42:49






               『その十八、蝸牛角上の争い』





 1941年5月22日 21時00分 チャイナ南部 長江下流地域 上海市 とある飯店兼賭博場の一室



 「カードゲームには無数の遊び方(ルール)があるが、日本の子供たちの間ではこんなものがあるのだよ」
 「ほう?」
 「試しにやってみようか。ババ抜きと同じようにカードを配ってだね、プレイヤーは一枚ずつカードを場に出す。
 出したカードの数字が高い者が勝ち、場に出た全てのカードを手に入れる。このときジャックは11、クイーンは12、キングは13、エースは14として扱われ数字が同じならスペイド、ハート、クラブ、ダイヤの順にスートの種類で優劣が決まる。
ただし例外があり場にエースが出ているときだけは2が最強の15扱いになる。ジョーカーは使わない」
 「ああ、ワン・ポーカーですか」
 「ここまではね。この遊技は、配られた札を使い切ったら、それまでの勝負で奪った札をシャッフルして新しい手札として勝負を続行するのだよ」
 「‥‥そのルールだと決着がつかないのではありませんか? 勝つたびに弱い札が入ってくるのでしょう?」
 「無論、展開はぐだぐだになる。これはおままごとに興じる年頃の子供たちが遊ぶルールなんだ。大人や、子供じゃないと主張し出す年頃の子供はこんな遊びはしない。子供が子供であることを受け入れられる幸せな時期にだけ楽しめる遊戯さ」
 「勝てば勝つほど不利になるが、負ければ負けるほど有利になるわけでもない。確かにこれでは楽しめませんね」
 「ちなみにこの遊戯の名は『戦争(ウォー)』というのだよ」
 「それはまた。確かに配られたもので戦うしかない点は似てないこともありませんが」
 「勝った負けたと札比べの結果に一喜一憂するこの遊戯だがね、終わらせる方法はたった一つしかない。参加しているプレイヤーたちが もうあきたからほかのことをしようよ と言い出せば終わるのさ」
 「へえ。終わらせるのは良いとして、勝敗はどうやって決めるんです?」
 「それは参加者次第だね。私の子供たちは賭けで分捕った駄菓子に満足している者が勝者扱いだったが」
 「勝ったと言い張れる者が勝者、ですか」
 「戦争なんてそんなものじゃないかな」


 「博打打ちの端くれとして思うのだが、博打に勝つことの究極形とはどんなものだろうか。賭け事に勝つということは突き詰めるとどんな状態だと思うかね?」
 「相手を破産させることではありませんか。パンツ一枚になるまで身包み剥ぎ、土地家屋預金など全てを奪って賭けるものがなくなるまで負かせば勝ちでしょう」
 「甘いな。まだ金歯や血液や生皮は売れる。女房子供の身柄や連帯保証人の財産も狙えるだろう。ここのギャングどもなら容赦しないよ」
 「賭け事をできなくさせる事が博打打ちにとっての勝利であり、もう二度としたくないと思わせることではない。そうですね?」
 「その点私は二流だな、モナコではカジノから閉め出されてしまった」
 「勝ち目がない、と賭け事の相手に拳銃を抜かれてしまうようでは西部劇でもギャンブラーは務まらないでしょう」
 「ああ。だから次の戦争は日本が負けるだろうね」


 「今次大戦が日本の勝利に終わり世界新秩序が構築されるとして、だ。その新たなる世界で不遇を託つ者は必ずいる。溜まりきった不平不満は既存の秩序に向けられるが、個人や非主流集団の抗議が大勢に必ず受け入れられる訳もない」
 「では日本による世界統治は失敗すると?」
 「成功するから受け入れられないのだよ。何をやっても不満がでるのが政治というものさ、下らない不平不満を一々聞き入れていては何もできん。そして世界新秩序のなかで、少なくとも日本勢力圏内で何が下るか下らないかを最終的に決めるのは日本政府だ。当然不満は出る。そしてシオンの議定書か田中上奏文に当たるものがでっちあげられるだろう」
 「不満が出ないように努力する気はないのですか?」
 「私は日本人だからねえ。日本人が上司なのは気にいらんとか、日本人の給与は無条件に自国民より低くあるべきだとか、路上で日本人を特に理由もなく撃ち殺した者が捕まるのはおかしい釈放しろとか言われて納得はできんよ。新秩序の統治者たちも同じだろう」
 「いや、それは」
 「現にやっているじゃないか、君の祖国は。戦場でも後方でも、もっと過激なことを。戦場で死んだ日本兵の何倍もの民間人が、いまも殺戮され続けている」
 「戦争の本質は殺戮ですよ。貴方がたが南京や重慶で何をしたかお忘れですか」
 「憶えているとも。地元民を盾に使った匪賊や便衣兵を何千人か駆逐したよ、少なからぬ巻き添えが出たがね。そのうち何%かは私の命令によってだ」
 「メキシコ市では15万人もでましたね、巻き添えが」
 「巻き添えではない。あれは米陸軍による計画的民族浄化だ。惚けても無駄だよ、君が未だに米陸軍情報部と繋がりがある程度には、私は G と接触を持っている」
 「 GOLD 、現代日本を裏側から仕切る謎の秘密結社ですか。パルプ・フィクションの常連ですね」
 「君達はそう呼んでいるのか。彼らは実在するよ、間違いなく。君が聞いている噂話の半分ぐらいにはえげつない連中さ。なにせ陛下への忠節を疑って予備役に追い込んでおきながら、それでも海軍と祖国のために博打をやれと言ってくる輩だ」
 「忠節? 5.15でも赤坂事件でも貴方はヒロヒト帝の意向に従った筈では」
 「もっと前だよ。連中、海軍条約のときに 不祥事を惹起する と言ったことを脅迫行為だと蒸し返しおってな。しかたがないじゃないか、あのとき一方的な軍縮などしていたら今頃は千代田のお城に星条旗が翻っているだろう」
 「合衆国をなんだと思っているのですか貴方は」
 「 都合の良いときには文明人の振りができる蛮族 かな。‥‥そうそう、ファインマン博士は先日釈放されたそうだよ。無理矢理出席させられたパーティで 日本料理屋で食べた牡蠣が美味かった と言っただけで対日協力者扱いでは堪ったものではないな。ああ、心配はいらんよ。ホイーラー教授ら迷惑を受けた科学者たちは彼の釈放を聞いてコーヒーで乾杯したそうだ。これで仮眠がとりやすくなる、とね」
 「彼への疑いは、婚約者の肺結核が不自然に治ったせいでは」
 「ならストレプトマイシンの購入者を全員しょっ引けば良かろうに‥‥ああ、米国では違う名前だったな。確か発見者も」


 「しかし 戦争に勝った と言い張るには少しばかり早過ぎはしませんかねえ。合衆国の心臓部は未だ健在ですよ」
 「工業地帯は元気よく動いているな、効率の悪いのが」
 「合衆国の生産力は世界一です。隔月で戦艦か艦隊空母を、隔週で護衛空母を、隔日で駆逐艦を作れる国家が他にありますか?」
 「加えて毎日、航空機と装甲車輌をそれぞれ100以上作っているね。性能はアレだが」
 「戦争は数です。戦艦の建造数こそほぼ互角ですが、その他の兵器や物資の生産能力で合衆国が優位にある以上最終的な勝利は動きません」
 「勝敗を決めるのは生産力だけではなく、運送能力もだよ。他はともかく輸送船と列車と統制型トラックの生産力では日本側に分がある。台数的にも価格面でもだ。飛行場や道路の整備能力では大した差がなさそうだが、港湾設備を急造する能力でも明らかに日本が優位にある」
 「現にメキシコ戦線は停滞しているではありませんか。補給線が短くなったからには合衆国はまだまだ粘れますよ」
 「ゴムはどうするのかね? 備蓄はもう尽きかけている筈だ。合衆国の回収業者がいくら優秀でも限界はあるだろう」
 「合成ゴムが開発間近です。原料の石油は東部や五大湖周辺の油田地帯だけで充分賄えます」
 「まだ大量に安定して作る技術すら開発していないものが、戦争に間に合うかな。合成ゴムを作る工場を建てるにもゴムは必要だよ、もちろん守るのにもだ。兵器を含め近代的な機械類のうち、ゴムの必要ないものがあったかな?」
 「カリブ海の制海権がある限り、南米から天然ゴムを輸入できます」
 「パナマ運河の修理が終わり再稼働するまであと一年か一年半か、もっと短くなるかもしれない。メキシコ横断鉄道は年内にも完成する。その後も制海権を維持できるかね?」
 「ブリテン島を捨てれば、なんとでも」


 「今すぐ戦争は止められない。となれば近いうちに米国はブリテン島を投げ出すしかない訳だ。本国が危ないのだからな」
 「妥当な判断です」
 「本当にそうかな。見捨てられた英国は鞍替えするだろうし、そうなれば欧州の協定軍は米本土戦に参加するよ」
 「どうですかね。ソヴィエト・ロシアの切り分けに熱中するかもしれませんよ」
 「ロシアの切り分けは適当なところに落とし込むよ。そうしなければ援助を止めると永田さんあたりが言うだろう」
 「来るとしても、欧州諸国など所詮烏合の衆です。恐れるに足りません」
 「慧眼だね。烏合の衆に属していただけのことはある」
 「止めろ。俺のことはどう言われても良い、だがあいつらを侮辱することだけは許さん」
 「君の部下たちを嗤ったわけじゃない。だが謝ろう、誤解を招くような言い方をして済まなかった。どうか許してほしい」
 「こちらこそ、短慮を許して頂きたい。あと、付け加えるならば国民党軍をカラスに喩えることもできれば止めてください。彼らに何の罪があるというのですか」
 「そうだね、カラスだからといって不当過ぎる侮辱だった」
 「ああ、もうご存じかもしれませんが蒋介石は現在クイヴィシュフにいるそうです。中共軍残党から赤軍に引き渡されたようですね」
 「ほう。死亡説が流れていたが、そんなところにいたとは」


 「今夜はいつにも増して街の空気が刺々しいですね。一昨日の墓荒らし騒動がまだ治まってないのでしょうか」
 「それもあるだろうが、メインは別口だよ。今夜は大捕物になるようだから泊まっていくことを勧めるよ」
 「それも G からですか?」
 「憲兵隊さ。東條さんとは個人的に伝手があってね」
 「大掃除、というわけですね」
 「私たちには関係ない、いや、あるのかな? まあ、テレヴィジョン放送でも見ながら酒を飲んでいれば終わるよ」
 「ならチャンネルを変えてくれませんか。鑑定番組を見たいので」
 「おお、そう言えば今日放送だったね。いや、先週に一休と蓮如の馬が出たときは驚いたよ」
 「私は曜変天目茶碗の本物が出てきた方が驚きでしたがね」 
 「まさか10万円越え評価が二つもでるとはねえ。流石に今回はないと思うが」
 

 「しかしなぜまたこんな半端な時期に?」
 「そっくりさんが似すぎていたせいだよ」
 「人身売買ですか。まさか本物だった?」
 「有り得ない。もしも本物だったなら国内で捕まっているさ」
 「あくまでもそっくりさんですか。確か日本帝国には爵位持ちが‥‥いくら居ましたっけ」
 「1000少々というところだね。一千も家庭があれば年頃のお嬢さんがいる所も百単位であるだろうし、不幸なことだが何百家族もいれば年に一人や二人は若い身空で命を落とす娘さんも出るだろう」
 「そうしたら上海の人身売買組織は商品棚のなかから歳や顔や背格好が似た娘を捜し出し、当人が自分を貴族の令嬢だと思いこむまで日本語や日本式の行儀作法を叩き込む訳だ」
 「だがやりすぎた。一見して偽物には見えないほどのものが出来上がってしまった」
 「特務憲兵隊が、予定を前倒しするくらいに。ついでに黒社会(マフィア)が幾つか潰されて、哀れな女子供が何十人か何百人か解放される。善良な一般人として喜ばしい限りです」
 「まあ、今の業者を根絶やしにしたところで需要がある限りまた新しいのが出てくるだろうがね」
 「塩や阿片の闇ルートを潰してきた日本軍も、闇女衒の根絶は無理ですか」
 「安全で高品質で廉価な女を量産する工場は、流石にないからねえ日本にも」


 「量産といえば、武蔵級戦艦が8隻造られるという話は本当なのでしょうか」
 「嘘をついてどうするんだね。7~8番艦は艤装中だよ、年内には完成するんじゃないかな」
 「では8番艦の建造が決まっておらず、国民投票で可否を決めるという噂は間違いだと」
 「決まってないのは名前だよ。武蔵、相模、駿河、三河、尾張、美濃、近江は決まっているが、残り一隻を伊豆にするか遠江でいくかでまだ揉めていてね」
 「くだらない‥‥と言いたいところですが、そうもいきませんか」
 「戦艦は海軍の顔だからな。それにトンあたりの建造費用なら武蔵級は空前の安上がり艦だが基準排水量が9万トン近い怪物だ。各地県民会からの献金も無視はできんよ、あれでも維持費の足しになったりするんだ」
 「贅沢な悩みですね。英国王太子は夭折したというのに」
 「早死に過ぎたかもしれんが、プリンス・オブ・ウェールズは武蔵と相模に沈められたんだ。戦って倒れたのなら武人として本望ではないかな」
 「どうですかね。産屋もろとも爆死したヨーク大公の方がまだマシな死に様だった気がしますよ、あれじゃ嬲り殺しだ」


 「1隻の巨大戦艦より2隻の高速戦艦を、2隻の高速戦艦より3隻の量産型空母を。そう主張していた身としては業腹だが、素人受けがよいのはやはり巨大戦艦の方だなあ」
 「昨年末の日本国内の動揺は、観艦式で武蔵級のお披露目があってからは治まったのでしたね」
 「うん。国民の方はね。現金なものさ」
 「そういえば昨年12月6日の騒ぎは、やはりクーデターだったのですか? 手に入る情報が断片的すぎてよく解らないのですが」
 「なに、軍の不満分子が若い連中を集めて愚痴集会を開いていただけだよ」
 「銃撃戦が起きたとも聞いています」
 「内務省が過剰反応してね。まあ時期と面子が悪すぎた。釜山や大田がまだ燃えている時期に、コミンテルンの走狗と見なされている人物がとるべき行動ではなかったな」
 「となると提督の死因が公式にはフグによる中毒死となったのは、嫌味ですかね」
 「嫌味だろうねえ。あの人は満州へのユダヤ人入植計画にも反対していたからなあ」
 「反対したくなる気も分からないではありませんがね。毒をもって毒を制す。理屈は解りますが、壺毒になるかもしれませんよ」
 「我々はロシア人とは違うよ。本来隔離施設内でのみやるべき危険な実験を自宅の台所でなどやらないし、何処でやるにしてもまずはモルモットを使う」
 「験体(モルモット)には事欠きませんか、黒海あたりではフグ漁が最盛期を迎えているようですし」
 「網元が急死したときはどうなることかと思ったが、業務の引き継ぎが上手くいって良かったよ。まったくとんだ四月馬鹿だった」
 「ところで彼らを示す符丁が、 フグ なのは何故なのでしょう?」
 「さて? フグは食った奴しか死なないから、かもしれないな」
 「触る程度なら害がない、ということですか」


 「そういえば貴方が提督を売ったという話もありましたね」
 「売ったよ。他人がどう言おうが私は陛下の忠臣でありたいと思っているし、海軍が大事なのは確かだ。気の毒だと思わないこともないが、祖国が総力戦やっている最中に若い連中の軽挙妄動を煽る輩がいれば知人に一報ぐらい入れる」
 「なるほど。軽挙妄動といえば、ドイツではまた総統の暗殺未遂事件が起きてましたが」
 「実際には数えるのも嫌なぐらい起きているだろうさ。報道される事件など氷山の一角だよ。犬が人を噛んでも一面記事にはならん」
 「軍部(犬)が政府(主人)に噛みつくのが当然という風潮もどうかと思いますが。ちょび髭も存外ぬるい男ですね、主人の許しもなく勝手に獲物へ食いつくような猟犬を飼い続けていたとは」
 「確かに、軍部が国家を所有するというのはあまりにもドイツ的すぎる悪しき伝統だな。その点においては米国の統治機構が羨ましい、FDRことフランクリン・デラノ・ルーズベルト氏がもし日本の首相だったら何回暗殺されていることやら」
 「未遂事件なら合衆国ででも何度も起きていますし、実際に暗殺されてしまった大統領は何人もいます。大物政治家で暗殺の危険がない人物なんていやしません」
 「それもそうだね。ああ、心配はいらんよ。この戦争がどうなろうとヒトラー氏は暗殺されるよ。国家社会主義労働者党の千年帝国は寝言に終わる。明日の朝飯を賭けても良い」
 「ほほう、誰に?」
 「誰かは特定できないが、身内に売られて軍に捕らえられ磔刑に処されるだろう」
 「全ての罪を引き受けて、ですか」
 「そうだ。救世主きどりの末路など決まっている。死してドイツの全ての罪を架せられるのが彼のさだめだ」


 「元はといえば、お国の報道態勢に問題があったのではありませんか。たった一度の海戦で戦艦や空母が何隻も沈められ、しかも敵は実質一隻のみだったとか、なにも馬鹿正直に発表せずとも」
 「日露戦争からの教訓だよ。戦争中に国民へ隠し事をすればそのツケは酷いことになる。また日比谷公園が焼き討ちされるのは御免だ」
 「おかげで上海も大騒ぎでしたよ。暴徒は陸戦隊が鎮圧してくれましたがね」
 「支那人は雨が降ればテロに走るし風が吹けば暴動を起こすんだ。大本営の所為にしないでやってくれ」
 「日本人がチャイナを押さえている限り起きるのであれば、大本営の責任は免れないのでは?」
 「だから足抜けを試みているんじゃないか。汪兆銘政権が安定すれば日本軍もチャイナから引き上げるよ」
 「あまり信用しない方が良いと思いますけどねえ。所詮は奴も蒋介石と同類、同じ穴の狢と狸です」
 「この際アナグマでも狐でも大蛇でも一向に構わんよ。対処不可能のバケモノでさえなければな」
 「裏切られても良い、と?」
 「最初から敵だ。利用価値があるから今は刃向かってこないだけだよ。いずれ南京国民党は日本に銃口を向ける。だがそれは明日でも来年でもないだろう。重要なのはそこだ」
 「日本帝国が本当に負けない限り、の話ですね」
 「そうだよ。全く信用できないからこそ使い物になるのさ」


 「日本帝国、いえ G はこの戦争をどういう形で決着付けようとしているのでしょうね」
 「とことんやり抜くだろうね。米国人の心が折れるまで」
 「具体的には?」
 「全ての工業施設と生活基盤を破壊してから、地雷と機雷を大量散布して人の移動を制限して、占領地域を塹壕と鉄条網と地雷原で囲む。あとは徹底的かつ不定期的に爆撃などを行い、文明が崩壊するまで放置だな」
 「それでは儲けがでませんよ。資源地帯の占拠すらできないでしょう」
 「もういらないのだよ、米国の資源も市場も。 G にとってはな。太平洋を守る足場として西海岸、カリブ海を使うための足場としてテキサス、大西洋の足場にニューイングランド、更におまけで将来の観光地にフロリダ半島も押さえようか。これだけあれば米国を石器時代に戻すことも容易い」
 「距離と面積を間違えてはいませんか、それは日本軍にとっても兵站の限界を超えているでしょう」
 「船舶の輸送効率は車輌の100倍だ。たとえ地球の反対側だとしても、陸路にすれば数百㎞。君の祖国が焼いたメキシコ市よりも手間はかからんよ」
 「飽きっぽい日本人がそこまで続けられますかね」
 「惰性で続けるさ。官僚の端くれだった身として言わせてもらうが一度始めた事業を外圧以外で止められる程、日本の官僚機構は柔軟にできていない」


 「問題は、米国いやルーズベルト氏がどのようにこの戦争を終わらせる気でいるか、だ」
 「東京湾に戦艦で乗り付けて外務大臣に降伏文書へのサインを‥‥ではないのですか?」
 「彼ほどの人物が、そんな気楽な見通しをしている訳がない。尋常な手段では逆転の目がないことが解っている以上、恐るべき策を練っている筈だ」
 「勝てる策だと良いのですがね。ただその場合だと来世紀あたりの軍記物で 合衆国軍は無能の集団だ というのが定説になりそうです。‥‥ハルゼー提督以外は」
 「彼が100人も居たら今頃私は講和工作に奔走しているよ。まさか現代戦で英雄が出現するとはな」
 「聞くところによると英雄とは死んだあとの方が価値が出るとか」
 「そうだね。彼のおかげで米軍は勇敢すぎる程に勇敢になってしまった。死も恥も恐れぬ地獄の戦士たちに」
 「結構なことですよ、野蛮で悪辣な方が戦争に強いのは確かですからね。さしずめGI(正規兵)を束ねる大統領は、日本軍にとって魔王(サタン)という所ですか」
 「いいや。私見だがルーズベルト氏は 神(GOD) になろうとしている」


 「神に? 人がなれる訳がないでしょう」
 「なれるさ。チンギス・ハーンを神と崇める者はいるじゃないか。孔丘を神と崇める者はもっといる、カール・マルクスを神と奉じている者より多いかもしれん。ナザレのイエスを奉じている者はそれら三柱の合計より多い」
 「教祖や権力者の神格化は有り得ることですが、それで勝てますかね?」
 「負けてもなれる。十人殺せば極悪人、一万人殺せば英雄、一千万人殺せば神。古代において人口を割単位で殺戮されれば、人々がその原因を神か悪魔の化身と考えても無理はない。いや、もしもツングースカの隕石が前大戦中の欧州に落ちていたら、多くの人々がそれを神の怒りと受け取っただろう」
 「ソドムとゴモラの伝説も、それなりの信憑性があるという説がありましたね。紀元前3100年頃に東地中海付近へ落ちた隕石の余波で死海近くにあった都市群が滅亡したことが語り継がれたのではないかとか、そんなのが」
 「金剛五十鈴氏の説だね、私も読んだよ。歴史の中では百人規模の殺人鬼など珍しくもない。白起将軍やハンニバルは数十万単位で殺している。ならば十億二十億殺した者の名は後世に神として残ってもおかしくないだろう」
 「後世なんてものがあれば、の話でしょう。二十億も死んだら人類が全滅しますよ。というか何をどうやればそんなことをやり遂げられると? 大統領が黙示録の喇叭でも吹くのですか?」
 「もし持っているなら躊躇いなく吹く。違うかね? 私にはできない、君にもだ。君は敵も味方も皆殺しにするカラクリなど使わぬ男だ。その点で私は君を信じている」
 「それは、そうですが」
 「これを持っていきたまえ、生存している中では世界で一番有名な科学者たちが書いた警告文だ。彼らの属している陣営の敵、つまり日本側が試みた場合を想定したことになっているがね」
 「指桑罵槐(くわをゆびさして、えんじゅをののしる)ですか。腹芸もできるとは多才ですねノーベル賞受賞者は」


 「いや、正気の沙汰とは思えませんなこれは」
 「いかにもその通り。だが彼らは実行できる。我々‥‥日本側は使うまでもない手だが、ルーズベルト氏にとってはどうかな」
 「確かにこれを行えば全人類、いえ地球上の生命体の殆どが死滅しかねませんが。これを私の伝手から流すのは無理ですよ。まだ日本帝国が地底人と組んでいるという内容で流した方が信用されるでしょう」
 「確か君は、 日本軍の航空機は木と紙でできている と報告したことにされていたな、そういえば」
 「日本軍の一部機体が植物由来素材を採用していると報告書に書いたのは事実です。握りつぶされましたがね」
 「実際飛行爆弾にも合板とか使っているからなあ。しかし説得する手間が省けて助かるが、流言飛語(デマゴーグ)の類だとは思わないのかね? わりと突拍子もない話だと思うんだが」
 「貴方がルーズベルト氏を知っている以上に、私は彼を知っています」
 「では、やってくれるかね」
 「ええ。妻でも従兄弟でも増えれば増えるほど厄介になりますからね、まして神となれば唯お一人で充分過ぎます。ここで出来た知人から迂回すれば、陸軍の方になら回せるでしょう。たとえ嘘っぱちでも今以上に戦局が悪くなるとも思えませんし、これを切っ掛けに現大統領が退陣でもしてくれれば上首尾です」
 「ああ。たとえ『戦争』がくだらぬ児戯だとしても、人間が始めたことは人間が終わらせなくてはならん。神や神に成りたがっている誰かにはお引き取り願いたいものだ」
 「同感です。我々のいるここが蝸牛(かたつむり)の角の上であろうと、潰されてやる謂われはありません。たとえ神の御心だとしても抗いますよ、人に自由意思があるのはそのためでしょうから」
 「では宜しく頼む。クレア・リー・シェンノート退役大佐」
 「了解しました、山本五十六予備役少将殿」




続く。

21:峯田太郎 :

2016/01/10 (Sun) 11:44:00







             『その十九、文明の衝突』





 1941年5月22日 21時00分 チャイナ南部 長江下流地域 上海市





 文明は天から降ってこない。火山の火口から湧いてくるものでもない。
 平地に生えるものである。

 より正確に言うなら適度に温暖で必要水準以上に肥えた土壌を持つ、河のほとりである平地に生える。寒冷な土地では駄目だ。万年単位で氷河の底だった痩せこけた土地も駄目だ。更にいうなら豊富な水と豊かな森林そして土地に適した栽培作物も要る。安定して供給でき、長期間保存できる食料がなければ文明は育たない。
 
 文明とは即ち余裕である。金銭に喩えるなら可処分資産だ。
 それは人間社会の活力が積み上げられ結晶化した精華なのだ。早い話が余剰食料、特に栽培効率と保存性に優れている稲科穀物の備蓄である。

 繰り返そう。文明とは食料の余剰備蓄である。食料の余裕が商品と市場を生み出し、経済の根本となり技術を育てるのだ。
 食料があるからこそ人口が増える。備蓄があるからこそ分業化が進み専門職が誕生する。大勢の専門職が競い合うから技術が高度化し、より高い作業効率をもたらすために知識基盤の大規模共有化がなされ、学問が体系化される。生活上の倫理を規定し徹底させるために宗教組織が結成される。

 文明の本質が余裕である以上、極地などで高度な文明が育たないのは当然なのだ。
 アラスカやグリーンランドの原住民が摩天楼を作らないのは、彼らが無能だとか怠惰だとかそんな理由ではない。むしろ充分以上に有能で真面目である。そうでなければ餓死か凍死が待っている。

 極地の自然条件は厳しすぎる。間抜けが生き延びることは不可能だ。
 逆に言えば大量の間抜けが生き延びられる土地であるからこそ文明が育つ。文明は生存に直接寄与しない間抜けたち、直接的には生産性へ寄与しない異能者たちが駆り立て加速させるものなのだ。そう何処までも。
 食うや食わずの生活をしているものが歌舞音曲にうつつをぬかせる訳もない。より良い生活、より高い生存確率を得るための資産蓄積や技術開発ですら、厳しすぎる環境では成果を出す前に潰えてしまう。

 現在、いや過去も未来も含めてその痕跡を残すであろう文明というものは、開けた土地と充分な水量と優秀な農作物そして過酷すぎない生態系という恵まれすぎた条件の下に育ち華開いた存在なのだ。
 少なくない人々が、特に文明国とか列強とか呼ばれる地域の恵まれている人々は忘れがちだが人が生きていけるという事はただそれだけで奇跡に等しい。気楽に生きていける環境となれば奇跡の自乗である。
 もしもサハラ以南のアフリカ大陸にマラリア蚊とツエツエ蝿が生息していなければ、人類史が激変していたことは間違いない。ひょっとしてら現世人類(ホモ・サピエンス)の紡ぐものではなくなっていたかもしれない。


 そういった視点に立てば豊かな土壌に雄大な河川が流れるこの土地は、文明の保育所としてなかなかの優良物件だった。
 実際に古代から大勢の人々が集まり、文明と呼ぶに充分なものを作り上げ保っている。



     ・・・・・



 同時刻 上海市 再開発予定地区 元安ホテル 廃墟の一室



 「検屍の結果は出たのか」
 「ああ。師父の肝臓から異常な量の金属反応が出た、砒素ではないが何か薬物を盛られたことは間違いない」  


 薄暗い部屋の中にいるのは四人。
 一人目は黒い夜会服を着て、夜中だというのにサングラスをかけた中年‥‥いや若い男。まだ三十にはなっていないだろう。
 全身黒ずくめで、手に持っている硝子杯の中身まで真っ黒だ。

 一人目と差し向かいに、小さくて汚れた見るからに安物の円卓へついている男はもっと若く、二十歳かそこらだ。服装は伝統的な胡服姿だが坊主頭であり弁髪は結っていない。

 顔立ちはまったく似ていないが、二人の体型は双子のようにそっくりだった。同じ競技で、同じ階級で、位置や戦法を同じくするスポーツ選手の体型が似てくるのと同じ理由である。同じ理論と方式と器具を使って鍛え上げられているのだ。

 残る二人は男と女だが両方とも扉の両側に立っている。こちらは黒服男の護衛なのだ。

 護衛の内、男の方は一目でそれと解る。2メートル近い大男であり良く鍛えられた筋肉質の体型をしている上に、顔や黒髪を短く刈り込んだ頭には幾つも火傷や縫い合わせた傷跡がついている。
 大男は下士官が着る軍服のようなものを着込んでいるが所属や階級を現すものはない。左右の脇の下や腰に付けたホルスターには拳銃やナイフや懐中電灯や予備弾倉が突っ込まれており、更に短機関銃を革紐で吊して肩に掛けていた。

 女の方は一見して護衛には見えにくい。いわゆるチャイナドレス、満州族など北方騎馬民族系の伝統的衣装を淑女用夜会服風に仕立てたものを着込んでいる。当然、裾の切れ込みは深く細身ながら減り張りの効いた体型が良く解る扇情的な姿である。
 更に言うと容貌も充分に美しく髪は長く艶やかで眼鏡までかけている。最近流行の、レンズの大きな縁なし丸眼鏡だ。武器らしき物体を携帯しているわけでもない彼女は、素人ならば護衛ではなく情人の類と見なすだろう。


 「臨終を見取った医者は誰だったかな」
 「張先生だが半年前に火事で死んでいる。口封じされたのだろう。師父が倒れる前に、張先生の息子が事業で失敗しているが、先生の蓄えを使って借金を返している」

 黒ずくめの男、上海裏社会の幹部は硝子杯の中身を飲み干して言った。

 「当ててやろうか。仁医と名高いが金銭には縁がなかった筈の張医師に払えるとは到底思えない金額を、だろう?」
 「そうだ。日本鬼子の差し金であることは間違いない」

 一年と少し前、日本海軍連合艦隊と米海軍太平洋艦隊の水上決戦が行われるよりも数日前の頃、一人の老武術家が急死した。死因は卒中と診断され高齢であったことから特に疑問も持たれなかったのだが、最近になって弟子の一人であるこの若い男が帰国して、師匠が毒殺された疑いがあると言い始めた。
 そして周囲の制止を無視して墓を暴いた男は一人で解剖と検屍を行い、毒物による中毒死と死因を断定した。


 「で、破門した俺に関係あるのか? その話が」
 「師兄、いや今は違うとしても貴方の功夫(くんふー)だけは信頼している。俺についても同じ筈だ」
 「まあな。技量だけでいうならお前が道場を継ぐべきだった」
 「止めてくれ、俺では道場が潰れる」
 「それで、話は何だ」
 「この腕を貸す。十年でも二十年でも貴方のために使おう。だから奴の居場所を、師父を殺した男のねぐらを教えてくれ。貴方なら知っている筈だ」
 「『凶手公』の居場所なら知っているぜ、ウサギが虎のねぐらを知っているようにな」

 二人に武術を仕込んだ老人が最後に試合をした男は、上海いや長江とそれに繋がる地域で「凶手公」や「DUKE OF DESTROY」の二つ名で知られる拳士だった。そして老人が寸止めで負けている。
 物騒な二つ名を持つこの謎めいた男は、表向きは出自不詳の流れ者である。用心棒から刺客まで裏社会の荒事を、気に入った仕事だけ只のような安値で引き受けているが、ときには本当に無料で動くこともあった。
 一度引き受けた仕事に関しては完璧主義かつ冷酷非情であり、必要とあれば目撃者の皆殺しさえ厭わない。巷の噂によればその正体は悪魔に魂を売って不老不死となった魔人であり、高徳の僧に捕らえられ嵩山少林寺の地下へ二百年以上に渡り封じ込められていたが清朝政府に寝返った破戒僧により解き放たれ少林寺を滅亡させたという。

 「誇大広告極まれり。奴の名は高森直人、大陸では高直と名乗っているが日本鬼子だ。美国(アメリカ)では『東洋の恐怖、マスター・カオ』というリングネームで闇格闘興業の悪役を務めていた」
 「聞いたことがあるな。食い詰めた腕自慢が一攫千金目当てで出ては死んでいる賭け死合だろ。それで負け無しならたいしたもんだが」

 禁酒法が廃止された後のアメリカ合衆国ではマフィアなど闇社会の資金源が酒からそれ以外の娯楽に、麻薬や女や銃や賭博に切り替わった。賭博は格闘技興業でも行われ、闇ではどちらかが死ぬまで続けられる文字通りのデス・マッチすら行われた。
 件のマスター・カオなる男はルイジアナ州ニューオリンズの地下闘技場で27戦連勝を成し遂げたものの、鉄板死合となって賭けが盛り上がらなくなったことを嫌った興行主の意向で本物の灰色熊と素手で闘わされる羽目になった。

 その夜のメインイベントは闘いではなく只の食事風景となる筈だったが両者が檻に閉じこめられた途端に会場の地下室が停電し、電気の流れなくなった柵が破られて灰色熊が脱走。翌朝に熊が射殺されるまで死者35名を出す大騒動になった。
 なお、その八割は闇の中で恐慌を起こした観客同士による圧死である。マスター・カオなる男はこの騒動の後姿を消し、以後の消息は不明‥‥と、調査を担当したニューオリンズ市警の報告書は纏めている。それが1938年5月のことだった。
 
 「汚い手で半端者を嵌めて功夫(くんふー)が成ったと勘違いしている愚か者だ。正面からやりあえば、師父はもちろんだが俺の敵ではない」
 「ここだ。二階の一番奥の部屋にいる」

 黒ずくめの男は、懐から出した紙切れにとある廃屋の住所を書いて渡す。若い武術家はその内容を憶えると紙切れを返した。

 「恩に着る」
 「待ちな。持って行け」

 上司の合図に従い、大男の護衛は小さな革鞄を円卓の上に置き蓋を開けた。中にはオガクズを詰めた麻袋と、その麻袋を凹ませた空間へ埋め込むように手榴弾が三発入っていた。真新しい手榴弾は野球の硬球のように丸く、鋳鉄製の表面に縫い目のような縄状文様が付けられている。

 「九九式、日本軍の使っている手榴弾で一番闇市に出回っているやつだ。使い方は解るな?」
 「ああ」
 「一発一年。帰ってこれたら使った分だけ腕を貸せ。踏み倒しても良いがその場合は二度と上海に入るんじゃねえぞ」
 「解った。朝までには終わる」

 元同門の男が去った後で、新しく開けた瓶から中身を注ぎつつ黒ずくめの男は護衛たちに尋ねた。

 「どうなんだ」
 「彼に勝ち目はありません。そこらの畑で捕まえてきた青虫を猫に嗾けたほうが勝機は高いでしょう」
 「んなことは解ってる。アレが素手や銃や爆弾で死ぬタマなら誰かがとっくの昔にぶっ殺してらあ。あの糞爺の死因が毒殺なら、下手人は誰かってことを聞いているんだ」

 老人の死が凶手公と呼ばれる男の仕業ではないことを三人とも理解している。虎や羆がそうであるように、圧倒的強者に毒など必要ないのだ。普通に殴ればそれだけで獲物は死ぬ。
 傷顔(スカーフェイス)の大男はアメリカ人のように肩をすくめて、彼なりに会得している捜査の基本を述べた。

 「一に金銭、二に痴情、三四がなくて五に怨恨。殺人事件の動機はそんなものです。毒殺のうえ被害者がまがりなりにも達人と呼べる腕であるのなら行きずりの犯行である可能性は排除して構わないでしょう」
 「糞爺と銭関係で揉めてて、嫁を寝取られてた奴がいたな、そういえば」
 「第一発見者、被害者の身内、被害者が死んで最も得をした者の順で疑うべきかと」
 「全部当て嵌まるじゃねえか、幸せな頭した弟弟子で命拾いしたな跡継ぎは」

 
 自分から飛び出した道場の主とその息子の、骨肉の争いなどどうでも良い。今夜の大捕物から不確定要素が一つ減ったことが大事なのだ。「凶手公」の周りには名前を売りたい無謀な連中が有りも掴めもしない隙を狙っている。そこにもっと無謀な者が殴り込みをかければ、人食い鮫の群に機関銃弾を撃ち込んだような狂騒と共食いが始まる筈だった。
 そうなれば、上海の闇に君臨する無冠の王者が今夜の捕り物とそれに連動して起きる抗争に介入する確率が下がる。最悪でも被害を他の組織になすりつけ易くなる。だから徒労でも失敗でもない。
 黒ずくめの男はそう納得して、独特の薬臭さを漂わせる黒い炭酸飲料の瓶を空にした。

 「ねえボス。それ、美味しいの?」
 「不味い。だが癖になる」

 席を立ち明かりを消し、硝子杯と二本の空き瓶だけを残して三人は闇に消えていった。おかげで翌日の朝、偶然通りかかった一人の浮浪児は真新しいガラス製品を拾い、屑屋に売って得た小銭で温かい飯にありつけた。
  



 
     ・・・・・


 

 1941年3月末、赤軍の冬季反攻は終わった。偉大なる泥将軍は例年よりやや早く現れたのだ。
 即ちそれは協定諸国軍によるウクライナとバクーを一挙に制圧する大作戦「アレクサンドロス」の成功でもあった。

 増援部隊投入の遅れから何度か戦線崩壊の危機を迎えたこともあったが、現場将兵の奮戦と協力により協定軍はバクー地域を確保し続けた。もちろんロシア方面へのパイプラインは止められていて、一滴の原油も送られていない。
 蟻のように倦むことを知らぬ日本軍設営隊により新たに作られた石油輸送導管は、雪解けの頃にはバクーからグルジアまで連結済みであり原油を送り出している。

 雪原が泥の海と変わってからは、奪還ではなく破壊を狙って石油施設への爆撃も試みられたが協定軍の防空網は分厚く緻密であり、残り少ない赤軍の攻撃機では有効な爆撃を行えなかった。
 消耗を続けた赤軍航空隊は練度・数・個々の性能・組織力など全てに置いて劣勢であり、赤い星の付いた航空機は自らが生き残ることで精一杯だった。いや、ただ生き残るそれだけでも成し遂げることは難しかった。「歩兵15、戦車8、戦闘機乗り4」とは黒海戦線の赤軍兵士たちが割り出した平均余命である。単位は日だが。
 冬季反攻時における赤軍飛行士の平均飛行時間は90時間程度であり、大半の者は100時間に伸びる前に墜ちていった。

 バクー方面への攻勢開始から終了まで、無事でいられた赤軍将兵は動員された兵力の内3割にも満たない。陸も空も違いなく、精鋭も寄せ集めもすべて諸共に、薪ストーブの上に置いた雪玉のごとく増援部隊は協定軍に当たる端から溶けていった。
 制空権が敵にあり砲兵の援護も頼みにならぬ状況で、有利な地形に築かれた防衛線へ力圧しを続ればそうなるしかない。それでも赤軍が数の差を生かしてあと一歩の所まで押し込んだ局面も何回かあったが、防衛線は紙一重で持ちこたえ続けた。


 故にバクーからの石油は止まらなかった。油田地帯は今も以前に倍する勢いで採掘と精製を続けている。
 湯水の如く湧き出るバクー産の原油と石油製品は黒海戦線だけでなく欧州とその周辺地域を潤していく。その量は膨大であり極東や東南アジア方面からの石油輸送船団が必要なくなる程だった。
 もしこの時点で戦争が終わっていたらリビアの石油産業は潰れていただろう。大戦による過剰消費とその余波による生活様式の変化が石油需要を押し上げたために戦争終結後も採算がとれたが、この時点ではまだ統制型トラックは欧州地域に行き渡りきっていない。


 ウクライナ方面での攻防は、北部において史上最大規模の機動戦が発生し協定軍が勝利した。

 2月15日、ハリコフを拠点に出撃した赤軍機甲部隊はドニエプロベトロフクスを制圧してドニエプル川の運送遮断を目論み、吹雪のなか後退する協定軍を追撃した。
 しかし負けたふりをして後退する協定諸国軍、いやその主力であるドイツ軍南方軍集団はザボロージエ近郊に待機させていた三個機甲軍(戦車及び装甲擲団兵師団計10個)を旋回しつつ北上させ、赤軍部隊の側面へ襲いかからせる。

 悪天候のなかドニエプロベトロフクス前面まで進んだ赤軍部隊の隊列は伸びきっており、後に「マンシュタインの右フック」と呼ばれたこの一撃で叩きのめされた。2月19日の夕方には赤軍の主力であるハリコフ方面軍は壊走状態か、指揮系統の破壊や燃料切れで動くに動けない状態に陥った。
 航空戦力の圧倒的不利を帳消しにできる悪天候下での運動戦は、航空戦以外の要素でも格段に有利な側がごく当然に勝利したのである。もちろん晴れてからは更に一方的展開になった。

 一例を挙げれば、故障している時間の方が長い無線機を部隊の一割半程度しか搭載していない赤軍戦車部隊と、全車両に高性能高品質でほぼ故障無しの無線機を搭載している協定軍戦車部隊が戦えば勝負は明かだった。
 サッカーなりラグビーなりの競技で、片方のチームにのみ耳栓と猿ぐつわを付けさせて試合をさせるより酷い展開になること請けあいだ。付け加えるならば選手の大半はこれが公式戦初試合の新人、監督は収容所から出てきたばかりでまだ勘が取り戻せていない‥‥と喩えられるのが赤軍の実状だったが。


 予備戦力の投入に合わせてドニエプロベトロフクスから反撃に出た協定諸国軍は打ち崩された赤軍機甲部隊を蹂躙した。追撃に移った協定軍は約二週間の戦闘でハリコフに雪崩れ込み、更に二週間後の3月18日にはハリコフとその周辺を完全に制圧した。
 しかし冬季の戦闘と移動は被害や消耗が大きく、兵站線に無理をかけたくない協定諸国軍はそこで足を止めて防御を固めた。そして泥将軍が訪れる。

 両軍合わせて1万輌以上の装甲車輌が激突したこの戦いはハリコフ大戦車戦として歴史に残った。
 個々の兵器、兵員や将校の質、軍隊機構の精度などはもちろん物資の量自体で負けていたのだから赤軍に勝ち目はなかった。彼らの希望であった新型戦車T34は期待以上の成果を上げたが、数と乗員と指揮官と後方の支援態勢に恵まれなかった。
 それまでの赤軍戦車より遙かに高い水準にある新鋭兵器だが、個々の質でも協定諸国軍の数的主力である97式中戦車及び97式中戦車改に勝っているとは言えず、協定諸国軍最強の5号戦車パンター(1式中戦車)には完全に負けている。
 乗っている人間と載せている砲弾の性能差を換算すれば旧式化しつつある4号戦車レオパルドにも劣勢なT34だが、数の上でも負けていたのだ。

 41年2月の時点でも赤軍戦車の大部分は軽戦車だった。
 クレムリンの主はフィンランドへの懲罰戦争時点で新型中戦車の開発加速を命じており、40年夏までには軽戦車利権に拘って新型戦車の開発と生産の妨害を目論んだ共産党地方幹部をことごとく粛正していた。
 しかしそうして完成した素晴らしい基本性能を持つ新型戦車T34は、T26などのブリキ缶と違い各地の専門工場で作られた素晴らしい部品を組み合わせて製造されるものであった。

 トラックや機関車どころかゴムタイヤや鉄道レールまでが慢性的に不足しているソヴィエト勢力圏では部品の運搬だけでも難業であり、資源や機材が不足するなかで工場群の疎開を急いだこともあって新型戦車の生産は遅れに遅れている。
 新型戦車のうち特に精度の良いものに輸入品無線機を集中配備した一部精鋭部隊の奮戦や、鈍足故に置き去りにされていた独立重戦車部隊が予想外の粘りを見せ追撃を食い止めるなど赤軍もやられてばかりではなかった。しかし大局においては惨敗した。

 これまでと同じく、ハリコフの戦いでも戦略以前の段階でドイツ国防軍はソヴィエト・ロシア赤軍に優っていた。南方軍集団司令官マンシュタイン上級大将は手持ちの軍勢を望みのままに動かせたが、プジョンヌイ元帥はそうではない。
 不利な戦況のなか共産党から赤軍への締め付けは厳しさを増す一方であり、指揮官たちは以前にも増して政治将校とその背後にいるクレムリンの主に気を配らねば何も出来なかった。
 そしてどのように気を配ろうと彼らが伸ばした手は勝機を掴めなかった。黒海方面への戦略的奇襲を許したツケはあまりにも大きかったのである。


 当然ながら赤軍の反攻開始前から雪解けまでの期間、ドニエプル川の運送能力は協定軍に掌握されたままでありキエフも包囲されたままだった。食料など物資の欠乏したキエフ市では暴動が発生し、包囲下の都市内部で赤軍親ロシア派とウクライナ独立派が内戦を開始する。
 キエフ市内における魔女の大鍋のごとき状態は、協定軍だけでなくその支援を受けた市民と独立派にも囲まれ包囲された親ロシア派がすり潰され町並みが新生ウクライナの国旗で埋め尽くされるまで続いた。
 ウラーソフ大将を首班とするウクライナ暫定政府が発足し協定諸国政府の承認を受るのは4月19日になってのことである。


 クリミアの奪取、それが不可能ならばクリミア半島にある飛行場の群無力化を狙ってアゾフ海沿いに西進する赤軍とそれを迎え撃つ協定諸国軍はウクライナ南部で激突した。
 こちらの戦いは、黒海に展開した艦隊だけでなく座礁覚悟でアゾフ海に侵入した戦艦や簡易砲艦、そしてクリミア半島の飛行場から飛び立った全天候型攻撃機の支援を受けた協定軍が順当に優位に立った。
 火力の優越は戦況にそのまま反映された。なかでも三隻の日本戦艦による艦砲射撃は絶大な効果を発揮した。浅間級高速戦艦のうち黒海に回された高千穂、羅臼、生駒は奮進(ロケット)機能付きの特殊砲弾を使い、アゾフ海中央部から240㎞先の地点まで360ミリ砲弾を到達させたのである。

 戦艦の火力は数個師団のそれに匹敵する。赤軍からみれば浅間級三隻の砲撃は一個軍に匹敵する戦力が突如湧いて出てきたようなものであり、僅かにあった勝機を消し去るに充分な計算違いだった。
 シュツルモビク襲撃機部隊の強襲を受けたギリシャ海軍部隊が空母撃沈1、大破1、中破1の大損害を出して壊滅状態に陥るなど協定軍の損害も少なくなかったが、全体としてはドネツ地区での攻防も協定軍の勝利に終わった。



 一方北方戦線では赤軍が健闘していた。というよりもドイツ軍が消耗していた。
 元々ドイツ第三帝国の総統も党本部も軍総司令部も、この時点でバルト三国方面への攻勢は考えていなかった。比較的狭い西部戦線ですら『黄』作戦における三正面の同時突破は彼らの胃壁を削りに削る暴挙であり、勝ったから良かったもののもう一度試す気になどなれない冒険だった。

 西方戦役当時に比べれば懐具合に余裕のできた第三帝国上層部は、危険すぎる博打に手を出したくなかった。今度は出資者のごり押しが二方面にしか向いてないのだから当然ではある。
 実際の話、アレクサンドロス作戦は準備期間が短すぎることから黄作戦と同等いやそれ以上に投機的な作戦と見る意見が強かった。この作戦がドイツ主導のものであれば確実に中止または延期されていただろうし、クレムリンやホワイトハウスでも40年末の時点で作戦の概要は把握されていたが「荒唐無稽に過ぎる」として欺瞞情報扱いされていた。
 兵站担当者が入院する勢いで日本から地中海へ送り込まれる兵員や物資が、いずれは黒海ないし欧州の何処かで戦争に使われることは予想していた。だがまさかそれが1941年の黒海で二箇所同時の上陸作戦を行うために運ばれているとは、米ソどちらの指導部も考えなかったのだ。


 それはそうだ。どう考えても正気の沙汰ではない。事実、クリミアとウクライナはまだしもグルジアからバクーへの展開と制圧そして防衛と資源輸送設備の構築成功は奇跡と呼ぶしかなく、紙一重の展開を繰り返して達成された作戦だった。
 何か一つ、たとえばイタリア空軍が2月14日朝の出撃を予定より一時間早めていなければ、武装SSのアドルフ・ヒトラー連隊がバクーへ到着するのが一日遅れていたら、欧州派遣船団第一陣が「見栄の張りすぎ」と日本国民からすら揶揄されるような優良船舶のみで構成された高速船団でなければ、赤軍はバクーの油田地帯に雪崩れ込んでいただろう。
 いや、スエズ運河で大きな事故の一つも起きただけでバクー一帯が火の海となりかねなかった。
 東條参謀総長と、彼の立案した「アレクサンドロス」作戦に全てのチップを載せた日本帝国は賭けに勝ったのである。とりあえず今回に限れば。


 地中海からの協定諸国海軍の戦力投射と絶大な海運力の支援を受けてなお、遠隔地への上陸作戦は難しい。故にバルト三国に攻め入ったドイツ国防軍北方軍集団の苦戦は当然だった。彼らは海軍の支援どころか総司令部の承認すらなしに戦闘を始めてしまったのだから。
 現場の暴走と呼ぶには大掛かりで周到すぎる用意のなされた行動だったが、一年以上かけて構築された赤軍の防衛陣地は堅固そのものだった。たちまちのうちに北方軍集団の動きは止まり、しかし勢いは衰えなかったため防衛陣地と侵攻部隊は諸共に砕けて、ドイツ軍は敵と味方の残骸を乗り越えて進み続けた。
 彼らが今まで無敵を誇っていられたのは機動戦術に徹していたからであり、陣地線へ強攻した場合その力は半分以下に落ちた。だがそれでもろくな予備兵力を残していなかったバルト方面の赤軍を粉砕することはできた。相打ち同然の犠牲を払って。

 勝てば良い、戦果を上げれば事後承諾でも許される。独断専行はドイツ軍の悪しき伝統であったが、今度ばかりは穏便には済まなかった。
 最終的にエストニアの西、ルガ川まで前線が動いたバルト方面の戦闘によるドイツ軍の被害は凍傷を含む死傷者16万人以上に及び3個軍が再編成を必要とすると判定されたのだから無理もない。
 確信犯的に準備され、偶然を装って始められ、なし崩しに続けられたバルト攻勢の損害はアレクサンドロス作戦全体よりも多かった。機動戦では無敵のドイツ軍も、陣地攻めでは普通に損耗したのである。

 堪忍袋の紐が千切れた総統閣下はもちろん現場に勝手働きされたドイツ軍総司令部(OKW)の怒りは激しく、自然休戦の前に燃料補給の差し止めを含む様々な手段で停止させられた北方軍集団へ憲兵隊が送り込まれ将官の半数が逮捕拘束された。
 そんななかで、4月1日に総統官邸の車輌が暴走し政府高官を含む数名が死傷し運転手が重傷を負う事件が発生したが、調査の結果これが事故を装って総統を狙った暗殺未遂であることが判明する。
 逮捕された実行者の証言から芋蔓式に容疑が広まり、事件への関与を疑われ出頭を命じられたフライヘア・フォン・フリッチェ上級大将ら数名の軍高官が服毒自殺を遂げるに至ったこの騒動は、以後も完全には治まらず燻り続けるのだがそれはまた別の話である。



 なにはともあれ赤軍最後の大攻勢は終わった。これ以降、ソヴィエト・ロシアは軍集団規模の部隊を丸ごと動かすような大規模軍事行動を行なえなかった。
 バクー及びウクライナ奪回の失敗と、その前後の過程で失われた141個師団の影響はそれ程に大きかった。
 バルト方面も含めて撃破され戦死あるいは脱走または投降した将兵達の数は合計で165万人弱。壊滅した部隊数のわりに人数が少ないのは、この時期の赤軍は部隊編制の小型化を進めており他国の基準でなら旅団規模の師団や大隊規模の連隊などが存在したためだ。

 数だけでいえばポーランドで消耗した戦力と大差ないように見えるが、あのときとは情勢が違う。装甲車輌の数だけでもポーランドでの4倍近い戦略物資が消耗した上にもう予備も在庫もない。極東軍をバイカル湖西岸まで後退させて捻り出した予備戦力は全てバクーとウクライナで溶けて消えた。
 再生産しようにもソヴィエト内部の資源採掘量は平均して半分以下まで落ちている上に回復する当てがない。資源から素材に、素材から製品に作り替える工業力も三割以下に落ちている。2年前と比べれば、国家としての基礎体力が健康体から入院患者なみに悪化しているのだ。

 ソヴィエト・ロシア勢力圏内に残された戦争物資の備蓄は少ない、良く訓練された職業軍人は収容所からもほぼ在庫が消え去っていた。
 共産主義国家の常としてソヴィエト勢力圏ではあらゆる公共物と国家資産が中抜きと横流しの対象となっていたが、生存と生産ノルマ達成のためにマンチュリアや樺太との密貿易が欠かせない東シベリアでは特に癒着と腐敗が酷かった。
 極東の赤軍が、事故で喪失したり演習で消費したことにしている弾薬類がマンチュリアへ横流しされていたのと同じく、収容所に備蓄されていた人的資源もまた事故や病で喪失したことにされ横流しされていた。
 1930年代半ばからマンチュリアでは慢性的な人手不足状態が続いており、白系ロシア人の共同体は移住者を進んで引き取っている。そのうちの1%程度はシベリアの収容所から横流しされた囚人達だった。


 生産力低下の原因はロシアでも前線と銃後の区別がなくなった所為でもある。
 既にウクライナ南部は協定軍に制圧されている。グルジアとカスピ海南岸部もだ。それら占領地域から二千㎞以内は協定軍航空部隊による戦略爆撃の範囲内となっている。
 日本陸海軍の大型爆撃機1式重爆呑竜やドイツ空軍のJu290爆撃機は、ウクライナ戦線の落ち着いた4月以降アストラハンやスターリングラード上空に現れていた。
 遙か高空を飛ぶ日独の四発爆撃機が爆弾や宣伝ビラを撒き、モスクワやカリーニンやトゥーラといったロシア本土の大都市にはそれら大型機だけでなく無人爆弾が連日連夜飛来している。
 後者はまだしも、高空性能に劣る赤軍戦闘機では新鋭大型爆撃機の戦略爆撃を食い止めることは不可能だった。

 ポーランド戦役の開始以来ソヴィエト・ロシアの生産効率はじわじわと落ち続けていたが、この数ヶ月で更に加速を付けて悪化していた。
 戦略爆撃や人手不足による労働力の低下だけでなく、それまで騙し騙し使っていた日本製やドイツ製やアメリカ製の車輌や工作機械が次々と故障し始めていたのだ。
 もしも米英からの支援物資が今も届いていればソヴィエト勢力圏各地の工場は以前と同じように動き続けていたかもしれない。しかし実際には切削工具の刃や潤滑油など外国製の消耗品が切れた生産現場では事故と不具合が多発しており、生産品の数量はもちろん精度と性能も落ちる一方だった。ロシア製の代用製品では質と量の両面で必要とされる水準に届かない。

 軍隊が畑で採れるとまで言われるロシアの大地だが、今はその収穫物の多くが空籾でありあるいは脱穀前から麦角菌に犯されていた。
 この年の6月にはスターリングラード・トラクター工場の不良率は50%にも達しており、突然止まるエンジンや気泡だらけの照準器といった従来からの不具合だけでなく軟鉄製なみの強度しか持たない装甲板や装填しただけで発射される戦車砲など以前には出荷されなかった品質水準の生産物までもが前線まで届けられていた。

 ここまでの混乱を招いたのは、質量ともに必要とされる水準と目標値が高すぎた所為もある。この時期は軍需相フリッツ・トート博士率いるトート機関の絶頂期であり、彼らの優れた計画・調整能力によりドイツ勢力圏内の工場群は最大出力で動いている。
 ドイツ第三帝国の兵器生産能力は既にGDP換算で2年前のソヴィエト・ロシアに匹敵していたが、第三帝国の産業界は戦後に払わねばならぬ負債を積み上げて更に軍需へと国力を偏らせていた。国内で生産できる工業製品のうち、兵器と一部医薬品以外に日本製品と張り合える輸出品が存在しないからだ。

 逆に言えばドイツの兵器類は日本製と並んで世界最高最強の品質と生産効率を維持している訳であり、数さえ揃えば勝てるというものではなかった。「装甲板の隙間が多すぎて戦車用覗き眼鏡(ペリスコープ)がいらない」と揶揄されるような戦車では普通に雨が降っただけで故障してしまう。砲弾爆弾の雨が降れば戦車大隊ごと全滅しかねない。
 赤軍将兵にとって最悪なことにこの時期のウクライナで最も多い天候は砲煙弾雨であった。絶対的制空権下ではFw190や99式襲撃機のような新鋭機はもちろん、Ju87急降下爆撃機のような旧式機ですら無敵の超兵器に等い。Hs129のような最初から対地攻撃用に設計された専用機ならば尚更である。
 


 大敗にもかかわらず、ロシア人民の士気と意欲は第三帝国の総統が期待していた程には落ちなかった。ソヴィエト連邦という建物の土台は腐っていたかもしれないが、蹴りの一つや二つで倒れるほどではない。
 確かに赤軍は東(モンゴル)で、西(ポーランド)で、北(フィンランド)で、そして今度は南で敗れた。
 しかし現地出身者の投降軍に治められたウクライナが防共協定諸国の一員として認められ、自治と独立が許されるならロシアがそうなって何がいけないのだ、という見解に内心だけであっても賛同する者はまだ少なかった。雪が溶けた時期のモスクワあたりでは、まだ。

 共産党の情報統制能力を持ってしても人々の口を防ぐことはできず、協定諸国軍のウクライナ統治の様子が噂として流れる度に共産党とスターリン体制への支持は下がっていたが、だからといって外部勢力しかも歴史的な因縁を山ほど抱えている上に悪名の高すぎるドイツ現政権に靡くロシア人は少ない。わざわざ虎の口に頭を突っ込むのは曲馬団の芸人だけで充分である。

 ヒトラー総統だけでなくその忠実な下僕である一般親衛隊と武装親衛隊は比較的穏便な方針で占領地の統治を進め、外道のやくざ者という一般的な第三帝国への印象を払拭しようと努力していたが諸般の事情によりその努力は未だ実っていない。
 もしも辣腕を持って鳴るハイドリヒSD長官がエイプリルフールの朝に総統官邸前で挽肉と化さなければ、親衛隊主導のベラルーシとウクライナ統治はドイツにとってより早くより都合の良い結果を出していただろうが誰が嘆こうと祝杯を挙げようと死人は生き返らない。
 まったくの余談だが「か、壁ぇ!?」という一言を遺して死亡したハイドリヒ氏に限っては前者より後者の方が遙かに多かった。親衛隊内部ですら。これも人徳というか自業自得であろう。


 共産党による物理的精神的な支配が健在だったことや郷土愛的愛国心においてドイツとは感覚がやや異なることもあるが、ロシア人たちが未だに諦めていない理由は敵がドイツ軍だけであれば赤軍には反撃する力が残っていたからだ。
 大勝利は無理としても、たとえばベルリンを制圧してヒトラー氏もしくは二代目総統に降伏文書へ署名させることまでは望めないにしても、勝利に等しい敗北を積み重ねて侵略者の音を上げさせることや、ある程度の勝利を得て講和に持ち込むことは決して不可能ではなかった。
 できなくもなかった。相手がドイツだけならば。

 実際には復仇に燃えるポーランドとイタリア、積年の恨みや恐怖に突き動かされているトルコ、ギリシャ、ブルガリア、ユーゴスラビア、ハンガリー、ルーマニアの東欧及びバルカン諸国、付き合いと利権目当てのヴィシーフランスとスペイン国粋派、お義理で参加した北欧諸国の義勇兵、止めに日本帝国が加わる大戦力である。
 もはやソヴィエト・ロシアにとって唯一の味方となったアメリカ合衆国(及びカナダ)を除けば全世界を敵に回しているに等しい。足並みが揃っているとは必ずしも言えない協定諸国軍だが、崩壊しつつあるソヴィエト・ロシアでは対処できない戦力差だった。


 そう、ソヴィエト・ロシアはこのとき既に崩壊を始めていた。
 実際に倒れ伏すのはしばらく後のことになるが、共産党とスターリン政権は雨に打たれた粘土の巨人のように崩れ落ちようとしていた。
 バクーとウクライナを奪われただけならまだしも、取り返せる望みがなくなった時点でソヴィエト政権の命運は尽きている。クレムリンの主が恐れていた流通の遮断は、懸念とは違いモスクワの南方から成された。

 赤い帝国、東ローマ及びモンゴルの後継者はハリコフで致命傷を負ったのである。


22:峯田太郎 :

2016/01/10 (Sun) 11:46:03


     ・・・・・


 同時刻 上海市市街 日本租界の外れ


 既に米国の一部と日本本土のほぼ全域でテレヴィジョン放送が始まっていたが、その両国でも娯楽の王様は未だ映画だった。
 当然ながら上海にも無数の映画館が存在しており、傑作から駄作まで数限りなく上映されている。それらの中でも映画を見るだけなら一番安上がりな施設、巨大な白無地の看板を銀幕に見立てて映写している野外映画館がある。

 日本租界の端、高い塀と電流の流れる鉄条網でスラム街と隔たれたこの野外映画館は、観客から直接の料金を取らない。だが看板の近くに軒を並べた出店や屋台の売り上げで上映者は利益を出していた。
 今も看板には日本製の娯楽映画が数カ国語の字幕付きで上映されている。幕末期、19世紀半ばの日本を舞台にした剣劇ものだが何故か場末の一膳飯屋のお品書きにカレーライスがあり、主人公の浪人はカレーを食べると普段の三倍は強くなると言う無茶苦茶な内容である。
 しかし考証面以外では至って真面目に作られた良質の娯楽作品であり普通に人気が出ていた。今も観客たちの多くは主人公が悪党どもを次々と叩きのめしあるいは切り捨てる姿に拍手喝采を送っている。
 人気の理由は出演者の魅力もある。主人公を演じる新人男優は活劇場面以外では演技がもう一つで、いわゆる大根役者だがヒロインを演じる山口淑子なる女優は、日本人でありながら上海でも香港でもこの時期で最も支持者の多い映画女優だった。


 上映中の映画本編には特に感心なく飲み食いと会話に集中している者たちもいる。屋台の列から少し離れた位置に座る四人の若者は、それぞれが買い求めあるいは注文したものを円卓に持ち寄り並べて酒宴を楽しんでいた。

 「では、田と遼の前途を祝して乾杯!」

 音頭と共に打ち合わせた日本製黒ビール入りのジョッキを乾かした四人は同年代、二十歳かそこらであろう。
 みな上海育ちの中国人もとい漢族だ。そこそこ身なりが良く、顔つきなどからも中流以上の家庭で育ったことが一目で分かる。
 会話から察するに送別会のような集まりらしい。四人のうち二人、一番体重の軽そうな眼鏡をかけた若者と間違いなく一番体重の重たい赤ら顔の若者が、明日には遠く離れた異郷へと旅立つのだ。

 「しかし大丈夫なのか、田が乗ったら重くて落ちるんじゃないか」
 「なに、僕と教授が軽いから人数で割れば平均的だよ」

 旅立つ二人は上海で育ったし実家も上海にあるが、今住んでいるのは台北である。上海には所属する研究室の教授に連れられて里帰りしているのだ。教授本人としては上海での所用に地元出身者がいると便利だから同行させたまでであるが、人としての常識を一応持っている系統の学者であるので最終日ぐらいは学生たちを自由にさせている。
 その容姿と、空を飛んでいる時間が長いことから「行者」と渾名されている孫磨覚教授は変人かもしれないが決して不人情な人物ではなかった。

 「それより、本当にこれはいらないんだな」
 「空港で引っかかるからな。なあにアメリカといってもカルフォルニアだ、気楽なもんさ」
 
 友人が円卓の下で手渡そうとした紙袋を、太った若者は押し戻した。ただでさえ漢族に対しては空港などでの検査が厳しい昨今なのに、空港でモーゼル拳銃と実包など預けようとしたら手続きが面倒くさいものになる。ついた渾名から分かるとおり彼らの恩師は気が短い。その教え子たちも時間を惜しむが故の空の旅に余計な手間はかけたくなかった。

 心遣いは有り難いが、正直に言って無用の餞別でもある。孫教授ら台北大学第三寄生虫研究室が向かうカルフォルニア州南部は日本軍による軍政が続いていたが、治安は良好であり至って穏やかな場所だった。「ロスは極楽パナマは飯場メキシコ地獄の三丁目」とは当時の新大陸に派遣されていた日本兵たちが謡った都々逸である。

 無論のこと占領地にありがちな軋轢や問題はいくらでも存在したが、特に問題ないと日本軍や現地住民は捉えていた。チャイナ地域や東南アジア諸国諸地域で磨き上げられた日本軍の統治機構と教本は、北米西海岸でも充分に機能した。
 統治においては攻められる全ての方面からあらゆる方法で攻めるのが日本流であり、法と正義の建前に加え札束と物資の実利で叩かれ続けた西海岸は二度目の白旗をあげるしかなかった。
 後世の歴史書ではロサンゼルス駐留軍司令官を評価するものが多いが、今村中将の手腕を考慮に入れても不可解なまでに日本軍の西海岸統治は順調だった。

 米国西海岸諸州、特にロサンゼルスあたりでは己のささやかな誇りのために今日のパンを投げ捨てる者よりも、赤ん坊のミルクのためにささやかな誇りを車庫やクローゼットへしまっておく者の方が多かったのだ。
 具体的に言うとカルフォルニア南部の善良な市民たちは、その多くが日本軍や日本帝国へ協力的な地元民への襲撃行為や妨害工作を行うあるいは見逃すよりも通報することを選んだ。
 有効な情報には100ドルから200ドル、ときには数千ドル以上の高額報酬が支払われたうえに誤報であっても処罰無しという方針であったため日本軍憲兵隊は情報提供者に不足しなかった。個人情報は秘匿されているが、現地人通報者のなかには賞金で屋敷を建てた者さえいる。

 日本軍の指導下で組織改革が行われた現地警察の業務効率が以前とは比較にならない水準に上がったこともあり、破壊工作は大掛かりなものであればあるほど難しくなっていた。秘密はそれを知る者が多ければ多いほど保ちにくくなるものである。
 もちろん破壊工作を知っても通報しない自由を行使した市民もいたし、協力や実行を選んだ市民もいたが後者は速やかに元市民や死人となった。日本流統治は敵と判断したものには容赦がなく、それは場所や相手が変わろうと同じだった。
 

 「まあ、身体を壊さない程度に頑張れよ」
 「解っているよ。いずれは虫害に苦しむ5億の民を救うこの僕が、いま倒れるわけにはいかないからね」

 多くの上海人たちと同じく若者たちも現状を受け入れていた。重慶国民党が分裂解散し、蒋介石が行方不明になり、北西軍閥や山西軍閥など各地の勢力が南京国民党に恭順する姿勢を見せている以上、中華地域の再統一は近い。
 そして再統一が成れば東夷の口出しを聞く必要もなくなる。部外者が中華を引きずり回せるのは内部分裂が続いていればこその話である。これまで繰り返された歴史と同じく、中華統一の暁には自然に華夷の秩序が回復するだろう。

 中華帝国の復活は遠くないのだ、何を焦る必要があろう。今はひたすらに力を蓄えるべき時だ。若者が情熱をぶつけるべきことは学問と労働でありテロ行為ではない。
 とりあえず、彼らの実家は既得権益を保障されているのだからこちらから喧嘩を売る必要はない。もちろん若者達の実家が属する派閥は日本軍と喧嘩にならないよう気を配って立ち回っているし、喧嘩になったときに備えて準備もしているが。


  
 若者たちの卓上から料理が減っていき追加の買い出しに出た頃に、隣の席へ二人の男がやってきた。大柄な、まだ若い白人達である。

 「カツカレーにゴーダチーズを削って乗せてください。付け合わせは福神漬けでお願いします」
 「牛スジ煮込みカレー、刻み茹でオクラ乗せ。あと青梗菜のお浸しを味付けなしで。ピクルスは抜き」

 看板の映像よりも実物の香りに惹かれてであるが、看板がよく見える席に座った二人は隣の売店に声を掛けで席に着き注文した。英語で声をかけられた、まだ中学生になるかならないかであろう金髪の少女は注文を復唱して伝票に書き付け、複写された控えを置いて厨房へ滑り去っていく。
 彼女の店は料金後払いである。この意味を本当に理解しているなら上海生活初心者卒業だ。

 「静かだな。幽霊かと思ったよ」

 随分とテキサス訛りの強い女給の後ろ姿を見つめているのは、栗色の髪を七三分けにした男である。彼の視線は周りの客よりも数十センチ下、半ズボンやそのすぐ上下ではなく少女の靴に集中していた。
 店主の娘である看板娘が履いている靴はいわゆるローラースケートの類であるが、彼が注目したのはその静粛性だ。すぐ傍を通っていったのに、少女の靴に取り付けられた小さな車輪は映画の音声にかき消される程度の音しか立てなかった。

 「冶金技術の差か? いや樹脂系素材かな。想像を絶する強度と精度だとは解るが」
 「本物はある種の地位象徴(ステイタス・シンボル)ですが、市場で売っている代物ですよ。新品を確実に手に入れるなら日本商社か日本軍のコネが必要ですがね。だから交渉してあの娘から買おうとしないでください」

 あの娘へうかつに声をかけると店主が散弾銃出して来ますよ、と相方に釘を差したのは同じく二十代前半か半ば程の白人男である。何ヶ月もハサミを入れていないだろうボサボサの黒い長髪を首の後で、輪ゴムか何かでいい加減に纏めている。
 米国人なら言葉の訛りから解るであろうがこの二人は米国東部の出身だった。ともに大学出の元少尉である。
 元、がつくのは釈放された捕虜だからだ。流石に今次大戦への不参加を誓って収容所から出た身で現役を名乗るほど彼らの面の皮は厚くない。


 「ところでお前の注文、野菜が足りなくないか?」
 「あなたは私の母親ですか」
 「お前の健康に気を使いたい点ではお前のお袋以上だぜ。お前が倒れでもしたらその分俺の負担が増えるんだからな」
 「わかりましたよ、葉っぱも食べれば良いんですね」

 言うことが日本人とおなじなんだから、と長髪の男はぼやきながら再度女給を呼んで温野菜の和え物と刻みキャベツを追加注文した。幸い懐には余裕がある。


 程なくやってきたカレーとその他を食べながら、二人の男は情報交換を始めた。小声で聞き取りにくい上にアレだのソレだのと固有名詞を極力省いた、他人にはさっぱり解らないやり取りが続く。

 上海は人と物資の一大集結地点であり、当然ながら情報も集まる。世界各国の新聞や雑誌、あからさまな宣伝放送と一聴して普通の放送、ニュース映画に口伝えの噂話。変動する通貨と株や証券類の相場。それらを組み合わせれば十人ほどの集団でもある程度の情報収集はできた。
 戦線への復帰はしないと誓ったが、祖国に利する行為をしないとまでは誓っていない。故に長髪の元少尉は上海の日本租界に住み着いて、商社の現地通訳や上海映画の端役などを行いながら諜報活動に当たっていた。
 七三分けの元少尉は同じようにしてグアムの捕虜収容所から出て、友人の伝手を頼ってつい数日前に上海へやってきたところである。

 「鉄道屋(のヘイワード上等兵)は元気でしたか、それは何より」
 「前より(時給は)低いが、マシな職場だと言っていたよ」

 元々の比率からいって捕虜は士官より兵隊の方が多いのが当然であり、同じようにして収容所から出た米軍兵士たちは思い思いの場所に移って暮らしていた。中には収容所の近くで収容所にいたころと同じく砂浜でナマコを拾い集めたり畑でパイナップルを収穫したりしている者もいるがそれは少数派だ。
 件の上等兵は長髪少尉の元部下だった。そして七三分け少尉の知人でもある。鉄道員不足のあまり給与水準が上がりに上がったオーストラリアへ渡っていたが「どこに行ってもジャップがでかい面をしている」ために辞めて上海へ流れてきたのだ。

 「上海だと日本人の顔が縮むわけもないでしょうに」
 「本当の理由はこっちらしいぞ」

 七三分けの元少尉は捕虜生活中に日本兵から教わったというか伝染したボディランゲージ‥‥小指を立てる動作で事情を説明した。つまるところヘイワード元上等兵の退職理由は、職場周辺の若い娘達に連続で振られたためだ。
 これを彼は元米兵が元日本兵に比べてオーストラリア娘から需要がないからだと捉え、そのことに耐えられなかったのである。

 「有り得ない、訳じゃないよな」
 「まあ、人気が出るような行動は宣伝されてませんからねえ、我らが祖国の軍は」

 上海が実質的に日本勢力圏内にあることを計算に入れても、米軍の評判は芳しくなかった。北米大陸における焦土作戦の凄惨さは太平洋の反対側まで様々な形で届いている。
 報道写真やニュース映画で描かれる米軍の姿が半分でも本当ならば、元米軍兵の前から婦女子が消え去るのも当然である。目の前の自称元米兵があれと同類だとしたら貞操どころか命が危うい。

 戦時動員態勢が続く日本本土では青年男子の不足から見合い斡旋所に閑古鳥が鳴き、巷では「足りぬ足りぬは 夫が足りぬ」という戦時冗句が流行っていた。
 日豪同盟樹立前後でその理由はともかくとして計数十万人に及ぶ男達が出ていった豪州で婿不足というか男日照りというか、男女の人口比率が偏っていた時期があったことは確かである。
 しかし生物学的理由からも人類種の雄は大概の場合余り気味であり、件の上等兵が訪れたときには既に需要が満たされていた。豪州政府の統計で見ると1940年に結婚した豪州人のうち約三割が外国人又は移住者を伴侶としており、そのうち半数近くが日本人だった。
 数で言えば元ないし現役の日本兵が日豪間での国際結婚当事者として一番多いのは当然だが、日本人の看護婦や通訳やタイピストなどと結婚したオーストラリア男も少なからず存在している。

 もはや伝統的と呼べるまで染みついた人種差別意識が消え去った訳ではないが、日本帝国国民との婚姻が表だって非難される風潮は現在の豪州にはない。
 それは文明の進歩とか人類の調和といった夢想家の寝言ではなく、表だって襲撃や迫害を行った者たちは砂漠の砂に変えられ非難に留めた者たちの多くは手切れ金と共に国外へ出ていったからなのだが、とにかく表立っての非難はない。ないことになっている。


 この時期に描かれた風刺画に、『日豪同盟』という題名のものがある。

 風刺画の中央では、白い花嫁衣装を着た田舎っぽい白人娘とちびで眼鏡で出っ歯の日本兵が教会の前で式を挙げている。
 画面右側には羊を連れた農夫(ニュージーランド?)が暢気な顔つきで立っており、そのさらに右にはアオザイなどの民族衣装を着た数人の東洋人女たち(タイ、ベトナムなど?)がハンカチを食いちぎりそうになりながら挙式中の二人を見つめている。
 画面左側には肩に猟銃をかつぎ片手に札束の入った鞄を持った白人の荒くれ者が新郎新婦から離れるように歩き、更に左側には鞭を持った農園主風の白人男(南アフリカ?)が荒くれ者を歓迎している様子が描かれている。
 画面中央やや左側で式を仕切る神父の顔は、オーストラリア共和国初代大統領とそっくりだ。
 そして神父の足元には痩せこけた黒人少女(アポリジニ)がうずくまっていて、左端では黒人の農夫とその妻らしき黒人女が不安そうに農園主と荒くれ者の様子を窺っている‥‥というものだ。

 作者不詳のこの一枚には「日本のいう人種平等とは所詮こんなもの」という風刺が込められていた。
 日本人であっても、よほど無邪気な者でなければ完全には否定できない。日本帝国は慈善事業で戦争しているわけではないし、そもそも慈善事業とは金銭以外の利益のために行う行為である。国家の行動が打算まみれなのは当然だ。
 新郎が新婦の実家の庭に埋まっているものを気にしていたり、義父である神父の伝手に期待していたとしても不思議はない。


 それらの事情はさて置いて、上記の通り米軍の評判は豪州だけでなく上海の租界でも悪かった。日本本土は言うまでもない。後々の時代まで日本語圏ではヤンキーという呼び名が「ちんぴら、ゴロツキ、人間の屑予備軍」の代名詞として残った程である。
 この二人も元同僚たちの言動から度重なる風評被害を受けていて、大いに閉口していた。

 流石に米軍機がメキシコ戦線において小規模の村落まで虱潰しに爆撃し二千ポンド徹甲爆弾で破壊しているといった日本側の報道はでっち上げであろう、軍事基地ならいざしらず只の村落に貫通力優先の徹甲爆弾を使う必要などない。
 しかしメキシコ市が都市機能を失うまで破壊されたことや、その後のメキシコ市で撮影されたおびただしい焼死体の山や、野戦病院に収容された片腕あるいは両腕を切り落とされているメキシコ人少年たちの存在は虚構ではない。少なくとも数千人が実在しているのだ。

 「えげつないなあ、連中は」
 「ええ、容赦がありません」

 文字通り地獄の如き蛮行がメキシコの地で吹き荒れている。そしてアメリカ合衆国の勢力圏内以外ではその大部分がアメリカ合衆国軍の仕業として扱われていた。第三帝国の宣伝相ゲッベルス博士などは「合衆国は文明国かもしれないが、合衆国軍は文明国の軍隊ではない」と激しく非難している。

 しかし二人は動揺していない。日本軍と日本政府の謀略であることは明らかだからだ。
 直接の証拠はないが前例が山ほどある。フィリピンへの武器密輸もその一つだ。
 出鱈目極まる偽外交文書を渡されたと言い張り宣戦布告に繋げ、自ら捕虜返還船を撃沈しておきながら米軍潜水艦に罪をなすりつける日本人の悪辣さは大したものである。日本海軍の師匠が英国で日本陸軍の師匠がドイツなのは伊達ではない。


 「この戦争、負ける訳にはいきませんよ」
 「ああ、こんなもので済む訳がないからな」

 二人が見ているのは英字新聞の紙面端に載せられている、米国本土で街頭に張られているという風刺画である。
 『負けたらこうなるぞ!』という題名がついたその風刺画は米国の長閑な田園風景を描いたものだが込められた意味は過激なものだった。

 散歩道らしき場所でドレスを着て日傘を差した妙齢の白人女性三人が談笑しているのだが、ご婦人達の一人は臨月間近らしい大きな腹をしており、もう一人は乳母車を押し、最後の一人は就学前ぐらいの幼児の手を引いている。
 ただし幼児は浅黒い肌に縮れた黒髪で顔立ちも黒人(ネグロイド)の特徴が強く出ており、乳母車に乗せられ玩具を振り回している乳児も同じく黒い肌をしている。三人中ふたりがそうなら残る妊婦の腹にいる子もおそらくは‥‥。

 これは「人種平等を掲げる日本帝国に敗れたら、中流・上流階級でも色つき(カラード)との結婚が当然になるぞ」と主張する風刺画であった。
 英語の記事を書いた日本人記者によれば米国南部からの亡命者が出国の際に持ってきたものであり、米国南部諸州では同様のあるいはより過激な風刺画が「白獅子団」なる民間武装組織の手で印刷配布されているという。
 これは眉唾ものの噂だが、南部諸州では白獅子団や類似する自警団的な武装組織と「黒豹党」なる黒人過激派組織が抗争を繰り広げる内戦状態にあるという。実際には其処までいかずとも合衆国内で人種的な軋轢が広がっていることは確かだろう。



 異なる文明に打ち負かされた国家や民族の運命は悲惨そのものだ。
 大祖国戦争、クレムリンがそう呼んだソヴィエト・ロシアの戦争は即ちスラブ文明対西欧文明+日本文明の戦いだった。
 太平洋戦争とホワイトハウスが呼ぶ戦争はアメリカと日本の文明が激突する戦いではあるが、こちらはより凄惨なものになっている。なにしろ双方ともに指導部が敵対者を文明国と認めていない。
 事実、日米両国は和平交渉を口実に中立国などで外交的接触を持ってはいたが、真剣味の薄いやりとりしかしていない。双方ともに講和への意欲が薄いのだ。

 文明国相手でない以上その決着が理性的なものに終わるはずもなく、戦争がまだ続くからには地獄の如き有様がメキシコから広がっていく事は確実だった。
 もしかしたら、いやかなり高い確率で日米どちらか片方あるいは両方とも文明の滅亡を迎えるかもしれない。


 10年前なら、この予想は狂人の妄想として一笑に付されたであろう。だがしかし、科学の進歩はそれを笑い事で済まさない領域にまで達していた。
 20世紀も半ばを迎えている現在、日本帝国もアメリカ合衆国も一文明どころかやり方次第で世界を滅ぼせる力を持ってしまったのだ。地球上の全ての文明国から文明を維持させられる力を奪うには足る程度のものを。


 「で、どうなんだ?」
 「難しいところですね。人形峠(はじめウラニュウム鉱山の採掘)が進んでいないことは確かなのですが」

 上海で溜まっている彼ら元捕虜にとっては本国との連絡を繋ぐだけでも難業であるが、それでも彼らの情報収集と分析は続けられていく。ほんの僅かな情報、たとえば日本帝国によるタングステン鉱山開発状況などが分かるか分からぬかでも戦略に影響するのだから、無意味ではない。

 佐渡金山の採掘再開が象徴するように、鉱工業の発展と採掘・精錬技術進歩は1930年代に入ってからの日本大躍進の要因として、真っ先に挙げられるものの一つだった。数年前にマンチュリアや樺太で新たに発見されたタングステン鉱山は日本帝国にとって「金銭が湧く壷」のような存在であり、世界全体に影響を与えている。
 一部希少金属資源の不足からウラニュウム合金を徹甲弾どころか試作重戦車の装甲板にまで使っていた合衆国と比較すればの話であるが、この時期の日本帝国はウラニュウムの軍事転用に消極的だった。自らの勢力圏内だけでタングステンの採掘量は足りていたのだ。

 研究用を含めても日本帝国のウラニュウム採掘量はそう多くなかったが、ホワイトハウスにはそれが事実なのか欺瞞情報なのか確信が持てなかった。
 ライシャワー博士の逮捕など、知日派の粛正をやり過ぎてしまった米国本土では各諜報機関の調査能力が日本関係に限っては消滅したと言って良い。情報の量はともかく精度において、上海のカレー屋で盗聴器や望遠鏡を使った遠距離からの監視に気付かぬまま座っている素人間諜たちと大差ない水準まで落ち込んでいる。
 この上海で料金後払いでありながら潰れない露店とは食い逃げをさせない、した者は一生後悔することになる種類の店である。日本租界でそれができる店が日本軍の庇護と監視を受けていない訳がない。つまりこの二人は間諜として論外なのだ。

 故にホワイトハウスの住人たちのうち一部は、情報が錯綜する日本帝国のウラニュウム採掘量を気にかけるあまり睡眠不足の日々が終戦直前まで続くことになる。



 英国が帝位を投げ出し、チャイナ帝国の後釜を狙った勢力がまた一つ潰れ、ロシア帝国が致命傷を負ったが世界大戦は終わらない。
 戦いは続く。たとえそれが明日迎える死を明後日に引き延ばすものでしかないとしても、たとえそれが明々後日に全てを巻き込む破滅を引き起こしかねないとしても。




続く。

23:峯田太郎 :

2016/01/10 (Sun) 11:47:05





           『番外、資料編』




・日本戦車

 1929年(昭和4年)に採用された89式中戦車が、近い将来起きるであろう世界大戦において力不足であることは明らかだった。日本陸軍は新時代に対応した兵器体系を再編すべく、1934年に戦車区分も再設定した。
 それまでとは異なり、新制度では戦車の区分は重量でなく使用目的で機動性を優先した軽戦車、防御力を優先した重戦車、汎用性を優先した中戦車、火力を優先した駆逐戦車、直接戦闘以外に使用される工作戦車や回収戦車などに分けられることとなった。

 予算や技術の都合から、最も開発しやすい軽戦車が優先されるのは当然であり1935年には95式軽戦車が完成、採用された。これは自重12トンの車体に最大厚35ミリの装甲を備え、時速55㎞で走行可能という超優良兵器であった。
 ただし試作車の搭載砲は威力不足であると判定され、ボフォース社製の37ミリ砲に換装させられている。これは後に日本国内でライセンス生産され続けた程の優秀な火器である。
 特筆すべきは高出力かつ高信頼性の水冷ディーゼルエンジンを搭載していた点である。砂漠や寒冷地の使用に適さないという意見が封殺されるほどに、このエンジンは優秀であった。
 全車両に搭載された高性能無線機は陸軍のみならず海軍のものと通信できた。僚機や近隣の友軍、後方司令部はもちろん砲兵や航空隊との連携が可能な通信機器と制度は日本軍の電錘(浸透)戦術に必須であり以後の戦車にも無線機が必ず搭載された。

 平地なら10㎞先まで双方向会話通信可能な無線機、800メートル先の停止目標への100%命中を可能とする照準器、貨物を満載した輸送車両を追い抜ける速度、塹壕や鉄条網を乗り越えられる機動性、狭軌鉄道でも輸送可能な車体寸法、10時間連続走行後の稼働率95%以上、10日間連続使用中の必要整備時間1時間以下。
 後世の軍事マニアからオーパーツ呼ばわりされるのも無理はない傑作戦車である95式だが、軽戦車とは思えない調達価格と軽戦車ゆえの戦力不足が問題となる。
 またその二人用砲塔は車長が無線手を兼ねているだけでなく、砲手が装填手と同軸機銃の射手を兼ねているため実戦において性能諸元表どおりの火力を発揮することは熟練兵でも難しかった。


 この点を改良したものが98式軽戦車である。再設計された車体構造は95式より更に洗練され作業工程数で二割以上、調達価格で三割半減少した。
 ドイツ戦車の影響を受け三人用に大型化した砲塔には装填手用の座席と旋回ハンドルが用意されており、装填手は余裕があれば砲塔の旋回を早めることが出来る。また車長用ペリスコープだけでなく視界確保と歩兵対策にピストル穴も設置された。ただし車高の問題で砲塔バスケットは採用されていない。
 最大厚こそ40ミリに留まったものの全体的な平均装甲厚は95式より格段に増しており、避弾経始を大胆に設計へ取り入れたことと装甲材の進歩の結果、軽戦車としては相当に高い防御力を持っている。事実、本車は欧州戦線でも「並の中戦車より固い」と現地戦車兵から好評であった。
 設計変更と装甲厚の増加により車内の容積が減少した結果乗り心地は悪化したが、日本陸軍では小柄な兵が多いこともあって他国ほどには深刻な問題にならなかった。

 97式中戦車の普及以前は日本陸軍において上記二種の軽戦車が主力戦車であり、普及後も偵察や哨戒などはもちろん治安維持や訓練などに使用された。生産数が多かったこともあり、自走砲や架橋戦車など工作車輌に改造されたものも多い。
 生産台数は95式98式合計で2万5千輌ほどと推定されるが、日本国外でのノックダウン生産や改造改修が多いため完全な把握は困難である。



  98式軽戦車(欧州仕様) 
 車体長:5.45m 全幅:2.2m 全高:2.43m 全備重量:13.7t
 懸架方式:独立懸架およびシーソー式連動懸架
 エンジン:<寿MS4型>簡易水冷星形ガソリンエンジン340馬力
 最高速度:時速47km 航続距離:260km 乗員数:4名
 装甲厚:砲塔前面40mm、車体前面35mm、砲塔側面:25mm、車体側面:25mm、車体背面15mm
 武装:42口径37mm砲1(弾薬搭載量105発)、12.7mm機銃1(砲塔上、弾薬搭載量800発)
    7.92mm機銃1(砲塔同軸、弾薬搭載量1860発)、煙幕弾発射装置8




 77計画と呼ばれる符丁のもとに開発されたのが96式重戦車である。これは「次期大戦においては主砲直径70ミリ以上、正面装甲厚70ミリ以上の重戦車が必須となる」という重戦車派閥の主張を取り入れたものであったが、開発中の中戦車が失敗した場合に備え早急に開発されることになった。
 いわば保険であるが、ほぼ同時期に(当時としては)大口径火砲を搭載した支援戦車がドイツで完成していたことは興味深い。重戦車ではないもののドイツの4号戦車レオパルドもまた、本命中戦車の予備として開発されたからだ。

 短時間で確実に戦力化することを狙って設計されたため、技術的には平凡な構造となっているが日本戦車としては初めて砲塔バスケットとペリスコープそして咽頭マイクとヘッドフォンを使った車内通信を採用している。
 97式中戦車の性能が良好であったためその生産台数は少なく、各種合わせて580輌である。ノモンハン事件で約70輌が実戦参加したことが初陣であり、その後もチャイナ戦線での歩兵直協やマンチュリアでの防衛任務などに使われた。
 スペイン内戦やトルコ軍への軍事支援などで少数ながら欧州にも送られている。1941年当時には一線級と言い難くなっていた本車であるが、航空・砲兵の支援や形成炸薬弾・粘着榴弾の使用そして搭乗者の技量などの要素から使用したトルコ軍におけるロシア製戦車との撃破比率は優位にあった。



  96式重戦車(欧州仕様) 
 車体長:7.05m 全幅:3.48m 全高:3.53m 全備重量:39.4t
 懸架方式:リーフサスペンション方式
 エンジン:<L42>統制型水冷ディーゼルエンジン400馬力
 最高速度:時速27km 航続距離:200km 乗員数:5名
 装甲厚:砲塔前面70mm、車体前面60mm、砲塔側面:40mm、車体側面:40mm、車体背面20mm
 武装:35口径75mm砲1(弾薬搭載量72発)、12.7mm機銃1(砲塔上、弾薬搭載量800発)
    7.92mm機銃2(車体前面+砲塔同軸、弾薬搭載量4180発)、煙幕弾発射装置8




 軽戦車は戦力的に限界があり、重戦車は必要とされる戦場に辿り着けない場合が多すぎる。故に陸軍が主力と頼むのは中戦車となっていくが、97式戦車はそんな期待に応えるために設計された。
 三人用大型砲塔や砲塔バスケットの採用などドイツ戦車の影響が強いが、避弾経始の大胆な採用や駆動系の一体化などドイツ戦車に与えた影響も大きい。
 なかでも品質管理とカイゼン運動による価格と工数の低減、機械的信頼性の飛躍的向上、設計の合理化、人間工学の徹底は「97式の衝撃」と呼ばれ日独で後に共同開発が行われる主因となった。

 97式中戦車の設計思想は万能を目指しておらずその実態は「軽戦車屠殺者」であり、マンチュリアで機動戦や陣地での籠城を行い数に優るロシア製軽戦車・装甲車・各種車輌を駆逐することを目的としていた。
 当時の中戦車としては分厚い装甲と長砲身の57ミリ主砲は、遠距離からの砲戦で一方的かつ確実に仮想敵の機甲部隊を削っていくための武装である。
 そのため現場からは対戦車戦闘に比べ対歩兵戦闘での火力不足を訴える声が強く、主砲を75ミリ歩兵砲に換装した歩兵直協用や専用砲塔に30ミリ機関砲を連装配置した対空用などの派生型が生産され通常型と組んで運用された。

 97式中戦車は日本が最も多く製造した戦車であり、最も多くの戦果を上げた戦車でもある。生産総数は各国合計で約5万8千輌。これは二次大戦において米国のM4系戦車に次ぐ生産数である。



  97式中戦車後期型(欧州仕様) 
 車体長:5.66m 全幅:2.51m 全高:2.67m 全備重量:19.3t
 懸架方式:独立懸架およびシーソー式連動懸架
 エンジン:<JMS2型>水冷ガソリンエンジン400馬力
 最高速度:時速57km(路上) 航続距離:200km 乗員数:4名(車長、砲手、装填手、操縦士)
 装甲厚:砲塔前面60mm、前面60mm、砲塔側面:35mm、車体側面:30mm、車体背面25mm
 武装:50口径57mm砲1(弾薬搭載量126発)、12.7mm機銃1(砲塔上、弾薬搭載量800発)
    7.92mm機銃1(砲塔同軸、弾薬搭載量2200発)、煙幕弾発射装置8





 その存在が噂されていた赤軍重戦車(KV、ISシリーズなど)への対抗手段として開発されたのが、100式重戦車である。
 それまでの日本戦車と違い、100式重戦車は必要とされる性能からではなく45トン級という限界枠がまず決定され、そのなかで到達できる性能を要求する形で設計案が纏められた。
 これは97式中戦車の車体が小さすぎ、将来の改良でも早々と限界に達することが確実となったためである。二次大戦は97式とその後継戦車(1式中戦車)で凌げると日本陸軍は考えていたが、次の戦争そして次の次の戦争でも使える息の長い兵器を開発することも考えていた。
 当座は重戦車として使い、技術の進歩後には近代化改修を行って中戦車として再設計するという計画は一応の成功を見せ100式重戦車の後継機種が日本陸軍の戦車体系で中核となっていく。

 二次大戦期の重戦車では最高傑作との呼び名も高く、長砲身の88ミリ戦車砲は2000メートル先からあらゆる地上兵器を破壊可能であった。反面、防御力には一抹の不穏があり現地改修で砲塔や車体の前面に追加装甲板を施された車体も多い。
 重戦車のわりには重量出力比が良く、また幅広の履帯とトーションバー方式の懸架装置を採用していたことから良好な機動性を有していた。しかし巨体ゆえに整備は重労働であり、砲塔内に座席を増設して整備兵を乗せ5人乗りとした車輌もある。
 またその巨大な砲塔は専用の発動機を付けているにも関わらず旋回が遅く、後期生産車輌の砲塔内には車長や装填手用の旋回ハンドルまで用意された。


 生産総数は各種合計で約8700輌。ドイツに送られたものは現地でティーガーと愛称が付けられ、後にライセンス生産された。
 また本車も各種自走砲や特殊車輌に改造または流用されたが、150ミリカノン砲を搭載した100式自走砲(砲戦車)は欧州戦線ではドイツ軍将兵からナスホルンの愛称が付けられている。



  100式重戦車(欧州仕様) 
 車体長:6.85m 全幅:3.50m 全高:2.85m 全備重量:47.1t
 懸架方式:トーションバー方式
 エンジン:<JMS5型>水冷ガソリンエンジン630馬力
 最高速度:時速42km(路上) 航続距離:190km 乗員数:4名(車長、砲手、装填手、操縦士)
 装甲厚:砲塔前面100mm、前面90mm、砲塔側面:65mm、車体側面:65mm、車体背面35mm
 武装:71口径88mm砲1(弾薬搭載量72発)、12.7mm機銃1(砲塔上、弾薬搭載量800発)
    7.92mm機銃1(砲塔同軸、弾薬搭載量2700発)、煙幕弾発射装置8





 3号・4号戦車そして97式中戦車の後継機種として日独共同開発されたものが1式中戦車(5号戦車パンター)である。
 97式中戦車がドイツ軍に与えた衝撃は大きく、短時間で対抗できる戦車を開発するために日本軍との共同作業すら辞さなかった。

 対ソヴィエト戦に間に合うことが要求されたため開発速度が優先され、各種設計案のうちダイムラー・ベンツ&三菱案が採用された。これにはトート博士らドイツ軍需省の強い推薦が影響したとされている。

 開発速度と確実性の問題から技術的冒険を避け、できる限り既存の部品や技術を使用しており堅牢堅実な設計となっている。
 もっとも避弾経始を重視した傾斜装甲板は新開発の高張力特殊鋼鋼板を組木細工のように組み合わせたものであり、ボルトやリベットを極力廃して溶接と特殊樹脂の接着剤を多用した構造となっている。また駆動系を一体化して整備を簡略化を図ってある。
 ダブルトーションバー、千鳥足式大型転輪、幅広履帯の採用と足回りも当時の最新技術が使われており、日独以外の基準で言えば充分に冒険的な設計であった。
 当初案では装甲貫通力と搭載弾数の多さを見込んで75ミリゲルリッヒ砲を搭載した砲塔が用意されていたが、故障が多いことや遠距離射撃に向かないことや命中率などの問題で小数採用に終わり、量産決定からは従来型の75ミリ戦車砲を搭載した新砲塔に切り替えられている。
 また、防御力低下を恐れてか頑なに車体機銃を拒んできた日本陸軍上層部であったが、本車では前方機銃が採用された。


 生産総数は各国合わせて2万4千輌(二次大戦期のみ)。
 車体の大型化から隠蔽性の低下、故障率と整備時間の増大などの様々な問題を招いているが工程数削減と部品共有化の徹底により調達価格は97式中戦車の2割増し程度で済んでいる。




  1式中戦車 
 車体長:6.8m 全幅:3.24m 全高:2.85m 全備重量:38.6t
 懸架方式:ダブルトーションバー方式
 エンジン:<L44>統制型水冷ディーゼルエンジン750馬力
 最高速度:時速57km(路上) 航続距離:240km 乗員数:5名(車長、砲手、装填手、操縦士、機銃手)
 装甲厚:砲塔前面70mm、前面60mm、砲塔側面:40mm、車体側面:40mm、車体背面30mm
 武装:70口径75mm砲1(弾薬搭載量84発)、12.7mm機銃1(砲塔上、弾薬搭載量800発)
    7.92mm機銃2(砲塔同軸+車体前面、弾薬搭載量4800発)、煙幕弾発射装置8




24:峯田太郎 :

2017/11/01 (Wed) 15:01:40







               『その十八、千の千の千倍の‥‥』





 1941年5月22日 21時00分 チャイナ南部 長江下流地域 上海市 とある飯店兼賭博場の一室



 この夜、鉄筋コンクリートのビルディング5階の、軋み音のひどい昇降機(エレベーター)から一番離れた位置にある小部屋は貸し切られていた。
 軽合金製の窓枠に填め込まれた網戸付きの窓は固く閉められ、満州産の毛布よりも分厚い暗幕布が二重に張られているが、室内はシャツ姿だと肌寒く感じるほどに空調が効いている。
 室内には上物の酒肴や甘味、ミネラルウォーターやソフトドリンクの瓶に氷の入った水差し、チップとカードが並んだ円卓。そして差し向かいに座る二人の男。

 中年、いや初老に差し掛かった年齢の白人男と、この時代でいえば老人と呼んで良い年頃の東洋人だ。
 見る者によっては二人は同年代か下手をすると東洋人の方が若く見られるかもしれない。一般的に、西洋人からは東洋人は若く見え東洋人からは西洋人は老けて見える傾向がある。
 体型や姿勢から見てどちらとも軍人か元軍人であることは間違いない。


 部屋の壁際には中華風の吊り棚があり、その上にはテレヴィジョン受信機が置かれている。ブラウン管は縦横60センチ幅の大画面であり、今も電源が入れられ歌番組が流されている。
 上海沖の電波灯台は通信や放送も中継しているので、日本本土から送られてくる番組の映像音声ともに明瞭であった。白黒の画像だが、つい数年前まで総天然色であるという理由で映画館が満員となった時代である。それで当然なのだ。

 ちなみに受信機は棚に剥き出しのまま置かれている、棚に固定しているのは機械の下面に敷かれた滑り止めのゴム板と枠のみだ。この店は本物の高級店であり、店内の備品に檻や鎖や硝子箱を必要とするような人物を客としていない。



 カードを繰りながら、坊主頭の東洋人は流暢な英語で喋っている。対する白人男は言葉の訛りから察するに米国人であるらしい。

 「カードゲームには無数の遊び方(ルール)があるが、日本の子供たちの間ではこんなものがあるのだよ」
 「ほう?」

 試しにやってみようか と、東洋人はカードを配りルールの説明を始めた。彼の語るものはいわゆるワン・ポーカーの変種である。
 参加者全員に均等にカードを配り、プレイヤーは己の山札から一枚ずつカードを場に伏せて出す。
 それぞれが賭けるか否か、上乗せ(レイズ)するか否かを宣言し、チップを張ってから場に出した札をめくる。
 出したカードの数字が高い者が勝ち、場に出た全てのカードを手に入れる。このときジャックは11、クイーンは12、キングは13、エースは14として扱われ数字が同じならスペイド、ハート、クラブ、ダイヤの順にスートの種類で優劣が決まる。
 ただし例外があり場にエースが出ているときだけは2が最強の15扱いになる。ジョーカーは使わない。

 通常のワン・ポーカーと違うのは、配られた札を使い切るとそれぞれのプレイヤーはそれまでの勝負で奪った札をシャッフルして新しい山札とし、そこから一枚ずつ札を引いて勝負を続行する点にある。
 無論、続けていくうちに展開はぐだぐだになる。勝つたびに勝者へ弱い札が入ってくるのだから当然だ。


 東洋人が言うには、これはおままごとに興じる年頃の子供たちが遊ぶルールである。大人や「もう子供じゃない」と主張し始める年頃の子供がするものではない。

 「つまり子供が子供であることを受け入れられる幸せな時期にだけ楽しめる遊戯さ。ちなみにこの遊戯の名は『戦争(ウォー)』というのだよ」
 「それはまた。確かに配られたもので戦うしかない点は似てないこともありませんが」


 日本の子供達が勝った負けたと札比べの結果に一喜一憂するこの遊戯だが、終わらせる方法はたった一つしかない。参加しているプレイヤーたちが「もうあきたからほかのことをしようよ」と言い出すまで続くのだ。
 勝敗は参加者が決める。東洋人の知る子供たちの間では、賭けで分捕った駄菓子に満足している者が勝者扱いだったそうだ。


 「勝ったと言い張れる者が勝者、ですか」
 「そんなものじゃないかな? 何事も」




 遙か昔から現代に至るまで変わることなく情報の価値は高い。戦時なら尚更だ。国家間の戦争もまた情報の戦いであり、その一端である諜報活動は今次大戦において複雑極まりない応酬が続いていた。

 上海市は全世界と繋がる情報の交錯点であり、当然ながら各国情報部局が鎬を削る情報の戦場となっている。この二人の男も諜報戦の当事者だ。その道の本職ではないが、ときにはその方がかえって上手く行くこともある。
 工作員が敵国の陣地や施設に潜入し機密書類を盗んでいくような行為だけが情報戦ではない。敵に事実の一部をありのままに伝えることで判断を誘導し戦略的あるいは政略的な大戦果をあげることすら、時と場合と人物によっては可能なのだ。

 大概の場合において情報とは 何を 言ったかよりも だれが 言ったかの方が影響が大きい。
 これは戦争ではないが、とある国である大臣が議事堂で渡されたメモを読み間違い「某銀行が倒産した」と言ってしまったため実際に銀行が潰れてしまった事例がある。更にそれを切っ掛けに小規模な恐慌も起きた。
 極端な例ではあるが、一国の閣僚ともなれば発言が重たくなるのは当然だ。同じ発言を陣笠議員や木っ端役人がしたのであれば梯子一つ倒れなかったであろう。


 今は軍組織から離れた身ではあるが、二人の男はそれそれが属していた組織に少なくない影響力を持っている。組織のマイクとしてもスピーカーとしても、世界大戦に影響を与えるに充分な影響力を。
 それだけでも二人が接触するには充分だが、宵の口から夜中までポーカーやブリッジの合間に羊羹や林檎パイを食いつつ腹のさぐり合いをするのは他の理由もある。

 東洋人の男は英国の情報部が『GOLD(黄金)』と呼ぶ謎の組織と繋がりがあり、その組織から流される情報とその組織そのものについての情報を白人男は欲していた。
 この数年、いや十年以上前から暗躍が囁かれている謎の組織こそが日本帝国の政党や軍部や財閥などなどを纏め上げ、動かしている意思決定機関であることは列強諸国の指導層では常識となっている。

 存在を確信しているが詳細は解らない。永田首相や豊田大将など陸海軍高官の一部が組織の幹部であろうことは推測できるが、組織の概要すら掴めていない。英国情報部所属のある数学者などは、日本総人口の一割以上がGOLDの構成員または支援者である可能性があるとの見解を述べた程だ。 

 もちろん東洋人‥‥日本海軍中枢に近い位置へ居たことがある男にも利益があるからこの場で手札をめくっている。繰り返すが、諜報戦においては事実を適切な時期に適切な相手へ告げただけで戦艦を沈めた以上の成果を上げることも有り得るのだ。


 
 「彼らは実在するよ、間違いなく。君が聞いている噂話の半分ぐらいにはえげつない連中さ。なにせ僕の『陛下への忠節』を疑って予備役に追い込んでおきながら、それでも海軍と祖国のために博打をやれと言ってくる輩だ」

 繋がりがあるからといって、友好関係にあるとは限らない。祖国が世界大戦という危機に瀕していなければ坊主頭の東洋人はGOLDと呼ばれる組織に協力などしなかっただろう。

 「忠節? 5.15事件でも赤坂事件でも貴方はヒロヒト帝の意向に従った筈では」
 「もっと前だよ。連中、海軍条約会議のときに「不祥事を惹起しかねない」と言ったことを脅迫行為だと蒸し返してね」


 何かについて詳しい者の全てがその何かを好んでいる訳ではない。知米派であることと親米派であることも必ずしも一致しない。現在の日本国内においては羆撃ちの猟師が熊好きである割合よりも少ないだろう。
 元よりとは外交とは右手に棍棒を持ち左手で握手しつつ笑顔で相手の足を踏みつける行為なのだ。
 坊主頭の東洋人は日本海軍きっての英米協調派として知られていたが、日米が開戦してからは一貫して強硬論を唱えていた。知っているかいないかとと親しんでいるかいないかとと容赦するかしないかは、それぞれ全く関係がない。

 「血の大晦日」事件などの影響もあり、日本海軍関係者の大半は米国を信用していない。いや、決して信用できない事を信用していると言うべきか。
 その不信感はサンフランシスコ沖海戦における米海軍の国籍艤装と、その後も米軍が陸海空全てにおいて同様の戦法に徹底したことにより高まる一方だった。
 この坊主頭の男などは「もしも前大戦時に日本が金剛級戦艦を欧州に派遣していれば、千代田のお城に星条旗が突き立てられていただろう」と広言している。


 「合衆国をなんだと思っているのですか貴方は」
 「都合の良いときには文明人の振りができる蛮族、かな」


 米西戦争を見よ。適当な理由を付けて同盟国の同盟国へ攻め込むなど合衆国人にとって造作もあるまい、と坊主頭の男は嘯く。
 彼にとってUSA政府の信用などチャイナの軍閥と大差ないのだ。中華とローマ、古代帝国の継承者を騙る蛮族に過ぎない。

 腐れ学者を埋めるのはまだしも、書物を焼くのは頂けない。それは野蛮人の所業である。秦王朝や始皇帝にとって儒教と儒学者が日本帝国にとってのマルクス・レーニン教と共産主義者に等しい存在であったとしても、だ。

 内容が誤っているからこそ、害毒であるからこそ、その思想を記した書物は悪い見本として保存されねばならない。それが坊主頭の男を含め、日本帝国の知識層で主流となっている空気だった。
 故に日本帝国では高校生以上に限ってではあるが資本論の購入や所持が認められている。読書会など布教行為と受け取られかねない行為を無断で行えばまず間違いなく監視下に置かれるが。

 そういった観点からすれば、付き合いで出席させられた立食パーティの席で「前に日本料理屋で食べた牡蠣の方が美味かった」と零しただけの若人を対日協力者の容疑で拘束尋問するような陣営を野蛮人扱いしたくなるのも当然だった。
 不穏分子をあぶり出すための方便(因縁つけ)であるならまだ解るが、多くの功績を上げてきた俊英科学者であるファインマン博士だけでなくその同僚達まで特に根拠もなく、次々と連座させられたのだから救いがない。

 ホイーラー教授ら連座を免れた科学者達の嘆願により、先日遂に最後の一人が無事釈放されたものの一時は博士号持ちの半数以上が逮捕拘束された科学者チームの活動は大きく滞った。
 最先端研究開発組織の柔軟性と裾野の広さという、米国が日本に対して確実に優っていた点の一つを自分から潰してしまったこの事件は米国らしさの証拠として歴史に残った。もちろん悪い意味で。
 戦史研究家のなかには、ファインマン事件は連合国勝利の最後の可能性を摘み取ったと主張する者もいる。



 「しかし 戦争に勝った と言い張るには少し早過ぎはしませんかねえ。合衆国の生産力は世界一です。隔月で戦艦と艦隊空母を、隔週で護衛空母を、隔日で駆逐艦を作れる国家が他にありますか?」
 「加えて毎日、航空機と装甲車輌をそれぞれ100以上作っているね。性能はアレだが」


 開戦から一年半近くが過ぎたこの時期、戦時体制に移行した米国西海岸そして五大湖周辺の工業地帯は出せる全力をもって稼働しており、戦争物資を生産していた。
 日本軍の爆撃機や飛行爆弾が届くテキサスや、カンザスやオクラホマの西側などでは工場が閉鎖され住民の一部と共に疎開が行われ、また実質的内戦状態にあるアーカンソーやルイジアナなどの南部地域では工場の操業もままならなくなっていてもなお、国内総生産(GDP)でなら世界最大であった。

 数は力である。選挙でもスポーツでも戦争でも普通は大勢の方が勝つ。頭数で優るソヴィエト赤軍を打倒したドイツ国防軍にしても、結局は戦場に持ち込めた鉄量で上回っていたから勝てたのだ。
 ウクライナ戦線でも航空機や火砲や装甲兵器の頭数でいえば赤軍のほうがやや多いぐらいだったが、一度に投射できる量と命中率と充足速度そしてなによりも弾列に蓄えられた物量の総計で協定軍が大幅に優っていたが故の結果である。
 協定諸国軍で進められていた規格統一は、他はともかく弾薬だけを見れば実用上問題ないと言える水準にあった。黒海とウクライナの両線戦はイタリアと日本勢力圏から送りつけられた物資により今も支えられている。

 こと効率において海運に優る運搬手段はない。敵航空機や地元民兵部隊に悩まされながら河川や鉄道を使って運ばれる物量と、地球の反対側から大型船舶で海を渡って運ばれる物量とでは運送効率が十倍は違う。



 ユーラシア方面での帰趨は決したかもしれません、と白人男はソヴィエト・ロシアの敗北を認める。
 ハリコフ方面での戦車戦もクリミア付近での機動戦にも敗れ、冬季攻勢に完全失敗した赤軍は当分の間大規模作戦を行えないまでに消耗していた。このまま戦局が進めば夏になっても冬になっても防戦すらままならないであろう。
 赤軍もポリシェビキ政権も、雨に打たれる粘土像のごとく崩れるのみだ。

 「しかしメキシコ戦線は停滞しているではありませんか。補給線が短くなったからには合衆国はまだまだ粘れますよ」

 海洋国家にとって海は天然の交通路であるが、逆に言えば海運力の効果は海辺とあとは大きな河川でしか発揮されない。制海権を取っていても水上戦力の優位でごり押しできるのは海岸からそう遠くない距離までだけだ。
 故に艦砲の届く範囲内に港湾や飛行場を置き拠点として確保した上で、そこから航空機や機械化部隊を動かして拠点周辺を守るのが基本となる。
 メキシコ地域の背骨である山岳部を避け、日本軍はカルフォルニアからの陸路と海路を使って太平洋岸の諸都市を押さえつつ南下していった。
 米軍の焦土作戦によりメキシコシティなど内陸部の拠点は完全に破壊されており、日本軍占領地域での再建工事は処理能力を超える難民の流入により大きく遅れている。

 メキシコにおける現在の最前線はベラクレス市だが、日米の正規軍に加え軍閥化したメキシコ軍各派と地元民兵や野盗匪賊が入り乱れての市街戦となっており、日本軍の侵攻速度は大きく落ち込んでいる。メキシコ産でない者には正規軍以外の区別が付かなかったのが主な原因だ。
 なお、現在ユカタン半島での前線はカンペチェ付近まで達している。

 米軍と親米派メキシコ軍と反米派メキシコ軍と地元民兵と地元野盗匪賊の類が行った破壊と略奪の結果、現地の治安は完全に破綻しており日本軍は野盗化した民兵を懐柔したり制圧したりしながら進んでいった。
 本物の野盗団や素人野盗の民兵組織はまだマシな部類であり、懐柔どころか接触もままならない自称自警団などは絶え間も見境もなく襲撃してくる。
 餓えた民衆は軍隊ですら襲う。そして可能である限り何度でも繰り返すのだ。奪わねば生きていけない。

 大多数のメキシコ人にとって外国の軍隊とは米軍のことである。
 判断基準が米軍なのだから日本軍との初期接触における対応もまた米軍への対応と同様のものであった。なのでカルフォルニアでは一定以上の効果を発揮した宣伝ビラや食料・医薬品の投下も治安向上に有為な効果を発揮しなかった。


 もうしばらく後の話となるが、相次ぐ襲撃に耐えかねた日本軍は融和優先策を引っ込め強硬手段中心に切り替る。事ここに及んでようやくだが、日本陸軍は軍閥と民兵と野盗匪賊の区別を付ける必要がない事に気付いたのだ。カルフォルニアとメキシコは違う、と。
 方針変更以降の日本陸軍は投降の呼びかけを無視した勢力または攻撃してきた勢力には容赦なく、民家を含む建造物の一軒一軒を砲爆撃で破壊し、穴という穴、物陰という物陰を火炎放射器で炙りつつ前進する事となる。
 当然ながらその進軍速度は被害軽減と引き替えに更に低下する。一時は間に合わないと判断されていたテキサス州の対日戦準備が必要最低限水準ではあるが完了する程に。


 メキシコでの遅滞作戦により時間が稼げた。だがこれで合衆国が戦局を逆転できる目処が立ったかといえば、そうではない。
 GDPでいえば未だアメリカ合衆国は日本帝国に優っているが、生産効率などを含めた実質的な数値でいえば既に追い抜かれている。
 日米両海軍の征空用艦上戦闘機で言うと三菱98式艦戦とグラマンF6Fがほぼ同格(Hardwareとして完全に五分な訳ではない)だが、調達価格はF6Fの方が高い。同量の資金と資源と時間を注ぎ込んだとしたら、98式はF6Fの3倍近い数を揃えられる。
 親が子供を毎日自動車を運転して幼稚園へ送り迎えしないといけない社会と、幼児が自分たちだけで通園できる社会では同じ生活を営むために必要な資源が違うのだ。単純計算でも乗用車とガソリンと拳銃が余分に必要となる。

 名目上の数値ですら伸び率を比較すれば近いうちに逆転されることは確実であり、米軍がそれまでに戦線を押し戻せるかどうか非常に怪しい。
 古代から現代まで続く戦史において、制海権で一度劣勢に追い込まれた側が逆転できた例は極めて少ないのだ。


 戦艦ではサウスダコダ級4隻、アイオワ級6隻、モンタナ級6隻、ユナイテッド・ステイツ級2隻の計18隻が建造中であるが、日本帝国は常陸級4隻、浅間級5隻(喪失した1隻を除いた数字)が既に稼働中である。
 加えて改浅間級6隻と武蔵級8隻のうち半数が進水済みだ。それぞれの1~2番艦は実戦も経験している。対する米戦艦で現在稼働しているのはノースカロナイナただ1隻。

 米海軍の新鋭戦艦は現役からと建造中まで合わせて19隻、日本海軍が23隻。大型空母では更に差がついた。現在の米海軍に稼働する艦隊空母はない。量産型艦隊空母28隻と巡洋艦船体を流用した軽空母9隻が建造中だがどちらも一番艦の進水は数ヶ月後である。
 日本海軍に稼働中の正規空母15隻があり、建造中と修理中の中型・大型・超大型空母計14隻を加えればこちらも数で優る。質の面では更に差が付いている。満載排水量10万トン以上の怪物(リヴァイアサン)12隻の存在感は圧倒的であり、日米の補用空母と護衛空母の生存率は10倍を越えていた。

 
 連合国にはもうろくな主力艦がなく、建造中のものはあるが完成するかどうかすら怪しい。たとえば相次ぐ爆撃によりニューヨーク造船所の稼働率は三割を切る状態が続いている。
 駆逐艦や海防艦などの小艦艇は絶え間なく供給され奮闘を続けているが、彼我の損害比は圧倒的である。しかも改善の目処が立たない。連合国側海軍の平均練度は人員増加に反比例して下がり続けていた。流石の合衆国も人間を量産する工場は持っていない。
 練度と技量の低下は海軍に限ったものではなく、熟練した船乗りが激減した一般船舶も被害が増しその結果として更に人材が失われる悪循環に陥っている。敵襲だけでなく事故や事件でも連合国側の船と船乗りは減り続けていた。


 日米開戦から一年半近くが過ぎたこの時期、大西洋の制海権は日本優位に傾いている。チャイナ、シベリア、太平洋、インド洋、地中海の各方面で戦線が安定したため主戦場以外へ戦力を送りつけたり貼り付けておく必要が薄れたからだ。黒海方面にしても前線は内陸に動いており海軍主力の出番は既にない。
 大西洋の制海権は協定諸国のものとなりつつある。4月19日のニューヨーク空襲以来、北米東海岸の諸都市が爆撃機や飛行爆弾の脅威に晒されない日はなかった。
 


 故に、坊主頭の東洋人は余裕たっぷりの態度だった。元から「あの人のハッタリだけはたいしたもんだよ」などと後輩たちから言われていた男だが、今現在の態度は演技ではないだろう。

 「 粘れる のと 勝てる のは月と金星ぐらいは離れている気がするがね。
 そもそも合衆国の経済は長期持久戦に耐えられるかな? ゴムが足りまい。備蓄はもう尽きかけている筈だ。合衆国の回収業者がいくら優秀でも限界があるだろう」
 「資源の備蓄状況については私の立場では確認のしようがありませんが、合成ゴムが開発間近です。原料の石油は東部や五大湖周辺の油田地帯だけで充分賄えますよ」


 二人とも正直者ではないが、あからさまな嘘はついていない。合衆国には資源も技術もある。時間だけが足りないのだ。


 「大量に安定して作る技術が開発されたとして、果たして戦争に間に合うかな。合成ゴムを作る工場を建てるにも動かすにもゴムは必要だよ、もちろん守るのにもだ。兵器を含む近代的な機械類のうち、ゴムの必要ないものがあったかな?」
 「カリブ海の制海権がある限り、南米から天然ゴムを輸入できます」


 合衆国が必要とする資源の殆どは本土とカナダで手に入る。不足しがちなものも備蓄や代用となるものがある。
 ただ一つ、決定的に不足している必須資源がゴムだった。天然品も合成品も、需要に全く届いていない。
 いまこの瞬間に、デトロイトあたりに日本にある合成ゴム製造工場と同等の施設が作業員付きで生えてきて完璧に稼働したとしても、それでゴム不足が完全解決する訳ではない。
 石油などから合成できるゴムの性質は天然ゴムとは一致していないからだ。天然物と合成物にはそれぞれに向き不向きがあり、合衆国の工業には天然と合成の両方が必要とされている。

 日本本土の科学工場群は天然物の代用が務まる合成ゴムの量産に成功したが、合衆国が追い付くには数年ないしそれ以上の時間がかかるだろう。合衆国本土内で天然ゴムが栽培できない訳ではないが、今次大戦に間に合う訳もない。

 故に南北米大陸の分断を狙う『B作戦』は発案者側だけでなく日本海軍からもそれなりに支持されていた。
 まあ、比較されるA作戦(黒海作戦)があまりに投機的過ぎたせいではあるが。もし同じ作戦計画が10年前に出されたならば日本海軍の士官たちの大半は冗句として受け取っただろうし、5年前なら立案者の入院を勧められただろう。



 「自分は土木には疎いので断言できないが」

 坊主頭の男は、そう前置きして語り始めた。
 おそらくパナマ運河はあと一年か一年半か、あるいはもっと短い時間で修理と拡張が終わるだろう と。そしてテワンテペク地峡を東西に貫く横断鉄道は更に早い時期、年内にも完成すると見込まれている。
 更に言えば中米ニカラグアにおいても運河工事が始まっていて、日本政府は開始から4年以内の開通を目指すと宣言した。
 パナマ運河の工事状況やクラ運河の進捗から考えればこちらも予定どおりの完成が可能だと受け取られている。


 「さて、合衆国はその後もカリブ地域の制海権を維持できるかね?」
 「ブリテン島を捨てれば、なんとでも」

 そう遠くないうちに、合衆国は大西洋戦線を縮小せざるを得ない。本国が危ないのだ、ブリテン島を失うことはこの戦争と欧州を失うことだと解っていてもそうするしかない。
 合衆国が撤退すれば英国、いやイングランド政府は協定諸国側へ鞍替えするだろう。でなければ餓死が待っている。

 そうなれば西欧での戦闘行為は終了する。するが、戦闘は止められても戦争はいきなり止められない。
 肉体が頑健であれば全力疾走後に急停止しても健康に悪い程度で済むが、欧州各国の経済は人体に喩えるなら何処も彼処も病人や半病人だらけな状態なのだ。既に死んだも同然の、あるいは死体を柱にくくりつけて無理矢理立たせているような地域すら存在する。
 それらの国家では戦争行為の急停止が致命傷または死体損壊行為になりかねない。

 戦時経済からの軟着陸のために、そしてまさかの逆転劇を許さぬために欧州の各国は英本土が陥落したその後も暫くの間は戦争状態を続ける必要があった。
 防共協定諸国は、連合して北米を攻めるしかないのだ。少なくとも攻める準備や準備する振りぐらいはしないといけない。嫌だと言おうものなら平沼外相は容赦なく当該国への支援や交易を絞ってくるだろう。

 だが合衆国が真に恐れるべきはただ二つ、日本帝国と大英帝国だけである。他は大陸国家の沿岸海軍と地中海特化海軍でしかなく、大洋を押し渡って戦力を投射し続ける能力を持っていない。
 消耗著しい英国海軍だが、今すぐ戦闘を止め協定諸国側に鞍替えして日本からの援助を受け入れればどうにかこうにか再建できる芽がある。伊達に世界の海を制していた訳ではないのだ。


 「列強国を含んでいても、いえ含んでいるからこそ欧州諸国は恐れるに足りません。所詮烏合の衆です」
 「慧眼だね。烏合の衆に属していただけのことはある」

 白人男の顔から血の気が引いた。日焼けして赤黒くなっている肌が白蝋のように青ざめる。


 「止めろ。俺のことはどう言われても良い、だがあいつらを侮辱することだけは許さん」

 東洋人は余裕を浮かべた表情を消して真顔になった。掌に血が滲むほどに拳を握りしめ怒りを押さえ込もうとしている対戦相手と目を合わせてから、深々と頭を下げる。 

 「君の部下たちを嗤ったわけじゃない。だが謝ろう、誤解を招くような言い方をして済まなかった。どうか許してほしい」

 白人男は深呼吸して息を整える。
 相手の感情を揺さぶるのは交渉の基本であるが、先程のは流石に効いた。
 義勇飛行部隊。僅かな報酬と密やかな栄誉と、血の沸き立つ冒険を求めて集まった若者たち。
 彼らは何も手に入れられなかった。機材や物資を横流しされまともに戦うことすらできずに死んだ。冒険の末路にしても惨め過ぎる最後だった。送り込んだ祖国すらも彼らを見捨て嘲笑われそして忘れ去られた。
 遺族が受け取るはずだった給金すら何処かに消え失せ、その責任は現場指揮官に押し付けられたのだ。
 赦さない、赦せない、絶対に、何もかも。


 「こちらこそ、短慮を許して頂きたい」

 僅か十数秒で完全に精神の平衡を取り戻した白人男は、東洋人の謝罪を受け入れたしるしに頭を下げる。
 無論のこと本心から赦したわけではない。忘れることもないだろう。だが今回の情報交換をここで打ちきるわけにはいかないのだ。
 目の前の東洋人は日本海軍の元高官である。つまり合衆国の同類なみに根性の腐れ切った、選良(エリート)気取りの悪党だがそれだけに体面やなにやらに気を使う立場だ。野球に喩えるなら、先程の発言は死球(デッドボール)である。ここは乱闘沙汰に持ち込むよりも一塁へ進んだ方がより高い得点に繋がるだろう。


 「付け加えるならば国民党軍をカラスに喩えることもできれば止めてください。彼らに何の罪があるというのですか」
 「そうだね、カラスだからといって不当過ぎる侮辱だった」

 何よりも、目の前にいるのは敵だった。仲間を、部下たちを空で殺した戦力を育てた者たちの一人だった。その教育と編制の方針をめぐる対立により古巣を追い出された敵軍の元幹部。
 所詮は敵なのだ。過去形であれ現在形であれ、敵でしかない。赦す気も容赦する気もないが、認めることはできる。


 「もうご存じかもしれませんが‥‥」

 と前置きして白人男はとある情報を坊主頭の東洋人に渡した。上海は伊達に魔都などと呼ばれておらず、手に入れようと思えば大概のものが手に入った。逃亡した重慶国民党首領が現在クイヴィシュフにいるという情報の入手難易度はさほど高くない。
 坊主頭の男の方も、中共軍残党に捕らえられた蒋介石が赤軍に引き渡されたという情報を別の経路で手に入れていたが、初めて聞いたというような表情で受け取り、謝意を述べる。



 「おっと失礼、この番組は見逃したくないんでね」

 多少気まずくなった空気を変えるために、坊主頭の東洋人は席を立ってテレヴィジョン受信機を操作し電波の周波数帯を切り替えた。有線式の操作機を棚の上に戻す。
 歌番組から切り替えられた短めのニュース番組に続いて流れ始めたのは、日本本土でも人気の番組だ。一般参加者が持ち込む骨董品や美術品などを専門家が鑑定し値段を付け公表するという内容だが、持ち主が承諾しさえすれば鑑定した品を制作関係者が実際に買い取っている。


 「貴方は骨董品が嫌いなのかと思っていましたよ」
 「実用品の方を先に揃えたいだけで、好きか嫌いかで言えば好きだよ。先週に一休と蓮如の馬が出たときは驚いたね」
 「私は曜変天目茶碗の本物が出てきた方が驚きでしたが」 
 「まさか10万円越え評価が二週続けて出るとはねえ。流石に今回はないと思うが」

 思考の根本が軍人であるため二人とも理解どころか疑問すら抱いていないが、この鑑定番組も日本政府が行っている経済政策の一環である。
 骨董品の価値は有って無いようなものである。需要と供給によっては、実用的性能評価とは大きく違う市場価格が付いてしまうことも多い。時の権力者が珍重したために、それまでは三流または四流の評価しか与えられていなかった田舎刀匠の作が幻の名品扱いされてしまった例すらある。

 逆に言えば美術品は元が粘土や砂鉄や顔料といったそれ自体は安価な物品でありながら、出来映えと宣伝と景気次第でどこまでも高値が付く。
 故に、日本国内で美術品や骨董品に投資する流れを作ることは景気対策として有効だった。納屋や土蔵から掘り出してきた品々を政府やその支援者が銀行振り込みを前提として買い取れば市場を通貨が循環し、博物館に文物が蓄積されるのだ。

 
 「ときに、お国の海軍は骨董品の調達を打ちきったそうですね?」
 「ああ。といっても8つも買い入れた後になってだがね。飾りに使うならその半分もあれば充分だろうに」

 そうすれば超大型空母が8隻揃っていたのに、と坊主頭の東洋人は愚痴る。
 かつて日本海軍が妄想していた八八艦隊、その焼き直し的に計画された対米戦用艦隊建造計画はやはり頓挫した。軍備において妄想は現実に勝てない。もし妄想が現実に勝てば亡国が待っている。
 20世紀半ばに達しても未だ台風に勝てる軍艦は存在しない。海が現実の脅威で満ちあふれているからには、海で現実を認めない者は藻屑と化すしかないのだ。

 故に武蔵型の建造は8隻で終わり、残る4隻分の予算は空母として建造されることになった。それらの巨大空母が戦力化される前に戦争は終わっている可能性が高いが、軍艦の価値は戦時よりも平時にこそ発揮されるので問題ない。



 「無理もありません、戦艦は解りやすいですからね」
 「確かに。海軍の顔だからなあ」

 サンフランシスコ沖での大惨事とそれを切っ掛けに起きた大小様々な騒動により、40年の晩秋から初冬にかけての時期は日本帝本土でも少なからぬ動揺があった。クーデターの前兆と判断された集会へ憲兵隊が乗り込んだ結果、銃撃戦に発展した事件すら起きている。
 日本本土内が身震いすれば新領土や占領地域では大地震となるのは必然であり、この上海でも戦闘と呼べる規模の擾乱が発生した。

 日本本土の動揺が早々に落ち着いた理由の一つが、巨大戦艦の勇姿である。次々と竣工する新鋭戦艦群の存在は素人にも解る海軍力の優位を示していた。
 武蔵級戦艦は本土以外の地域でも沈静化に貢献した。特に朝鮮半島で。
 

 
 「元はといえば、お国の報道姿勢に問題があったのではありませんか」
 「僕は妥当だと思うよ。戦争中に国民へ隠し事をすればそのツケは酷いことになる」

 釜山港が燃えたり太田の数区画が消し飛んだり上海市の内と外で武力衝突が起きたりした理由の一つとして、日本帝国政府がサンフランシスコ沖海戦の被害をほぼ全て公表してしまった事がある。
 たった一度の海戦で複数の戦艦や空母を含む数十隻が沈められしかも敵は実質一隻のみだったと、大本営は馬鹿正直に発表してしまったのだ。

 現在の首相が陸軍出身であることがこの発表に影響したのか否かはさておいて、元より日本帝国は戦果と被害の発表を正確に行う傾向があった。後世の感覚からすると「当時の他の列強諸国と比較すれば」といったところだが、少なくとも日本帝国では存在しない敵艦を沈めたことにしたり沈んだ船を沈んでないことにした事は、意図的にはやってない。

 これも日本的合理主義の表れである。大本営は歴史に学んだのだ。
 下手に損害を誤魔化そうとすれば宮城にほど近い公園がまた燃える羽目になる。正直に言ったところでやはり炎上するのだが、どうせ燃えるのなら誤魔化そうとしない方が気が楽だ。
 個人の生活と違い国家の運営は正直が幸福に繋がるとは限らないのだが、逆に嘘が良いと決まったものでもない。嘘を根本にした組織に統治された結果、この世の地獄と化したウクライナやバルト三国などの例もある。
 

 「嘘、ねえ。エンペラーをGOD(神)と教育することは嘘に含まれないのですか?」
 「誤訳と宗教観の違いから来る誤解だよ、それは。日本の宗教観からすれば陛下だけでなく君も僕も神(Spirit)さ。立場や状況により格付けの違いがあるだけで、ね」

 西洋人であっても知識のある者なら、英語のGODと日本語のKAMIが似て非なる概念であることを理解している。
 東洋での生活が長いこの白人男もその程度のことは知っている。先程の会話は軽い嫌味に過ぎない。


 「嘘つきが嫌なら汪兆銘に肩入れなどしなければ良いでしょうに。所詮は奴も蒋介石の同類、同じ穴の狢と狸ですよ」
 「狐でも大蛇でも一向に構わんよ。対処不可能のバケモノでさえなければな」
 「裏切られても良い、と?」
 「最初から敵だ。利用価値があるから今は刃向かってこないだけだよ」


 現地生活がそれなりに長いと上海の空気も読めるようになってくる。無論個人差があり、読めない者は何年過ごしても読めないままだが。音痴と同じく駄目な者は一生駄目なのだ。
 汪兆銘率いる南京国民党は、徐々にであるが反日的傾向を匂わせるようになっている。
 だが、有象無象の軍閥と違って他者の惨状から学習できる能力を持つ彼らは張作霖や蒋介石の末路から、迂闊な行動は滅亡に直結していると理解している。
 15万のドイツ式国民党軍を粉砕し、40万の列強植民地軍を蹴散らし、100万の極東赤軍を打倒した日本陸軍と事を構えるのは自殺行為だ。
 事を起こすのは、日本軍が最大動員兵力3000万と目される北米の泥沼に填ってからでも遅くない。



 根本的なところで、中華思想は日本帝国と相容れない。絶対的に相容れない。もし少しでも相容れられるのならば今頃ヒロヒト帝は紫禁城の主であり、北京の住人たちは天安門に集まって皇帝陛下万歳を熱唱しているだろう。

 いずれ遠くないうちに南京国民党は日本に銃口を向ける。だがそれは今日ではない。まず間違いなく来月でも再来月でもない。重要なのはそこだ。来年や再来年はそうでもないかもしれないが戦況次第だ。



 「つまり、この戦争は再来年あたりに終わる、と?」
 「僕はそう見ている。戦を長時間続けると国民が飽きるからね」

 止まない雨はなく、明けない夜もない。
 永遠の平和がこの世にないからには、ファティマで天使が告げるまでもなく永遠に続く戦争もまた有り得ない。
 戦争はいつか終わる。問題はどのように終わるかだ。
 専制国家なら皇帝や僭主が勝利を諦めるまで続くが、民主国家では国民が敗北を受け入れるまで続くのが戦争だ。


 「残念ですが敗北を受け入れるには、双方ともに信用が足りませんね」
 「異人種、異文化、異宗教、異文明。不信要素の九連宝塔だな」


 善良な列強国など存在する訳もない。 
 建国の第一歩からして友好的な原住民への騙し討ちであったアメリカ合衆国は勿論だが日本帝国もまた、前世界大戦での火事場泥棒や上海争乱から満州事変そして日中戦争へ繋がる動きは、清廉潔白などと言えたものではない。
 合衆国人の主流層から見ればヒロヒト帝はチンギス汗の尻尾であり、日本人の主流層からみればルーズベルト大統領はソヴィエト・ロシアさえ手玉に取った悪魔(共産主義)の化身だった。


 「まあ、僕個人としての見解は異なるがね」
 「ほう? どのように?」
 「いや、彼が共産主義者じゃないと言ったのではないよ。私見だがルーズベルト氏は神(GOD)になろうとしている」


 白人男は思わず失笑した。


 「人が主(GOD)に? なれる訳がないでしょう」
 「なれるさ。現にチンギス・ハーンを神と崇める者はいるじゃないか。孔丘を神と崇める者はもっといる。カール・マルクスを奉じている者より多いかもしれん」

 聴き手の表情がやや改まった。続ける価値のある会話かもしれない。
 古来、教祖や権力者の神格化はありふれた出来事である。その人物の意思や所業に関係なく。

 俗に「十人殺せば極悪人、一万人殺せば英雄、一千万人殺せば神」という。
 古代において人口を割単位で殺戮されたならば、人々がその原因を神か悪魔の化身と考えても無理はない。いや、もしもツングースカの隕石が前大戦中の欧州に落ちていたら、多くの人々がそれを神の怒りと受け取っただろう。

 これは只の空想ではない。考古学的な根拠がある。ソドムとゴモラの伝説も、それなりの信憑性があるのだ。
 紀元前3100年頃に東地中海付近へ落ちた隕石の余波で死海近くにあった都市群が滅亡したことが語り継がれ、旧約聖書の元の元となった可能性がかなり高いのである。古文書などからそう推察できる。

 歴史の中では百人規模の殺人鬼など珍しくもない。白起やハンニバルは数十万単位で殺している。ならば十億二十億殺した者の名は後世に神として残ってもおかしくない。
 後世があれば、の話であるが。二十億も死んだら人類が全滅しかねない。少なくとも文明は数十世紀単位で後退するだろう。


 「と、いうか何をどうやればそんなことをやり遂げられると? 大統領が黙示録の喇叭でも吹くのですか?」
 「もし持っているなら躊躇いなく吹く。彼はそういう男だ」

 いかなる意味でも、フランクリン・デラノ・ルーズベルトは常人ではない。正義と信念の人なのだ。


 「私にはできない。それで祖国が救われるとしても。君にもだ。君は敵も味方も皆殺しにするカラクリなど使わぬ男だ。その点で私は君を信じている」
 「それは、そうですが」


 これを持っていきたまえ、と坊主頭の男は分厚い書類の束を取りだして渡した。それは北米から送られてきたマイクロフィルムの中身を書き写した報告書であり、マイクロフィルムそのものの複製も添付されている。
 内容は生存している中では世界で一番有名な科学者が書いた警告文だ。表向きは彼らの属している陣営の敵、つまり日本側が試みた場合を想定したことになっている。
 
 

 「正気の沙汰とは思えませんな、これは」
 「いかにもその通り。だが、合衆国ならやろうと思えば実行できるだろう」

 ざっと書類を読み終えた白人男は、溜息と共に肩を落とした。
 内容は理解できる。出来てしまった。上海では数日から十数日遅れとなることも多いが東京や大阪で出版された書籍の殆ど全てを購入できる。彼も日本の新聞や科学雑誌を読み込んでおり、その中には核分裂兵器に関する考察を載せたものもあったのだ。

 大量のウラニュウム鉱石と遠心分離器そしてそれらを使う労力と資金があれば高純度ウランを精製できる。合衆国海軍がウラニュウム合金弾を使って大戦果を挙げたことも確かだ。
 アメリカ本土には既に高純度ウラニュウムが、核反応爆発兵器を試作できる規模で存在していてもおかしくない。
 ウラニュウム爆弾一発当たりの破壊力は推定でTNT爆薬数千トンから三万トン程度。この威力がもしも‥‥。


 「我々、日本側は使うまでもない手だがルーズベルト氏にとってはどうかな」
 「これを私の伝手から流すことはできます。ですが効果があるかどうか」

 確かにこれを行えば全人類、いえ地球上の生命体の殆どが死滅しかねない。だがあまりにも荒唐無稽すぎる。
 日本帝国が地底人と組んでいるという内容で流した方が信用する人数が多いだろう。
 殆どの人間にとって、核分裂爆弾の存在すら幻想(Fantasy)に過ぎない。20年以上前の大戦で大暴れした航空機ですら、主力兵器になったことを人々が認めたのは今次大戦が起きてからだ。
 
 「確か君は 日本軍の航空機は木と紙でできている と報告したことにされていたな、そういえば」
 「そう改竄されて、肝心の部分は握りつぶされましたよ」

 白人男が本国へ送った報告書に「日本軍の一部機体が、驚異的な性能を持つ植物由来の新素材を採用している」と書いたのは事実である。
 日本帝国に限らず、一線級軍用航空機に木材など植物由来の素材を採用している軍隊は少なくない。赤軍の新鋭戦闘機や英国空軍の新鋭爆撃機は木製だし飛行爆弾梅花の主翼は合板だ。
 三菱98式艦上戦闘機に使用されているのは木材よりも紙に近い。特殊な処理をした木材パルプを高圧圧縮したものであり、鋼鉄以上の強度と粘度を持ちながらアルミニュウムより軽い。

 件の新素材は水や紫外線に弱く劣化しやすいなどの欠点はあるが画期的なものである事は間違いなく、報告書を送った側は本国で研究されることを期待していたのだが新素材の現物が紛失したことと大敗の原因を個人の無能と不正と結論付けた欠席裁判の結果などにより、新素材の存在は敗北を誤魔化すための妄言と扱われてしまった。

 更に悪いことに一部の新聞社などが複数の人物が行った発言を特定の人物一人が行ったかのように読めてしまう飛ばし記事を掲載して売りまくった。
 その結果「義勇飛行隊は司令官の横領により戦闘能力を発揮できず、日本軍の木と紙でできた旧式機部隊に敗北し、司令官は横領した資金を持って逃亡した」という流言飛語が流れた。
 ルーズベルト大統領は重慶政府への支援を続けるためにこのデマゴーグを認めるという高度な政治的判断を行い、義勇飛行隊の名誉は地に落ちた。司令官のは地獄までめり込んだ。故にそれ以降地獄の住人となった。
 

 「突拍子もない話だとは思うよ。空想科学映画だってもう少し現実味がある」
 「いえ、充分に有り得るでしょう。貴方がルーズベルト氏を知っている以上に、私は彼を知っているので」
 「では、やってくれるかね」
 「ええ。自称友人や自称親族ですら増えれば増えるほど厄介になりますからね、まして主となれば唯お一人で充分過ぎます」


 この書類を複写してばらまいても大した効果はないかもしれない。渡した方もさほど期待してないだろう。だがやる。
 知人から迂回すれば陸軍の方になら回せる。アカに汚染されてしまった現在の米陸軍ではクーデターなど起こせないだろうがたとえ一人でも二人でも怠戦する者や脱柵する者が出るなら無意味ではない。
 戦局には何の影響がなくともその個人には無限大に意味がある。最悪でも大統領の妄想のためではなく、自分自身のために死ぬことができる。それは救いである筈だ。


 「では宜しく頼む。クレア・リー・シェンノート大佐」
 「了解しました、山本五十六予備役少将殿」





続く。

25:峯田太郎 :

2017/11/01 (Wed) 15:02:43







             『その十九、上海の夜』





 1941年5月22日 21時00分 チャイナ南部 長江下流地域 上海市





 文明は天から降ってこない。火山の火口から湧いてくるものでもない。
 平地に生えるものである。

 より正確に言うなら適度に温暖で必要水準以上に肥えた土壌を持つ、河のほとりである平地に生える。
 乾燥した土地では駄目だ。寒冷な土地では駄目だ。万年単位で氷河の底だった痩せこけた土地も駄目だ。平地が狭すぎても駄目だ。平たすぎて水が流れず溜まってしまう土地も駄目だ。
 更にいうなら土地に適した栽培作物も要る。育てやすく大量に収穫でき栄養豊富で保存性の良い作物が。
 安定して供給でき、長期間保存できる食料がなければ文明は育たない。
 
 文明とは即ち余裕である。金銭に喩えるなら可処分資産だ。
 それは人間社会の活力が積み上げられ結晶化した精華なのだ。早い話が余剰食料、特に栽培効率と保存性に優れている稲科穀物の備蓄である。お薦めは米か麦かトウモロコシか、穀物ではないが甘藷と馬鈴薯だ。粟や稗や黍などでもまあ、文明を作れなくもない。

 繰り返そう。文明の本質とは食料の余剰備蓄である。食料の余裕が商品と市場を生み出し、経済の根本となり技術を育てるのだ。
 食料があるからこそ人口が増える。備蓄があるからこそ社会の分業化が進み専門職が誕生する。大勢の専門職が競い合うから技術が高度化し、より高い作業効率をもたらすために知識基盤の大規模共有化がなされ、学問が体系化される。生活上の倫理を規定し徹底させるために宗教組織が結成される。

 文明の本質が余裕である以上、極地などで高度な文明が育たないのは当然なのだ。
 アラスカやグリーンランドの原住民が摩天楼を作らないのは、彼らが無能だとか怠惰だとかそんな理由ではない。むしろ充分以上に有能で真面目である。そうでなければ餓死か凍死が待っている。

 極地の自然条件は厳しすぎる。間抜けが生き延びることは不可能だ。
 逆に言えば大量の間抜けが生き延びられる土地であるからこそ文明が育つ。文明は生存に直接寄与しない間抜けたち、直接的には生産性へ寄与しない異能者たちが駆り立て加速させるものなのだ。そう何処までも。
 食うや食わずの生活をしているものが歌舞音曲にうつつをぬかせる訳もない。より良い生活、より高い生存確率を得るための資産蓄積や技術開発ですら、厳しすぎる環境では成果を出す前に潰えてしまう。

 現在、いや過去も未来も含めてその痕跡を残すであろう文明というものは、開けた土地と充分な水量と優秀な農作物そして過酷すぎない生態系という恵まれすぎた条件の下に育ち華開いた存在なのだ。
 少なくない人々が、特に文明国とか列強とか呼ばれる地域の恵まれている人々は忘れがちだが人が生きていけるという事はただそれだけで奇跡に等しい。気楽に生きていける環境となれば奇跡の自乗である。
 もしもサハラ以南のアフリカ大陸にマラリア蚊とツエツエ蝿が生息していなければ、人類史が激変していたことは間違いない。ひょっとしてら現世人類(ホモ・サピエンス)の紡ぐものではなくなっていたかもしれない。


 そういった視点に立てば豊かな土壌に雄大な河川が流れるこの土地は、文明の保育所としてなかなかの優良物件だった。
 実際に古代から大勢の人々が集まり、文明と呼ぶに充分なものを作り上げ保っている。





 ある土地において有力な商品が、地域や国家に名産品や特産品というものが存在するからにはその逆に産出しないあるいは競争力のない商品が存在するのも理の当然である。
 ある地域では露天の鉱床からスコップで掘り出せるゴミ同然の資源が、海を隔てた隣の地域では必需にして希少な高額物資であることすら有り得る。
 価値の差が存在するから貿易が成り立つが、完全に自由な貿易が行われれば競争力のない国内産業が崩壊してしまうだろう。

 たとえば国内の製鉄所で転炉を回すよりも外国から屑鉄を買ってきて溶かした方が安上がりで高品質‥‥となる国では鉄屑を買う製鉄業者の方が多くなる。経済原則から見れば高くて低品質な商品に拘る業者は淘汰されてしまうし、されるべきだ。
 しかし国防の面から考えれば国内産業は保護されねばならない。カルタゴの例を見るまでもなく、存続に関わる事業を切り捨ててしまった国家は滅びる。

 故に関税というものが出来る。自国産の商品が100ドル、外国産の同じ商品が50ドルならば後者に100%ないしそれ以上の輸入税を掛けて自国商品が価格負けしないようにする訳だ。
 そして租界が生まれた。そこはチャイナであってチャイナではなく、列強が支配するが列強そのものではない。
 そこには関税がない。全ての商品が素の競争力で晒される。だから世界中から商人が集まり、金銭次第で何でも手に入る。ただし、手に入れたものを無事持ち帰るには金銭以外のものが必要になることもある。


 此処は上海。魔都と呼ばれるチャイナ最大の租界。
 港には世界の全てから船が集まり、市場にはあらゆるものが商品として並ぶ。

 先月あたりまでは並んでいた毛皮の服や帽子は姿を消し、鮮やかな色彩の綿シャツなどが増えている。日本軍放出品の軍足の向かい側で売られているのは大村電機の掃除機と宇佐工業の洗濯機だが、おそらくどちらも盗品だろう。
 泥の付いた野菜が並べられた露店の横に、生きた鶏や猫が入った竹籠を並べた食肉店。その更に横の露店で並ばされているのは襤褸を纏い首輪を付けられた少年苦力たちだ。中には明らかに幼児、いわゆる文明国でなら幼稚園に通っているであろう年頃の子供もいる。
 彼らの値段は隣の竹籠の中身よりも平均して安いがそれはこの都市に限ったことではない。商品価格は需要と供給で決まるものなのだ。悪辣極まりない某帝国主義国家が安値かつ高品質な各種商品を売り捌いた結果、現在のチャイナ地域では漢方薬素材としても人間の需要は激減している。


 外地から租界に来たばかりと思しき風体の男ども、特に若者を狙ってすり寄る初老の東洋人は数枚の総天然色写真を見本と称してちらつかせ同様のものが入っているという大判の封筒を買い取らせようとしている。
 数十枚入りの封筒は精々菓子パン1~2個程度の値段なので迂闊にも買ってしまう者もいる。彼が危惧していたのと違い、中身の写真も見本と同じく半裸や全裸の美女や美少女や、そうではなくとも見る側の好みによっては魅力的な肢体が映し出されている。被写体の人種年齢性別等の要素と傾向はだいたいに置いて見本の数枚と一致しており、いわゆる表紙詐欺の類ではない。

 では何処が迂闊かといえば、それらの写真は租界内の書店や購買所で普通に買える新聞や雑誌などから切り抜いたものであり、件の売人は拾い集めた古雑誌などから切り抜いた写真を同じく紙塵の中から集めた大判封筒に詰めて売っているからだ。
 上海の住人なら只で手に入る代物に小銭を使わされたことになるが、詐欺とも言えないだろう。

 上海事情に疎い新参者に切り抜きを売りつけている男のところにその仲間、同郷出身であり元同級生であった同年輩の男がやってきた。懐から取りだした、列強租界内の屋台から盗んで来たという饅頭を自慢し見せびらかしているとその横を通り過ぎようとした中年男にぶつかってしまう。

 そのはずみで路上に落ちた饅頭は狙っていたのであろう野良犬が飛びつき、咥えて走り去っていく。
 その様を仲間にまで笑われた男はぶつかった相手、上下共にジーンズ布の作業服らしきものを着込んだ男に「どこに目をつけてやがる」と掴みかかるのだが逆に首根を掴まれ、鶏を絞めるかのように無造作に頸骨をへし折られて絶命した。
 常人が蝿を払うよりも気軽く人一人を始末した男は死体を放り捨てるとそのまま後ろも見ずに歩み去っていく。死体は仲間が路地裏に引きずっていった。
 彼らに仇を討つとかそういった考えは浮かばないし誰もそれを咎めない。油虫が同種を踏み潰した牛に抱くであろう感情しか抱きようがない。絶対的な強者と弱者とはそういうものである。
 一瞬静まりかえった通りは直ぐに元通りの喧騒に包まれた。突然の死など上海租界周辺では珍しくもない。 


 オーストラリア産の天日塩と書いた幟を立てた店先で何事か喚きながら日本軍の軍票を、正確には軍票だと思いこんでいたものを撒き散らしている老人がいる。彼が数ヶ月かけて素人商売に励み溜め込んでいた代用紙幣は日本軍が印刷発行したものではない、粗悪な偽札だったのだ。当然ながら金銭としての価値はない。
 粗悪品であるから見比べれば一目瞭然の違いがあるのだが、知識がなく感心が薄い者は見比べることすらしない。20世紀半ばになってもネズミ講や寸借詐欺など「なぜそんなのに引っかかるのか?」と端から見ていて不思議に感じる詐欺の被害者は後を絶たない。

 日本軍の軍票は日本本土を除く日本軍が活動している地域の殆どで流通している。チャイナ地域の大都市圏でも当然ながら流通しているが、その価値は額面の8割程度で扱われている。
 上海などの日本租界では額面どおりの価格で取り引きされる‥‥少なくとも租界内の日本人商店ではそうしないと罰されるので、たとえば租界外で80円相当の商品と交換した100円の軍票を租界内に持ち込み100円相当の商品と交換する、といった方法で儲けようとする者も出てくる。
 欲を出して濡れ手に粟を目論み、籾殻だけを掴まされる者も出る。
 
 この老人を嗤う者は厳しく自戒すべきである。別口の馬鹿げた詐欺に引っかかるだろうから。いや、おそらくは既に引っかかっているだろう。幸か不幸か騙されていることにまだ気付いていないだけだ。
 付近の店員数人に「店を汚すな糞爺」と袋叩きにされる老人の横で、撒き散らかされた偽軍票を浮浪児たちが拾い集めている。上海には全世界から人が集まるので、偽軍票を受け取ってしまう者は比較的少数派であっても常にいるのだ。もし間抜けが見つからなくても焚き付けぐらいにはなる。



 露店に並べられた商品は総じて安物であり、やや高級な商品を扱う店舗は天幕の下にある。更に高級になると丈夫な壁と屋根に囲われ、最高級品となれば要塞じみた建物と軍隊じみた集団に護られる。
 そんな最高級品を取り扱う場所の一つでは、今宵も競り市が行われていた。競りに掛けられる商品は実に様々である。

 曰く、最新鋭の米軍機であるという分解梱包された戦闘機のものらしき部品。
 曰く、杜甫の直筆であるという詩の記された水墨画。
 曰く、理化学研究所の実験室から横流しされたという新種の抗生物質。
 曰く、某藩王(マハラジャ)の秘蔵品であったという大粒のスターダイヤモンド。
 曰く、沈没した英国艦から引き上げたという電波探信儀の中核部品。
 曰く、赤軍の兵器開発局が試作したという新型軍用小銃の実物と設計図。
 曰く、ダイムラーベンツの総統専用車試作品であるという高級乗用車。
 曰く、公式には一年ほど前に夭折したことになっている某伯爵家の令嬢(16歳、調教済み)。
 曰く、唐王朝初期の洛陽にいた練丹術師が精錬鋳造したというアルミニュウム製の杯。
 曰く、東北地方の旧家の藏から出てきたという北海道と樺太と東シベリアの詳細な地形が記された古地図。 
 曰く、変死した大統領補佐官が事故死した某陸軍大将に送ろうとしていた機密文書だという書類の束。
 曰く、大英博物館の倉庫で忘れ去られていた収集品の一つであるという羽毛の生えた生物の化石。
 
 
 どれもこれも怪しげなものばかりだが、本物が混じっていることもある。故に、この競り市は今宵日本軍憲兵隊の襲撃を受けるのだが参加者の殆どはまだ何も気付いていない。一部は最後まで気付かないだろう。





     ・・・・・



 同時刻 上海市 再開発予定地区 元安ホテル 廃墟の一室



 「検屍の結果は出たのか」
 「ああ。師父の肝臓から異常な量の金属反応が出た、砒素ではないが何か鉱物系の薬物を盛られたことは間違いない」  


 薄暗い部屋の中にいるのは四人。
 一人目は黒い夜会服を着て、夜中だというのにサングラスをかけた中年‥‥いや若い男。まだ三十にはなっていないだろう。
 全身黒ずくめで、手に持っている硝子杯の中身まで真っ黒だ。

 一人目と差し向かいに、小さくて汚れた見るからに安物の円卓へついている男はもっと若く、二十歳かそこらだ。服装は伝統的な胡服姿だが坊主頭であり弁髪は結っていない。

 顔立ちはまったく似ていないが、二人の体型は双子のようにそっくりだった。同じ競技で、同じ階級で、位置や戦法を同じくするスポーツ選手の体型が似てくるのと同じ理由である。同じ理論と方式と器具を使って鍛え上げられているのだ。

 残る二人は男と女だが両方とも扉の両側に立っている。こちらは黒服男の護衛なのだ。

 護衛の内、男の方は一目でそれと解る。2メートル近い大男であり良く鍛えられた筋肉質の体型をしている上に、顔や黒髪を短く刈り込んだ頭には幾つも裂傷を縫い合わせた傷跡や火傷の跡がついている。
 大男は下士官が着る軍服のようなものを着込んでいるが所属や階級を現すものはない。左右の脇の下や腰に付けたホルスターには拳銃やナイフや懐中電灯や予備弾倉が突っ込まれており、更に短機関銃を革紐で吊して肩に掛けていた。

 女の方は一見して護衛には見えにくい。いわゆるチャイナドレス、満州族など北方騎馬民族系の伝統的衣装を淑女用夜会服風に仕立てたものを着込んでいる。当然、裾の切れ込みは深く細身ながら減り張りの効いた体型が良く解る扇情的な姿である。
 更に言うと容貌も充分に美しく髪は長く艶やかで眼鏡までかけている。最近流行の、レンズの大きな縁なし丸眼鏡だ。武器らしき物体を携帯しているわけでもない彼女は、素人ならば護衛ではなく情人の類と見なすだろう。


 「臨終を見取った医者は誰だったかな」
 「張先生だが半年前に火事で死んでいる。口封じされたのだろう。師父が倒れる前に、張先生の息子が事業で失敗しているが、先生の蓄えを使って借金を返したからな」

 黒ずくめの男、上海裏社会の幹部は硝子杯の中身を飲み干して言った。

 「当ててやろうか。仁医と名高いが金銭には縁がなかった筈の張医師に払えるとは到底思えない金額を、だろう?」
 「そうだ。日本鬼子の差し金であることは間違いない」

 一年と少し前、日本海軍連合艦隊と米海軍太平洋艦隊の水上決戦が行われるよりも数日前の頃、上海で一人の老武術家が急死した。 死因は卒中と診断され高齢であったことから特に疑問も持たれなかったのだが、最近になって弟子の一人であるこの若い男が帰国して、師匠が毒殺された疑いがあると言い始めた。
 そして周囲の制止を無視して墓を暴いた男は一人で解剖と検屍を行い、重金属系毒物による中毒死と死因を断定した。


 「で、破門した俺に関係あるのか? その話が」
 「師兄、いや今は違うとしても貴方の功夫(くんふー)だけは信頼している。俺についても同じ筈だ」
 「まあな。技量だけでいうならお前が道場を継ぐべきだった」
 「止めてくれ、俺では道場が潰れる」
 「それで、話は何だ」
 「この腕を貸す。十年でも二十年でも貴方のために使おう。だから奴の居場所を、師父を殺した男のねぐらを教えてくれ。貴方なら知っている筈だ」
 「『凶手公』の居場所なら知っているぜ、ウサギが虎のねぐらを知っているようにな」

 二人に武術を仕込んだ老人が最後に試合をした男は、上海いや長江とそれに繋がる地域で「凶手公」や「DUKE OF DESTROY」の二つ名で知られる拳士だった。そして老人が寸止めで負けている。
 物騒な二つ名を持つこの謎めいた男は、表向きは出自不詳の流れ者である。見た目は目立たない只の中年男であり用心棒から刺客まで裏社会の荒事を、気に入った仕事だけ只のような安値で引き受けている。

 ときには本当に無料で動くこともあり、特に金銭には拘りがないらしいが一度引き受けた仕事に関しては完璧主義かつ冷酷非情である。必要とあれば巻き込まれた者の皆殺しさえ厭わない。
 その怪物じみた強さは僅かな時間で伝説と化していて、しかも日々更新中だった。話半分としても既に数百人が屠られその大半がヤクザ者や軍閥構成員だ。銃も毒も効かないと噂されているが、実際の話だれが何を使っても仕留められていない。
 一説によればその正体は明王朝のころ悪魔に魂を売って不老不死となった魔人であり、高徳の僧に捕らえられ嵩山少林寺の地下へ二百年以上に渡り封じ込められていたが清朝政府に寝返った破戒僧により解き放たれ少林寺を滅亡させたという。

 「誇大広告極まれり。奴の名は高森直人、大陸では高直と名乗っているが日本鬼子だ。美国(アメリカ)では『東洋の恐怖、マスター・カオ』というリングネームで闇格闘興業の悪役を務めていた」
 「聞いたことがあるな。食い詰めた腕自慢が一攫千金目当てで出ては死んでいる賭け死合だろ。それで負け無しならたいしたもんだが」

 禁酒法が廃止された後のアメリカ合衆国ではマフィアなど闇社会の資金源が酒からそれ以外の娯楽に、麻薬や女や銃や賭博に切り替わった。賭博は格闘技興業でも行われ、地下の闇試合ではどちらかが死ぬまで続けられる文字通りのデス・マッチすら行われた。
 件のマスター・カオなる男はルイジアナ州ニューオリンズの地下闘技場で27戦連勝を成し遂げたものの、鉄板死合となって賭けが盛り上がらなくなったことを嫌った興行主の意向で本物の灰色熊と素手で闘わされる羽目になった。

 その夜のメインイベントは闘いではなく只の食事風景となる筈だったが両者が檻に閉じこめられた途端に会場の地下室が停電し、電気の流れなくなった柵が破られて灰色熊が脱走。翌朝に熊が射殺されるまで死者35名を出す大騒動となる。
 なお、その大多数は闇の中で恐慌を起こした観客同士による圧死である。数少ない例外となった興行主とその護衛を撲殺したとされるマスター・カオなる男はこの騒動の後姿を消し、以後の消息は不明‥‥と、調査を担当したニューオリンズ市警の報告書は纏めている。
 それが1938年5月のことだった。なお、逃げ出した熊は翌日の午後に発見され射殺された。
 
 「汚い手で半端者を嵌めて功夫(くんふー)が成ったと勘違いしている愚か者だ。正面からやりあえば、師父はもちろんだが俺の敵ではない」
 「ここだ。二階の一番奥の部屋にいる」

 黒ずくめの男は、懐から出した紙切れにとある廃屋の住所を書いて渡す。若い武術家はその内容を憶えると紙切れを返した。

 「恩に着る」
 「待ちな。持って行け」

 上司の合図に従い、護衛の大男は小さな革鞄を円卓の上に置き蓋を開けた。中にはオガクズを詰めた麻袋と、その麻袋を凹ませた空間へ埋め込むように手榴弾が三発入っていた。真新しい手榴弾は野球の硬球のように丸く、鋳鉄製の表面に縫い目のような縄状文様が付けられている。

 「九九式、日本軍の使っている手榴弾で一番闇市に出回っているやつだ。使い方は解るな?」
 「ああ」
 「一発一年。帰ってこれたら使った分だけ腕を貸せ。踏み倒しても良いがその場合は二度と上海に入るんじゃねえぞ」
 「解った。朝までには終わる」

 元同門の男が去った後で、新しく開けた瓶から中身を注ぎつつ黒ずくめの男は護衛たちに尋ねた。

 「で、どうなんだ」
 「彼に勝ち目はありません。そこらの畑で捕まえてきた青虫を猫に嗾けたほうが勝機は高いでしょう」
 「んなことは解ってる。アレが素手や銃や爆弾で死ぬタマなら誰かがとっくの昔にぶっ殺してらあ。あの糞爺の死因が毒殺なら、下手人は誰かってことを聞いているんだ」

 老人の死が凶手公と呼ばれる男の仕業ではないことを三人とも理解している。虎や羆がそうであるように、圧倒的強者に毒など必要ないのだ。普通に殴ればそれだけで獲物は死ぬ。
 傷顔(スカーフェイス)の大男はアメリカ人のように肩をすくめて、彼なりに会得している捜査の基本を述べた。

 「一に金銭、二に痴情、三四がなくて五に怨恨。殺人事件の動機はそんなものです。毒殺のうえ被害者がまがりなりにも達人と呼べる腕であるのなら行きずりの犯行である可能性は排除して構わないでしょう」
 「糞爺と銭関係で揉めてて、嫁を寝取られてた奴がいたな、そういえば」
 「第一発見者、被害者の身内、被害者が死んで最も得をした者の順で疑うべきかと」
 「全部当て嵌まるじゃねえか、幸せな頭した弟弟子で命拾いしたな跡継ぎは」

 
 自分から飛び出した道場だ。その主と息子の、骨肉の争いなどどうでも良い。今夜の大捕物から不確定要素が一つ減ったことが大事なのだ。「凶手公」の周りには名前を売りたい無謀な連中が有りも掴めもしない隙を狙っている。そこにもっと無謀な者が殴り込みをかければ、人食い鮫の群に機関銃弾を撃ち込んだような狂騒と共食いが始まる筈だった。
 そうなれば、上海の闇に君臨する無冠の王者が今夜の捕り物とそれに連動して起きる抗争に介入する確率が下がる。最悪でも被害を他の組織になすりつけ易くなる。だから徒労でも失敗でもない。
 黒ずくめの男はそう納得して、独特の薬臭さを漂わせる黒い炭酸飲料の瓶を空にした。

 「ねえボス。それ、美味しいの?」
 「不味いぞ」

 癖になるがな、と呟いて席を立ち明かりを消し、硝子杯と二本の空き瓶だけを残して三人は闇に消えていった。
 おかげで翌日の朝、偶然通りかかった一人の浮浪児は真新しいガラス製品を拾い、屑屋に売って得た小銭で温かい飯にありつけた。
  

 


     ・・・・・





 同時刻 上海市市街 日本租界の外れ


 既に米国の一部と日本本土のほぼ全域でテレヴィジョン放送が始まっていたが、その両国でも娯楽の王様は未だ映画だった。
 当然ながら上海にも無数の映画館が存在しており、傑作から駄作まで数限りなく上映されている。それらの中でも映画を見るだけなら一番安上がりな施設として野外映画館がある。
 野外に建てられた巨大な白無地の看板、あるいは建物の壁などを銀幕に見立てて映写しているのだ。

 日本租界の端、高い塀と電流の流れる鉄条網でスラム街と隔たれた位置にあるこの野外映画館は観客から直接の料金を取らない。看板の近くに軒を並べた出店や屋台の売り上げで上映者は利益を出している。
 今も看板には日本製の娯楽映画が数カ国語の字幕付きで上映されている。幕末期、19世紀半ばの日本を舞台にした剣劇ものだが何故か場末の一膳飯屋のお品書きにカレーライスがあり、主人公の浪人はカレーを食べると普段の三倍は強くなると言う無茶苦茶な内容である。

 しかし時代考証面以外では至って真面目に作られた良質の娯楽作品であり普通に人気が出ていた。今も観客たちの多くは主人公が悪党どもを次々と叩きのめしあるいは切り捨てる姿に拍手喝采を送っている。
 人気の理由は出演者の魅力もある。主人公を演じる三船某なる新人男優は活劇場面以外では演技がもう一つで、いわゆる大根役者だがヒロインを演じる山口淑子なる女優は、日本人でありながら上海でも香港でもこの時期で最も支持者の多い映画女優だった。


 上映中の映画本編には特に感心なく飲み食いと会話に集中している者たちもいる。屋台の列から少し離れた位置に座る四人の若者は、それぞれが買い求めあるいは注文したものを円卓に持ち寄り並べて酒宴を楽しんでいた。

 「では、田と遼の前途を祝して乾杯!」

 音頭と共に打ち合わせた日本製黒ビール入りのジョッキを乾かした四人は同年代、二十歳かそこらであろう。
 みな上海育ちの中華民国人もとい漢族だ。そこそこ身なりが良く、顔つきなどからも中流以上の家庭で育ったことが一目で分かる。
 会話から察するに送別会のような集まりらしい。四人のうち二人、一番体重の軽そうな眼鏡をかけた若者と間違いなく一番体重の重たい赤ら顔の若者が、明日には遠く離れた異郷へと旅立つのだ。

 「しかし大丈夫なのか、田が乗ったら重くて落ちるんじゃないか」
 「なに、僕と教授が軽いから人数で割れば平均的だよ」

 旅立つ二人は上海で育ったし実家も上海にあるが、今住んでいるのは台北である。上海には所属する研究室の教授に連れられて里帰りしているのだ。教授本人としては上海での所用に地元出身者がいると便利だから同行させたまでであるが、人としての常識を一応持っている系統の学者であるので最終日ぐらいは学生たちを自由にさせている。
 その容姿と、空を飛んでいる時間が長いことから「行者」と渾名されている孫磨覚教授は変人かもしれないが決して不人情な人物ではなかった。

 「それより、本当にこれはいらないんだな」
 「空港で引っかかるからな。なあにアメリカといってもカルフォルニアだ、気楽なもんさ」
 
 友人が円卓の下で手渡そうとした紙袋を、太った若者は押し戻した。ただでさえ漢族に対しては空港などでの検査が厳しい昨今なのに、空港でモーゼル拳銃と実包など預けようとしたら手続きが面倒くさいものになる。ついた渾名から分かるとおり彼らの恩師は気が短い。その教え子たちも時間を惜しむが故の空の旅に余計な手間はかけたくなかった。

 心遣いは有り難いが、正直に言って無用の餞別でもある。孫教授ら台北大学第三寄生虫研究室が向かうカルフォルニア州南部は日本軍による軍政が続いていたが、治安は良好であり至って穏やかな場所だった。「ロスは極楽パナマは飯場メキシコ地獄の三丁目」とは当時の新大陸に派遣されていた日本兵たちが謡った都々逸である。
 それにカルフォルニアは拳銃の本場である。どうしても必要になったのなら現地で手に入れれば良い。

 無論のこと占領地にありがちな軋轢や問題はいくらでも存在したが、特に問題ないと日本軍や現地住民は捉えていた。チャイナ地域や東南アジア諸国諸地域で磨き上げられた日本軍の統治機構と教本は、北米西海岸でも充分に機能した。
 統治においては攻められる全ての方面からあらゆる方法で攻めるのが日本流であり、法と正義の建前に加え札束と物資の実利で叩かれ続けた西海岸は二度目の白旗をあげるしかなかった。
 後世の歴史書ではロサンゼルス駐留軍司令官を評価するものが多いが、今村中将の手腕を考慮に入れても不可解なまでに日本軍の西海岸統治は順調だった。

 米国西海岸諸州、特にロサンゼルスあたりでは己のささやかな誇りのために今日のパンを投げ捨てる者よりも、赤ん坊のミルクのためにとりあえず車庫やクローゼットへ誇りをしまっておく者の方が多かったのだ。
 具体的に言うとカルフォルニア南部の善良な市民たちは、その多くが日本軍や日本帝国へ協力的な地元民への襲撃行為や妨害工作を行うあるいは見逃すよりも通報することを選んだ。
 有効な情報には100ドルから200ドル、ときには数千ドル以上の高額報酬が支払われたうえに誤報であっても処罰無しという方針であったため日本軍憲兵隊は情報提供者に不足しなかった。個人情報は秘匿されているが、現地人通報者のなかには賞金で屋敷を建てた者さえいる。

 日本軍の指導下で組織改革が行われた現地警察の業務効率が以前とは比較にならない水準に上がったこともあり、破壊工作は大掛かりなものであればあるほど難しくなっていた。秘密はそれを知る者が多ければ多いほど保ちにくくなるものである。
 もちろん破壊工作を知っても通報しない自由を行使した市民もいたし、協力や実行する自由を選んだ市民もいたが後者は速やかに元市民や死人となった。日本流統治は敵と判断したものには容赦がなく、それは場所や相手が変わろうと同じだった。
 

 「まあ、身体を壊さない程度に頑張れよ」
 「解っているよ。いずれは虫害に苦しむ5億の民を救うこの僕が、いま倒れるわけにはいかないからね」

 多くの上海人たちと同じく若者たちも現状を受け入れていた。重慶国民党が分裂解散し、蒋介石が行方不明になり、北西軍閥や山西軍閥など各地の勢力が南京国民党に恭順する姿勢を見せている以上、中華地域の再統一は近い。
 そして再統一が成れば東夷の口出しを聞く必要もなくなる。部外者が中華を引きずり回せるのは内部分裂が続いていればこその話である。これまで繰り返された歴史と同じく、中華統一の暁には自然に華夷の秩序が回復するだろう。
 現に日系の商社が大陸における商取引に占める割合は、ゆっくりとだが確実に下がってきている。上海などの租界でも租界でないチャイナ各地の都市でも、日本人の行商人や個人商店の数は減る一方だった。

 中華帝国の復活は遠くないのだ、何を焦る必要があろう。今はひたすらに力を蓄えるべき時だ。若者が情熱をぶつけるべきことは学問と労働でありテロ行為ではない。そう考える漢族は、上海市内に限れば少数派と呼べなくなってきている。
 とりあえず、彼らの実家は既得権益を保障されているのだからこちらから喧嘩を売る必要はない。もちろん若者達の実家が属する派閥は日本軍と喧嘩にならないよう気を配って立ち回っているし、喧嘩になったときに備えて準備もしているが。


  
 若者たちの卓上から料理が減っていき追加の買い出しに出た頃に、隣の席へ二人の男がやってきた。大柄な、まだ若い白人達である。

 「カツカレーにゴーダチーズを削って乗せてください。付け合わせは福神漬けでお願いします」
 「牛スジ煮込みカレー、刻み茹でオクラ乗せ。あと青梗菜のお浸しを味付けなしで。ピクルスは抜き」

 看板の映像よりも実物の香りに惹かれてであるが、看板がよく見える卓を選んだ二人は隣の売店に声を掛けで席に着き注文した。英語で声をかけられた、まだ中学生になるかならないかであろう金髪の少女は注文を復唱して伝票に書き付け、複写された控えを置いて厨房へ滑り去っていく。
 彼女の店は料金後払いである。この意味を本当に理解しているなら上海生活初心者卒業だ。

 「静かだな。幽霊かと思ったよ」

 随分とテキサス訛りが強かった女給の後ろ姿を見つめているのは、栗色の髪を七三分けにした男である。彼の視線は周りの客よりも数十センチ下、半ズボンやそのすぐ上下ではなく少女の足元に集中している。
 店主の娘である看板娘が履いている靴はいわゆるローラースケートの類であるが、彼が注目したのはその静粛性だ。すぐ傍を通っていったのに、少女の靴に取り付けられた小さな車輪は映画の音声にかき消される程度の音しか立てなかった。

 「冶金技術の差か? いや樹脂系素材かな。想像を絶する強度と精度だとは解るが」
 「本物はある種の地位象徴(ステイタス・シンボル)ですが、市場で売っている代物ですよ。新品を確実に手に入れるなら日本商社か日本軍のコネが必要ですがね。だから交渉してあの娘から買おうとしないでください」

 あの娘へうかつに声をかけると店主が散弾銃出して来ますよ、と相方に釘を差したのは同じく二十代前半か半ば過ぎ程の白人男である。寝不足気味なのか目の回りに隈が出来ており、何ヶ月もハサミを入れていないだろう黒い長髪を首の後で輪ゴムか何かを使い纏めている。
 米国人なら言葉の訛りから解るであろうがこの二人は米国東部の出身だった。ともに大学出の元陸軍少尉である。
 元、がつくのは釈放された捕虜だからだ。流石に今次大戦への不参加を誓って収容所から出た身で現役を名乗るほど彼らの面の皮は厚くない。


 「ところでお前の注文、野菜が足りなくないか?」
 「あなたは私の母親ですか」
 「お前の健康に気を使いたい点ではお前のお袋以上だぜ。お前が倒れでもしたらその分俺の負担が増えるんだからな」
 「わかりましたよ、葉っぱも食べれば良いんですね」

 言うことが日本人とおなじなんだから、と長髪の男はぼやきながら再度女給を呼んで温野菜の和え物と刻みキャベツを追加注文した。幸い懐には余裕がある。


 程なくやってきたカレーとその他を食べながら、二人の男は情報交換を始めた。小声で聞き取りにくい上にアレだのソレだのと固有名詞を極力省いた、他人にはさっぱり解らないやり取りが続く。

 上海は人と物資の一大集結地点であり、当然ながら情報も集まる。世界各国の新聞や雑誌、あからさまな宣伝放送と一聴して普通の放送、ニュース映画に口伝えの噂話。変動する通貨と株や証券類の相場。それらを組み合わせれば十人ほどの集団でもある程度の情報収集はできた。
 戦線への復帰はしないと誓ったが、祖国に利する行為をしないとまでは誓っていない。故に長髪の元少尉は上海の日本租界に住み着いて、商社の現地通訳や上海映画の端役などを行いながら諜報活動に当たっていた。
 七三分けの元少尉は同じようにしてグアムの捕虜収容所から出て、友人の伝手を頼ってつい数日前に上海へやってきたところである。

 「鉄道屋(のヘイワード上等兵)は元気でしたか、それは何より」
 「前より(時給は)低いが、マシな職場だと言っていたよ」

 元々の比率からいって捕虜は士官より兵隊の方が多いのが当然であり、同じようにして収容所から出た米軍兵士たちは思い思いの場所に移って暮らしていた。中には自由の身になった後も収容所の近くで収容所にいたころと同じく砂浜でナマコを拾い集めたり畑でパイナップルを収穫したりしている者もいるがそれは少数派だ。
 件の上等兵は長髪少尉の元部下だった。そして七三分け少尉の知人でもある。彼は鉄道員不足のあまり給与水準が上がりに上がったオーストラリアへ渡っていたが「どこに行ってもジャップがでかい面をしている」ために辞めて上海へ流れてきたのだ。

 「上海だと日本人の顔が縮むわけもないでしょうに」
 「本当の理由はこっちらしいぞ」

 七三分けの元少尉は捕虜生活中に日本兵から教わったというか伝染したボディランゲージ‥‥小指を立てる動作で事情を説明した。つまるところヘイワード元上等兵の退職理由は、職場周辺の若い娘達に連続で振られたためだ。
 これを彼は元米兵が元日本兵に比べてオーストラリア娘から需要がないからだと捉え、そのことに耐えられなかったのである。

 「有り得ない、訳じゃないよな」
 「まあ、人気が出るような行動は宣伝されてませんからねえ、我が軍は」

 上海が実質的に日本勢力圏内にあることを計算に入れても、米軍の評判は芳しくなかった。北米大陸における焦土作戦の凄惨さは太平洋の反対側まで様々な形で届いている。
 報道写真やニュース映画で描かれる米軍の姿が半分でも本当ならば、元米軍兵の前から婦女子が消え去るのも当然である。目の前の自称元米兵があれと同類だとしたら貞操どころか命が危うい。

 戦時動員態勢が続く日本本土では青年男子の不足から見合い斡旋所に閑古鳥が鳴いている。巷では「足りぬ足りぬは、工夫が足りぬ」という戦意高揚標語から一字を抜いた「足りぬ足りぬは、 夫が足りぬ」という戦時冗句が流行っている程だ。
 日豪同盟樹立前後でその理由はともかくとして計数十万人に及ぶ男達が出ていった豪州で婿不足というか男日照りというか、男女の人口比率が偏っていた時期があったことは確かである。

 しかし生物学的理由からも元々人類種の雄は大概の場合余り気味であり、件の上等兵が訪れたときには既に需要が満たされていた。豪州政府の統計で見ると1940年に結婚した豪州人のうち約三割が外国人又は移住者を伴侶としており、そのうち半数近くが日本人だった。
 数で言えば元ないし現役の日本兵が日豪間での国際結婚当事者として一番多いのは当然だが、日本人の看護婦や通訳やタイピストなどと結婚したオーストラリア男も少なからず存在している。

 もはや伝統的と呼べるまで染みついた人種差別意識が消え去った訳ではないが、日本帝国国民との婚姻が表だって非難される風潮は現在の豪州にはない。
 それは文明の進歩とか人類の調和といった夢想家の寝言が実現したからではなく、表だって襲撃や迫害を行った者たちは砂漠の砂に変えられ、非難に留めた者たちの多くは手切れ金と共に国外へ出ていったからなのだが、とにかく表立っての非難はない。ないことになっている。


 この時期に描かれた風刺画に、『日豪同盟』という題名のものがある。

 風刺画の中央では、白い花嫁衣装を着た田舎っぽい白人娘とちびで眼鏡で出っ歯の日本兵が教会の前で式を挙げている。
 画面右側には羊を連れた農夫(ニュージーランド?)が暢気な顔つきで立っており、そのさらに右にはアオザイなどの民族衣装を着た数人の東洋人女たち(タイ、ベトナムなど?)がハンカチを食いちぎりそうになりながら挙式中の二人を見つめている。
 画面左側には肩に猟銃をかつぎ片手に札束の入った鞄を持った白人の荒くれ者が新郎新婦から離れるように歩き、更に左側には鞭を持った農園主風の白人男(南アフリカ?)が荒くれ者を歓迎している様子が描かれている。
 画面中央やや左側で式を仕切る神父の顔は、オーストラリア共和国初代大統領とそっくりだ。
 そして神父の足元には痩せこけた黒人少女(アポリジニ)がうずくまっていて、左端では黒人の農夫とその妻らしき黒人女が不安そうに農園主と荒くれ者の様子を窺っている‥‥というものだ。

 作者不詳のこの一枚には「日本のいう人種平等とは所詮こんなもの」という風刺が込められていた。
 日本人であっても、よほど無邪気な者でなければ完全には否定できない。日本帝国は慈善事業で戦争しているわけではないし、そもそも慈善事業とは金銭以外の利益のために行う行為である。国家の行動が打算まみれなのは当然だ。
 新郎が新婦の実家の庭に埋まっているものを気にしていたり、義父である神父の伝手に期待していたとしても不思議はない。


 それらの事情はさて置いて、上記の通り米軍の評判は豪州でも上海の租界でも悪かった。日本本土は言うまでもない。後々の時代まで日本語圏ではヤンキー(Yankee)という呼び名が「ちんぴら、ゴロツキ、与太者、人間の屑予備軍」の代名詞として残った程である。
 この二人も元同僚たちの言動から度重なる風評被害を受けていて、大いに閉口していた。

 流石に米軍機がメキシコ戦線において小規模の村落まで虱潰しに爆撃し二千ポンド徹甲爆弾で破壊しているといった日本側の報道はでっち上げであろう、軍事基地ならいざしらず只の村落に貫通力優先の徹甲爆弾を使う必要などない。焼夷弾で充分だ。
 しかしメキシコ市が都市機能を失うまで破壊されたことや、その後のメキシコ市で撮影されたおびただしい焼死体の山や、野戦病院に収容された片腕あるいは両腕を切り落とされているメキシコ人少年たちの存在は虚構ではない。少なくとも数千人が実在している。

 「えげつないなあ、連中は」
 「ええ、容赦がありません」

 文字通り地獄の如き蛮行がメキシコの地で吹き荒れている。そしてアメリカ合衆国の勢力圏内以外ではその大部分がアメリカ合衆国軍の仕業として扱われていた。第三帝国の宣伝相ゲッベルス博士などは「合衆国は文明国かもしれないが、合衆国軍は文明国の軍隊ではない」と非難している。

 しかし二人は動揺していない。日本軍と日本政府の謀略であることは明らかだからだ。
 直接の証拠はないが前例が山ほどある。フィリピンへの武器密輸もその一つだ。
 出鱈目極まる偽外交文書を渡されたと言い張り宣戦布告に繋げ、自ら捕虜返還船を撃沈しておきながら米軍潜水艦に罪をなすりつける日本人の悪辣さは大したものである。日本海軍の師匠が英国で日本陸軍の師匠がドイツなのは伊達ではない。


 「この戦争、負ける訳にはいきませんよ」
 「ああ、こんなもので済む訳がないからな」

 二人が見ているのは英字新聞の紙面端に載せられている、米国本土で街頭に張られているという風刺画である。
 『負けたらこうなるぞ!』という題名がついたその風刺画は米国の長閑な田園風景を描いたものだが込められた意味は過激なものだった。

 散歩道らしき場所でドレスを着て日傘を差した妙齢の白人女性三人が談笑しているのだが、ご婦人達の一人は臨月間近らしい大きな腹をしており、もう一人は乳母車を押し、最後の一人は就学前ぐらいの幼児の手を引いている。
 ただし幼児は浅黒い肌に縮れた黒髪で顔立ちも黒人(ネグロイド)の特徴が強く出ており、乳母車に乗せられ玩具を振り回している乳児も同じく黒い肌をしている。三人中ふたりがそうなら残る妊婦の腹にいる子もおそらくは‥‥。

 これは「人種平等を掲げる日本帝国に敗れたら、中流・上流階級でも色つき(カラード)との結婚が当然になるぞ」と主張する風刺画であった。
 英語の記事を書いた日本人記者によれば米国南部からの亡命者が出国の際に持ってきたものであり、米国南部諸州では同様のあるいはより過激な風刺画が「白獅子団」なる民間武装組織の手で印刷配布されているという。
 これは眉唾ものの噂だが、南部諸州では白獅子団や類似する自警団的な武装組織と「黒豹党」なる黒人過激派組織が抗争を繰り広げる内戦状態にあるという。実際には其処までいかずとも合衆国内で人種的な軋轢が広がっていることは確かだろう。



 新大陸には実例が山ほど存在しているが、異なる文明に打ち負かされた国家や民族の運命は悲惨そのものだ。
 大祖国戦争、クレムリンがそう呼んだソヴィエト・ロシアの戦争は即ちスラブ文明対西欧文明+日本文明の戦いだった。
 太平洋戦争とホワイトハウスが呼ぶ戦争はアメリカと日本の文明が激突する戦いではあるが、こちらはより凄惨なものになっている。なにしろ双方ともに指導部が敵対者を文明国と認めていない。
 事実、日米両国は和平交渉を口実に中立国などで外交的接触を持ってはいたが、真剣味の薄いやりとりしかしていない。双方ともに講和への意欲が薄いのだ。

 文明国相手でない以上その決着が理性的なものに終わるはずもなく、戦争がまだ続くからには地獄の如き有様がメキシコから広がっていく事は確実だった。
 もしかしたら、いやかなり高い確率で日米どちらか片方あるいは両方とも文明の滅亡を迎えるかもしれない。


 10年前なら、この予想は狂人の妄想として一笑に付されたであろう。だがしかし、科学の進歩はそれを笑い事で済まさない領域にまで達していた。
 20世紀も半ばを迎えている現在、日本帝国もアメリカ合衆国も一文明どころかやり方次第で世界を滅ぼせる力を持ってしまったのだ。地球上の全ての文明国から文明を維持させる力を奪うには足る程度のものを。
 最悪なことに現在の日米両国はそれが可能な位置にある。もし研究中のものが完成したならば、あとは首脳部の理性を信じるしかない。


 「で、どうなんだ?」
 「難しいところですね。人形峠(はじめウラニュウム鉱山の採掘)が進んでいないことは確かなのですが」

 上海で溜まっている彼ら元捕虜にとっては本国との連絡を繋ぐだけでも難業であるが、それでも彼らの情報収集と分析は続けられていく。ほんの僅かな情報、たとえば日本帝国によるタングステン鉱山開発状況などが分かるか分からぬかでも戦略に影響するのだから、無意味ではない。

 佐渡金山の採掘再開が象徴するように、鉱工業の発展と採掘・精錬技術進歩は1930年代に入ってからの日本大躍進の要因として、真っ先に挙げられるものの一つだった。数年前にマンチュリアや樺太で新たに発見されたタングステン鉱山群は日本帝国にとって「金銭が湧く壷」のような存在であり、世界全体に影響を与えている。
 北部マンチュリアの油田のように、これまで産出しないとされた資源が産出しないとされていた地域で見つかることは、稀によくある。それが世界の経済や政治に影響することは極々稀にだが。

 一部希少金属資源の不足からウラニュウム合金を徹甲弾どころか試作重戦車の装甲板にまで使っていた合衆国と比較すればの話であるが、この時期の日本帝国はウラニュウムの軍事転用に消極的だった。自らの勢力圏内だけでタングステンの採掘量は足りていたのだ。

 研究用を含めても日本帝国のウラニュウム採掘量はそう多くなかったが、ホワイトハウスにはそれが事実なのか欺瞞情報なのか確信が持てなかった。
 ライシャワー博士逮捕事件など、知日派の粛正をやり過ぎてしまった米国本土では各諜報機関の調査能力が日本関係に限っては消滅したと言って良い状態にある。
 情報の量はともかく精度において、上海のカレー屋で盗聴器や望遠鏡を使った遠距離からの監視に気付かぬまま座っている素人間諜たちと大差ない水準まで落ち込んでいるのだ。日本語の平文通信ですら自力では解読できないことすらある。

 この上海で料金後払いでありながら潰れない露店とは無銭飲食をさせない店である。した者は一生後悔することになる種類の店なのだ。日本租界でそれができる店が日本軍の庇護と監視を受けていない訳がない。
 つまりこの二人は間諜として論外である。事実、彼らは自分たちが24時間体制で監視され盗聴されていることに気付いていない。


 故にホワイトハウスの住人たちのうち一部は、情報が錯綜する日本帝国のウラニュウム採掘量を気にかけるあまり睡眠不足の日々が終戦直前まで続くことになる。



 英国が帝位を投げ出し、チャイナ帝国の後釜を狙った勢力がまた一つ潰れ、ロシア帝国が致命傷を負ったが世界大戦は終わらない。
 戦いは続く。
 たとえそれが明日迎える死を明後日に引き延ばすものでしかないとしても、たとえそれが明々後日に全てを巻き込む破滅を引き起こしかねないとしても。




続く。

26:峯田太郎 :

2018/06/01 (Fri) 11:43:32








             『その二十、マンハッタン島の取り引き』





 1941年6月10日午前9時45分 アメリカ合衆国 ニューヨーク州 ニューヨーク市
 


 ニューヨークには観光名所が多いが、そのなかで最も有名なものは自由の女神像であろう。独立百周年を記念して造られたこの巨大な銅像は、アメリカ合衆国の自由と民主主義の象徴として扱われている。
 女神像が象徴しているのはあくまでもアメリカ式の自由と民主主義であり、それが他国人の共感を呼ぶとはかぎらない。日本海軍の、辛辣な発言が多いことで知られる某大佐のように「合衆国にあるのは自由と民主主義ではなく放埒と詐欺だ」とまで言う者もいる。

 彼だけでなく、この当時の日本人はアメリカ式民主主義について「融通無碍に過ぎて受け入れ難い」と感じている者が多数派だ。
 日本的に観ると平均的合衆国国民の主張する民主主義は大雑把に過ぎるというか、真面目に考えていないとしか思えない。
 成立以来一度も国民選挙を行ったことのないソヴィエト共産党政権や重慶国民党勢力を「民主的」と称揚する一方で、合法的選挙によって選ばれた議員達で運行されている日本帝国を「独裁下にある」と罵るのがアメリカ合衆国の政府見解であり世論である。非難とか批判というのは、もっと柔らかい表現で成されるものだ。

 日米両国の感覚が一致しないのは民主主義の定義だけではない。例えばアメリカ的感覚では中華民族は自由と平和を愛する文明人であるが、日本人は残虐で道理を弁えない蛮族である。
 その理由について、何が蛮族的で何が文明的なのかを巡って日米の人間が議論や意見交換をすると、これがさっぱり纏まらない。平均的な日米国民が真剣に語り合えば語り合う程、双方が「相手には真面目に話す気がない」と確信してしまう。

 日本的価値観からすれば「文明とは信仰であり真の信仰とはキリスト教である。他の自称宗教は良くて淫祠邪教に過ぎない」とか「真の信仰を持たない日本人は蛮族である、なぜならキリスト教徒ではないからだ」といった平均的アメリカ人の主張は狂人の譫言にしか聞こえない。トートロジーを論拠にする輩を正気と見なす文化は、日本では極少数派だ。
 合衆国的価値観からすれば「政府の主張は論理的整合性を保つべき」とか「政府は国民を等しく保護すべき」という日本的な観念自体が有り得ない。
 合衆国の選良(ELITE)たちには、敵国の指導者層のうち少なくない人数が合衆国で言えば初恋前の女子小学生よりも政治的にナイーブ(NAIVE)な感覚の持ち主であるなどと、想像することすら難しい。つまり日本人が真剣に語れば語るほど、合衆国人は愚弄されているとしか感じないのだ。
  
 つまるところ両国は文明の在り方が違うのだ。日本が麻薬密売組織を追放しアメリカが禁酒法を施行したように、社会的な善悪正邪においてすら感覚が異なる。7歳児の誕生日に現金50セントと猟銃のどちらを与えるべきか或いはどちらを与えてはならないかを日米の国民に問うて答えの統計を取れば、正反対の結果が出るだろう。



 リバティ島にある女神像は、日本との正式な戦争が始まって一年半ほどが過ぎたこの時期にも多くの人を集めていた。
 ただし観光地の名物としてではない。女神像は以前にも増して人々の視線を集めているが、観光客が直接的な現金を落としていない現在の状況ではリバティ島は観光地として機能していない。
 日本軍によるニューヨーク空襲から七週間ほど過ぎたが、女神像は海に落ちて砕けたままである。

 4月19日夜の空襲で、土台部分に飛行爆弾を受けた自由の女神像は倒壊した。現在は砕けた残骸の上に、辛うじて原型を保った女神像の頭部が乗っかって波の飛沫を浴びている状態だ。修復、いや再建の目処は未だ立っていない。

 軍事的に無価値なリバティ島は日本軍の攻撃目標ではなく偶然にも流れ弾が直撃してしまったのだが、攻撃を受けた側には関係ない。
 国家理念の象徴を無惨に破壊された合衆国人の怒りはまたも限界を突破した。東京で喩えるなら靖国神社と明治神宮とついでに浅草寺が同時にクレーター痕へ変えられたようなものであり、当然の結果だった。


 
 女神像の残骸を見るまでもなく、日米間の戦局は日本帝国が優位にある。


 英本土の消耗戦は一日ごとに協定諸国側が有利になっている。その理由は多々あるが最大のものは他方面の戦況が傾いたことにより協定軍側の航空戦力が厚みを増した事だろう。
 ドイツ本国では関与を疑われたフリッチェ上級大将ら数名の軍高官が服毒自殺を遂げるなど、4月始めに起きた総統暗殺未遂事件が予想外の大事になり紛糾していたが、後方の混乱は西部方面に配された航空戦力にはさほどの影響を及ぼさなかった。
 元よりドイツの空軍は陸軍と比べればまだナチス政権へ協力的であり、総統の戦争指導にも大きな不満はない。勝ち戦は大概の不満を隠してくれる。

 独日伊仏を主力とする協定諸国軍の航空戦力に対し、連合軍側も北米で量産した航空戦力を投入し続けている。だがブリテン島に向けた航空機の過半数は送る端から大西洋に沈められ、あるいは港湾や空港で破壊されていた。
 大型爆撃機などは北米から直接、小型機は洋上の改装空母から飛ばして英本土の飛行基地へ移すことができる。しかし精密機械である航空機は絶えず整備を行い部品を交換し続けなくては戦力を維持できない。一種類の部品が、たとえば燃料点火プラグが港で船ごと沈めば動かなくなる。

 ブリストルのような本土の西側にある港まで空襲されていたように、連合軍側はブリテン島の制空権を得ていなかった。
 そして遂にこの時期、41年の春から夏にかけての時期にブリテン島周辺の制海権と制空権は、航空戦力の差が如実に出て協定軍の優位が確定した。数の力は大きいのだ。

 特に新鋭の日本海軍正規空母部隊が、日本本土からの増援と黒海方面から転進した戦力が欧州の西端に集結し活動を始めてからは、連合軍が船団を大型化し護衛を強化しても護りきれなかった。

 商船改造の護衛空母は機動性も耐久性も皆無である。特に航空戦力に対して極めて脆く、正規空母を中心とした機動部隊に狙われれば一溜まりもなかった。
 艦載機はスズメバチのようなものであり、巣である航空母艦が潰されると後は死滅するのみだ。航空戦力がなくなった輸送船団の運命など語るまでもない。

 そもそも護衛空母を矢面に出すこと自体が間違っている。護衛空母やフリゲート艦は少数の潜水艦や航空機の襲撃を防ぐことはできても、機動部隊の正面攻撃に抗う力はない。
 日本海軍の補用空母と米海軍の護衛空母は、字面は似ているが全くの別物である。個々の戦闘力に、騎兵部隊と驢馬に乗った子供の群れほどの差がある。
 もっとも、補用空母と正規空母の差は拳銃騎兵(カラコール)と有翼騎兵(フサリア)ほどあるのだが。

 開戦から一年半足らずで既に150隻を戦力化し更に一年以内に300隻以上を建造できる生産性は素晴らしい。しかし逆に言えば造る端から、一週につき4隻ずつ沈めば米国製護衛空母は2年半で絶滅するのだ。

 何度も繰り返して言うが、戦争は数である。

 仮に命中率100%の火砲があるとして、命中率1%の火砲と撃ち合うと確率で言えば99%勝利する。のこる1%は相打ちだ。
 命中率100%の火砲1門が命中率1%の火砲100門と撃ち合えば、確率論的に最初の一発で確実に相打ちになる。その後でも敵にはまだ99門の火砲が残っているので、新たな命中率100%の火砲を5門や6門持ってきても撃ちまくられて壊滅するだけだ。 命中率100%の火砲が命中率1%の火砲百門と撃ち合って勝つには、11門以上の数が必要となる。

 斯様に数の力は大きい。個々の質で圧倒的に優っていてもある程度以上の数の差があれば敵わない。そして英本土方面の連合国軍は質でも数でも押されている。



 チャイナの軍閥諸勢力は南京政権により統一されつつあり、日本軍が一線級の航空戦力をチャイナ地域に貼り付けておく必要性はなくなった。

 東シベリアが日本勢力圏に加わり、極東におけるソヴィエト・ロシアの継戦能力は事実上失われている。
 弾薬はまだしも液体燃料が決定的に足りていないのだ。石炭や薪だけでは広大すぎる勢力圏を動かしきれない。
 現地で不足する液体燃料やその他の物資が、シベリア鉄道の西側からでなくウラジオストック港やマンチュリア方面から送られてくる限り、東シベリアの情勢は変わらないだろう。
 ソヴィエト政権はロシア帝国の後継であり、皇帝がいないことには動かない。空座となった皇帝位を巡って内紛の続くクレムリンは、極東どころかモスクワ市すら支配し切れていなかった。

 東南アジア、オーストラリアとニュージーランドを含む太平洋地域、インド及びインド洋の三地域は日本側に与した勢力が押さえており旧宗主国特に連合国側の影響力は薄まる一方である。
 自国内の内紛や新興国同士の諍いが絶えないが、その殆どは日本帝国の指導部(大本営)が許容できる範囲に収まっている。当該地域の指導者達は色々な意味で傑物揃いであり、超えてはならない一線を理解していたし己の率いる組織を掌握できていた。 

 中東とアフリカの諸勢力は大部分が日本帝国に友好的または中立の立場をとっており、戦闘と混乱の続くメキシコも自称正統政府はともかくとして日本軍の優勢は確実となった。

 ウクライナとベラルーシでは協定諸国の支援を受けて、地元出身者を中核とした結合自治政府が発足した。
 ウラーソフ元帥を首班とするこの政権は、主に元赤軍将兵で構成された反共解放軍を主体とした組織である。故郷をアカから取り返さんとする彼らの士気は高く、戦線はモスクワ目指して順調に北上している。

 中南米諸国のうちチリなど太平洋側の国家は日本側に付き協定諸国に入っただけでなく、正式な軍事同盟を結んでいる。
 ブラジルなどの大西洋側南米諸国は現在でも連合国寄りだが、大西洋の制海権がもう二割ほども協定諸国側に傾けば雪崩を打って鞍替えするだろう。
 彼らに米国と心中する義理はない。より強い勢力、より儲けの出る側に付こうとするのは当然である。
 現政権が自治権の一部を投げ捨てる勢いで対米協力をしていた弱みを持つ幾つかの国家では、寝返りの際に粛清の嵐が吹き荒れるであろう。だがそれで他の全てが救われるのなら安いものだ、と各国の粛清される可能性が低い者たちは受け入れていた。

 40年12月のパナマ運河破壊は実行した米国側にとって国防上やむを得ぬ選択であったが、その緊急避難的破壊行動により政治経済治安等々あらゆる面で大打撃を受けた中南米諸国の反感は大きかった。
 覇者の覇者たるは他者と隔絶した暴力があればこそ。海軍という暴力装置を失ったことを中南米諸国に悟られかけている合衆国の覇権が揺らぐのは当然である。ヤクザと主権国家は暴力を失えば全てを失うのだ。

 既に合衆国海軍は再起の可能性を失っている。
 人が死にすぎたのだ。いくら船や弾薬があっても船乗りがいなくては海軍に意味はない。開戦以来積み上がった損害は合衆国の補充能力を超えてしまった。
 カリブ海・メキシコ湾と北大西洋で、そして本土内で現在も消耗が続いている。損害は拡大する一方だった。


 普通の戦争ならば、文明国との外交の延長線上にある戦争ならとうの昔にホワイトハウスを群衆が取り囲み講和を求めていただろう。普通の戦争で、相手が普通の国ならば。

 
 実際のところ、日米戦争では普通なら行われている筈の講和へ向けた動きが鈍かった。鈍いと言うより存在が疑われる水準だ。
 常識的に考えれば水面下であっても講和交渉が進められている筈なのだが、日米間では一向に話が進んでいない。
 交渉が暗礁に乗り上げた訳ではなく、船出すらできていないのだ。交渉の「こ」の字を書こうとして止まっている状態である。

 それも無理はない。この時期の日米外交は混沌の渦に呑まれていた。
 具体例を挙げれば、赤十字を掲げ中立国へ捕虜送還に赴いた客船が米海軍の潜水艦に襲撃され沈没し、しかも救助作業中に再攻撃されるといった事件や、ポルトガルの日本大使館へ向かった米国の特使が大使館前で暴徒に殺害されるといった事件が頻発していた。

 もはや大戦継続による世界経済そのものの破壊を狙うしかないコミンテルン。
 資本主義の帝国と異教の神政帝国を噛み合わせ続けたい、モスクワと敵対する共産主義者。
 独伊仏など、あとしばらくは日米に戦争を続けて欲しい欧州諸国。
 宗主国とその出資者の破滅を望んで止まない、植民地の独立運動家たち。
 植民地を切り捨てる為に始めた戦争を断行したい、門閥貴族化した某国の外務官僚閥。
 戦争の夏を謳歌する一部の高級軍人達と、軍隊にしか居場所のない一部の下士官兵達。
 本人にしか理解できない妄想を抱き衝動の命じるままに行動する、極まった思想家達。
 未だ軍拡の投資を取り返していない、出遅れた資本家や大企業。
 目の前の売り上げしか見ていない、大手新聞などの大規模情報伝達業者。
 この機に乗じて自勢力の拡大と競合他社の衰退を狙う、宗教業者の共同体。
 憎悪と恐怖と妄想に取り憑かれ、復讐に駆られる一般市民。
 その他様々な勢力が戦争の継続を望み、和平工作を妨害していた。上記の例は氷山の一角ですらない。 


 相次いだテロ行為や軍事攻撃により、幣原喜重郎元外相を始めとする多くの死亡者を出した日本外務省は機能不全に陥った。
 統計上、この時期の外務省中米方面勤務者はメキシコ戦線の陸軍将校よりも殉職率が高い。軍隊と違って死傷者が続出する状況で組織を回す技能を持たない日本外務省の戦列は短時間のうちに崩壊した。
 外交官の敵前逃亡や戦場神経症患者が続出し、踏み止まった者たちが次々と倒れていく姿は悲惨としか言い様がない。勿論のこと、外務省の役人ではなく日本国民にとって。

 この戦争の、日本内部から見た根本的要因は四半世紀ほど前から連続した外交的失敗にある。というよりも、前大戦勃発から5.15事件あたりまでの日本外交は殆ど失策しかしていない。外交による勝利が途絶えていたのだ。

 前大戦における不義理と国際社会の実状を無視した外交交渉は日英同盟の破棄に至り、自国民保護と国際協調を忘れ去った自殺的対応が中華軍閥の増長を促し、現実を無視した非戦嗜好が赤色勢力の封殺を失敗させ、目先の国益すらも顧みない支離滅裂な独断専行が国際連盟における孤立を招き、限度も節度も弁えぬ自国軍部への攻撃が社会不安を呼び、溜まりに溜まった社会不安はテロ事件やクーデター騒ぎを引き起こし、相次ぐ内紛と不祥事は日本帝国の国際的信用を墜落大破の上に炎上爆発させた。

 この全てにおいて外務省の責任は極めて大きい。外務省だけに問題があった訳ではないが、一つの課の外交官が全滅した程度で償える程軽い罪ではない。それが現在の日本国内を覆う空気である。
 幣原派閥を始めとする親米派が壊滅状態に陥ったことから、以後の日本外務省は「現政権下の米国とは交渉不可能」「英米を分断すべし」と主張する宇垣外相らが完全に主導権を握ることになる。

 
 対する米国側は、外交戦の場での死傷こそ少なかったが後方での内紛が以前にも増して激化していた。
 一度「対日協力者」の疑いを掛けられたが最後その人物は破滅するしかないのでは、内部闘争が収まる筈もない。
 手強い政敵を一撃で、事実か否かは関係なく倒せるのだ。この状況で自重できる者は少ない。自重すれば破滅するのは自分と身内なのだから。

 銃は剣よりも強し。
 刃物は余程上手く使わないと数人しか殺せないが、銃は素人がぞんざいに使っても数十人を容易く殺せる。
 殺人愛好者に近代兵器の使用権を渡せば大虐殺が起きる。ならば権力の亡者が必殺の政治的武器を持てばどうなるか。
 答えは壮絶な内部抗争の連鎖である。近代フランス史を見れば解るとおり、共和制の民主主義を標榜する政体とはもともと狂暴極まりないものなのだ。

 
 アメリカ合衆国は現在、実質上の内戦状態にあった。
 まず内部の敵と戦い、その余力で外部と戦っていた。
 事実として、合衆国の人的資源は外部との戦争よりもむしろ内部闘争により失われている。
 古くからある警句は正しかった。書物を焼く街では、遠からずして人も焼くようになるのだ。

 合衆国の陸・海・海兵隊三軍の諍いは他列強であればそれだけで継戦不可能になるであろう酷さである。
 地域間、人種間、民族間、宗派間の対立も市街や野山で実弾が飛び交うようになって久しい。
 だが物的にも人的にも最も被害が大きいのが、貧困層と中産層と富裕層の闘争だ。

 名家の出に非ずば人に非ず。合衆国において貧乏人に人権はないし、富裕層出身者以外が金持ちになることはほぼ不可能だ。
 ただそれでも百万に一つの例外が存在し、成り上がれた実例がある限りアメリカンドリームは実在する。たとえ特定の人種と宗派に属する者に限られていても。
 一握りの富裕層が富と特権を独占し世襲する、実質的な貴族支配体制にある米国内における下級層の造反劇。言いがかり一つで誰でも‥‥とまではいかないが大概の場合は気にくわない誰かを火刑台に送れるお祭り騒ぎ。
 それが親日派狩り、イエローパージ運動の一面だった。


 状況は合衆国にとって宜しくない。特に内側との戦いにおいて。
 合衆国は強大だが、その強大さに見合うほど強靱ではないのだ。特に政治的な意味で。

 あらゆる大国がそうであるように、アメリカ合衆国の政治はお粗末である。
 いや、お粗末になった。その昔は、今と比較すれば大きな問題がなかったがモンロー主義を通せなくなった時点で、他の列強と勢力圏がぶつかるようになった時点で合衆国の内政は破綻が約束されたのだ。

 広大な領土を持ち、長い長い国境線を多数の国々と接している国家の内政が巧みであった例はない。
 広すぎる自国も多すぎる隣国も面倒事の塊だからだ。
 面倒事は次の面倒事を呼び、政治家も役人もその対処に手一杯になる。内紛の制圧や諸国との外交に時間と人材と資金を注ぎ込まなければならない以上、他の所で人手と予算を抜かねばならなくなる。痒いところに手が届くような、きめ細かく行き届いた統治など望むべくもない。

 内政の破綻は経済の破綻を呼び、その結果として外交が破綻し戦争が起きる。
 歴史における大概の事例と同じく、今次大戦も内政に失敗した大国が外部に敵を求めたが故に起きた。それは日米のみならず蘇独伊仏英全ての列強で、程度の差こそあれ共通している。

 
 無論、最低限以上の見識と愛国心を持つ合衆国人たちはこの状況を打開すべく行動している。そのうちの最も有力な勢力の一つは、この日の朝からニューヨークの某所へ集まり会合を開いていた。




     ・・・・・



 同時刻 ニューヨーク市 マンハッタン区5番街350 エンパイアステートビル



 ニューヨーク州の別名である EMPIRE STATE を意訳すれば「帝権の地」とでもなるだろうか。現代におけるローマ、文明の代名詞である世界帝国の中心地を自負するが故の呼び名だ。 

 地上102階建て、地上高443.2m。20世紀の帝権を象徴するべく建てられたこの建造物は、一等地の優良物件である割には空き部屋が多い。建造当初から市場の要求というか需要を無視して建造された、箱物行政の産物であるからだろう。
 ただし人口密度が低いのは秘密裏の会合を開くには都合が良かった。人が少なければその分警備にも防諜にも手間が掛からない。スラム街の雑踏を歩くのと広大な牧場で馬に乗るのと、どちらが要人を警護し易いかは本職に訊くまでもない。
 このマンハッタン島で一番高い建造物は交通の便がよいこともあり、ニューヨーク市で合衆国の中心的な人々が集まるにはまずまずの場所である。

 会合はこのビルの高い階層にある会議室で行われている。
 広く天井が高い部屋の一方の壁には壁面全体を使って世界地図が貼りつけられ、その上には色分けされた小札付きの虫ピンが無数に突き刺されている。小札に描かれた絵と記号は簡略化された各国軍の戦力を表しているのだ。
 地図の上に表された戦況は完全に正確ではないしリアルタイムでもないが、軍事の素人にも分かり易いという一点で用途を充分に満たしていた。


 「この戦争は負けだ。これ以上続けても儲けが出ない」

 戦争の決着はどちらかが継戦能力を亡くした時点で決まり、勝敗は国家大戦略上の目的を達成できたかどうかで決まる。
 今次大戦におけるアメリカ合衆国の国家目的は経済の建て直しであり、目標は欧州経済の掌握であり、手段は世界大戦であった。
 アメリカ合衆国は前大戦とその後の栄耀栄華をもう一度繰り返そうとしたのだ。より大規模かつ徹底的に、全世界を跪かせるために。早い話、欧州が焼けたら北米は肥えるのだ。

 そのために時間を掛けソヴィエト・ロシア、ナチスドイツ、大英帝国等々の欧州諸勢力に投資した。規模の意味でも意義の面でも、合衆国経済界にとり主目標は欧州でありアジアは副目標だった。
 地勢から言って合衆国が第二次欧州戦争で勝たせるべき、勝ち残らせてその後の同盟国とするべき勢力は英国である。言うまでもなく 大 と 帝 の字がもう付けられない状態の、だ。

 故に1930年代になる直前、大恐慌と共に合衆国からドイツへの支援と投資は打ち切られた。餌を与え育てる段階ではなくなったからだ。
 アメリカ政財界にとっては最初からドイツは屠殺予定だった。時期が来ればベーコンや腸詰めや缶詰にされる、森に放された豚なのだ。

 豚は生きているのではなく、生かされている。
 かつて「狼は生きよ」と語った男、しばしばヴォルフ氏なる偽名を使い、己の肝いりで整備した機甲戦力の主力兵器に「ヴォルフ(狼)」という愛称を付けた第三帝国総統は、彼なりに祖国の運命を察していたのだろう。
 事実としてルーズベルト大統領始め米民主党指導部は、ドイツ勢力の排除を早い段階で決めていた。屠殺すべき時期の来た家畜というよりは駆除すべき害獣として、であるが。

 ロシアには東欧とそれより東側を統治できるであろう能力と実績があり、英国には西欧を制御してきた能力と実績がある。
 ドイツにはない。ビスマルクとヴィルヘルム一世ならまだしも、アドル・ヒトラー率いるナチス・ドイツに欧州を統治できる能力と意識などない。
 本質的に田舎山賊に過ぎないナチス党には、ドイツ本土にオーストリアやチェコを加えた中欧地域だけで精一杯だろう‥‥と合衆国の政治中枢、大統領を始めとする有力な政治家とその後援者は断定していた。

 故に1930年代半ばになって、日本帝国はドイツと組んだ。英米と組めなくなった以上、他に組む相手がいないという事情もあったが、日本にとって欧州を纏めるものなど不要であるという本音もあった。
 日本帝国は欧州諸国が滅びない程度に衰退してくれることを望んでいた。日英同盟は欧州勢力が健在である事が前提だったが、日独同盟は欧州が衰退する事を前提として組まれている。

 明治政府の発足以来、いや遡ればミカドの祖先が飛鳥盆地の片隅に居を構えていた頃から、日本の国是は「攘夷」なのだ。平たく言えば「俺の縄張りで余所者がでかい面をするな出て行け」である。学術的根拠に乏しいことを承知の上でいえば縄文期からまったく変わっていないであろう。

 結果として合衆国は国家大戦略上の勝利を失った。再び欧州は焼けたが焼け跡を占拠したのは独伊を中核とする勢力であり、欧州市場に合衆国の産物が入り込む余地は当分の間ない。
 これから数年間戦争を続けて協定諸国を打ち倒したとしても、そのときには合衆国の経済は破綻している。
 総力戦は金銭がかかるのだ。合衆国の国力は膨大だが無限ではない。
 現在の規模で戦争を続ければ遅くとも4年以内に破局する。経済への信仰が失われドル紙幣は紙切れとなり、10年前すら比較にならぬ混乱と荒廃が北米地域を覆い尽くすだろう。


 「損切りを決めるには早かろう。需要はまだ残っているぞ?」
 「国内だけなら、な。だがあと2年も戦争を続ければ我々の製品は完全に欧州市場から閉め出される」

 会合の場にいる総計13人の男達は身なりが良かった。合衆国市民の99.9%から見て莫大と言える金銭が掛かっているし、金銭を掛けただけでは手に入らないものを身に付けている。それは物質的なものに限らない。

 ただそうでない者たち、会合の面子ではなく参考人として呼ばれた例外がこの場には2名いる。
 一人は椅子ではなく動力付きらしき車椅子に座る白衣の老人。体躯は痩せ細っているが若い頃はかなりの美男子だったのではないかと思わせる容姿の持ち主であり、その物腰から高い知性が感じとれる。

 もう一人は白い軍服を着て立っている軍人らしき中年男。らしきというのはその男が着ている軍服は合衆国陸軍のものに似た、他に誰も着ていない特別仕立ての衣装であるからだ。
 階級章は少将であるが階級に比べて異様に若い。おそらく三十代後半といったところだろう。顔つき体つきは一般的な軍人らしくなく、軟体動物じみた奇怪なまでの柔らかみを感じさせる。疲労からだろうか、その顔は目の周りに濃い隈が出来ていた。

 この場には身なりの良い男達と異分子2名以外にも秘書やら技師やらが相当な人数でいる。しかし彼らは演台の上の黒子と同じく居るが居ない扱いとなるので数に数えない。求められない限り発言することもないし、発言したとしてもそこに人格は求められない。磁気式録音テープの再生機と同じ扱いだ。
 異分子二人も黙っている。彼らは出自も人生の軌跡も異なるが、言葉の使いどころをある程度以上に心得ている点で一致していた。


 というわけでこの場で喋っているのは身なりの良い男達のうち数名である。より正確には一人が喋り、他の数名が代わる代わるその相手をしている。
 先程から自説を唱え続けて譲らない男の額には太い青筋が浮かんでいた。もしこの場が食事会であり男の座る席の前に食器類が並べられていたら、彼はナイフを掴んで投げつけていたであろう。それも機関銃並の勢いで次々と。 

 「ダンピングなど長続きできん、戦争が終わればエンペラーからの資金投入も終わるだろう。そうなれば‥‥」
 「ヒロヒト帝の介入がなくなれば日本企業同士が価格競争を始めるよ。その場合も敗者は君だ。ついでに性能の競争でもな。違うとは言わせないよ、君は日本軍が北米に持ち込んだ車輌のほぼ全種類を手に入れている筈だ」

 反論はない。ぐうの音も出ない。
 言われた側も理性では分かっているのだ。合衆国、いや彼の誇る大量生産機構が日本帝国のものに劣っていることを。採算度外視の投げ売り(ダンピング)云々は建前である。
 現実を理解しておくことと発言を現実に沿わせることは違う。「己は正しく他者は邪」「俺の物は俺の物、貴様の物も俺の物」それがアメリカ魂‥‥の暗黒面のうち一つである。
 都合の悪いことを一々気にしていたら大貴族もとい巨大企業の経営者などやっていられないのは何処でも同じだ。

 建前は大事である。本質ではないからと軽視すれば酷い目に遭う。世間には自分が掲げる建前を軽んじられたと感じただけで、軽んじていると感じさせた者の命を狙ってくる輩が幾らでもいる。



 地元(ホームグラウンド)で戦っているからには当然だが、合衆国の軍部や大企業は日本産の兵器や物資を多数手に入れていた。
 その大半はメキシコに割拠あるいは跋扈する各勢力からの横流し品であり、前線では小規模ながら鹵獲装備だけで編制された部隊すら存在し活動している。
 研究材料としても充分な数が入手してあり、かつては部品の一部ぐらいしか手に入らなかった三菱98式戦闘機も現在では複数の完動品が各地で試験されていた。

 日本製品といえば安物の繊維とブリキの玩具だったのも今は昔。41年夏の現在では合衆国の知識層において MADE IN JAPAN は畏れを込めて囁かれている。高性能、低価格、手入れ簡単で故障知らずであり生産性も高いことが知られているのだ。
 特に戦場で日本産の兵器や消耗機材と出くわした将兵達の驚きは大きく、テキサスの前線では横流し品を実地検分した現地司令官により「雷雲と日本軍戦闘機からは退避せよ」とか「日本軍戦車に対しては五倍以上の戦車を投入すべし」といった通達が出された程だった。


 比較すると合衆国産工業製品の評価は宜しくない。欧州諸国やロシアのものと比較すれば全般的に優位にあるのだが、日本製品と比べると見劣りする。
 MADE IN USA の印が刻まれた工業製品の品質が落ちた訳ではない。日本の九州島にある、宇佐地方を根拠地とする宇佐財閥系企業の製品にも MADE IN USA が刻印されているという事実と、これまでアメリカ製品だと思いこんでいた製品のうち何割かが実は宇佐工業や宇佐文具のものだった事に気付いた人々が増えただけだ。

 一度染みついた印象(イメージ)はそう簡単には離れない。前大戦期やその前後にやらかした自業自得の積み重ねとして、安かろう悪かろうの代名詞となった日本製品はその後どれ程に性能や品質を向上させても評価が低いままだった。
 法螺話としか思えぬ勢いで技術力を身に付け品質を向上させた1930年代に入ってなお、当の日本人にすら日本製品は人気がなかった。日本人が自国製品に自信を持つようになったのは僅か数年前、チャイナやマンチュリアの戦場で国産品が他列強諸国の兵器を圧倒するようになってからだ。
 タイガー計算機などのように、中身は全く同じでありながら商品名を西洋風に変えただけで売れるようになってしまった事例も多い。なので近年の日本国内では紛らわしい企業名や商品名を使う輩が以前にも増して続出した。宇佐をUSAと書き変えただけの企業はまだ良心的な部類に入る。


 日米以外に比較対象となる有力な商品が存在しない東シベリアからマンチュリア、チャイナ、東南アジア、オーストラリアにかけての地域では米国製車輌は三級品扱いされている。これらの地域にある車輌は日本製とアメリカ製の他は屑鉄しか存在しないのだ。
 ニュージーランドやマダガスカル、南アフリカ、インド、北米西海岸諸州ではまだ二級品扱いだがこちらも日本製車輌の普及と共に評価が下がり続けていた。
 欧州では地域によって違い、北欧や南欧では三級品扱いだが中欧や東欧では二級品扱いされている。


 車輌だけを見ても欧州市場は日本製品に制圧されつつあった。第三帝国自慢の機甲部隊にしても平均すれば師団あたりの所有戦車は三割以上が、トラックに至っては半分以上が日本産もしくはその系譜である。
 1940年度の日本国内における車輌生産数は1000万輌を超えた。満州国や欧州各国でのノックダウン生産を含めたならば更に100万輌ほど増える。
 燃料と交換部品付きで車輌が送りつけられてくるのだ、ドイツ人でなくても後のことはひとまず忘れて受け取るのは当然だった。それに只で貰っている訳ではなく、協定諸国は血で支援の代償を支払っている。

 なお日本で製造されるものの設計が、日本ではないことも多い。
 例えば日本軍の標準装備のうち口径12.7㎜の重機関銃はイタリア、7.92㎜の多目的機関銃はドイツ、6.5㎜の軽機関銃はチェコで設計されたものだ。更に言えば日本陸軍で最も一般的な野戦砲や迫撃砲の原型はフランス産であり、ロシアの影響を受けた兵器も珍しくない。



 無論のこと戦争を止めればそれで即座に合衆国製品が売れる訳ではない。だが取り引きはできるようになる。

 「日本人に出来たことなら我々にもできる。日本から製造技術を導入し我々の製品に競争力を取り戻すのだ」

 戦争を止めれば商取引も技術提携もできる。品質管理などの、日本や協定諸国の生産現場で使われている様々な技術や理念を手に入れることも出来る。分析と模倣と改良と拡大再生産が合衆国産業界の得意技であり、国家間の技術交流が健全な状態になれば現在の遅れも10年かそこらで取り返せる筈だ。
 現に日本帝国は十年足らずの期間で爆発的な成長を遂げている。詳しい理論や具体的な手法の要諦までは漏れてきていないが、日本国内に新設された大規模工場の生産現場で革命的な変化が起きていることは、この会合の面々の耳にまで届いていた。

「あれは東洋の特殊な条件があってこその事例ではないか? 参考になるとは思えん」
「今世紀の初頭にも聞いた言葉だな。思い出したのはそれから10年ほど後のフランスでだが」

 日露戦争において明らかになった永久陣地の防御力、特に歩兵突撃に対する機関銃の突破阻止力は各国の観戦武官らによって本国へ伝えられたが、受け取った側は全く考慮しなかった。ロシアと日本の間だからこそ起きた事例であり、文明国の戦争には関係ない、と。
 その結果、欧州の戦場で屍が地を埋め尽くすことになった。

 確かに日本帝国の経済成長は狂気の大規模公共投資あってこそであり、皇室財産を担保にして内貨の裏付けとするという日本独自の成功要素があってこそではあるが、合衆国には合衆国にしかない長所がある。
 戦争を止め現政権が退陣すれば合衆国政府がケインズ教授を再雇用することも可能であり、そうなれば戦争なしで充分に経済発展できる筈だった。

 ニューディール政策にしても途中までは上手くいった。成功の一歩か二歩手前、永続的な景気回復の寸前まで到達できたのだ。景気回復の目が出た時点で緊縮方面へ政策を切り替えるという誤断さえなければ内需拡大と共に経済成長が起き、戦争などやるまでもなくなったであろう‥‥という意見は未だ根深く存在する。
 なお、浅い地層の根は大物を残して引き抜かれ、意見を述べた者はそれを直接の理由としていないが大概が墓か檻かあるいは取調室の中へ入っている。この場にいる、身なりの良い男達は太すぎてホワイトハウスの住人達にも引き抜けなかった部類だ。


 「それがジャッ‥‥日本人の利益になるとは思えないが。何を取り引き材料にするつもりだ?」
 「合衆国の労働人口は4000万人を超える。これは日本帝国のそれを超える数だ」

 数は力であるが質の問題も忘れてはならない。野球のルールを知らない連中を幾ら集めたところで試合を始めることさえできない。何かを為すには最低限の保証が必要だ。
 この点、合衆国の労働者は非常に優秀である。文明国であるからには当然であるが、物理的な意味で労働に適していない子供と老人を除く人口層のうち7割以上が労働や契約や法規の概念を理解しているし更にその内の7割以上がそれらの概念を遵守できる能力を持っている。

 喩えるならば野球の練習場へやってきた連中へ「バットで人を殴ってはいけない」ことから教え込まねばならないのが、文明国とか一等国とか呼ばれる国家以外の国民である。教えようとすると持たせたバットで殴りかかってくるなら二等国、バットを持たせた瞬間に殴りかかってくるのが三等国だ。
 下には下があり、四等国ぐらいとなるとそもそも練習場にやって来ることすらない。四等国以下の国民には時間とか約束とか所有とか対等とか親交とか遊技とかの概念が存在しないのだ。

 そんな連中までも使っているというか、使わねばならないのが日本帝国の現状であった。属領を含め一億以上の勢力圏人口を誇る日本帝国の労働力は実を言えばかなり危険な、いわば爆弾を抱えている状態なのだ。
 だからこそ日本帝国は欧州やロシアなどから人身売買じみた手段を使い移民を集め続けていた。

 彼らにとって合衆国の労働人口は脅威であるし魅力的でもある。合衆国の生産力と消費力は充分に取り引き材料となるだろう‥‥と身なりの良い男達は結論付けた。

 合衆国の一般的な労働者は労働と法治の概念を理解できるし遵守もできる。少なくとも遵守する範囲を間違えない者の方が間違える者よりも多数派だ。たとえ小学生であっても、合衆国では渡されたバットで即座に殴りかかる者はそういない。
 文明人であるならば、手にしたバットで殴りかかる前に相手の実力や人数を調べておくのは当然だ。特に銃器携帯の有無を。


 「諸君、戦争を止める意味と意義についてはこれで全員の了解を得られたと思う」
 「次はその具体的な手段となるが、選挙では拙かろう。時間が掛かりすぎる」

 この会合に集まった男達は合衆国の真の所有者であり、ホワイトハウスの住人にとって大家に当たる。選挙によってもそれ以外の手を使っても、賃貸主に利益をもたらさない住人を貸家から追い出すことは容易かった。
 しかし時期が悪い。次の選挙まで待っていては手遅れになる。

 暗殺という手もある。
 世紀の大戦略家であり人類史上最大最強の独裁者であるフランクリン・デラノ・ルーズベルト大統領も、所詮は政治家に過ぎないのだ。
 全盛期オスマン帝国の皇帝が足元にも及ばぬ専制者ではあるが、政治家である以上は宮殿の奥深くに籠もっておくことはできない。必ず外に、納税者達に選ばれたという建前を守るため市民の前に出なくてはならない。
 故に政治家は暗殺されやすい。それが嫌なら名実ともに独裁者として選挙を停止させ常時身辺に親衛隊を貼り付けておく必要がある。

 「選択肢の一つとしては賛成するが、私は別の手を推したい。博士、説明を」

 これまで発言の少なかった男に促され、白衣の老人は車椅子を一歩分ほど進めた。

 「端的に申し上げましょう。現在ホワイトハウスにいる大統領は偽者です。少なくともあなた方が知っているルーズベルト氏とは別人です」

 短い自己紹介に続いて放たれた言葉は爆弾なみの効力を発揮した。
 白衣の老人が提示した資料の一つである、当代大統領の診察記録簿(カルテ)の複製には年齢の割には健康な男性の医療的情報が記されていた。

 「これは本物なのか!?」

 身なりの良い男達の一人、高速インクジェット複写機で印刷された書類をめくっていた人物が資料に添付された写真の一枚をを見て血相を変えて立ち上がった。

 「何か問題でもあるのかね? 素人目にはとりたてて問題ないように見えるが」
 「デラノのご老体は下半身不随なんだ。本物ならな」

 疑問を口にする隣の男に、立ち上がった男は抑えた声で応えた。
 事実である。殆どの人物、米民主党の幹部ですらその大半は知らない、知らされていないことだがルーズベルト大統領は1921年に小児麻痺を患い、以来下半身が動かなくなっていた。
 その状態で、しかもその情報を世間の殆どに秘匿したまま大統領をやっていられる事だけでもルーズベルト氏の手腕が凄まじいものだと理解できる。

 本職の医者が書いている以上、診察記録には正確な情報が記されるはずである。車椅子を常用している人間と普通に立って歩ける人間とでは身体つき一つ取っても大きく異なるはずなのだ。筋肉は使わなければ弱まっていくものであり、長年車椅子を使っている大統領の腿や脹ら脛が写真のような太さを保てる訳がない。

 「そういえば大統領夫人(アナ・エレノア・ルーズベルト)から、ここ暫く夫君と会ってないと聞いたな」
 「前からだろう、それは」

 当代の大統領夫妻がそれぞれ配偶者公認の愛人を抱えていることは、大統領が車椅子を使っていることよりは広く米国の上流社会に知られている。貴族の当主夫妻なら珍しくもない生活様式だ。

 「いや、子供達とも顔を会わせたがらないそうだ。電話も直ぐにきりあげられるとか」
 「ふむ。病気か何かで影武者(DOUBLE)を使っているとしても、家族にまで隠すのは変だな」

 当代の大統領夫人もまた史上稀にみる水準の政治的傑物である。特に福祉や人権運動においてその功績は絶大であり、もしも彼女がいなければ合衆国の工場や事務所で働いている女性は現状の半分以下になっていただろう。
 大統領夫妻の仲が家庭人としてだけでなく政治的な意味でも冷え込んでいるという話は前々からあった。エレノア夫人は日系人の強制収容に反対していた、いや現在でも反対し続けているからだ。

 人権思想的な信念だけでなく、外交や内政面の損得を計算した上で大統領夫人は強制収容政策の中止を主張していたのだがこの問題について両者に妥協は成立しなかった。
 以後も大統領夫妻は政治的盟友であったが、その距離は次第に離れつつある。エレノア夫人は講和論に傾きつつあるのだ。

 もしも、政治的な意味からではなく大統領、いや大統領に扮した何者かがエレノア夫人を遠ざける為に関係修復を避けているのだとしたら?


 「なるほど、興味深い情報だ。確認する必要があるな」
 「うむ。私はホプキンス補佐官と連絡をとってみよう」

 大統領が重篤状態もしくは死亡済みであるなら事実を公表するだけで事態は急変する。合衆国行政府の人員総入れ替えも容易だ。そうなれば停戦に近づける。
 そこまでいかずとも健康不安をつついて退陣させることを狙えるかもしれない。
 現大統領が就任して8年以上が過ぎた。そろそろ上から退いて欲しいという欲求が溜まっているし、初代から続く「大統領は二期まで」の政治的禁忌を気に掛ける者も少なくない。
 雑草を毟るだけではかえって増えてしまう事があるように、弾圧を繰り返すだけでは叛意の根が残るのだ。

 統計上、殺人事件において被害者が人妻であった場合、加害者はその夫であることが一番多い。
 被害者が誰かの夫であった場合、加害者がその妻であることも一番多い。
 被害者が未婚である場合、加害者はその親であることが一番多い。被害者が幼ければ幼いほど、特に。
 カインとアベルの昔から人は身内で争っている。20世紀の近代戦においてすら、戦死者の3割程度は味方の弾で死んでいるのだ。いや、身内だからこそ、か。 

 現大統領の側近の中にも大統領の失脚や破滅を望んで獅子身中の虫となっている者が少数ながら存在する。紀元前のローマであれ20世紀のアメリカであれ、皇帝(独裁者)とはそんな存在だ。
 そんな誰かの一人が持ち出した情報を、この頃現大統領に冷遇されていると評判の某将軍が手に入れた。機を見ることに敏であるその将軍は伝手をたどって車椅子の老科学者を動かし、この会合に情報を売り込んだのだ。


 「それで、君の望みは何かね? 将軍」
 「私は出世したいのです。地位と権限がもっともっと欲しいのですよ」

 白い軍服の男は穏やかに言葉を放った。大の男の咽から出ていることが信じがたい、少女のように細く高い声だ。これで必要とあれば爆撃機に乗り込んでの陣頭指揮どころか、先頭に立っての敵陣突入も辞さない猛将なのだから人間とは解らぬものである。
 ただし後世でこの男を名将と讃える者は少ない。指揮官としても作戦家としても兵站屋としても並はずれて優秀な人物だが、軍人としてどれ程の美点があろうと戦略爆撃教の原理主義者であるという一点で台無しだ。

 「では合衆国空軍総司令官でどうかね。空軍の設立は戦争終結後になるだろうが」
 「悪くありませんね」

 男達の視線が頷いた軍服から白衣の方に切り替わる。

 「博士、貴方の研究には引き続き投資させて貰おう」
 「ありがとう。大事に使うよ」

 老人が現在行っている研究は基礎的なものであり、発展させたとしても合衆国の勝利には直接的に貢献しないであろう。
 現時点ではこの場にいる殆どの者の利益にもならないが、科学の発展には貢献できる。そんな段階の研究である。
 もう少し詳しく言えば、地殻の構造をより詳しく速やかに調べ解析するための理論と手段そしてその実践証明だ。今はともかく研究が進みさえすれば莫大な利益に繋がると期待されている。油田の類がより見つけやすくなることは確実だ。 





     ・・・・・
 「







 エンパイアステートビル炎上事件。
 1941年6月10日午後2時20分ごろ、同ビルディングの281階付近に空中給油の訓練中であった陸軍爆撃機B17が墜落激突した事件である。

 爆撃機は爆弾こそ搭載していなかったが、給油する側の機体であったため通常の機体が満載した状態より更に3トン以上の余剰燃料を乗せていた。
 この過剰搭載が事故の直接的原因であるが、墜落機の機長が家庭での事案に苦しんでおりLSDなどの薬物を常用していた事などから、身心の健康問題を抱えた飛行士官を機長にしなければならなかった人材不足こそが事故の本質的原因であろう。







 ‥‥というあたりで、どうかな? 後世に残す記録としては」

 そう言って、白い軍服の男ことカーティス・エマーソン・ルメイ少将は振り返った。
 彼が直前まで見ていた超高層ビルは最頂階から数階下あたりの壁面に大穴が開き、屋上まで火が達し燃え盛っていた。消火活動が行われているが殆ど効果がないようだ。

 「なにを暢気なことを。あと数分遅れていれば我々も一緒に焼けていたのに」
 「それはない。引き際を間違えたりしないさ、私ならね」

 爆撃機が激突する15分ほど前に、部外者両名は会合の場から離れて難を逃れた。現在は広場に停めたリムジンの車内で火事の様子を検分している。
 念入りな事前工作の甲斐あって、火事の勢いは非常に強い。会合メンバーの生存は絶望的であろう。

 会合の場から離脱する際のさりげなさ、そして途中でエレベーターを乗り換える位置と時期の妙によりこの二人だけは炎と爆発から逃げのびることができた。普通に、いや誰がどう考えても九死に一生を得た奇跡的離脱であり、ルメイ少将がこのテロ攻撃の立案者だとは思わないだろう。あまりにも危険すぎる。

 ルメイ将軍は必要なら何でもする部類の将校だが、己の命を無駄に的とする嗜好はない。つまりこの作戦、先程開かれていた終戦工作派の抹殺は彼にとってどうしても必要だったのだ。
 終戦あるいは停戦を目論む者たちのなかでも、最も有力な集団の一つが先程の会合参加者たちだった。放置しておけば本当に現政権を転覆させ、戦争を停めようとしてしまったかもしれない。

 「私は私好みの戦争をしたい。その為に権限が欲しい。貴方が自分のしたい研究をしたいようにね」

 野球で喩えるならば、州大会を苦闘の末に勝ち残り「いざ全国大会へ! 優勝するのは俺達だ!」と意気込む球児達にその後援者が「全国大会は辞退しろ、代わりに来年度の予算を一割上げてやるから」と言い出せばどうなるか、ということだ。
 そんな後援者はいらねえ! と公言はしないが密かに後援者の排除を目論んで、実行して、成功してしまうのがルメイ少将であった。

 合衆国陸軍の航空隊は大所帯であり、人が大勢居れば変わり者も多くなる。なかには同性と裸でベッドに入りしかもそれを写真に撮る趣味を持ちながらその写真を隠し通せなかった者や、妻子の素行不良が露呈すれば本人が社会的に終わってしまう事態になるまで家庭を顧みなかった者もいる。
 それらの変わり者たちを特定の爆撃機に集めることも、アレコレの証拠を隠蔽し噂にもならぬよう揉み消すことも、身内である陸軍航空隊の高官ならばできる。そしてやった。ルメイ少将は滅多に見ないほどに有能な軍人なのだ。


 白衣の老人は国家予算を使い放題に使って研究をすることを望んでいた。その為なら現在の後援者を売ることも躊躇わなかった。あまり共通点のない二人だが、やりたいことをやるために生きている種類の人間である点では一致している。
 一致しない点の一つは、ルメイ少将は必要とあれば、彼が彼好みの戦争をするために必要ならば何でもやれてしまう存在だが老人の方はそこまで器用な生き方は出来ない、という点だ。

 だから二人は手を組む必要があった。
 合衆国の真の支配者たち、そう名乗るに充分な実力者達を特定の場所と時間に集めるために。


 ニューヨークで一番高いビルはまだ燃えている。
 土地を開墾して農地に変えることは重労働である。なかでも面倒くさいのが木の根の処理だが、労力を節約するには燃やすのが一番だ。
 太すぎて抜けない根も切り株ごと焼き払えば土を耕しやすくなるし、燃やしたあとの炭と灰は肥料になる。今日焼けたものの燃えかすもまた、新たな土壌を豊かにしてくれるだろう。

 「馬鹿は死んでも治らないとはこのことだ。今更止められる訳がなかろうに」

 ルメイ少将は再び火事の様子を眺め、肩をすくめた。
 戦争は始めるより止める方が億倍は難しい。この数字は誇張ではない。前大戦は極論すれば「一人の馬鹿がサンドイッチを食っていた」から始まり、一度起きてからは何億もの人間が奔走しても止まらなかった。誰も彼もが疲れ果て動くのも嫌になってようやく止まった。

 強制収容とその後の処置により、既に30万人に及ぶ日本人と日系人が駆除されている。処理は現在も粛々と進められているので、残る数十万人も遠くないうちに死に絶えるだろう。
 日米の戦争が絶滅戦に移行したからには、大統領の退陣程度では収まらない。日本人だけでなく、収容政策の巻き添えになった日本人ではない東洋人やインディアンも相当数死んでいるのだが、それは日本人の怒りを増すことはあっても減らす要素ではない。

 戦場で将兵が死ぬことと、収容所で女子供が死ぬことは同じ事である。
 どちらも国家が計画的に行った殺人行為だ。
 しかし何故か多くの人々が、同じ死であるのに後者をより問題視する。日本人もそれは変わらないようだ。

 戦争を国家ではなく人種単位文明単位での闘争と捉えるならば、積極的に女子供を戦場でない場所で殺すべきである。その方が簡単だし効果も大きい。
 毒蛇を根絶したいのなら、籔という籔を手当たり次第に叩いて親蛇を見つけだして殺すよりも巣を見つけて卵のうちから焼き払うべきだ。バプテスマのヨハネことウィリアム・ランドラム・ミッチェル准将はそう言っていた。
 毒蛇と違って日本人の巣穴が何処にあるかはもう解っているのだから、あとは焼くだけである。


 いま摩天楼の最上階付近で物理的に燃えている人々が出そうとしていた懐柔策は逆効果にしかならない。確かに大概のものが金銭で買える、しかし逆に言えば端金では何も買えないのだ。
 経済的利益を講和の材料とするのは定石だが、それは相場を遙かに上回る高額を出せばの話である。半端な金額で示談を試みれば相手を怒らせるだけだ。

 どの程度が大金でどの程度が端金かについては人によって違うが、合衆国の貴族階級が東洋の蛮族しかも本国から見捨てられた棄民一人あたりに対して付ける値段がどちら寄りかは、言うまでもない。合衆国基準でさえも。
 彼らを擁護するとしたら、棄民云々についての認識は間違っていなかったのだ。日本帝国が列強とは名ばかりの貧乏国で、移民達を切り捨てていた十年前ならば。

 金銭でどうにか出来る段階はとうの昔に過ぎてしまっている。人は恩恵を容易く忘れるが怨みはしつこく残るのだ。初接触以来一世紀近くかけて積もり積もった怨念を、鉄火以外で晴らせる訳がない。
 その怨みの一つ一つならば、例えば日本の理化学研究所が発見し大量生産を可能にした新型抗生物質が、合衆国内では論文を丸ごと複写して国内の学会で発表した化学者の発明とされてしまった事件だけなら金銭と当事者への社会的制裁だけで済んだかもしれないが。

 塵も積もれば山となる。

 自分の論文が名前だけ入れ替えられて他人の功績にされてしまった学者の怨み。
 自分の発明品の特許料を剽窃した側に支払わねばならなかった発明家の怨み。
 自社製品の商標を勝手に貼り替えられたものがアメリカ製品として販売され、しかもそれを詐欺行為として訴えられ、なぜか裁判に敗れ、貼り替えた側に賠償金を支払わされた企業の怨み。
 排日移民法により、苦労の末に開墾した土地を奪われた農場主の怨み。
 為替相場の差違を突いた詐術により金を吸い取られ続け、不平等条約のために法改正すら封じられていた政府の怨み。
 東京湾を白色艦隊に占拠され、皇居へ主砲を向けられるという挑発を受けた海軍の怨み。
 洋上で難破し、通りがかった米国船へ救助を求めたが無視どころか指を差して嘲笑われ放置された結果乗組員の殆どが乾き死にした船乗りの怨み。
 チャイナの都市で近親者をなぶり殺しにされた上にその遺体を「日本軍によるチャイナ市民の虐殺」の証拠と喧伝され晒し者にされた遺族の怨み。

 一つ一つを書き記せば本棚を埋め尽くしてなお余る量になる、様々な怨念が凝り固まって『G』と呼ばれる組織が産まれたのだ。そして新たな怨みを食って育ち続けている。
 たとえば忠誠を誓った新たな祖国に裏切られた日系人が、屠所の豚のように殺され全てを奪われた怨みなどが。

 塵は風で消し飛ぶが怨みは生きている限り、怨みを語り継ぐ者がいる限り永遠に残る。合衆国がインディアンへそうしたように、怨みを消したければ相手を物理的に消し去るしかない。


 「人種間戦争を始めたのは彼らだ。向こうにはその意識がなかったのかもしれないが」

 七族共和だろうが八族共和だろうが、日本帝国の政策は合衆国から見れば人種汚染であり文化侵略である。

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